カテゴリー

ハニートラップ 【難波】

【難波マンション リビング】

学校と仕事が終わった後、室長の家にお邪魔した。

(今日は早く帰れてよかった。室長に手料理を食べてもらえたし)

難波
今日の飯、すごかったなー。カボチャをくり抜いた中にグラタン入ってるやつ

サトコ
「前にネットで見て、鳴子と作ってみたことがあるんです」
「カボチャの甘みが出て、美味しいですよね」

ソファにふたりで座り、室長に肩を抱き寄せられながら一緒にテレビを観る。

アナウンサー
『では次は、“大人のカップル特集” !あなたは大人の恋愛、してますか?』

(大人の恋愛‥)

テレビでは、大人のカップルのデートの様子や愛情表現の仕方などを特集している。

(わあ‥この女の人、すごく綺麗)
(服装も、仕草も全部‥)
(女の私でも、ドキドキする‥)

サトコ
「綺麗な人ですね」

難波
ん?ああ

気のない返事を聞きながら、テレビの向こうの女性に見惚れた。

(室長は、自分と釣り合うとかそうことよりも、『私だからいい』って言ってくれたけど)
(それはすごくすごくありがたいことだけど‥)

でも歳の差を考えると、私としては少しでも、室長と並んでもおかしくない女性になりたい。

サトコ
「あ、この人も素敵ですね。室長はどう思います?」

難波
そうだな‥まあ、どっちもいい女だな

(いい女、か‥やっぱり、こういう大人の女性が好きなんだよね)
(なんせ、女は30歳からって豪語してたくらいだし)

私も早く魅力的な大人の女性になれたらいいけど、一生無理かもしれない。
ひと回り以上年上の男性と付き合う覚悟はしていたつもりだが、ふとそんな不安が胸を過る。

難波
ひよっこ、どうした?

サトコ
「あ‥いえ、なんでもないです」

慌てて首を振る私のウエストに手を添えて、室長がひょいっと持ち上げる。
自分の膝の上に座らせると、優しく頬を撫でた。

サトコ
「‥室長?あの、こ、これは‥」

難波
理由を言わない奴は、こうしてやる

頬を摺り寄せられて、唇がかすめるように触れた。
妙に恥ずかしくなる私の顔を自分の方へ向けさせて、今度は優しくついばむようなキスをくれる。

難波
なんかあったら、いつでも言えよ

サトコ
「はい‥でも、本当に大丈夫ですよ」

室長が気にしてくれるのは嬉しいけど、子ども扱いされるのは少し寂しくもある。

(今度のデート‥ちょっと頑張ろうかな)
(室長が子ども扱いできないくらい、大人のデートを目指してみよう!)

【街】

翌週末、デートの待ち合わせ場所へ行くと室長はすでに着いて待っていた。
喫煙所で気だるげに煙草を吹かすその姿は、大人の色気が漂っていて見惚れてしまう。

(今日は室長に釣り合うように、ちょっと大人っぽい格好してきたんだけど‥変じゃないかな)
(このワンピース、胸と肩、開きすぎ‥?でも莉子さんとかは、こういうの着こなしてるよね)
(うん、オフショルダー流行ってるし大丈夫大丈夫‥!)

サトコ
「し、室長!お待たせしました」

難波
ああ、早かったな

煙草を消しながら、室長がこちらを振り返る。
私の恰好を見て、一瞬だけ目を見張った。

(何か言ってくれる‥?『今日はいつもと違うな』とか、『大人っぽいな』とか‥)

難波
そんなに肩出してたら、風邪ひくぞ

羽織っていたジャケットを脱いで、室長がそれを私にかけてくれる。
その笑顔は、どこか呆れているようにも見えた。

(し、失敗‥?全然ドキドキしてくれてない‥)
(やっぱり室長クラスになると、私程度が何をやっても大人の魅力は感じてくれないのかな)

でもまだデートは始まったばかりだ。
自分にそう言い聞かせて、今日の計画を頭の中で復習する。

難波
さて、どっか行きたいところあるか?

サトコ
「実は、今日は私がデートプランを考えて来たんです!」
「いつも室長に甘えてばかりなので」

難波
おっ、じゃあ今日はひよっこに任せるか

サトコ
「はい!じゃあ行きましょう!」

張り切って、室長と一緒に最初のデートコースへと向かった。

【店】

お店に着くと、室長に似合うネクタイを吟味し始めた。

難波
そういや最近、新しいの買ってないな~つけてもないしな

サトコ
「男の人は、こういうところじゃないとオシャレできないですから」
「あっ、これ、室長に似合いそう‥ちょっと屈んでもらっていいですか?」

難波
はいよ

さりげなく室長に近づき、身体を寄せる。
ネクタイを合わせながら、至近距離で室長と見つめ合った。

難波
‥‥‥

サトコ
「‥‥‥」

(し、しまった‥!ハニートラップをしかけようとしたけど)
(これじゃ私の方がドキドキする‥!)
(でも今、自然に近づけたよね‥?)

室長の様子を窺うと、鏡を見ながらネクタイを胸元にあてている。

難波
どうだ?似合うか?

サトコ
「は、はい‥すごく素敵です」

(ダメだ‥またもや全然意識されてない)
(大人の女性っぽく振る舞うのって難しいな‥それともそもそも、根本的な魅力が足りない‥?)

そのあと、勇気を出してボディタッチやスキンシップを多めに頑張ってみたけど‥
どうも、室長には響いていない様子だった。

【レストラン】

最後に、予約していたイタリアンレストランにやってきた。
自分から手を繋ごうとして、ふと思いとどまる。

(大人のカップルって、こっちだよね)

恐る恐る、室長の腕を取って手を添えてみる。
すると、室長が優しく私を見下ろした。

難波
こういう時は、こうだろ?

私の腕を離して、室長が腰を抱き寄せる。
思いがけないほど身体が密着して、突然のことに心臓が大きく跳ねた。

(や、やっぱり室長の方が何枚も上手だ‥)
(もしかして、私がこんなことしてる理由に気付いてるのかな)

席に案内されると、先にドリンクをオーダーする。
普段ならソフトドリンクだけど、今回は思い切ってワインを注文してみた。

難波
お前、そんなの飲んで大丈夫か?

サトコ
「はい、たまにはいいかなって」

(やっぱり、大人の女性って言ったらワインだよね)
(私も、たしなむくらいはできる‥はず!)

ふたりで乾杯して、美味しい料理を楽しむ。
でも飲み慣れていないせいか、少しするとワインのアルコールが回ってきてしまった。

(あれ、お酒弱くないはずなんだけどな私‥)
(でも、まだ大丈夫‥!家に帰るまでがデート!)
(もうちょっとだけ、頑張りたい‥室長が、少しでも私にドキドキしてくれるように)

【ロビー】

‥と思ったものの結局、レストランを出る頃には足元がふらつき‥
室長に促され、レストランが入っているホテルのロビーで休むことにした。

難波
ほら、水買ってきたぞ。これ飲んで少し落ち着け

頬にミネラルウォーターのペットボトルをくっつけられて、火照った身体に気持ちいい。
私の隣に座ると、室長が顔を覗き込んできた。

難波
で?何で今日はそんなに頑張ってるんだ?

そう尋ねながらも、室長はなんとなく気づいてるようだ。

(だったら、隠しても仕方ない‥)

サトコ
「私‥室長に、少しでもドキドキして欲しくて」
「大人の女性として、見て欲しかったんです‥」

難波
‥‥‥

じっと私の横顔を見つめて、室長が小さくため息をつく。

難波
‥すぐに理解するのは、難しいか

サトコ
「え?」

難波
行くぞ

私の手を取って、室長が立ち上がる。

(失敗しちゃったかな‥いや、そもそもこの作戦自体ズレてたのかも)
(これくらいで、室長がドキドキしてくれるはずないよね)
(大人の女性らしく振る舞うって、難しいな‥)

【部屋】

そのまま家に帰ると思ったのに、連れて来られたのはレストランが入っているホテルの部屋だった。

サトコ
「ど、どうして‥」

難波
いつも俺の部屋だからな~たまにはいいだろ

(もしかして、さっきお水を買いに行ったときに、部屋を取ってくれた‥?)

でも今は驚きよりも、大きな窓の向こうに広がる夜景に釘付けになる。
窓に近寄り、眼下に広がる輝く光を眺めていた。

サトコ
「室長!綺麗ですね‥!」

難波
そうだな

サトコ
「見てください!きっとあの辺が学校で‥」
「わあ‥イルミネーションもすごい!」

さっきまで、室長に釣り合う女性になりたいと悩んでいたはずなのに、夜景を見て一気に吹き飛んだ。
でもひとしきり感動した後、ようやく我に返る。

(はっ、こういうところが子どもっぽいんだよね‥酔いもあってテンション上がっちゃったし)
(つい夢中になっちゃったけど、室長、きっと呆れて‥)

でもその不安をかき消すように、室長が私を後ろから抱きしめた。

サトコ
「室長‥?」

難波
やっぱり、伝えるのはなかなか難しいもんだな

軽々と私を抱き上げて、室長がベッドへ運んでくれる。
一緒にベッドに腰掛けると、髪を撫でながら諭すように優しい声音で話してくれた。

難波
前にも言ったが、お前はそのままでいい。無理する必要なんてない
俺がお前に望んでるのは、そこら辺の女が持ってるものじゃないからな

サトコ
「それって‥」

難波
‥やっぱりその服、肩と胸が開きすぎだ

苦笑しながら、室長が私の露わになっている首元から鎖骨へと優しく触れる。
手から伝わる熱に胸が高鳴るも、その表情はいつもとどこか違う気がして、
思わず室長の顔を覗き見た。

サトコ
「‥もしかして、少しでも気にしてくれてました?」

難波
あのなあ‥
‥おっさんは、過保護になっちまうんだよ

照れた様子の室長に、嬉しさで胸が高鳴った。

(室長‥あんな作戦でもちょっとはドキドキしてくれてたのかも)
(でも、改めてそう言われると、こっちまで照れる‥)

お互い、もじもじしながら笑いあう。
そっと見上げると、目が合った途端に室長が困ったように笑った。

難波
‥お前は、やっぱり無意識の方が厄介だな

サトコ
「え?」

難波
そういうのに弱いんだよなぁ
だからお前は、そのままでいい

頬に手を添えて、室長が顔を近づける。
でもなぜかいくら待っても、煙草の香りがする甘いキスが訪れない。

サトコ
「‥室長?」

難波
今日は、サトコから攻めてくれるんだろ?

サトコ
「‥‥‥!」

不意打ちで名前を呼ばれて、慌てて目を逸らした。

(ず、ずるい‥!こんな大人の駆け引きするなんて‥)

難波
ん?ほら早く

サトコ
「もうっ‥」

顔にかかった髪を耳にかけると、室長の胸に手を添えて思い切って自分からキスを贈る。
でも触れ合うだけの軽いキスでは、室長は満足しないらしい。

難波
これで終わりじゃないよな?

サトコ
「そ、それは‥」

難波
キスってのは、こうするんだ

サトコ
「あ‥」

頭を引き寄せられて、深く合わさった唇から吐息がこぼれる。
優しく激しいキスの中で舌を絡め取られて、室長が私の中を掻き回す。

(‥いつもこうして、何も考えられなくなる)
(室長がこのままでいい、って言ってくれるなら、私‥)

やっぱり室長には敵わないと改めて思いながら、その腕にすべてを委ねた‥

Happy  End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする