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ふれない夜を過ごすとき 加賀3話

【加賀マンション 寝室】

私を抱きしめていた加賀さんの腕も、寝入るとふっと緩んだ。

起こさないように注意しながら、そっとその中から抜け出す。

加賀

‥ん

加賀さんが寝返りを打ってこちらに背中を向けるのを待ち、ようやく緊張が解ける。

(‥大好きな加賀さんの腕の中なのに、抱きしめられてるのが辛かった)

(さっき加賀さんを断った理由も本当だけど、それだけじゃない)

お風呂に向かう加賀さんが無造作によこしたジャケット。

その胸元に、ファンデーションが付いているのを見てしまったのだ。

(あそこに付くってことは、それくらい密着したってことで‥)

迷った末に見ないフリをしてしまったけれど。

擦れるようについていた肌色が、目に焼き付いて離れない。

(腕を組んだのか、抱きしめたのか、そこまでは分からないけど‥)

(‥あの日のホテル街のことだって、結局はっきりしないままだし)

同性でも目を奪われるような可愛い女性と連れ立って、ラブホテルに入って行った加賀さん。

あれは仕事だったのだと信じてるけど、だからこその不安も出てくる。

(あの女性が同業じゃなくて、Sだとしたら‥)

何かの協力と引き換えに抱いている可能性も、ある。
(そうだとしても、それも公安としての仕事のうちだって割り切らなくちゃいけない)

(なのに‥私、あれからずっと頭の中がぐちゃぐちゃだ‥)

私も公安刑事のタマゴなのだから、加賀さんがそういう事をしていたとしても割り切れる。

そう思っていたのに実際直面してみると、全然気持ちが追いついてくれない。

背後の加賀さんは、深い寝息を立て眠っている。

(加賀さんは、平気ですか?)

(‥って聞いたら、きっと呆れられるだろうな)

加賀さんを信じているはずなのに、感情を整理しきれてない自分の弱さが情けない。

(‥遠いな‥なんか加賀さんが‥すごく遠い)

加賀さんのほのかな体温や寝息から逃げ出したくて、頭から布団をかぶる。

だけどその夜、私はなかなか寝付けなかった。

【ショップ】

何ひとつ確かめられないまま、加賀さんが再び捜査に戻ったあとの週末。

気分を変えたいなと思っていたところ、鳴子がショッピングに誘ってくれた。

サトコ

「うわっ、可愛い。これも!あれも可愛い!」

高揚に任せ、目に留まった服を片っ端から試着する。

(講義と訓練続きの毎日じゃ、可愛い服なんてめったに着られないもんね‥!)

鳴子

「うーん‥もう少し身体の線が出てた方がよくない?」

サトコ

「えっ、そう?これでも割と出してるつもりなんだけど‥」

鳴子

「チッチッ、それじゃあ愛されモテ服には程遠いね」

「私としてはこっちの方がオススメだなぁ」

鳴子が持ってきたのは、大胆に胸元が開いている服だった。

サトコ

「い、いや、それはさすがにちょっと‥」

(加賀さんに絶対鼻で笑われる‥!)

鳴子

「そう?残念。サトコの新境地だと思ったのに」

サトコ

「ごめんね。私にはまだちょっと早いかな‥」

鳴子

「ね、これ似合う?」

サトコ

「うん、似合ってる!可愛いよ」

互いに試着服を講評して、時には衝動買いのストッパーになったりもする。

完全に仕事から離れた時間は、あっという間に過ぎて行った。

【カフェ】

歩き疲れた足を休めようとカフェに入る。

サトコ

「私、こんな可愛い服買ったの久しぶりだよ‥!」

鳴子

「こんなに訓練ばかりじゃ、自分の性別忘れちゃいそうになるよね」

そう笑い合っていると、溜まっていた鬱屈も紛れる気がする。

(気を抜くとつい加賀さんとあの女性のことを考えちゃってたけど‥)

(やっぱりあれは良くなかったよね)

1人で悩んでいると、どんどん袋小路に入り込んでいってしまう。

(これから考え込んじゃう時は、誰かに一緒にいてもらえばいいのかな)

(さっき一度だけ加賀さんのことを思い出しちゃったけど、結構平気だったし)

(そうしてるうちに全部割り切って、元通りに加賀さんと向き合えるようになったりして‥)

ようやく希望が差した気がして、鳴子へ感謝しつつティーカップに口をつけた。

と、鳴子がある人物へ指を向ける。

鳴子

「うわっ、あの人可愛い」

サトコ

「え?」

(‥あっ、あの人!)

鳴子が指差していたのは、あの日加賀さんとホテル街にいた女性だった。

今は1人のようで、はつらつとした足取りで青信号を渡っている。

(今日は加賀さんと一緒じゃないんだ‥)

(じゃあ、やっぱり公安刑事じゃなくて‥S?)

(‥ううん、何か理由があって単独行動してるのかも‥)

一度は抜け出しかけた迷路に、一瞬で戻ってしまった。

鳴子の声に呼び戻されて我に返る。

鳴子

「あんなに可愛いと、女でもつい見ちゃうよね~」

サトコ

「う、うん‥そうだね‥」

鳴子

「背も高くて、細いのに引き締まってたね~。見た!?あの歩き方!」

サトコ

「そうだね。まるでモデルみたいで‥」

平静を装って相槌を打つ。

だけどやっぱり顔に出てしまったらしい。

鳴子

「サトコ、どうかした?何か言いたそうな顔してるけど‥」

サトコ

「あ、えっと‥実はね‥」

ホテル街でのあの女性と一緒の加賀さんを見かけたのだと言うと、鳴子は明るく笑った。

鳴子

「へえ、そうなんだ!」

「‥あっ、あの格好だし、ひょっとして同業とか?」

潜めた声に、私は小さく首を振る。

サトコ

「どうだろうね。その可能性はあると思うけど‥」

鳴子

「加賀教官には聞いてないの‥?って、教えてくれる訳ないか」

「っていうかずっと捜査にかかりきりだし、そんな時間ないよね」

うんうんと1人納得した鳴子が、気の毒そうな視線を私に向ける。

鳴子

「もしかしたら女性が何かアンタッチャブルなことだったら」

「それこそどんな目にあうか分からないしね‥」

(私も “アイアンクローで済んだらラッキー!” くらいのことが待っている気がする‥)

鳴子

「でも私、あんな先輩がいるかもしれないだけで元気が出るよ」

「女を捨てなくても、この仕事はできる!って言ってもらえた気がする」

サトコ

「‥‥‥だね!」

私がカラ元気で答えると、鳴子は呑気に笑った。

鳴子

「加賀教官もカッコいいし、あの2人だと美男美女で絵になるかもね」

サトコ

「‥!」

悪気のない言葉が、グサッと胸に突き刺さる。

(や、やっぱりそう思いますか‥)

(確かにあの2人はお似合いだった。多分、私とよりずっと‥)

そのあと気を取り直して、加賀さんに褒められる服を探そうと試みたものの、

カラ元気もそうそう続かず、後半のショッピングは殆ど楽しめなかった‥

【住宅街】

今夜は実家に帰るという鳴子と別れ、1人で寮への道をたどる。

一緒にいる間は無理して笑っていた反動もあり、加賀さんのことで頭がいっぱいだった。

(‥加賀さんに会って、あの人のことを確かめたい)

(だけど会ったところで何て聞けばいいんだろう‥)

ジャケットについたファンデーション、ホテル街で寄り添っていた姿。

頭の中をぐるぐる回るイメージは、何度振り払っても戻ってくる。

(それに鳴子が言ってた通り、仕事に絡むことなら答えてもらえない)

(‥分かってる。結局は私がどう受け止めるのかの問題で‥)

(でも‥その為にはまだまだ時間がかかりそうだよ)

ため息をついて立ち止まる。

(あっ、この辺りって確か‥)

あの日、迷子になっていた男の子を送り届けた時に歩いた道だった。

(あの子の口ぶりだとちょくちょく外に出されてるみたいだけど、今日は怒られてないかな‥?)

そう思った時、どこからともなく悲痛な叫び声が聞こえてきた。

(な、何‥?)

分からないけれど胸騒ぎがして、声がする方へと走り出す。

最初の角を曲がった途端、いきなり辺りの風景が変わった。

熱風が顔に吹き付けて立ち尽くす。

目の前で、見覚えのある家が炎に包まれていた。

(火事!?)

(しかも‥これ、あの子の家だ‥!)

男性

「近づくな、危ない!」

駆け寄った私を男性が止める。

サトコ

「消防署に連絡は!?」

男性

「とっくにしてるよ!だけど道路が混んでて、あと10分はかかるって‥!」

(そんな!)

母親

「い‥いやーっ!」

男性の声が聞こえたのか、あの子のお母さんが泣きながら燃える家に入ろうとする。

母親

「健太!健太ーっ!」

男性

「アンタ死ぬ気か!?入ったらダメだ!」

サトコ

「お母さん、健太くんはまだ中にいるんですか!?」

母親

「は、はい‥外にいると思ったのに、出てみたら姿が見えなくて‥」

サトコ

「そんな‥」

(あの子が、この火の中に‥?)

そう言ってるうちにも、炎は激しさを増していく。

(‥迷ってる時間はない!)

私は近所の方に頼んで、頭から水をかぶった。

サトコ

「どいてください‥!通して!」

男性

「って、おい‥!?」

サトコ

「一刻を争うんです!‥通してください!」

引き止める声を振り切って入り口を探す。

激しさを増す炎と熱風に一瞬ひるんだけれど、思い切って飛びこんだ。

その刹那‥

???

「‥サトコ!」

加賀さんの声が聞こえたような気がしたけれど‥

振り返る余裕は、なかった。

to  be  continued

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