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ハニートラップ 後藤

~ドキッとする女性の仕草~

【寮 談話室】

鳴子
「千葉くん、袖のところほつれてるよ」

千葉
「そうなんだよ‥縫おうとしたんだけど、裁縫苦手でさ」

サトコ
「あ、そうなんだ。じゃあ縫ってあげようか?」

千葉
「悪い、頼む」

サトコ
「うん」

取れかけていたボタンをついでに付け直す。

サトコ
「あとさ‥さっきから気になってたんだけど、顔色悪いよ。ちゃんと寝てる?」

千葉
「寝てるよ。最近は課題も落ち着いたし、7時間は寝てる」

サトコ
「栄養が足りないのかも。炭水化物とタンパク質‥は摂ってるよね」
「じゃあ野菜かな。ビタミンとミネラル‥あっ、食物繊維とかも‥」

千葉
「ちょ、ちょっと氷川‥」

近くで千葉さんの顔色をじっくり見ていると、鳴子がボソッと呟いた。

鳴子
「サトコ‥なんだかお母さんみたいになっちゃってるよ‥」

サトコ
「!!」
「えっ‥私が?千葉さんの!?」

鳴子
「うん、肝っ玉の世話焼き母さんって感じ」

サトコ
「ちょっと!」

千葉
「そ、そんなことないよ。えーと、氷川の方が俺の母親より若いし!」

サトコ
「千葉さん、それフォローになってないよ‥」

【個別教官室】

そんなやり取りがあった、翌日。

サトコ
「失礼します。資料を持ってきました」

後藤
‥ん

座って仮眠していた後藤さんが、ふっと目を開ける。

後藤
‥ああ、すまない

デスクの上には書類と栄養ドリンクが散乱していた。

サトコ
「後藤さん‥ちゃんと寝てますか?食事も‥」

後藤さんの目が、栄養ドリンクの空き缶に向けられる。
ゴミ箱にはコンビニおにぎりのゴミや、カロリーブックの空き箱が突っ込まれていた。

後藤
‥ん‥あぁ‥、‥‥うん‥

サトコ
「返事もおぼつかないじゃないですか‥」

(ずっと忙しそうだもんね。でもそれじゃあ身体が心配だな)

やきもきしているうちに、後藤さんがまたウトウトし始めた。

サトコ
「寝る時もデスクで仮眠とかじゃなくて、保健室で横になった方がいいですよ」

後藤
‥ん

サトコ
「ベッドに行った方がいいですって‥後藤さん‥」

肩に置いた手を、うるさげに振り払われる。

後藤
‥分かったから‥おふくろはまた‥

サトコ
「!?」

後藤
‥すぅ

(今、私のこと『おふくろ』って呼んだよね)
(まさか母親の春花さんと間違われたの‥!?)

鳴子に『お母さん』と言われてしまったことといい、
知らないうちにオカンキャラになっていたのだろうか。

(こ、これじゃダメだ‥『女』としての魅力をもっともっと磨かなくちゃ‥!)

【寮 自室】

早速買ってきたファッション雑誌を開いて研究する。

(次に流行るメイクってこんな感じなんだ。今度アイシャドウとか買いに行こう)

そこへ後藤さんからメールが来た。

『明日、授業前に教官室に来てくれ。配布を頼みたい物がある』

『分かりました』

途中まで返事を打ったところで考え込む。

(私も後藤さんも、絵文字とか顔文字とか普段使わないんだよね)
(‥たまには、使ってみようかな?)

『分かりました』
『後藤さん、ずっとお忙しいみたいですけど、身体に気を付けてくださいね』

サトコ
「後藤さんに会えるのを、楽しみに‥しています、っと」

少し悩んで、最後にぴょこぴょこ動くハートを付けてみた。

(な、慣れなさすぎてちょっと‥ぶりっこ的なものを感じるというか‥)
(私のキャラじゃなさすぎるというか‥)
(‥後藤さんはどう思うかな‥?)

返事はすぐにきた。

『すまない。よろしく頼む』
『こんな絵文字もあるんだな、初めて見た』

(わっ、反応してもらえた)
(なんだか、いつもより返信も早かったような‥)

少し嬉しくなり、手鏡を取り出して顔を覗き込む。

(ちょっと気を抜くとすぐに肌が荒れちゃうんだよね。スキンケアも見直してみようかな)
(リップももう少し成分のいいものにして‥)

後藤さんが喜ぶ姿を想像すると、なんだかやる気が湧いてきた。

(後藤さんはちょうど忙しいみたいだし)
(留守の間に、自分磨き頑張ってみようかな‥!)

【学校 廊下】

数週間後ーー

鳴子
「サトコ、最近髪キレイじゃん」

サトコ
「へへ、そう?シャンプー変えてみたんだ」

褒められて気を良くしていたところへ、後藤さんと黒澤さんが通りかかった。

サトコ
「あっ、お疲れさまです!」

(メールはしてたけど‥)
(後藤さんの顔、随分久しぶりに見たかも。思ったより元気そうでよかった)
(私が変わったことには気づいてくれるかな‥?)

後藤
ああ、お疲れ

黒澤
お疲れ様でーす

後藤
‥‥‥

後藤さんはじっと私の顔を見ていた。

(な、なんでそんなにびっくりした顔を‥)

黒澤
あれっ。サトコさん、更に可愛くなりました?

サトコ
「えっ‥いや、そんな‥」

黒澤
絶対可愛くなりましたって。ね、後藤さん?

後藤
いや‥女のそういうことは疎くてな

(うっ‥)

後藤
‥難波さんに呼ばれてるんだろ。早く戻るぞ

黒澤
あっ、そうでした
じゃあみなさん、失礼しまーす

(‥なんかあんまり、いい反応じゃなかった‥かな)
(方向性を間違えた?でも別にメイクが派手とかじゃないし‥)

【寮監室】

その夜。
差し入れを渡すという口実を付けて、後藤さんが泊まっている寮監室に顔を出す。

後藤
座ってろ。お茶ぐらい出す

サトコ
「ありがとうございます」

(今度はじっと見られたりしなかったけど‥さっきのはなんだったんだろう)

ガチャーン!!

サトコ

「!?」

【キッチン】

サトコ
「大丈夫ですか!?」

後藤
ああ‥気にするな。湯呑を落としただけだ

片づけを手伝おうと伸ばした手を、後藤さんが掴む。

後藤
危ないから、アンタは向こうで待ってろ

(‥あ)

後藤
!‥わ、悪い

サトコ
「いえ‥」

私の顔を間近で見た後藤さんに、ぱっと手を離されてしまった。

サトコ
「2人で片付けた方が早いですよ」

後藤
‥それもそうだな。頼む

2人しゃがんで片付けていると、自然と顔も声も近く感じる。

後藤
香水‥付けてるのか?

サトコ
「あ、はい。これ位なら大丈夫かなと思って」

後藤
‥それは誰かに言われて、か?

サトコ
「え?」

後藤
‥いや
‥アンタが随分変わったようだから、少し心配になっただけだ
俺の知らないところでいつの間にか‥可愛くなっていたから‥

サトコ
「‥‥」

(香水を付けたりしたからかな?)
(可愛いって思ってくれたなら、良かった‥)

それだけで十分満たされる。
破片をキレイに集め終えて、ポツリと理由を紡ぎ始める。

サトコ
「私、いつの間にか母親みたいにお節介を焼くようになってたので」
「後藤さんにもっと女性として見てもらえるように、頑張ってみたんです」

後藤
‥‥
アンタのこと、お節介だなんて思ったことなかったが‥
‥理由を聞いた瞬間に嬉しくなるのは、単純で勝手だよな

サトコ
「私も後藤さんに可愛いって言われて満足しちゃいましたから、単純で勝手ですね」

笑い合ってから、後藤さんはふと表情を変えた。

後藤
‥後で思い出したんだが、あのとき寝ぼけてたとはいえ、呼び間違えてすまなかった
そのせいで、アンタには余計な負担をかけたな

サトコ
「‥いえ」
「そのおかげで、後藤さんに可愛いって言ってもらえました」

後藤
アンタは、まったく‥

苦笑いをこぼしながら、後藤さんが私の頬に触れた。
こぼれた前髪を耳に流して、私に口づける。
熱い息が頬を撫でた。

後藤
‥いい匂いがするな

サトコ
「‥あ」

(そういえばあの香水、バニラがほのかに残るんだっけ‥)

後藤
‥好きだ、この匂い

サトコ
「後藤さん‥」

キッチンカウンターを背に深いキスを受ける。
手入れした髪を撫でる手を、耳に落とすキスも、裸の背中を滑る手も、すべてが穏やかで優しい。
その夜後藤さんは、まるで壊れ物に触れるように、ひときわ大事そうに私を抱いた。

Happy  End

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