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逆転バレンタイン 石神1話

【個別教官室】

サトコ

「わっ!」

バサバサと音を立てながら、デスクの上にあった山積みの書類による雪崩が起こる。

サトコ

「やっちゃった‥」

(最近仕事に追われてたから、片付ける時間なかったんだよね‥)

腐海と称していいほど、部屋は荒れに荒れていた。

ため息をつきながら書類を拾っていると、扉をノックする音が耳に届く。

石神

失礼します。課題を提出しに来ました

サトコ

「あっ‥」

石神

‥‥‥

部屋の惨状を見た石神くんの眉が、ピクリと跳ねる。

石神

‥あなたは後藤ですか

サトコ

「えっ?後藤くん‥?」

石神

なんでもありません

石神くんは小さく息を吐くと、散らばっている書類を手に取った。

(呆れられたかと思ったのに‥)

無言で資料を拾う石神くんの横顔を、そっと盗み見る。

私の補佐官を務める石神くんは成績優秀で、どこに出しても恥ずかしくない生徒だった。

(私より大人で、すごいなって思うことも多いし)

(それに‥)

サトコ

「あっ‥」

最後の一枚を拾おうとした瞬間、石神くんの手と私の手が触れ合う。

思わず顔を上げると、眼鏡の奥にある瞳と視線が絡み合った。

石神

‥‥‥

端正なその顔立ちに、鼓動が高鳴る。

(ど、どうしよう‥)

サトコ

「あの‥」

石神

‥このくらいでセクハラなんて言いませんから、安心してください

サトコ

「え?」

石神

‥‥‥

石神くんは書類をまとめると、デスクの上に置いた。

書類の横に、彼が持ってきた紙の束を置く。

石神

課題はこちらに置いておきますので、よろしくお願いします

それでは、失礼します

軽く一礼すると、石神くんは教官室を後にした。

その場で固まっていた私は、盛大に息を吐く。

(し、心臓に悪い‥!)

石神くんが私に補佐官になって、かなりの時間が経つ。

彼と接していくうちに、私は自然と恋心を抱くようになっていた。

(さっきみたいに、クールな対応をされることも多いけど)

(人を思いやれる優しさもちゃんとあるんだよね)

サトコ

「こうして手伝ってくれるし、嫌われてる訳じゃない‥」

「と、思い‥たいんだけど‥」

それ以前に、私は教官で石神くんは生徒。

立場上、彼に想いを伝えることは控えた方がいいのかもしれない。

(バレンタインも近いし、チョコだけでも渡したかったけど)

感情を読み取り難い石神くんが、私のことをどう思っているか全く分からない。

(やっぱり、無理かも‥)

【警視庁】

「氷川」

警視庁での合同会議後、ロビーを歩いていると、一柳さんに呼び止められる。

「さっきの会議、サンキュ」

「お前が意見を言ってくれたおかげで、今後、かなり動きやすくなりそうだ」

「上は頭が固い連中ばかりで手詰まりだったから、助かった」

サトコ

「いえ、大したことできなくて‥」

「一柳さんは立場的に板挟みになっちゃって大変ですよね」

「もし何かできそうなことがあれば言ってください!」

「十分やってくれてるよ、お前は」

そう言うと、一柳さんは私の頭を優しくトンと小突いた。

「公安もお前みたいな奴ばっかなら、やりやすいんだけどな」

サトコ

「そう言ってもらえるのは、嬉しいですが‥」

教え子である訓練生たちを、思い浮かべる。

サトコ

「今後は難しいかも」

「そんなに頭が固い奴らばかりなのか?」

サトコ

「頭が固いというか、個性的というか‥でも、優秀な生徒が多いんですよ」

「石神くんと加賀くんは毎回一位争いをしていますし、いいライバル関係だなって思います」

(その分、言い争いも絶えないんだけど‥)

だけど、それが彼ららしいのかもしれない。

サトコ

「それと‥石神くんは私の補佐官なんですが」

「細かいところに気を配ってくれていつも助かっているんです」

「あの堅物がなぁ‥」

「‥と、そうだ。手を出せ」

サトコ

「?」

言われたままに手を出すと、コンビニで売っているお菓子が置かれる。

「さっきの礼ってほどでもねーけど、余ったからやるよ」

サトコ

「ありがとうございます」

「じゃ、またな」

(私も、学校に戻らなきゃ)

私は一柳さんと別れると、警視庁を後にした。

【個別教官室】

バレンタイン当日。

鞄の中には、今日の為に用意したチョコが入っていた。

(一応、用意はしてみたけど‥)

本当に渡してもいいのか、渡したところで受け取ってもらえるのか‥気がかりなことばかりだった。

(う~ん、どうしよう‥)

石神

失礼します

頭を捻らせていると、石神くんが教官室にやってきた。

サトコ

「石神、くん‥?」

何故か彼の手に握られているハタキに、目が点になる。

サトコ

「そのハタキは、いったい‥」

石神

それよりも、氷川教官にお借りしたい本があります

逮捕術の専門書ですが、資料室のシステムで確認をしたところ

氷川教官が一か月前にお借りになっていました

(あっ、そういえば‥結構前に借りてたかも!)

サトコ

「ちょっと待って、この腐海のどこかにあるはずだから!」

書類をどかしながら探すも、なかなか見つからない。

サトコ

「あ、あれ?おかしいな‥」

石神

借りた日付が一か月前でしたので、階層が浅めのところでは?

サトコ

「か、階層‥?」

石神

そこの講義要綱あたりは、古すぎます

デスクの奥の‥ああ、そこです。ひとまず、その辺りを探してみてください

サトコ

「は、はい!」

石神くんに指示をされながら、書類をどかして本を探す。

私が探している間、石神くんは手にしていたハタキでパタパタと本棚を叩いてくれた。

(まさか、はじめからここを掃除するつもりでハタキを‥!?)

(あ、当たり前みたいに世話を焼かれている‥)

不謹慎にも嬉しい反面、それ以上の申し訳なさが込み上げる。

(うう、私ったら教官なのに‥)

サトコ

「い、石神くん!」

石神

見つかりましたか?

サトコ

「まだ、だけど‥放課後までに、絶対探しておくから‥!」

石神

しかし、この惨状では‥

サトコ

「いいから、いいから!ほら、午後の授業が始まっちゃうよ?」

石神

‥‥‥

石神くんは、チラリと時間を確認する。

石神

‥それもそうですね

放課後は資料室で課題をやる予定なので、見つかったら連絡下さい

それでは、お手数をおかけしますが、よろしくお願いします

そしてハタキを手にしたまま、石神くんは教官室を出て行った。

サトコ

「はぁ‥」

(石神くんには、情けないところばかり見られている気がする‥)

サトコ

「‥ううん、こんなところでめげてちゃダメ」

(とりあえず、今は本を探さなきゃ!)

私は両頬を叩いて気合を入れ直し、腐海に立ち向かった。

サトコ

「あ‥」

あれから数時間後。

机周りも片付き、ようやくお目当ての本を見つけられた。

サトコ

「あった‥!!」

私はすぐに紙袋へ本を入れると、鞄からチョコを取り出す。

(‥この間の一柳さんみたいに、おまけみたいな感じで、さりげなく入れて)

(待たせたお詫びといつものお礼って体なら、別に変じゃない‥よね?)

サトコ

「‥これで、よし」

紙袋の下の方に入れ、パッと上から覗き込んでもチョコが見えないようにする。

ほんのちょっと、下心はあったけど。

例え自分の想いを伝えられなくても、今は渡せるだけで充分だった。

(こんな気持ちで誰かにチョコを渡すなんて、いつ以来だろう‥)

不安と気恥ずかしさが入り混じった複雑な気持ちで、私は紙袋を抱えて石神くんの元へ向かった。

【資料室】

サトコ

「石神くん」

資料室に行くと、課題をしている石神くんの姿を見つけた。

サトコ

「本、持ってきたよ」

石神

連絡して頂けたら、こちらから伺ったのに

石神くんは目を瞬くと、紙袋を受け取る。

そしてチラリと中を確認すると、私に目を向けた。

石神

ありがとうございます

サトコ

「ううん、私こそ待たせちゃってごめんね」

石神

いえ

会話が途切れて、少しだけ寂しさが過る。

(石神くんの邪魔したくないし、一度教官室に戻って‥)

後藤

氷川教官、お疲れ様です

サトコ

「!」

突然背後から話しかけられ、慌てて振り返る。

サトコ

「後藤くんと東雲くん‥」

(いつの間に‥)

東雲

あれー?

東雲くんは石神くんが持つ紙袋に目を留めると、ニヤリと口角を上げる。

東雲

氷川教官、それチョコですか?

(なんて勘の鋭い‥じゃなくて!)

(と、とにかく、当たり障りのないことを‥)

石神

そんなわけないだろう。バレンタインなんてくだらない

(‥えっ!?)

石神くんは、冷ややかな目線を東雲くんに向ける。

石神

そんなことにうつつを抜かしている暇があるなら、訓練でもしていろ

東雲

ま、それもそうか

後藤

‥石神さんの言う通りですね。歩、行くぞ

東雲

はーい

後藤くんと東雲くんは、石神くんの言葉に納得して去っていく。

(バレンタインなんて‥くだらない‥)

頭の中で、先ほどの言葉を反芻する。

(もしかして、甘いものが嫌いとか?)

(バレンタインを軽蔑してるとか!?)

(まずい‥あの袋に、私からのチョコが‥!!)

私の目は、石神くんが手にしている紙袋に釘付けになった。

to  be  continued

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