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逆転バレンタイン 難波1話

【教官室】

(ついに戻ってきたんだ、ここに‥)

教官として初めて入る教官室は、今までとは全然感じが違っていた。

公安学校を卒業して早数年。

公安刑事として働いていた私は、今日から教官としてここで訓練生たちを指導することになった。

成田

「来たか」

奥の扉が開き、成田教官が現れた。

サトコ

「成田教官、おはようございます。今日からよろしくお願いします」

成田

「お前が教官に推薦されるとは‥」

サトコ

「これからの公安を支える人材育成のお手伝いが出来ること、とても光栄に思っています」

成田

「やる気なのは結構だが、お前も知っている通り、訓練生たちは各所から集められた精鋭揃いだ」

「くれぐれも舐められるなよ」

サトコ

「はい、心して臨みます!」

成田

「こちらとしても、新任だからといって容赦はしない」

「次の査定でお前のクラスがどんな結果を出すか、見ものだな」

突き放すように言われ、緊張感が私を包んだ。

(そういえば公安学校は、3ヶ月ごとの査定で評価が悪いと退学させられるんだった‥)

(全員卒業させてあげられるように頑張らないと‥!)

成田

「これがお前のクラスの名簿だ」

差し出された名簿を受け取ると、成田教官はニヤリと笑った。

成田

「あいにく、若干個性の強い面子が揃ってる」

「お前一人じゃ手に負えないだろうから、ベテランをサポートとして付けてやることにした」

サトコ

「あ、ありがとうございます」

成田

「教官経験はないが、優秀な公安刑事だ」

それだけ言うと、成田教官はさっさと出て行ってしまった。

名簿の表紙には、『担当教官:氷川サトコ、難波仁』と書かれている。

(難波さんっていうのか‥)

でも結局その日、難波さんは姿を現さなかった。

【屋上】

放課後。

校内の見廻りで屋上に上がると、見覚えのない男性がのんびりとタバコの煙をくゆらせていた。

(‥訓練生ではなさそう。でも教官にもこんな人は‥)

サトコ

「あ‥っ!」

私の声に、男性がゆっくりと振り返った。

サトコ

「あの、もしや難波さんでは‥?」

難波

‥キミが新任さん?

サトコ

「氷川サトコです」

難波

へぇ‥思った以上に若いな

難波さんはボソッと呟いてから、思い出したように煙草を持った手を軽く挙げた。

難波

難波仁です。よろしく

サトコ

「こちらこそ。これからお世話になります」

難波

ま、何でも言ってくださいよ

サトコ

「ありがとうございます!」

再びこちらに背を向けて煙草を吸い出した難波さんに頭を下げる。

(あんまりやる気はなさそうだけど、いい人そうで良かった‥!)

【個別教官室】

それから数日。

(今日も難波さん、講義に出て来なかった‥)

ため息をついていると、難波さんがようやく姿を現した。

サトコ

「難波さん‥今までどこに行ってたんですか?」

難波

別にわざわざお話しするような所でもありませんが‥

サトコ

「あの、いい加減サボり過ぎですよ?」

難波

あくまで俺はサポートなので、氷川教官の邪魔にならないようにと‥

サトコ

「邪魔かどうかは私が決めます」

難波

じゃあ、邪魔じゃない仕事を指示してもらえますかね?

(そんなことまで言わないと動いてくれないの?)

サトコ

「それじゃ、今日の課題の提出状況をチェックしてください!」

ドサッとレポートの束を目の前に置くと、難波さんは目を丸くした。

難波

こりゃ、ずいぶんあるな

サトコ

「嫌なら私が‥」

難波

いえいえ、きっちりサポートさせて頂きますよ

あまりやる気のない声で応えると、難波さんはブツブツ言いながらレポートに目を通し始めた。

(これからもずっとこんな感じなのかな)

(これじゃ、担当する訓練生が一人増えたようなものなんですけど‥)

(そうじゃなくても私は‥)

今日までの数日に起きた訓練生たちとのやり取りが頭を過る。

【取調室】

ドンッ

千葉

「うわっ‥勘弁してよ‥」

加賀

容疑者に勘弁なんかするか、このクズが

千葉

「それはあくまでも取り調べ技術の講義での役割で‥」

加賀

黙れ

サトコ

「やめなさい、加賀くん。もう講義は終わったんだから」

加賀

あ゛ぁ?

サトコ

「!」

ドンッ!

加賀

どんなことしてでも吐かせなきゃ取り調べの意味ねぇだろうが

新任が余計なこと口挟むんじゃねぇよ

サトコ

「し、新任でもあなたの上官なんだから‥!」

(これって壁ドン?顔、近‥)

加賀

‥俺に意見したいなら、ハニートラップの一つでも覚えてからきやがれ

【モニタールーム】

サトコ

「次に‥ん‥?」

(ハッキング?ちょっと待ってよ、今、講義中なのに‥!)

東雲

ふっ

サトコ

「もしかして、東雲くんなの?」

東雲

何がですか?

(そうやってシラを切って‥)

サトコ

「PCを見せてちょうだい」

東雲

はい、どうぞ

サトコ

「ちょっと、これ‥まだ作りかけの次の課題‥」

東雲

今回の分が済んじゃったので、次の課題はどんなかなと

サトコ

「あなたのPCスキルが高いのは認めるけど、こういうことは‥」

東雲

欲求不満

サトコ

「へ?」

東雲

紫って、その現れらしいですよ

サトコ

「紫?って‥え、やだっ‥!」

(なんで今日の下着知ってるの‥!?)

(ブ、ブラヒモ見えてた!?)

東雲

氷川教官、結構大胆

ちなみに別に何か見た訳じゃないのに安心してください

【個別教官室】

サトコ

「はあ‥」

(なんて扱いづらい訓練生ばっかりなんだろ‥)

(でも、みんなそれぞれにいいものは持ってるし)

(あまり型にはめずに自由に可能性を伸ばしていけたらと思うけど‥)

難波

何か、悩み事でも?

サトコ

「へ?」

ふと気が付くと、難波さんがじっと私の顔を覗き込んでいた。

(わ、近い‥!)

サトコ

「い、いえ!その‥教官として、私、このままで大丈夫かなって」

難波

ああ、そういうこと‥

何かためになりそうなことを言ってくれそうな予感に、私はじっと次の言葉を待った。

難波

いいんじゃないですかね

サトコ

「え‥?」

(そ、それだけ‥?)

ポカンとなる私を置いて、難波さんは時間を気にしながら出て行ってしまった。

【裏庭】

(難波さん、実は結構忙しいのかな‥)

次の講義に行こうと裏庭を通りかかると、加賀くんがタバコを吸っているのが見えた。

その隣には、難波さんの姿も‥‥

サトコ

「な、難波さん!?」

(忙しいのかと思ったら、タバコを我慢できなくなっただけ‥?)

(やっぱり、私の力になってくれる気なんて全然ないみたい)

【教場】

サトコ

「以上が、潜入捜査の手順になります。実地研修にあたっては、この手順を各自しっかりと‥」

石神

氷川教官、少しいいですか

私の説明が終わるのを待たずに、石神くんが手を挙げた。

サトコ

「‥なんでしょう?」

石神

潜入までの段階がいくつにも分かれていますが

すべて順番に行うより、多少は同時進行させた方がリスクを減らせると思うのですが

サトコ

「それは‥」

(‥確かに、石神くんの言うことにも一理ある)

(私が教えているのは、いわば “学校で教えるとき向け” の正当なやり方だけど)

(今は情報のスピードがどんどん速くなってるし)

(本当は現場や各自のスキルで柔軟に対応をしないといけないってこと言っちゃっていいのかな‥)

サトコ

「もちろん、時にはそういう必要も出て来るとは思います。これはあくまでも基本ですから‥」

ふと視線を感じて横を見ると、扉の小窓から成田教官が非難の目を向けていた。

サトコ

「!」

(今の発言、公安学校の教官としてはまずかった‥?)

【個別教官室】

あれから1週間。

やっぱり自分の教育方針についての迷いが晴れず、私は難波さんに改めて相談してみることにした。

サトコ

「難波さん、いますか?」

言いながら中に入りかけて、その場に凍りつく。

(な、何で半裸!?)

難波

ああ、氷川教官。こんな時間にどうかしました?

サトコ

「ちょっと、相談が‥」

難波

‥どんな?

(って、このまま相談しちゃう感じ?)

(どうして私が入ってきたのに服着てくれないんだろう‥しかも、結構いい身体‥)

思わず見惚れてしまいそうになるのを抑えて、私は真剣な表情で切り出した。

サトコ

「実は私‥自分の教育方針にいまいち自信が持てなくて‥」

「もちろん、自分ではいいと思ってやってるつもりなんですが」

「本当にそれが訓練生のためになっているのかどうか‥」

難波

いいんじゃないですかね、細かいことは

サトコ

「は、はあ‥」

(またこんな感じか‥)

難波さんの表情からは、何の感情も読み取れない。

その目には、どちらかというと突き放すような冷ややかさが浮かんでいるように見えた。

(そんなこと自分で考えろってことだよね。きっと‥)

難波

それはそうと、俺からもひとつ相談が

サトコ

「?」

難波

これ、貼ってもらえます?

難波さんはペロンと白いものを差し出した。

サトコ

「‥湿布?」

難波

ここ最近の激務が腰に来ちまって‥

(激務って‥一体どの辺が、でしょうか?)

呆れながらも、ゴロリとソファに横たわった難波さんの腰に湿布を貼ってあげる。

(服着てる時は全然分からなかったけど、すごい背筋‥)

湿布越しに鍛え上げられた筋肉が感じられ、その逞しさに思わずドキッとなった。

サトコ

「は、貼りましたので、私はこれでっ!」

赤面したのを悟られないように慌てて出て行こうとすると、目の前でドアが開いた。

成田

「難波さん、ちょっと‥」

サトコ

「な、成田教官!?」

成田

「氷川‥?」

(この状況、絶対誤解される‥!)

動揺して背後を振り返るが、難波さんは特に気にした様子もなく

ゆっくりとシャツのボタンを留めている。

成田

「これだから女は‥」

サトコ

「あの、これは、ちがっ」

成田

「こういう仕事は早いんだな」

成田教官の軽蔑の眼差しに見送られて、私はしょんぼりと部屋を出た。

【教官室】

翌日。

朝から出張だった私は、夕方になってから公安学校に戻ってきた。

サトコ

「ただいま戻りました。成田教官、今日は代わって頂いてすみま‥」

成田

「なんなんだ。あのクラスは!」

サトコ

「!?」

どうやら今日一日、私の代理でクラスを受け持ってくれた成田教官は、

訓練生たちに振り回されっぱなしだったらしい。

成田

「お前は今まであいつらに何を教えてきた?」

「こんなことになったのも、すべてお前の監督不行き届きだ」

「統率力も指導力もケジメもない。お前のような奴には、今日限り教官を辞めてもらう!」

サトコ

「そ、そんな‥」

返すべき言葉が見つからず、立ち尽くす。

その時、勢いよくドアが開いてーー

難波

‥‥‥

to  be  continued

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