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逆転バレンタイン カレ目線 石神2話

【資料室】

石神

何か用でも?

サトコ

「へ!?」

石神

先ほどから、何か言いたげにこちらのことを見ていましたよね

サトコ

「そ、それは‥」

声を掛けると、氷川教官は分かりやすく狼狽えだす。

石神

何か、手伝って欲しい仕事でも?

サトコ

「ううん、それはないけど‥」

不審な点を一つ一つついていくと、次第に冷や汗をかき始める。

そして、紙袋に手を掛けるとーー

サトコ

「ちょ、ちょっと待って!今読むの!?」

石神

‥は?

全力で止められて、思わず眉間にシワが寄る。

(この反応は‥)

石神

それが何か?

サトコ

「もうちょっと、後にしたら?」

石神

おっしゃっている意味が分かりません

それから、しばらく押し問答を繰り広げるとーー

サトコ

「ほ、本入れ間違えちゃった気がするな~!すぐ戻るから!」

石神

待ってくださーー

サトコ

「それじゃ!」

痺れを切らしたのか、氷川教官が紙袋を奪い取るように持ち去った。

走り去って行く彼女の背中を見て、疑惑はほぼ確信に変わる。

(あの紙袋には、チョコレートが入っていたのか)

(あそこまで焦っているということは‥)

石神

バレンタインなんてくだらない

先程の言葉を、気にしているのかもしれない。

石神

‥‥‥っ

俺は教官室までの最短距離を頭に描きながら、資料室を出た。

【個別教官室】

石神

‥‥‥

氷川教官より早く、教官室に辿り着く。

サトコ

「はぁ、はぁ‥」

それから間もなく、教官室にやって来た氷川教官は、

よほど慌てているのか、室内にいる俺の存在に気付いていないようだった。

石神

遅かったですね

サトコ

「!?」

俺の存在に気付くなり、氷川教官は大きく目を見開く。

彼女は何か言いたげにしているものの、言葉にならないようだった。

(まあ、考えていることは大方予想がつく)

石神

‥先回りできるルートを知っていただけですよ

そう告げてから立ち上がると、氷川教官の元へゆっくり近づいた。

石神

俺は‥分からないことを放置しておくのが嫌いなんです

サトコ

「っ‥」

真っ直ぐ見つめると、氷川教官は紙袋をギュッと抱きしめた。

石神

これに何が入っているのか、言ってみてください

サトコ

「それ、は‥」

石神

言えないようなものが入っているんですか?

紙袋の縁に触れながら言うと、彼女の瞳が大きく揺らぐ。

その仕草に何かを期待するような感情がふくらみ、心の中で自問自答する。

(この気持ちはなんだ?)

サトコ

「ほ、本が入ってて‥」

戸惑いながらも、正直に話し始める氷川教官。

石神

それと?

サトコ

「‥チョコレート、です‥」

彼女の頬は赤く染まっていき、その表情を見るだけで胸の奥が甘く疼く。

石神

何故、入れたんですか?

サトコ

「あの‥バレンタインなので‥‥」

石神

それで?

サトコ

「い、石神くんには、いつもお世話になっているから、渡したくて‥」

(その顔‥)

そのとき、前から感じていた氷川教官の好意と自分の胸に時折訪れる感情が交差した。

(そうか、俺は‥)

くだらないと思いつつも、何故、彼女からのチョコがこんなにも気になったのか。

彼女を傷つけてしまったかもしれない‥そのことが、どうして頭をチラついていたのか。

蓋を開ければ、その答えは至極簡単なものだった。

(俺も、この人と同じ感情を抱いているということか)

彼女への気持ちを自覚した途端、更にその先の言葉を確かめたくなる。

石神

じゃあ、ここにある気持ちは、お礼のみってことですね?

サトコ

「え‥?」

氷川教官は目を瞬くと、僅かに視線を逸らす。

そして頬を赤らめたまま、意を決するように口を開いた。

サトコ

「‥下心も、少しだけ‥‥」

その言葉を聞き、胸の内が初めて感情で満たされる。

(相手の好意が。こんなにも充足感を与えてくれるとは‥)

彼女にもらった言葉で、ほっと安堵している自分に気付く。

石神

‥そうですか、ならいいんです

満ち足りた感情で、眉間のシワが緩みそうになる。

何だかそれを見られたくなくて、すぐさま踵を返した。

サトコ

「え‥?」

石神

それでは、お疲れ様でした

サトコ

「あっ‥」

彼女への想いを胸に秘め、俺は足早に教官室を後にした。

【廊下】

廊下を歩きながら、新たに芽生えた気持ちと向き合う。

この気持ちは何ものにも代えがたく、大切だと感じた。

(とは言っても、緩みきった顔をあの人に見せる訳には‥)

眉間を人差し指で押さえながら歩いているとーー

サトコ

「ま、待って!石神くん!!」

石神

‥‥‥

愛しい人の声に、足を止めた。

振り返ると、彼女は戸惑った様子でこちらを見ている。

石神

まだ何か用ですか?

サトコ

「えっと‥」

彼女自身、俺の気持ちを測りかねているのだろう。

必死に言葉を探している姿が愛らしく、俺の胸をくすぐった。

(それなら‥)

石神

‥氷川教官

サトコ

「はい!」

俺はひとつ深呼吸をして、自分の想いを伝えるべく口を開いた。

(俺は、彼女のことが‥)

サトコ

「‥さん?」

石神

ん‥‥‥

遠くの方で、名前を呼ぶ声がする。

(誰だ‥?)

サトコ

「‥石神さん?」

(この声は‥サトコ‥?)

【石神マンション リビング】

意識が急浮上し、チョコレートの独特な甘い香りが鼻を掠めた。

ゆっくりと瞼を開ければ、サトコに顔を覗き込まれている。

辺りを見回すと、先ほどとは違う見慣れた景色が目に飛び込んできた。

(ここは‥俺の家、か)

どうやらサトコがチョコを用意してくれている間に、うたた寝をしてしまったらしい。

(最近、夜が遅い日が続いていたからな‥)

サトコ

「お疲れのところ、お時間を取って頂いてすみません‥」

「先にお休みになりますか?」

石神

いや、少し寝たらスッキリしたから問題ない

眼鏡を取りながら、目頭を押さえた。

(どういった夢だったか、あまり覚えていないが‥)

(腑に落ちない世界観だったような気がしなくもない)

サトコ

「‥‥‥」

心配そうにこちらを見るサトコの頭を、ポンポンと撫でる。

薄く微笑んでみせると、サトコは安心したように笑みを返した。

サトコ

「それじゃ、今持ってきますね」

サトコは一度キッチンへ行き、すぐにリビングに戻ってくる。

テーブルに置かれたのは、チョコプリンだった。

前のバレンタインの時とは違い、泡もダマもなく綺麗に作られている。

サトコ

「どうぞ」

石神

ああ、ありがとう

スプーンを差し出され、お礼を言いながら受け取る。

そしてスプーンでプリンをすくうと、口元に運んだ。

(美味い‥)

サトコの優しさを感じる味わいに、時間をかけて咀嚼する。

サトコ

「‥‥‥」

俺の感想を待っているのか、サトコから痛いほどの視線を受けた。

その表情があまりにも可愛らしくて焦らしたくなるも、ぐっと我慢する。

石神

サトコ

サトコ

「は、はい!」

石神

美味いな。また料理の腕が上達したんじゃないか?

サトコ

「本当ですか!?」

サトコは心底ホッとしたと言わんばかりに、胸を撫で下ろした。

サトコ

「よかったぁ‥。お口に合わなかったら、どうしようかと思いました」

嬉しそうに微笑むサトコに、笑みがこぼれる。

(自分に対して、こうも一生懸命になってくれるパートナーがいるなんて、俺は幸せ者だな)

サトコ

「尊敬と日頃の感謝も込めたので、喜んで頂けて嬉しいです」

石神

そうか‥

ふいに、ある言葉が口をつく。

石神

‥なら、このチョコに下心はないのか?

サトコ

「えっ!?」

サトコの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。

視線をあちこちに泳がせ、どのように返せばいいのか迷っているようだった。

(俺は‥)

(どうして、こんなことを聞いているんだ‥?)

不思議に思いながら、サトコの返答を待つ。

サトコ

「それは、その‥あ‥」

「‥ありますね‥‥ちょっとだけ‥」

石神

ふ‥

サトコ

「!」

正直に話すサトコに、口元が緩む。

サトコはそんな俺の反応を見て、恥ずかしそうに身体を縮こまらせた。

石神

サトコ

そんなサトコを、そっと抱き寄せる。

サトコ

「石神、さん‥?」

サトコは俺の顔を見上げながら、驚いたように俺の名前を呼んだ。

石神

俺もだ

サトコ

「ん‥」

そっと唇を撫でて、キスを贈る。

チョコを食べたばかりのせいか、いつもより甘い味がした。

サトコ

「ん‥」

舌を絡ませると、サトコの瞳がゆっくりと閉じていく。

俺を求めるようなその表情に、サトコへの想いが込み上げた。

(下心、か‥)

(たまにはそういうものに、身を任せるのもいいかもしれない)

ガラにもなく、そんな考えが過る。

俺は本能の赴くまま、チョコレートのように甘くてとろけそうな愛情をサトコに注いだーー

Happy  End

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