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ふたりの卒業編 石神7話

【地下】

藤田陸斗の仕掛けた爆弾が土管の中で爆発した後。

石神さんの背後で動いたのは、気絶しているはずの藤田陸斗だった。

藤田

「終わりだと‥思うな‥」

サトコ

「!」

手錠をかけられた手で藤田が取り出したのは‥

(銃!)

銃口は真っ直ぐに石神さんに向けられている。

サトコ

「石神さん、藤田が!」

石神

‥‥‥

私の視線を追うように石神さんが振り返る。

彼は向けられた銃を見ても表情ひとつ変えなかった。

藤田

「こ、こんなところで終われるか‥!俺は、俺は‥っ、この瞬間のために生きてきたんだ!」

サトコ

「落ち着いて!話せばきっと考えが変わることもあるはず!」

「たとえ許せなくても、何か‥っ」

藤田

「‥知ってんだよ」

サトコ

「え?」

藤田

「石神が親父の口座に今でも金を入れてること‥俺らがそれで生きてきたこと‥」

「お前が何も感じてないわけじゃないのは、よく分かってる‥」

藤田の目にうっすらと涙が浮かぶ。

そんな彼から視線を逸らすことなく石神さんは藤田と対峙していた。

藤田

「けど‥金じゃ解決しないもんってあるだろ?俺が欲しいのは金じゃない‥」

「悪いと思ってんなら、返してくれよ!親父を‥海斗を返せよ‥!!」

藤田の悲痛な叫びが響き、場が膠着したように静かになる。

(私に何ができる?どうしたらいい?)

<選択してください>

A: 藤田を説得する

(藤田を説得したいけど‥)

藤田

「‥くそっ!海斗!親父‥!」

(今の藤田に、こちらの話を聞く余裕はなさそう‥)

(言葉で納得できないなら、どうすればいいの?)

B: 石神の動きを待つ

(今の藤田に、こちらの話を聞く余裕はなさそう‥)

(言葉で説得できないなら、どうすればいい?)

考えても答えが出ない時は不用意に動かない方がいい。

(今は石神さんの出方を待とう)

C: 石神を庇うように前に立つ

(万が一、石神さんが撃たれたときのために!)

彼の前に立とうとすると、一瞬だけ石神さんが鋭い視線を送ってきた。

『動くな』と言っているのがわかり、私は動きを止める。

(石神さんにも考えがあるんだ。ここは下手に動くのはやめておこう)

石神さんを見ていると、彼は一歩前に出て藤田との距離を縮めた。

石神

どう理由をつけたところで、俺がお前たち家族を壊したことに違いはない

殺したいなら撃て

サトコ

「!」

石神さんは逃げも隠れもしないと言うように、その両腕を広げた。

(こ、こんなこと‥!でも、待って‥石神さんが自分の命を粗末にするとは思えない)

(石神さんの願いは、この国を守り続けること)

(その石神さんが、ここで命を捨てたりはしないはず!)

何か考えがあるのだろうと、額に嫌な汗をかきながら私は石神さんの動向を見守る。

藤田

「観念したってわけか?ははっ!なら話は簡単だ!」

「けどな‥俺が見たいのは、そんな顔じゃない」

「苦痛に歪んで助けを求めるお前の顔が見られないって言うなら‥」

「‥‥‥」

藤田が構えていた銃をゆっくりと動かす。

(今走れば、藤田から銃を奪える?いや、今の私の足でこの距離はギリギリ‥)

(乱射される可能性を考えれば無理は出来ない)

石神さんから離れた銃口は藤田自身のこめかみへと突き付けられた。

(自殺するつもり!?)

藤田

「もういい‥疲れた‥」

石神

‥‥‥

それが藤田陸斗の本心だったのだろう。

父親を失い、弟も遠くに行ってしまった‥

残された彼の気持ちを代弁するように、その頬を涙が伝う。

(胸を痛めて涙を流せる人が死んだりしちゃいけない!)

(生きて‥犯した罪は償う必要があるんだから‥!)

手は反射的に石神さんの腰にある拳銃に伸びていた。

視線は銃を持つ藤田の手だけを見つめ、まるで時間が止まったかのように冷静だった。

(今なら撃てる‥!)

私は一瞬呼吸を止め‥

パンッ!

(撃てた‥!)

藤田

「‥っ!?」

藤田の手から拳銃が落ち、彼は手をかばうようにうずくまった。

同時に石神さんが走り、身動きが出来ないように藤田を床へと押さえつける。

藤田

「な、何で‥っ!死なせてくれよ!もう俺には何も‥っ!」

石神

海斗は生きている

藤田

「‥‥‥」

まるで言い聞かせるかのように、石神さんの唇がゆっくりと動く。

石神

お前は海斗にまた家族を失う悲しみと苦しみを背負わせるつもりか

藤田

「‥ぁ‥あぁ‥」

今度こそ本当に藤田の身体から力が抜けるのがわかった。

後藤

石神さん、無事ですか!?

黒澤

うわ、何か派手に天井がぶっ壊れてますね。これ、大丈夫なんですか?

(後藤教官、黒澤さん‥)

二人に続いて応援の警察官、救護班も到着してやっと緊張が緩んでくる。

石神

この男が本物の藤田陸斗だ。連行しろ

後藤

はい。立て!

藤田

「‥‥‥」

後藤さんが藤田を立たせると、ぽたっと血がコンクリートの床に染みを作った。

後藤

撃たれているのか?

サトコ

「私が手を‥拳銃で自殺図ろうとしたので」

石神

適切な判断だった

後藤

アンタ‥撃てたのか

サトコ

「はは、何とか‥」

(撃てた‥迷いも震えもなく‥銃を撃つことで命を救えた‥)

拳銃を握る自分の手を見つめる。

(我ながら荒治療すぎる‥でも、使い方次第なんだ)

(国を守るということは‥この国で暮らす人々を守ることにも通じているのかも‥)

長いトンネルを抜けたような感覚にほっと息を吐いて石神さんを見ると‥

石神

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

事件の後にかすかな笑みを交わす、この瞬間は‥‥

少しだけ石神さんの近くに立てたような‥そんな誇らしい気持ちに私をしてくれた。

【病室】

オペラホールでの事件の後。

検査入院を兼ねて1日病院で過ごした私は、すっかり力を取り戻していた。

石神

元気そうだな

サトコ

「おかげさまで。ゆっくり休ませてもらったので」

夕方に退院する私に石神さんが迎えに来てくれていた。

サトコ

「あれから藤田陸斗は‥」

石神

警察病院に搬送され手当てを受けたが軽傷だ

最初の事件でお前が撃った男も意識が戻ったそうだ

サトコ

「本当ですか!?よかった‥」

(これでやっと心からほっとできそう‥)

安堵が胸に広がると、事件のことが頭に浮かんでくる。

石神さんにいろいろと聞きたいことが出てきて、私は視線を上げると口を開いた。

サトコ

「あの爆弾‥どうして、あんなふうに上手く爆発させられたんですか?」

石神

大砲の原理を応用しただけだ。爆発の力を一方に逃がせば、力の拡散を抑えられる

サトコ

「あの状況で、それを考え付いたんですか!?」

石神

それがどうした

当然のことだと言うような石神さんに私は目を見張る。

(あと1分で爆弾が爆発するっていうのに、そこまで冷静に考えられるなんて‥)

(黒澤さんじゃないけど、石神さんの “予想外の事態への対応の早さ” は神がかってる!)

サトコ

「やっぱり石神さんはすごいですね」

「私なんて、あの時の火災報知機の音の大きさにさえ驚いてたのに」

石神

火災報知器?

サトコ

「ずっと鳴ってたじゃないですか」

石神

‥そうだったか

サトコ

「そうだったかって‥え?あれ、聞こえてなかったんですか?」

石神

聞こえないのは不便かと思ったが、存外支障はないものだな

サトコ

「ま、待ってください。あの時の石神さんの耳、もしかして‥」

石神

あれだけ近くで爆発すればな。俺だけではなく、藤田陸斗もほとんど聞こえていなかっただろう

思い出すのは、爆弾が爆発する瞬間。

(あの時、私は手錠をされてて‥石神さんが私の耳を塞いでくれたんだ!)

サトコ

「すみません!私のせいで‥」

石神

あの場でお前を優先するのは当然のことだ

さらっと告げられる言葉に胸が熱くなる。

サトコ

「ん?でも‥あの時の石神さんと藤田陸斗、普通に会話してましたよね?」

石神

表情と唇の動きで大体何言っているかわかる

藤田とてあの状況では相手の言葉など最初から耳に入っていないだろう

サトコ

「そんな危ういかたちで会話をしていたなんて‥」

(一緒に事件を乗り越えたことで、少しは石神さんの近くに行けたかな‥なんて思ってたけど)

(大それた話だったんだ。まだまだステージが違い過ぎる‥!)

サトコ

「石神さんは‥いつ気づきましたか?最初に捕まえた男がダミーだって」

石神

インカムから聞こえてきた声に違和感を覚えた。事も上手く運び過ぎていたしな

あとでわかったことだが、ダミーの男は整形で顔を似せていたそうだ

サトコ

「そこまでするなんて‥」

石神

ダミーが整形の可能性は俺も考えていた。だが、そうなると他の計画が杜撰すぎる‥

こちらの想定通りであれば、裏があるのだろうと読んでいたが‥

窓の外に目を向けていた石神さんが私に視線を移した。

石神

お前を人質に取られたのは、こちらの落ち度だ

よく無事に戻った

石神さんの手が私の肩に置かれる。

今回の事件で労われるのは初めてで、目の奥に熱が溜まっていった。

サトコ

「卒業試験の最終課題‥合格ですか?」

石神

ああ

頷く石神さんに私は潤んだ瞳で微笑む。

(また公安刑事に、石神さんに一歩近づけた。この先、私は‥)

看護師

「氷川さん、退院の準備整いましたよ。手続きを済ませ次第、退院できます」

サトコ

「ありがとうございます」

石神

荷物は?

サトコ

「この鞄だけです。一泊だけでしたから」

ベッドを降りる私に石神さんが鞄を持ってくれた。

<選択してください>

A: 自分で持ちます!

サトコ

「自分で‥」

石神

せっかく迎えに来たんだ。少しは使え

(今日くらいは甘えてもいいのかな?)

B: ありがとうございます

(今日くらいは素直に甘えてみようかな)

サトコ

「ありがとうございます」

石神

荷物持ちに来たんだ。気にするな

C: 重くありませんか?

サトコ

「重くありませんか?その鞄に全部詰めてあるので‥」

石神

この程度が重いわけがないだろう

サトコ

「石神さん、力持ちですもんね」

石神

何をニヤけた顔で言っている。早く来い

病室のドアを開けて待ってくれている石神さん。

(そうやってあなたは‥ちゃんと立ち止まって私を待ってくれている‥)

追いかけてばかりいるようで、ふと気づくと隣で見守ってくれている。

それが石神さんという人だと思った。

【帰り道】

サトコ

「わ‥綺麗な夕焼け‥」

石神

街が真っ赤に染まって見えるな

病院からの帰り道。

すぐ家に着くのがもったいなくて、私は石神さんにお願いして途中でタクシーを降りた。

サトコ

「そういえば‥石神さんが『撃て』って言った時は、どうなるかと思いました」

石神

あの時は多少大仰でも態度で示さなければ

藤田陸斗の目には映らなかっただろうからな

防弾着を着用していたから撃たれても大事には至らないと考えていたが‥

頭を撃たれていたら、終わりだった

サトコ

「終わりだったって‥そんな簡単に言わないで下さいよ‥」

(こっちは心臓が爆発しそうなくらい緊張してたのに‥)

軽く睨んでも、石神さんは眉ひとつ動かさない。

石神

素人が発砲するうえで頭を狙う可能性は低い

銃を持ったことのある人間ならわかるが、そもそも狙いに命中させること自体が難しい

自分で思っている以上に引き金を引くハードルは高いしな

サトコ

「それは‥身を持って知っています」

石神

それに‥いざとなれば、お前が抜くと信じていた

サトコ

「石神さん‥」

(あの時‥私に命を預けてくれたってこと‥?)

ドクンっと鼓動が跳ねる。

石神さんを見つめると、彼も夕日に染まっていた。

夕日を映す眼鏡がその瞳を隠していて、私は目を細めて見つめる。

石神

サトコ

サトコ

「はい」

石神

公安刑事は正義の使者じゃない

理由も手段も問わないものだ。この国を守るためならば‥

サトコ

「‥はい」

石神

‥俺のこの考えも、藤田兄弟から見れば “悪” でしかないだろうな

これから歩む道にはきっと、いくつもの恨みを買う

大きな未来を見据えるように石神さんの目がさらに遠くに向けられる。

石神

だが、俺たちが見るべきは目先の善悪ではない

それはこの二年でお前も学んできたはずだ

サトコ

「はい」

(この二年、様々な葛藤があった)

(その中で石神さんが見せてくれたのは、常にあるべき公安刑事としての姿だった)

石神

俺が思うに‥お前はやはり公安には向いていない

サトコ

「‥‥‥」

凛とした石神さんのセナkを見つめる。

いつもこの背中を追いかけてきた。

(向いてない‥か。でも、どうしてだろう)

(この言葉に突き放されたような気持ちにならないのは)

石神

お前は人が好すぎる。思っていることがすぐ顔に出るし、狡猾さも足りない

その反面、妙に責任感が強く頑固で俺相手でも譲らないことがある

サトコ

「確かに、その通りです‥だから、勧めませんか?」

「あなたのあとを追いかけることを」

石神

そうだな‥

石神さんがゆっくりとこちらを振り返る。

逆光のせいでこの顔がよく見えなくて、私は何度か瞬きを繰り返した。

石神

追いかけるのならば、必ず追いつけ

サトコ

「石神さん‥」

石神

公安に向かないお前にだからこそ、見える世界があるはずだ

そして、それはお前の武器になる

(私だから見える世界、私の武器‥)

石神

‥お前が公安刑事にならないのは‥日本の損失だ

俺はそう、確信している

サトコ

「‥‥‥」

(私の中でもう答えは出ていた)

(でも‥あなたから、そう言ってもらえるのは嬉しくて誇らしい)

背筋が伸びるのを感じながら、私は石神さんを見つめ返す。

眩しい夕日の向こうに、やっと見える彼の瞳。

それは本心がなかなか見えない石神さんそのもののようだった。

サトコ

「石神さん‥藤田陸斗があの時、どうしたあなたを撃たなかったか‥わかりますか?」

石神

‥さあな

サトコ

「私は‥そうやって自分のことには鈍感なあなたが少し心配です」

苦笑いで告げると、石神さんの眉が軽く動く。

石神

どういう意味だ

サトコ

「石神さんの気持ちはちゃんと藤田陸斗に届いていたんです」

「届いたうえで、彼が何を思い感じていたかはわかりませんけど‥」

「あなたの思いの欠片が藤田陸斗にあったから、彼は撃たなかった。それは事実です」

石神

‥‥‥

(理論はわかるけど、いまいち飲み込めてないって顔ですね)

(でも、それでいいんです。あなたが取りこぼした心を‥私が集めることが出来れば)

(そのためにも、私は絶対にあなたに追いつきます)

サトコ

「私、思ったんです。国には、そこに暮らす人々がいる‥当たり前のことですけど」

「でも国を守ることは、そこで暮らす人々を守ることでもあるんだと‥」

「あらためて気づきました」

石神

ああ

私は両手を石神さんの前で広げた。

サトコ

「今は石神さんほど志高くいられないかもしれません」

「でも私もこの国を、ここで暮らす人々を守りたい‥」

「あなたが守るものを一緒に守りたい」

「だから、公安刑事になりたいです!」

はっきりと告げると、彼の口元にもかすかに笑みが浮かんだ。

これでいい‥そう思いながらも、私の心の奥から込み上げてくる言葉。

(もうひとつ、だけ‥)

頭に浮かんでくるのは銃口の前に立った石神さん。

(本音を言えば、怖かった。刑事でいる以上、あんな危険はこれからいくつもある)

(でも‥)

あなたを失いたくない‥‥

その想いに突き上げられるように、私は広げた手で石神さんの手を強くつかんだ。

サトコ

「石神さん‥あなたのことも守らせてください」

石神

‥‥‥

(誤解されやすいあなたを‥私は守りたい)

生意気なことを言っている自覚はあった。

でも今、この言葉を言わずにはいられなかった。

石神

‥お前にしか出来ないことがある‥それを認めたのは俺だからな

石神さんは笑うこともなく真顔で、私の言葉を受け止めてくれる。

石神

だが‥

サトコ

「は、はい」

石神

それにはまず卒業面接を通れ。模擬面接で答えが揃わなかったのは、お前だけだ

サトコ

「え?あ‥そうでした。はは‥頑張ります!」

石神

まったく、お前というヤツは、本当に‥

残りの言葉は夕日に溶け、ぎゅっと手を強く握り返される。

しばらく無言で互いの温もりを感じていると‥私たちの後ろで夕暮れが影を伸ばしていた。

to  be  continued

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