カテゴリー

ふたりの卒業編 石神 特典ストーリー

【教官室】

窓から見える木々の芽が少しずつ膨らみ始めている。

季節は巡り、再び春が訪れる。

(いつもなら季節の移り変わりなど気に留めることもないが···)

今年の春は特別だ。

(···ついにサトコも卒業か)

(入学した時は、ここまで成長するとは思わなかった)

暖かい風が部屋に吹き込むと、あの時の会話を思い出す。

石神
刑事になりたいという熱意があれば許してやる

サトコ
『!』

石神
···とでも言うと思うか?不要な人間はここにはいるべきではない
今なら他の人間には黙っておいてやる。直ちに自主退学しろ

(あれからもう二年···サトコがあそこで辞めていたら、今はなかった)

虚偽の上申書がなかったことにされるわけではないが、他の生徒に引けを取らぬほど成長した。

東雲
兵吾さん、卒業生の想定配属枠の資料、置いておきますよ

加賀
もうそんなもんが出てるのか

東雲から受け取った資料に加賀は目を通すこともなく、ファイルをデスクに放る。

加賀
あのクズも駒としてなら使えるかもしれねぇな
うちの班に引き入れるか

石神
······

加賀がこちらに視線を送りながら、その口角を上げる。

加賀の言う “あいつ” が誰だか、それは聞くまでもない。

(そんな安い挑発に乗るバカがいるか)

東雲
それ、本気ですか?

黒澤
ダメですよ!サトコさんには、うちの班に入ってもらうんですから!
ねー、石神さん!

(いたか、ここにバカが···)

石神
俺の耳には何も入っていない

黒澤
耳に入れてくださいよ~
サトコさんに『黒澤先輩♪』って呼ばれて、オレの本当の春が来るんですから!

石神
どこに配属されても、我々公安課の目的はひとつだ

騒ぐ黒澤にため息をつきながらも、視線は自分のデスクの資料に向けられる。

(卒業生の想定配属枠一覧···黒澤に見つかったら、うるさそうだ)

それを他の資料で隠しながら···

(これはあくまで候補であり、具体的な配属先は未定···果たして、どこに行くことになるのか)

手元で成長を見たい気持ちもあるが、違う場所で鍛えられる姿を見たい思いもある。

(上の判断に任せるしかない···か)

【資料室】

サトコが補佐官でいるのもあと少し。

頼みたい作業があり教場を覗いたが、その姿を見つけることは出来なかった。

(資料室に行ったと佐々木から聞いたが、まだいるだろうか)

資料室の中に入ると、訓練生たちが勉強している姿が目に入る。

(サトコが入学したばかりの頃は、ここで過ごす時間も多かった)

(いつの間にか···この学校で様々な思い出ができているということだな)

過去に思いを馳せるのは柄ではないが、今だけは仕方がない。

今年の春は節目となる大切な時なのだから。

(姿が見えない。あとは奥の書架だけだが···)

更に進んでいくと、背の高い影が見えた。

(あれは···)

加賀
あぁ?本当にわかってんのか、テメェ

サトコ
「わ、わかってます!」

加賀がサトコの顔の横にドンッと手をつく。

加賀の背の高さもあり、ほとんど覆い被さるような態勢になっていた。

石神
······

ジリッと焼けるような思いが胸を焦がす。

(ここは校内、他の訓練生の目もある)

努めて冷静でいようと小さい深呼吸をすると、加賀の視線が動いた。

加賀
······

石神
······

(こっちの出方を窺ってるつもりか?)

(子どもっぽい真似を)

目をすがめて加賀に視線を返すと俺は眼鏡を押し上げる。

石神
やるなら目立たないところでやれ

サトコ
「!」

加賀
テメェが外せ

石神
言われずとも、お前に付き合うほど暇ではない

サトコ
「······」

視界の端でサトコをとらえると、彼女の瞳が揺れているのが見えた。

(誤解させた···か)

(違う言葉を選べばよかったか?)

(だが、ここは校内で加賀の前···他にどんな言葉があった···?)

自問自答する背中にサトコの視線を感じても、

今は振り返ることができなかった。

【寮監室】

その日の夜は遅くまで作業を続けていた。

(卒業間際はこちらで用意する書類の量も膨大だな)

結局サトコに手伝いは頼まず、全てひとりで処理することにした。

石神
······

キリのいいところでひと息吐くと、資料室でのサトコの顔が頭に浮かんでくる。

昼間から、あの時の光景が頭に浮かんでは意識的に消す···の繰り返しだった。

(まったく、これでは加賀の思うツボだ。もっと冷静になれ)

感情を理性で抑えつけようとしてもなかなか思うようにいかず、

それはさらに重いため息に変わった。

石神
当分眠る気にはならなそうだな

天井を仰ぎ、作業を再開しようとした時だった。

コンコン······と寮監室のドアがノックされた。

(こんな遅くに誰だ?)

サトコ
「氷川です」

(サトコ···)

石神
どうした

サトコ
「朝に頼まれた資料のまとめが終わったので···」

石神
そうか

(その作業の提出期限は明日のはずだが···)

もう少しで日付が変わる。

夜遅くに持ってくる必要もない···と思いながら寮監室のドアを開ける。

石神
ご苦労だったな。明日でもよかったんだが

サトコ
「石神さんが起きているようだったら、早く提出した方がいいかと思って···」

石神
確かに受け取った。ゆっくり休め

サトコ
「はい」

石神
······

サトコ
「······」

書類を受け取ってもサトコは帰る様子を見せない。

うつむき加減の彼女の表情はよくわからなかった。

(···部屋に入れるべきか?)

昼間は加賀がいたし、周りの訓練生の目もあった。

だが今は夜遅く、寮の廊下には誰もいない。

サトコ
「あの···少しお話したいことが···」

やっと視線を上げたサトコに俺はもう一度周囲を確認する。

(今なら構わないか)

石神
···入れ

サトコ
「失礼します」

サトコは小さく頭を下げると再び目を伏せて部屋の中へと入ってきた。

石神
コーヒーでいいか?

サトコ
「おかまいなく。すみません、まだお仕事中だったんですね」

石神
ひと息つこうと思っていたところだから気にするな

インスタントコーヒーを淹れてテーブルに持って行くと、サトコは小さく頭を下げる。

石神
話というのは何だ?

サトコ
「ええと、その···今持ってきた書類、問題なさそうですか?」

石神
ああ···そうだな。よくまとまっていると思う

(今すぐ確認させるために中に入ったのか?)

パラパラっと確認しながら、様々な憶測が頭を巡る。

石神
詳細はまた明日確認するが問題ないだろう

サトコ
「そうですか。よかった···」

石神
······

サトコ
「······」

また沈黙が流れる。

(資料室での件、こちらから触れるべきか?)

(しかし加賀の前だったんだ。サトコも事情はわかっているだろう)

(わざわざ説明する必要も···)

いろいろと考えていると、サトコが立ち上がった。

サトコ
「で、では、私はこれで···」

何か言いたそうな顔のまま帰ろうとするサトコに反射的に身体が動いていた。

その腕を掴むと、サトコが目を見張る。

石神
本当に用はそれだけか

サトコ
「そ、その···」

頭に思い浮かぶのは加賀との距離を縮めていたサトコ。

ぐっと手を引くと、あの時以上にサトコを引き寄せた。

サトコ
「すみません。あの···お察しの通り、あれは注意されていただけなんですが」
「その、石神さん、平気そうだったから···」

石神
······

(平気そう···だと?)

サトコ
「石神さんのことだから···」

続きを話そうとするサトコの声が遠くに聞こえる。

近い距離の彼女の声よりも頭の中でこだまする自分の声の方が遥かに大きい。

石神
···誰が平気そうに見えるって?

サトコ
「え···」

声が低くなるのが自分でもわかった。

冷静で分別のある教官の声ではない···素の男の部分が覗く声。

(微かな苛立ちは···こちらの気も知らないで···ということか)

(昼からずっと、あの時のことが頭から離れていないと知ったら、お前はどんな反応を見せる?)

石神
加賀に限ったことじゃない
お前が俺以外の男に触れられるなど···許容できると思っているのか

サトコ
「で、でも石神さん、『やるなら目立たないところでやれ』って···」

石神
お前は···察しがいいのか悪いのか、わからない奴だな。まあ、概ね悪いのか

サトコ
「そ、そうですか!?」

石神
まったく···

心外そうな顔をするサトコに、鈍感さを愛しく思う気持ちと焦れる気持ちが生まれる。

両手を伸ばすと、その頬を包み額を合わせた。

石神
自分の女が他の男に触れられて何も感じないわけがない
···こんなことを言わせるな

サトコ
「い、石神さん···」

触れている頬が熱くなってくるのがわかる。

視線を合わせようとすると恥ずかしいのか、逃げる瞳がさらなる支配欲を呼んだ。

(そういう顔を俺以外には見せるな)

サトコを相手にすると、こちらの想定通りにいかないことが多い。

(仕事では想定外のことに対応してばかりなんだ)

(···プライベートくらい振り回されてみるのもいいかもな)

サトコ
「よかった、です···」

はにかんだ笑みで告げるサトコに緩んでいた理性のタガが外れるのを感じる。

石神
この時間なら、もう業務時間外だな

サトコ
「え···」

眼鏡を一度押し上げ、そのまま後ろにあるソファに押し倒すサトコが目を瞬かせる。

サトコ
「い、石神さん?」

石神
なんだ

サトコ
「なんだって···んっ···」

サトコの唇を塞ぎ、角度を変えては何度も重ねる。

浅くなった吐息を絡め取るような口づけをすると、サトコの瞳が戸惑うように揺れた。

(急ぎ過ぎか···)

一度唇を離すと、照れた顔のサトコが視線をさまよわせる。

そして何かに気付いたように視線を止めた。

サトコ
「ジャケット脱いでるの···めずらしいですね」

照れ隠しなのか、微笑むサトコに俺は身体を起こした。

石神
どうせ、これも脱ぐ

サトコ
「えっ···」

(※クリックで拡大)

サトコを組み敷いたままネクタイを緩めシャツを脱ぐと···

目を見張ったサトコの顔がさらに赤く染まる。

サトコ
「え、あの···こ、ここでですか!?」

石神
ベッドがいいか?

サトコ
「そ、そうじゃなくて···」

それ以上のことは言えずに口ごもるサトコに、俺は彼女の顔の横に手を突いた。

石神
加賀はよくて俺はダメなのか

サトコ
「!」

(自分で思っているよりも嫉妬深いタチなのかもな)

サトコ
「そ、それってくらべることじゃな···っ」

石神
しっ

サトコの声が大きくなりかけたところで、コツコツ······という靴音が廊下から響いてきた。

サトコの口に手を当て、廊下の様子を窺う。

(この踵を鳴らす歩き方···加賀か)

ピッタリと合わせられた肌から、サトコの鼓動がかなり早くなっているのが感じられる。

石神
加賀の足音だ。タイミングのいい男だな

サトコ
「ど、どうしましょう」

石神
お前が静かにしていれば気付かれはしない

サトコ
「は、はい···」

息を潜めるサトコに、俺はその肌に手を滑らす。

サトコ
「い、石神さっ···」

石神
気付かれていいのか?

サトコ
「だって···っ」

サトコは自分の手を口元に運ぶと必死に声を堪えている。

(涙が···)

彼女の目尻が光った。

だが一度触れた温もりを手放すことはできずに、さらなる熱さを求めていく。

サトコ
「···っ!」

石神
ようやく傷が治ったばかりなんだ。もう増やすな

サトコ
「でも···っ」

手に再び痕を残しそうなサトコに、その手を取った。

そして空いている方の手で眼鏡を放るようにテーブルに置くと···

石神
こうしておけばいいだろう

サトコ
「んっ」

その言葉ごと奪うように深く唇を重ねる。

サトコ
「···っ」

その間にも彼女の服を乱すと、口づけ越しに反応が伝わってくる。

コツコツコツ···と足音が近づく度に彼女は敏感になっていくようだった。

(加賀もたまには役に立つ)

近づいていた足音が通り過ぎ···

やがて遠くのドアが閉まる音がすると、サトコの身体からドッと力が抜けた。

サトコ
「石神さ···ん···こんなのずるいです···」

石神
何がだ?声を抑えるのを手伝ってやっただけだろう?

サトコ
「···なら、ずるいは訂正します。でもイジワルです」

石神
それは心外だな。俺は自分の気持ちを行動で示しただけだというのに
気に入らなかったか?

サトコ
「そ、それは···」

気に入らないのなら······と身体を離そうとすると、慌てたサトコの腕が俺の背を抱いた。

サトコ
「こ、これでいいです···」

石神
これとは、どれだ

サトコ
「い、石神さんの好きにしてください···」

石神
その言葉、忘れるなよ

サトコ
「んっ」

振り回されているようで振り回していて···

結局、彼女に溺れるように抱く俺が振り回されているのかもしれない。

だが、それでも構わない。

今の俺の世界を回しているのは、君なのだから。

Happy  End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする