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Season2 エピローグ 石神3話

【ホテル】

石神
俺が敬語をやめ、名前で呼ぶように提案したのは···
サトコが少しでも本音を言いやすいように···そう思ったからだ

石神さんの静かな声が私の耳に流れ込んでくる。

石神
お前は我慢しやすい体質だ。それは俺のためだったり、誰かのためだったり···
聞けばきっと無理をしていないと言うのだろうが
それでも俺はなるべくなら我慢などさせたくない

サトコ
「でも、公安刑事になるなら我慢というか、自分の心を殺すのも必要だと···」

石神
任務では必要だ。だが···恋人である時に、そんなことを望む男がいるか

その瞳に私を映しながら、石神さんの手が頬に添えられた。

石神
だから、恋人として過ごしている時は何でも言ってくれ

サトコ
「はい。石神さんがそこまで考えてくれているなんて···すごく嬉しいです」
「こんなに優しい石神さんといるんですから、今は我慢することなんて···」

何もないーーそう言いかけた私の唇に石神さんの指先が触れた。

石神
本当にないか···?

サトコ
「え···」

私の心の奥底まで覗いてくるような石神さんの瞳。

その視線を受けて、心の何かが小さく疼く。

(これって···)

脳裏に過ぎるのは桜の蕾。

(ああ、そっか···卒業式のこと···)

本当は石神さんがいなくて寂しいのに。

仕事なら仕方ない······と、気持ちを伝えることもせずに葬ってしまった。

(伝えるだけなら伝えてもいいってことなのかな···)

私は石神さんと視線を合わせたまま口を開く。

サトコ
「石神さんが···‥卒業式に来られないのは、やっぱり寂しいです···」

石神
そうか

サトコ
「はい···」

ベッドに座る私を立った石神さんが抱きしめた。

彼の身体に頬を預け、温もりが伝わってくると安心する。

(気持ちって···言葉にするだけで、心が軽くなるんだ)

(石神さんが本音を言えって言ったのは、こういう意味もあってのことなのかな)

石神さんの言動全てに愛情が感じられて、目の奥と胸が熱くなった。

私の髪を優しく梳く石神さんの手は、お風呂上がりということもあってか、いつもより温かい。

(あ、何か···)

零れた本音と共に込み上げてきたのは “秀樹さん” という言葉。

これまで意識して呼ぼうとしていた時とは違う感覚。

(今なら自然に名前で呼べそうな気がする···ううん、呼びたい···)

サトコ
「秀樹、さん···」

石神
ああ

秀樹さんの手が私の頭の後ろに回り、ゆっくりと押し倒される。

降りてくる口づけ···思えば久しぶりのキス。

サトコ
「秀樹さん···」

石神
···俺を名前で呼ぶ人間は、ほとんどいない
お前は···俺のーーー

先の言葉は口づけに溶ける。

消えた言葉には彼の孤独が透けて見えるようだったけれど。

より秀樹さんの心に近づきたくて、私は強くその背中を抱いた。

【体育館】

サトコ
「最後にもう一度、本日は私たちのために」
「このような盛大な卒業式を開いてくださり、ありがとうございました」
「心からの感謝の言葉を申し上げ、答辞とさせていただきます」

この会場に秀樹さんはいない。

けれど、この答辞は秀樹さんに見てもらいながら書いたもの。

(無事に終わりました。秀樹さん)

姿のない秀樹さんに頭を下げるように、私は深く一礼した。

【校門】

卒業式を無事に終え、各教官方への挨拶も終わらせる頃には人も随分減っていた。

サトコ

「今日でこの学校ともお別れか···」

夕日に染まった桜に彩られた校舎は、どこか温かい。

その景色を目に焼き付けるように見上げていると···コツ、という靴音が後ろから聞こえてきた。

(まさか···)

ハッと振り返ると、そこに立っていたのはーーー

千葉
「あの答辞、石神教官が聞いてたら感動してたね」

サトコ
「千葉さん···」

千葉さんがいつものように穏やかな笑みをたたえながら立っていた。

サトコ
「ありがとう」

同じように微笑んで答えると、千葉さんはわずかにその目を伏せた。

千葉
「学校は卒業したけど···石神教官への気持ちは···?」

サトコ
「···うん、そっちは卒業できないみたい。きっと、ずっと···」

千葉
「···そっか。うん、卒業しなきゃいけないのは、俺の方なんだな」

千葉さんが一瞬、目を閉じる。

そして次に顔を上げた時には、いつもの千葉さんだった。

千葉
「いいこと教えてあげるよ」

サトコ
「いいこと?」

千葉
「さっき石神教官が学校に来てた。体育館の方に行ったよ」

サトコ
「本当に···!?」

千葉
「エイプリルフールじゃないから安心しろって」

サトコ
「ありがとう!」

体育館の方へと駆け出そうとし、足を止める。

そして千葉さんを振り返った。

(この二年···千葉さんにもたくさん助けてもらった)

(公安刑事になってから、そのお返しができるといいな)

サトコ
「千葉さん、二年間ありがとう!これからもよろしくね!」

千葉
「こちらこそ、ありがとう。よろしくな」

千葉さんと笑みを交わしーー今度こそ、私は体育館へと走り出した。

【体育館】

(秀樹さん···!)

全力で走り、息を切らせながら体育館のドアを開けると‥

石神
······

サトコ
「石神さん!」

秀樹さんが振り返る前に私はその背中に抱きつく。

石神
卒業しても、慌ただしいところは相変わらずだな

サトコ
「今日は特別です」

口調こそ呆れ気味なものの、秀樹さんの声は優しい。

石神
少し力を緩めないか

サトコ
「このままじゃダメですか?」

石神
このままでは振り向いて君を抱きしめられない

ささやくような声が降ってきて、私は頬に血を上らせながら腕の力を緩める。

秀樹さんがこちらを向くとそっと抱きしめ返してくれた。

石神
卒業式、間に合わなくて悪かった

サトコ
「今、来てくれたんですから充分です」

(···仕事のあとすぐに来てくれたんだ)

式の後、誰もいなくなった体育館でふたりきり。

かけつけてくれたことが嬉しくて···思わず彼を名前で呼ぶ。

サトコ
「秀樹さんの方は無事に終わったんですか?」

石神
ああ。想定通りに全てが片付いた。もう少し早ければよかったんだが···
ここで会えただけいいとするか

サトコ
「はい!このあとの謝恩会には一緒に出られますか?」

石神
ああ。その前に、少し時間をくれ

サトコ
「はい、構いませんけど···」

(何だろう?)

体育館を出た秀樹さんは校舎に向かって歩き始めた。

【校舎 階段】

皆、謝恩会に移動した後のようで、夕焼けに染まる校内を歩くのは私たちだけだった。

秀樹さんと肩を並べて歩くと、ここで過ごした日々が蘇ってくる。

(本当にたくさんの思い出ができたな···)

サトコ

「桜、綺麗に咲きましたね」

石神
卒業生と同じだな

窓から見える景色を眺めながら歩いていると、プールが見えてきた。

サトコ
「あ、プール···」

石神
もう心穏やかにプールに入れるようになったか?

サトコ
「かなり時間が経ちましたから。もう絶対にプールサイドで頭は打ちたくないですけど」

(学校のプールで殺されかけるなんて思わなかった)

そう、あれは丸岡さんの事件の時ーーー

【プール】

サトコ
『公安の技術は、あなたみたいな使い方をするものじゃない!』
『国を守るために使うんです!』

丸岡
『じゃあ、お前はその公安の技術で死ね···!』

苛立った様子で、再びトリガーに手を掛ける。

引き金を引く、その時ーー

石神
よく言った

【廊下】

(あの時も私を助けてくれたのは、秀樹さんだった···)

石神
あの頃に比べれば逞しくなったな
今では自分で壁を乗り越え克服していく

秀樹さんが少し先に視線を向ける。

そこにあるのは射撃場。

(ついこの間まで撃てなかったなんて···)

その時のことを思い出すように右手を握ると不思議な感覚だった。

石神
どうした?

歩みが遅くなった私を秀樹さんが振り返る。

サトコ
「何だか不思議だなって思ったんです。プールでのことも、射撃場で過ごした時間も」
「遠い昔のように思えるのに、その時のことを鮮明に思い出すことも出来る」

石神
思い出深い出来事というのは、そういうものなのかもな

サトコ
「秀樹さんと、ここで過ごした時間も···」

石神
確かに···お前が入学してきた時のことは今でも鮮明に思い出せる

サトコ
「入学の時のことは出来れば、あまり···」

バツの悪い顔を見せると秀樹さんはふっと笑う。

石神
あの出会いだったから、今の俺たちがあるのかもしれない
···違うか?

サトコ
「そうですね。大変だったことも、辛かったことも、嬉しかったことも···」

話ながら歩いていると、先に資料室が見えてきた。

【廊下】

石神
······

サトコ
「······」

(資料室···)

ここでの思い出は私の胸を今でもかすかに締め付ける。

【資料室】

石神
···氷川

サトコ
『···っ』

石神
君は···
···勘違いならそれでいい

サトコ

『······』

【廊下】

(秀樹さんに初めて気持ちを知られて、距離を取られた···)

(今思えば、あの時は秀樹さんも戸惑っていたのかもしれない)

(だって、あのあとの告白は···)

石神
確か、お前が言うには恋愛もそう悪いものでもないんだったな

サトコ
『···そ、そうですよ』
『邪魔に感じる時だってあるかもしれませんけど···でも、悪いものじゃありません』

石神
なら、それを俺に教えてくれ

サトコ
「秀樹さん···今は、どうですか?」

石神
何の話だ

サトコ
「恋愛です。そう悪いものじゃないと···私は秀樹さんに教えられましたか?」

石神
そうだな···

立ち止まった私に石神さんは資料室のドアを開けた。

石神
ここから大きな桜の木が見える

私の問いには答えず、秀樹さんは資料室へと入って行く。

そのあとに私も続いた。

【資料室】

資料室の奥に進むと、秀樹さんは窓を開けた。

夕暮れ時の春風が吹きこみ、わずかに秀樹さんの髪を乱す。

石神
···ついに卒業だな

サトコ
「はい」

窓の外を見ている秀樹さんの顔は見えない。

けれど不意に彼の声が真剣なものに変わった気がして、私は背筋を伸ばす。

石神
···答辞、卒業生代表、氷川サトコ

ゆっくりと秀樹さんが振り返る。

サトコ
「秀樹さん···」

石神
お前の口から聞かせてくれないか

夕日を映す眼鏡の向こうに、秀樹さんの瞳を見つけ私はゆっくりと微笑んだ。

(二人きりの卒業式···秀樹さんの為のだけに言う、答辞)

私は小さく深呼吸をしてから口を開く。

サトコ
「桜が散る頃···この学校に入学した私には試練だらけの毎日でした」
「時には逃げ出したくなったり、卑屈になったり···自分に自信を持てなかった日もありました」

石神
······

秀樹さんの瞳は真っ直ぐに私を見つめている。

きっと今、二人の間に流れている時間は同じなのだと思う。

公安学校で過ごした二年を二人で遡っている。

サトコ
「けれど、そんな私がここまで来られたのは、いつも目標となる背中があったからです」
「石神教官···あなたの背中を追い続けてよかった」
「まだまだ遠い背中だけど···いつか必ず、石神さんと肩を並べたい」

石神
ああ

サトコ
「それから、秀樹さん」

強い風が吹いたのか、秀樹さんの後ろで桜の花が揺れる。

散った数枚の桜が中へと舞い込むと私たちの間を彩ってくれた。

サトコ
「刑事としてはまだまだですけど···」
「恋人して、隣にいられることが···私の何よりの幸せだと教えてもらいました」
「どうか、これからもあなたの傍にいられますように···この願いを答辞とさせていただきます」

石神
······
···生涯忘れられない答辞だ

秀樹さんの口元に微笑が浮かぶ。

滅多に見られない彼の笑顔に少し視界が滲んだ。

石神
この学校でやり残したことは、もうないか?

サトコ
「やり残したこと···」

ないーーと言いかけ、言葉を止める。

(ひとつだけある、かも)

(ここで想いを知られて、秀樹さんとの関係もここから始まった)

(だから、最後の締めくくりも、ここで···)

サトコ
「ここで···キスしたいです···」

石神
······

予想もしていない答えだったのか、秀樹さんがその目を軽く見張った。

急にしんみりした雰囲気が壊れてしまったようで、私は慌てて取り繕う。

サトコ
「い、いえ、今のは、あの···っ」

石神
先ほどの答えがまだだったな

サトコ
「え···」

石神
恋愛はそう悪いものではないと思えるかどうか···という話だ
これが答えだ

(※クリックで拡大)

サトコ
「ん···」

秀樹さんに抱き寄せられ、唇を塞がれた。

答えを教えるように何度も繰り返される口づけ。

サトコ
「秀樹、さ···っ」

何度名前を呼んだだろうか。

頭が真っ白になりかける時、やっと秀樹さんの唇が離れていく。

石神
答えになったか?

サトコ
「···はい、充分」

石神
なら、いい

キスの余韻を味わうように額を合わせる。

資料室に舞い落ちた桜の花びらの数が、ここで過ごした時間の長さを物語っていた。

石神
そろそろ行くか。あまり遅れると、他の奴らがうるさい

サトコ
「もうこんな時間···二人で過ごしていると、あっという間です」

謝恩会に向かおうと資料室を出ようとすると、秀樹さんが私の手をつかんだ。

そのまま手を繋いで歩き出す彼に、今度は私が驚く。

サトコ
「いいんですか?学校で···」

石神
これが最初で最後だ

眼鏡の奥を悪戯っぽく細める秀樹さんにドキッとさせられる。

(教官として補佐官として、恋人同士として···両方の顔で歩く、最後の時間···)

繋がれた手を見つめ、私もその手を強く握り返した。

旅行の夜、口づけに消えた秀樹さんの “お前は俺の特別なんだな···” という言葉が胸に返る。

(これからも秀樹さんの特別でいさせてください)

【校門】

遠ざかる校舎。

秀樹さんと過ごした日々を胸に······今、私は公安学校を卒業します。

Happy  End

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