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誘惑ランジェリー 東雲1話

【東雲マンション 寝室】

教官の部屋に招かれて、お泊りした週末。

サトコ
「うう···」

(なんか···すごく息苦しい···)

寝惚け半分で目を開けると、いきなり教官の真顔がドアップになった。

東雲
あ、起きた

サトコ
「ぶ···なんで鼻つまんでるんですか!」

東雲
···百面相の方が面白いから?

サトコ
「なんで半疑問形なんですか」
「私の安らかな眠りを返してください···!」

東雲
『安らかな眠り』って、もう9時だし
このまま寝てたらキミの目玉が溶けるんじゃないかと思って

サトコ
「私の目はそんなに簡単に溶けませんから···」
「次に私が先に起きたら、その高い鼻をつまんでやります」
「そして『く、苦しい···』って苦しむ教官を、温かく見守ってあげます!」

東雲
ふーん。ま、楽しみにしてるよ

呆れ半分といった笑みで受け流されてしまった。

(朝から安定の憎たらしさだ···)

横目で睨みつつ、枕元のペットボトルを手に取る。
私が水を飲み終えると、教官が布団の上から覆い被さってきた。

東雲
ところで、何か忘れてない?

サトコ
「何かって···」

(何でしょう···?)

東雲
今は朝。起きて誰かに会って、最初にすることは?

サトコ
「あ···すみません。おはようございます、教官」

東雲
はい、よくできました

そのまま、隣にゴロンと横になる。
一緒に朝を迎えて見る顔が、嬉しくも気恥ずかしい。

東雲
···なに照れてんの

サトコ
「えっ、いえ」
「ええと、こういうの、いいなと思ったんです···気怠い休日の朝」

東雲
ふーん···
···なんなら、もっと気怠くしてみる?

サトコ
「え···んっ」

答える間もなく唇が奪われる。
何とか受け入れると、意地悪に絡め取られた。

サトコ
「···ん···教官···」

耳を指先で撫でながら、尚もキスを深める。

優しくも容赦のない刺激に、私は朝から翻弄されっぱなしだった。

【リビング】

朝の触れ合いの名残を残したまま、食事と後片付けを済ませる。

(あっ、そうだ)

サトコ
「教官、何か観たいテレビあります?」

東雲
いや、別に

サトコ
「じゃあちょっと借りますね」

(「新選組が愛した女」の地上波ノーカット初放送)
(教官に頼んで、この間録画させてもらってたはず···)

レコーダーの録画番組一覧を呼び出す。

(あ、あれ?どこにもない···)

東雲
どうかした?

サトコ
「『新選組が愛した女』、録画しといたはずなんですけど···」

東雲
ああ···それなら消したよ、容量食ってたし

サトコ
「······!!」
「そんな、人が録ってたのを勝手に···せめて一言言ってくださいよ!」

東雲
オレのレコーダーの中身を残そうが消そうが、オレの勝手でしょ

サトコ
「う···」
「で、でも私、教官と観ようと思って楽しみに···」

東雲
オレはキミから何も聞いてなかった
だから、別に楽しみにしてない

サトコ
「······」
「···分かりました」

東雲
分かったって何が?

サトコ
「教官の言う通り、これは教官のレコーダーで」
「私に文句を言う権利はないですよね。すみません」

東雲
······
まあ、分かればいいけど

(これ以上あれこれ言っても、録画データは戻らないし)
(貴重な2人の時間をケンカに費やすのもつまらないし···)

そう思って話を切り上げたのだけど、ぎこちない雰囲気が残ってしまった。

(これはこれで、ちょっとな···)

一緒にいるのが気まずくて、逃げるように洗面所へ行く。

【洗面所】

(教官の言うことももっともだけど)
(あんな言い方しなくてもいいのに···)
(でも私の態度も少し嫌味っぽかったっていうか···)
(でもでもでも···)

もやもやとした気持ちまで洗い流す勢いで手を洗う。

ジャー キュッ

(あ···タオル忘れちゃった)

一緒のタオルを嫌がる教官に言われて、いつもは持参するのだけど···

(このままリビングに戻ったら床に雫が落ちそうだし)
(それはそれで、教官が嫌がるだろうし···)

とりあえず、後で断ることにして教官のタオルを借りる。

(あれ?この香り···)

【リビング】

(やっぱりコーヒー飲んでる···。教官、自分で淹れたんだ)

テーブルには私のマグも置かれている。

サトコ
「これ···いただいていいんですか?」

東雲
別に、飲みたくないなら···

サトコ
「飲みます!!」

東雲
···じゃあ飲めば

(もしかして、雰囲気を変えようと思って淹れてくれたのかな)

サトコ
「いただきます」

東雲
······

サトコ
「!···おいしいです」

東雲
そう

(本人は絶っ···対認めないだろうけど···)
(教官も、少しは悪いと思ってるのかな)

さりげなく教官との距離を詰める。

何か言われるかと思ったけど、教官は黙ってコーヒーを飲んでいた。

2人とも普段通りになって、すっかり油断していたころ···

東雲
ちょっと

(この声···不機嫌だ)
(私、また何かやっちゃったのかな···)

サトコ
「は、はい。何でしょう」

何となく、その場に正座してしまう。

東雲
あのさ···タオル使ったなら言ってくれる?

サトコ
「···あっ!」
「すみません!言わなきゃとは思ってたんですけど···」

東雲
『けど』?

サトコ
「······」

(教官がコーヒー淹れてくれたから、嬉しくてつい忘れました···)
(···なんて、正直に言ったら何をされるか···!)

サトコ
「···忘れてました。ごめんなさい!」

教官は長々とため息をつく。

東雲
『言うつもりだった』って、結局言わないなら同じじゃん

サトコ
「······」

東雲
キミってそういうところ、ほんっとガサツだよね
誰かが気にすることでも、自分がそうじゃないと、すぐ忘れる

これくらい、いつもは流せることだけど。

サトコ
「···教官だって、私が見たがってた映画、黙って消したじゃないですか」

東雲
は?それとこれと何の関係が···

サトコ
「私が大事にしてるものを、教官も大事にしてくれない事、あるじゃないですか」
「それを···私だけ無神経みたいに言わないでください!」

東雲
······
···無神経、ね

サトコ
「······!」

(その言い方···)
(まるで私が、くだらない理由で怒ってるみたいに···!)

サトコ
「···帰ります」
「1人で頭、冷やしてきます」

東雲
······
···その方がいいかもね

頭に血が上ったまま荷物をまとめる。

サトコ
「私はうっかりしてるから、またタオルとか忘れちゃいそうだし···」
「しばらくこの部屋に泊まるの、遠慮します」

東雲
!ちょっと···

サトコ
「失礼します!」

止める声にも振り返らずに飛び出した。

(教官のバカ!)
(教官の···アホ!···タコ!キノコ!!)

途中までは、私も頭に血が上っていた。

けれども··

【寮 自室】

自分の部屋に戻ってみると、じわりと後悔が襲ってきた。

(教官が言うことにも、一理はあるよね···)
(録画を消したのも、きっと他に録りたい番組があるからだろうし)
(タオルを使ってちゃんと言わなかったのは私なんだし···)

私が気まずく思っていた時、教官は黙ってコーヒーを淹れてくれた。
さりげない気遣いを、嬉しいと思ったばかりなのに。

(売り言葉に買い言葉とはいえ、失礼なこと言っちゃった)
(おまけに『当分泊まりは遠慮する』なんて···)

サトコ
「······」

(今朝はあんなに楽しかったのに)
(教官···まだ怒ってるかな···)

【カフェテラス】

それから数週間が経った。
相変わらず、あのケンカの件は曖昧なままだ。

(教官の家にも遊びには行くけど)

長居はせず、夜には寮に帰ってくる。

(時間が経ったから、何となく普通に話せてるけど)
(あんなこと言っちゃった手前、お泊りセットを持って行くのもなぁ···)

サトコ
「はぁ···」

鳴子
「随分大きなため息だね。どうしたの?」

サトコ
「あ···うん。ちょっと課題で行き詰ってて」

千葉
「あまり根を詰めない方がいいよ、氷川」

サトコ
「そうですね···気を付ける。···あ」

(教官からメールだ···)

『金曜夜20時、オレの部屋に来ること』

(···お誘いかぁ)

(嬉しいけど時間が時間だし)
(きっとちょっとしか話せないんだろうな···)

【東雲マンション】

金曜日の夜、お泊りセットは持たずに部屋に行く。
教官とごはんを食べて少し話しただけで、終電のアラームが鳴ってしまった。

サトコ
「それじゃあ私、帰ります」

東雲
···待って

サトコ
「え?」

東雲
これ

見覚えのない、畳まれた服を渡される。

(女物だ。それも新品の···)

サトコ
「ふわふわで可愛いですね···って、えっ」
「これ、ジェラートピコじゃないですか···!」

東雲
···さあ

サトコ
「さあって···教官が買ったんですよね···?」

(間違いない。前から欲しかったルームウエアだ···女子力高いやつ···)

上下お揃いのウェアの下にはタオルまで重ねられていた。
もちろんルームウェアと同じく、ふかふかで柔らかくて上質な。

サトコ
「教官、これ···」

東雲
使えば
キミが気に入れば、だけど

サトコ
「···っ」
「きょ、教官~~!!!」

感極まって思わず抱きつく。

サトコ
「タオル勝手に使っちゃって···」
「それで拗ねて、『もう止まるのは遠慮する』とか言っちゃって···」
「本当に···すみませんでした······!」

東雲
······
まぁ···オレも、勝手にキミの録画消したし

サトコ
「!」

東雲
···ごめん

サトコ
「···う···」

東雲
で、泊まるの。それとも帰るの?

サトコ
「泊まります···」
「教官がそんなに泣いて頼むなら、むげにはできませんから···」

東雲
オレ、泣いた覚えも頼んだ覚えもないけど?

憎まれ口を叩き合いつつも、久しぶりにお泊りできることになったのだった。

【寝室】

東雲
髪、ちゃんと乾かした?

サトコ
「はい!」

私の髪をチェックして、不満げに眉を寄せる。

東雲
全然まだじゃん

サトコ
「えっ。でも十分サラサラに···」

東雲
もういいから。ここ座って

ソファの前に座らされて、丁寧にドライヤーをかけてもらう。
その手つきが優しいのは、私の気のせいだろうか。

(このルームウェアとかタオルとかもすごく肌触りがいいし)
(お風呂に入る前も、何だかんだ気を遣ってくれたし)
(何だか今日は甘やかしてくれるな···)

東雲
ハイ、終わり

サトコ
「あ、ありが···」

お礼を言う途中で、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
教官の手が、確かめるように腕やお腹に触れる。

サトコ
「···っ」

東雲
······

サトコ
「あ、あの···」

東雲

サトコ
「?」

東雲
中のも、見たいんだけど

ルームウェアの胸元を軽くつまんで離す、それだけで身体が小さく震えた。

サトコ
「ええと···ど、どうぞ···?」

東雲
······

ファスナーに教官の指が掛かる。
そのままじりっ、じりっと下げられて···

サトコ
「···っ」

教官の選んだ、柔らかなパステルカラーの下着が覗く。
ルームウェアの間に隠すようにして、さりげなく入れられていたものだ。

(キレイなペールピンクなんて、私のキャラじゃないかも知れないけど)
(教官が選んでくれたものだから···)

東雲
······

サトコ
「に、似合うでしょうか···」

ドキドキしつつの問いかけに、教官はあっさりと···

東雲
まあ···普通?

サトコ
「えっ」

(そんな!)

東雲
悪くはないけどね。少なくとも、あの薄紫のよりは

サトコ
「うっ···何もその話をここで持ち出さなくても···」

しょんぼりする私に、教官は顔を近づける。
いじけた目を向けると柔らかく重なった。

サトコ
「···ん···」

東雲
······

サトコ
「きょうか···」

心のトゲを溶かすような優しいキス。
柔らかいのに、ゆっくりと追い詰められている気分になる。

(それに···)
(教官の、手···)

長い指が下着のストラップを探し当て、つー···っと撫でる。
それだけで満ち足りて、甘い吐息がいくつかこぼれてしまう。

東雲
······サトコ

時間をかけた触れ合いに、私はすっかりなだめられ···
教官の素直じゃない言葉を、キレイさっぱり忘れてしまったのだった。

Happy  End

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