カテゴリー

その気にさせてよ、早く 1話

「 “2度目の夜” は意地悪に」

【寮】

それは、卒業式を終えた3月後半のある日のこと。

(あと少しで新年度か)
(配属先はどこになるんだろう。できれば教官と一緒がいいな)
(同じ部署に配属されて、それで···)

サトコ
『さあ、大人しくしなさい!』

テロリスト
『う···ぐう···』

東雲
サトコ、よくやったね
さすが、オレの教え子で相棒だ

サトコ
『教官···』

東雲
愛してるよ。サトコ
これからも公私ともにオレを支えて欲しい

サトコ
『はい、よろこんで!』

(···なーんて!)

久しぶりの妄想に、つい頬が緩んでしまう。
もちろん、現実がそんなに甘くないのは百も承知だ。

(でも、最近教官との絆がより深まったっていうか···)
(やっぱり、「ハジメテの夜」は大きかったっていうか···)

サトコ
「キャーッ」

(どうしよう)
(なんか今、床を転がりたい気分なんですけど!)

【寮 談話室】

浮かれ気分のまま、私は談話ルームのドアを開けた。

(あ、鳴子だ)

サトコ
「おつかれ」

鳴子
「おつかれー」
「どうよ、準備は。順調に進んでる?」

サトコ
「準備?なんの?」

鳴子
「『なんの』じゃないよ、退居のだよ!」
「寮にいられるの、来週末までだよ?」

(うっ、そうだった)
(いろいろあって、すっかり忘れてた)

鳴子
「···その様子だと、全然手をつけてないでしょ」
「早めに動いた方がいいよ」
「配属先が決まったら、片付けしてる暇なくなるだろうし」

サトコ
「そ、そうだね」

(···ん?)

サトコ
「鳴子、その雑誌は···」

鳴子
「ああ、これ?去年の『UN・UN』」
「片付けしてたら、本棚から出てきてさ」
「息抜きのつもりで読み返してたんだけど、結構面白くて」

サトコ
「ふーん···なになに···」
「『アナタの恋が長続きしない理由』···」
「!?」

(こ、これは···)

鳴子
「なかなかエグい統計だよね」
「『女子の4人に1人が、2度目のエッチを拒否される時代』って」

サトコ
「······」

鳴子
「まぁ、ぶっちゃけ『最初のエッチ』=『ゴール』じゃないし」
「むしろ、そこからが勝負って考えるとさー」
「4人に1人は、次のステージに立てないってことだよね」

(そうなの?「4人に1人」が‥)

鳴子
「ふんふん、なるほど···」
「『今、仕事で忙しいから』が、拒否する時の言い訳・第1位なんだ」

サトコ
「······」

鳴子
「あとは···」
「へぇ···」
「『最初のエッチから2週間あいたら要注意』だってさ」

(2週間···)
(それって結構あっという間なんじゃ···)

【自室】

部屋に戻るなり、私はすぐさまカレンダーを確認した。

(教官との『ハジメテ』は、この日だから···)

サトコ
「···よし、まだ2週間じゃない」

(明日は教官とデートだし、そのとき「2度目」があれば···)

サトコ
「······」

(······ある···よね?)
(さすがに「2度目は1年後」なんてことは···)

けれども、相手はあの教官だ。

(卒業するまで、ほぼキスどまりで···)
(2度目の「好き」も1年以上言ってくれなくて···)

サトコ
「そうだ···それに···」

(教官にとって私は、本来「性的興奮を覚えないタイプ」の人間で···)
(そりゃ、この間はムラムラしてもらえたけど···)
(実は、アレが「1年に1度の奇跡」なんて可能性も···)

サトコ
「···っ!」

不安にかられた私は、すぐさま本棚に飛びついた。

(たしか、この辺に去年のレポートが···)

サトコ
「あった!」

女子訓練生を対象とした「セクシャル・エントラップメント講義」···
いわゆる「ハニートラップ」講義のレポート

(この時は、外部の特別講師が来たんだよね)
(それで、男子訓練生や教官への「聞き込み調査」が宿題に出て···)

【教場】

千葉
「えっ、『女性にドキッとする瞬間』?」
「俺は、その···」

「頑張ってる姿を見かけると、いいなって思うと言うか···」

【教官室】

後藤
何かに夢中になっている姿は、心惹かれるものがあるな

趣味でも仕事でも構わないんだが···
そういう女性は、ひときわ輝いて見えるように思う

【廊下】

黒澤
『萌え袖』とかいいですね!

ちょっとあざとさを感じられるところも含めて
あざとい女性、最高じゃないですか!

【資料室】

石神
悪いが、特に何も思い当たらない

そういう話を聞きたいなら、他を当たってくれ

【室長室】

難波
そりゃ『胸』を見た時に決まってるだろ

女性の胸には、夢とロマンが詰まって···
と、これ以上話すとセクハラになるな

【カフェテラス】

颯馬
話しても構いませんが、かなり長くなりますよ?

おそらく、メモしきれないでしょうから···
ICレコーダーを持って来てはいかがですか?

【階段】

加賀
·········あ゛?

このクズが

(で、最後に東雲教官に話を聞きにいったんだよね)

【モニタールーム】

(そうしたら‥)

東雲
『女性にドキッとする瞬間』?
なにそれ。面倒くさ···

サトコ
「そう言わずに、教えてください!」
「今日中にレポートを出さないといけないです!」

東雲
······

サトコ
「お願いします!」

東雲
·········エロ

サトコ
「えっ?」

東雲
エロいことをされたとき
それ一択じゃないの。男なら誰でも

【寮 自室】

(·········思い出した)

あまりにも身も蓋もない解答で、当時はかなり困惑した。
まだ、私が教官に恋する前の話だ。

(今でも変わってないのかな)
(でも、あの教官のことだから、単に適当に言っただけの可能性も···)

プルル···

(あ、LIDE···)
(教官からだ!)

ーー「明日の待ち合わせ、17時に変更でもいい?」

(えっ、夕方?)
(ランチに良さそうなお店、チェックしてたんだけどな)
(···ま、いっか。その後、一緒にいられれば···)

ーー「あと、泊まりはナシで」

サトコ
「ええっ!?」
「な、ななな、なんで···」

ーー「仕事で忙しいから」

サトコ
「!!!」

(どうしよう。これって、まさに···)

サトコ

「『2度目は拒否』パターン?」

暮らしをおトクにかえていく|ポイントインカム

【街】

そんなわけで···

サトコ
「はぁぁ···」

(目の下のクマ···ひどいな)
(寝たの、明け方だから当然だけど)

サトコ
「···ダメダメ!」

(マイナス思考は禁止!)
(デート中は余計なことを考えないって決めたんだから)

サトコ
「大丈夫、2度目はある···」
「きっと別の日に···近いうちに···」
「絶対ある···絶対ある···絶対に···」

大学生1
「やー、やっぱり2度目はないわー」

大学生2
「ああ、この間の女?」

大学生1
「そう!いちおう、ヤッた後は盛り上がったんだけどさー」
「冷静になってみると、やっぱないわー」

通りすがりの大学生が、容赦なく私の心を抉っていった。
これがゲームなら、HP「残り1」の瀕死状態だ。

(やっぱり、このままだとマズいのかな)
(教官を「その気」にさせる努力をしないと‥)

???
「···なに、その顔」
「熱でもあるの」

(···っ、この声は···)

サトコ
「教官······っ」
「お久しぶりでーー」

(ぐ···っ)

サトコ
「ひどいです!どうして避けるんですか」

東雲
キモいから

サトコ
「キモくないです!」
「久しぶりの愛情、受け止めてください!」

東雲
なにそれ、大げさすぎ
『久しぶり』って言うけど、せいぜい2週間···

サトコ
「2週間も経ってません!」

東雲
??

(···そうだ、久しぶりのデートに浮かれてる場合じゃなかった)
(2週間経つ前に、何とかして「2度目の夜」を迎えないと)

迷っていた心が、ようやく決まった。
やはり「努力なきところに道はない」のだ。

(そうと決まったら、まずは「作戦その1」···)

東雲
やば、もうこんな時間じゃん
映画館、直行でいい?

サトコ
「もちろんです」

(さり気なく···あくまでさり気なく···)
(教官が歩き出すタイミングを見計らって···)
(今だ!)

教官の左腕に手を絡めると、ギュウッとしがみついた。

東雲
···っ、なに?

サトコ
「で、デートですから!」
「教官と腕を組みたいなぁ、なんて」

実は、昨日「女性のセクシーな行為」について、いろいろ調べてみた。
そして、その中から使えそうなものをピックアップしておいたのだ。

(教官をその気にさせるセクシー行為・その1「腕組み大作戦」···)
(まずは第一関門突破!)

でも、この作戦のキモは「第二関門」だ。

(この後、さり気なーく、押し付けるんだよね)
(「胸」を···教官の腕に、ぎゅううう···っと······)

サトコ
「······」

(······ムリムリ!ハードル高すぎ!)
(そりゃ、ハニトラ講義で、そういう手法があるって学んだけど!)
(学ぶのと実践するのじゃ、天と地の差が···)

東雲
···なに、キミ
手汗すごいんだけど

サトコ
「···っ、す、すみません、その···映画が楽しみすぎて」

東雲
ああ、キミ···ずっと言ってたもんね
『PとDD』観に行きたいって

サトコ
「は、はい···」

(まずい···緊張しすぎて、拭き出すような汗が···)
(でも、ここを乗り越えて···)
(教官との、めくるめく「2度目の夜」を···っ)

東雲
手、解いて

サトコ
「えっ」

東雲
チケット。買ってくるから

(あ、もう映画館···)

サトコ
「ああ···っ!」

(待って!まだ第二関門が···)

けれども、そんな理由で教官を引き止めるわけにもいかなくて···

サトコ
「はぁぁ···」

(いきなり作戦失敗···)
(···ううん、まだまだ!デートは始まったばかりなんだから)
(次の作戦は···)

【映画館】

東雲
···はい、ソフトクリーム

サトコ
「ありがとうございます」

東雲
めずらしいね。キミがソフトクリームを食べたいって

サトコ
「そ、そうですか?」
「でも、ここのはすごく美味しいって評判で···」

東雲
普通のだけどね。どう見ても

(うっ、鋭い···)

でも、ここでソフトクリームを食べないわけにはいかない。
なぜなら、これが「作戦」だからだ。

(教官をその気にさせるセクシー行為・その2「ソフトクリーム大作戦」···)

某男性向けサイトによると
「ソフトクリームを舐める女性の姿はエロい」らしい。

(でも、これ···イマイチ理解できなかったんだよね)
(どのあたりがエロいのか、解説が書いてなかったし)
(ま、いっか。まずはひと口···)

サトコ
「うまっ」

(なに、これ···ミルクがすっごい濃厚!)
(最近のソフトクリームって、こんなに美味しいんだ)

東雲
······

(うま···ほんと、うま!)
(なんか、ソフトクリームを買って大正解···)

東雲
···ほんとに?

サトコ
「えっ」

東雲
そんなに美味しいわけ?そのソフトクリーム···

サトコ
「はい!教官もひと口食べますか?」

東雲
······じゃあ···

教官は身体を屈めると、ソフトクリームに顔を近づけた。
そして、ちら‥とのぞかせた舌で、濃厚なクリームを優しく舐めとった。

東雲
ん···

サトコ
「!?」

(···なに、今の)
(なんか、妙に色気が······)

東雲
あー、なるほど···
もうひと口いい?

サトコ
「は、はい、どうぞ···」

今度は、はむ···とソフトクリームのてっぺんを口にした。

東雲
ん···甘···

サトコ
「!?」

東雲
ん···んー···
悪くないね···確かに···

サトコ
「!???」

(ど、どうしよう···確かにこれ、妙にエッチぽい気が···)
(少し伏し目がちな感じとか、クリームを舐める唇の動き方とか···)
(なんか、すごくこう···夜のアレコレのような···)

サトコ
「って、ダメーーーっ!」

(違うから!私がドキドキさせる側だから!)
(これじゃ、立場が逆転しすぎ‥)

東雲
···なに、いきなり叫んだりして

サトコ
「···っ、すみません!」
「でも、その···なんていうか、その···」

口ごもってるうちに、上映開始のブザーが鳴り響いた。

東雲
ああ、もう時間じゃん
ほら、行くよ

サトコ
「は、はい···」

ソフトクリームは、まだ残っている。
でも、暗がりの中で舐めても、たぶん意味はない。

(つまり「作戦その2」も失敗···)
(でも、次は‥次こそは···!)

その後も、私はいくつかの「作戦」を試みた。
けれども、どれもこれも、まったくうまくいかなくて···

【街】

(はぁ···まさかの全敗)
(「2度目の夜」が、どんどん遠ざかってる気が···)

どうにかしたい。
でも、どうすればいいのか分からない。

(神様、私はどうすれば‥)

東雲
···もういい時間だね
そろそろ帰る?

(う···まだ帰りたくない···)

東雲
それか、どこかに寄る?
車で来てるし、あと1時間くらいなら···

サトコ
「行きます!寄り道します!」

(···きた、チャンス到来)

サトコ
「ふたりで···」
「教官とふたりきりで行きたかった場所があるんです」

東雲
ふーん···
じゃあ、そうしようか

(こうなったら最後の手段しかない)
(かなりハードル高いけど、とっておきの「あの作戦」を···)

そんなわけで、車で移動すること20分。
私たちがたどり着いたのは······

【車内】

東雲
なるほど、夜景の見える高台···ね
よく知ってたね、こんな穴場スポット

サトコ
「はい、まぁ···」

(ていうか、私も昨日初めて知ったんですけど)
(いろんなセクシー情報を集めている時に···)

実は、教官をここに誘ったのは「とある作戦」を成功させるためだ。

(夜景の見えるロマンティックなロケーション)
(なのに、夜は車通りが少ない超穴場スポット)

そして、何より···

(長時間、車を停めても怒られない無人駐車場付き!)

つまり、ここで遂行するのは···

(教官をその気にさせるセクシー行為・最終章···)
(「車でハニトラ大作戦」!)
(って、これが一番難易度が高いんですけど)

もはや、そうも言ってられない。
これまでの作戦は全て失敗してしまったのだ。

(勇気を出そう、私)
(まずは焦らないように···深呼吸、深呼吸···)

ガチャッ···

(えっ?)
(ああっ、教官が車から下りちゃう!)

サトコ
「待って、下りないで!」

東雲
·········は?

(ダメだ、急いで実行に移さないと!)
(まずは第1ポイント「相手の太ももの上に手を乗せる」···)

ガッ!

東雲
!?

(次、第2ポイント!)
(「相手の太ももに触れたまま、上目遣いに目を見つめて」···)

東雲
??

(第3ポイント···)
(「手を置いたまま、相手の膝の上に身体を乗り上げる」···)
(えっ、「乗り上げる」ってどうやって!?)
(ギアが邪魔で無理じゃない?)

東雲
なんなの、キミ。さっきから···

(···ううん、やればできるはず!)
(勢いつけて移動すれば、きっと······よし···)

サトコ
「えいっ!」

私は、半ば飛び乗るような勢いで、教官の膝の上に移動しようとした。
ところが、支点となるはずの太ももの上の手がずるりと滑って···

サトコ
「ぎゃっ」

東雲
ちょ···

ブォーーーーーン······

夜景の見える高台に、クラクションの音が虚しく響き渡ったのだった。

to  be  continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする