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ふたりの絆 後藤2話

【エレベーター】

張り込みからの移動中に乗ったエレベーターが突然停止した。

サトコ
「い、石神教官!」

石神
「···この暗さでは、俺も動くに動けない

(石神教官を押し倒してる!)

エレベーターが止まったことよりも、こっちの方が私には大事だった。

サトコ
「え、ええと、その···申し訳ありません!」

石神
不測の事態だ、気にするな。だが、見えてきたなら降りてくれるか
膝が太ももに思い切り入ってる

サトコ
「! し、失礼しました!」

慌てて退こうとすると、膝に力が入ってしまった。

石神
···っ

サトコ
「ほんとにすみません!」

石神教官のうめき声が聞こえ、私は飛び退くように離れた。

サトコ
「大丈夫ですか?脚···」

石神
ああ。停電で止まったようだな

起き上った石神教官が眼鏡を直してエレベーターを見回す。

石神
これだけ大きなビルなら予備電源もあるはずだ。すぐに復旧するだろう

サトコ
「そうですね。一応、緊急用の電話で連絡してみます」

(こういう時こそ落ち着いて、冷静に···)

思わぬ事態で乱れた心を深呼吸で落ち着かせる。

石神
説明、見えるか?

サトコ
「何とか···このボタンを押して···」

エレベーターに備え付けられている緊急用の電話を使ってみるものの···

サトコ
「···呼び出し音だけで、全然出ません」

石神
この辺り一帯が停電したなら、止まっているエレベーターも多いだろうからな

サトコ
「そうですね。しばらく様子を見ましょうか」

石神
ああ

薄暗いエレベーターの中。
少しずつ目が慣れてきても、沈黙が流れると落ち着かない。

(こういう密室って酸素が限られるんだっけ?エレベーターの中は大丈夫なのかな)
(でも、念のため···)

私はなるべく体力と酸素を消費しないように、隅に座り込んだ。

石神
疲れたか?

サトコ
「いえ、体力と酸素の温存のために、出来るだけコンパクトになっていようと思いまして」

石神
酸素の温存?

サトコ
「エレベーターで閉じ込められると、酸欠状態になるって聞いたことがあるので···」

石神
定員いっぱいになるくらい詰まっていれば、酸素が薄くなることはあるだろうが···
エレベーターは密閉されているわけではない。基本的には大丈夫だ

サトコ
「あ、そうなんですね···」

石神
だが、停電で空調ファンなどが回っていない可能性もある
無駄な動きをしないというのは正解だな。俺もお前を見習おう

そう言うと、石神教官は私の横に腰を下ろした。

石神
···いつの間にかお前も、らしくなってきたな

サトコ
「え?」

石神
いや、こちらの話だ。···そろそろ動き出しそうだ

サトコ
「わかるんですか?」

石神
上からモーター音が聞こえてきた

石神教官の話に、上に耳を澄ませた、その時ーー
パッとエレベーターの明かりが点き、空調も動き出すのがわかった。

サトコ
「直ったんですね!」

石神
そう長い時間でなくてよかったな

立ち上がると石神教官は1Fを押し直す。

(実際の時間よりも長く感じられた···)

下に向かって動き出したエレベーターに安心し、私も立ち上がった。

石神
停電の対応で三田村の退勤も遅れるだろう
今日はここまでにして、一旦仕切り直すか?

サトコ
「いえ、私だったら大丈夫です!こんな日こそ、張り込みを続けましょう」

石神
わかった

石神教官の言う通り、三田村の退勤は普段よりも1時間ほど遅かった。
そして、そのあと三田村が向かったのは自宅駅近くの怪しげなバーだった。

【後藤マンション】

サトコ
「こんな夜遅くに、すみません」

後藤
来てくれと言ったのは俺の方だ。気にするな

深夜になって張り込みが終わり、後藤さんからの連絡で私は彼の部屋へと帰って来た。

後藤
成果はあったか?

サトコ
「はい!男が出入りするバーを突き止めました」
「そこでも複数の外国人に接触していたので、写真を撮って颯馬教官に回してあります」

後藤
そうか。ご苦労だったな

サトコ
「今日は張り込みよりも、石神教官を押し倒しちゃったことが大変でした」

後藤
え?

サトコ
「あ···」

後藤
···聞き違いか?今、石神さんを押し倒したって···

信じ難いという顔で目を見開く後藤さんに、私は慌てて手を振った。

サトコ
「いえ、その不可抗力で···停電でミツバチカメラのエレベーターが止まってしまったんです」
「その衝撃で、石神教官を···」

後藤
ああ、そういうことか···

後藤さんが肩で息をつく。
そして、軽く私を抱き寄せると頭をポンポンッとした。

後藤
大変だったな。お疲れ
腹は減ってるか?

サトコ
「空いてますけど、今日はもう···それこそカロリーブロックでいいかなって感じです」

後藤
なら、俺が飯を作る。ちょうど風呂が沸いたところだ。アンタは風呂に入っていてくれ

サトコ
「え!?べ、別に大丈夫ですよ!本当にカロリーブロックでも」

(気持ちは嬉しいけど、後藤さんに任せたら大変なことになるかも···!)

後藤
···心配か?

サトコ
「う···」

<選択してください>

A: 心配です···

サトコ
「心配です···」

後藤
アンタの気持ちは分かる

心配が顔に出ると、後藤さんにフッと笑われる。

後藤
だがアレがあれば、きっと何とかなる

B: カップ麺でいいですよ

サトコ
「カップ麺でいいですよ」

後藤
信用ないな

サトコ
「そ、そういうわけではなくて···その、後藤さんも疲れてるかなと思ったので···」

後藤
こんな時のために、アレを買ったのを忘れたのか?

C: 信じてますけど···

サトコ
「信じてますけど···その···」

後藤
目が泳いでるぞ?

サトコ
「そ、そんなことは!ただ、後藤さんも疲れてると思うので···」

後藤
こういう時のために、アレを買ったんだろう

後藤さんが振り返った先にあるのは、先日買ったばかりのオートクック調理鍋。

後藤
材料と調味料を入れてボタンを押すだけで料理が作れるんだ
それくらいなら俺にもできる

自信を見せる後藤さんに私も手を打つ。

サトコ
「そういえば買ったんですよね!まだ使ったことないですけど···」
「それじゃ、楽しみにしてますね」

後藤
ああ。任せてくれ

(後藤さんの言う通り、材料を入れてボタンを押すだけなら大丈夫だよね)
(今日は甘えさせてもらおう)

後藤さんに料理を任せ、私はバスルームへと向かった。

【バスルーム】

サトコ
「ふぅ···」

(張り込みは立ちっぱなしが多いから、お風呂に入れるのは有り難い)
(それなりに情報は集まってるけど···)

お湯に浸かりながら、私は容疑者のことを考える。

(普通のサラリーマンに見える三田村が、どうして武器の密輸に関わってるのか···)
(武器の密輸方法もまだつかめてないし···)

悶々と考えていると、いつの間にか長湯してしまっていた。

サトコ
「のぼせる前に出よう」

(そろそろ後藤さんの料理も目処がつく頃かな)
(ふふ、後藤さんの手作り料理か···何作ってくれるんだろう?)

楽しみに思いながら髪を乾かし、バスルームを出るとーー

【キッチン】

(何だか部屋が焦げ臭い···?)

サトコ
「後藤さん?」

気になってキッチンを見ると、そこには立ち尽くす後藤さんの背中が見えた。

サトコ
「大丈夫ですか?」

後藤
···爆発した

サトコ
「!?」

(爆発したって、オートクックの鍋が!?)

後藤さんの隣に駆け寄ると···
目の前には爆発、とまでは言わないまでも鍋のフタが飛び半壊している。

サトコ
「ど、どうしてこんなことに···?」

後藤
俺にもわからない。何かの設定を間違えたんだろうか···
料理はできないが、調理家電くらい使えると思った甘さがいけなかったのか

落ち込んだ声を出す後藤さんの背中に軽く手を当てる。

サトコ
「偶然ですよ!とりあえず片付けましょう!」
「そのあと私が簡単なものを作りますから」

後藤
いや、俺に作らせてくれ。塩むすびとかになりそうだが···

サトコ
「それで充分です」

飛び散ったものを布巾で拭きながら、恐る恐る鍋を見てみる。

サトコ
「へえ···鍋の構造って意外と単純っていうか、中の部分はスカスカなんですね」

後藤
ん?そうだな。家電って、大体そういうものじゃないか?
案外空間があって、熱を逃がしたりするのに必要なのかもしれないが···

サトコ
「こういう空間がもっと活用されるようになれば、家電の小型化が進むかもしれませんね」
「パーツのひとつひとつは小型化が進んでるわけですし···」

後藤
自動洗濯物たたみ機の小型化も夢じゃないな

サトコ
「ふふ、後藤さんかなり期待を寄せてるんですね」

散らばったネジやバネを集めながら家電小型化の話をしていると···私の頭にある考えがひらめく。

(この方法だったら、家電に武器を隠せる!)

サトコ
「後藤さん、分かりました!」

後藤
何だ?突然···

サトコ
「三田村の武器の密輸手段です!」
「家電量販店に勤めてることと事件に関係があるのかって、ずっと考えてたんですけど···」
「今回の事件では、武器はパーツに分けられて入ってきているんですよね?」

後藤
ああ。別件で押収した拳銃から、組み立て式だと分かっている

サトコ
「武器のパーツを家電の中に隠せば···かなり気付かれずに密輸できると思いませんか?」

後藤
正規のルートじゃ厳しいだろうが、輸入のルートはいくらでもある···考えられるな

無残に壊れた鍋を見つめながら、後藤さんが深く頷いた。

後藤
石神さんに連絡しよう

サトコ
「はい!」

片付けを一旦横に置いて、後藤さんは携帯を取りに走った。

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【会議室】

翌日の夕方、石神班の会議が開かれる。

石神
昨夜の氷川の発想に基づき、黒澤が調べを進めた
三田村がミツバチカメラの発注ルートとは別に商品を輸入し
配送先を変更、一部の品を別の倉庫に送っていることがわかった

サトコ
「ということは、その荷物が···」

黒澤
充分すぎるほど怪しいですね

颯馬
その倉庫に出入りする人物を張ったところ
三田村が接触していた外国人の姿も多くみられました

黒澤
中で武器の組み立てを行うようなスペースもありましたね

後藤
間違いないな

石神
三田村が倉庫に行く日を狙い、突入する。そこで犯人グループを確保、証拠を押収する

全員
「はい」

そして三田村の行動予測から、明後日の突入が決まった。

【車内】

突入の日。
海辺にある倉庫から少し離れた場所に車を停め。最終打ち合わせが行われる。

石神
怪しい荷物のほとんどは船便で到着している。この倉庫にあるもので、ほぼ確定だ
荷物は簡単に持ち出せるものじゃない。容疑者を中心に確保していけ

全員
「はい」

石神
後藤、お前は裏から入れ。俺が正面を執る

後藤
はい

石神
窓の数は確認してあるな?

後藤
出入り口は全て頭に入ってます。今回抑えるべき箇所は3点···ですね

石神
ああ。そこさえ抑えれば全員確保できる

サトコ
「あの、3点って‥窓はたくさんあるんですよね?」

後藤
ん?ああ···

黒澤
石神さんと後藤さんはツーカーで打ち合わせしすぎです

颯馬
今日はサトコさんもいるんですから、もっとわかりやすい説明をお願いしますよ

黒澤
オレと周介さんだけの時は頑張ってエスパー的に察するんですけどね~

サトコ
「そ、そうなんですか?」

黒澤
そうなんです。石神さんと後藤さんって、すぐに二人きりの世界に入るから···

後藤
妙な言い方をするな

石神
説明不足だったのは確かだ。最初から話そう

(一柳教官と後藤さんの組み合わせもすごかったけど、石神教官とは、また特別に見える)
(最低限の言葉で伝わってるっていうか···)

相棒としても後藤さんの一番になるのは、私の大きな目標のひとつ。

(石神教官も一柳教官も超えていかなきゃいけない)
(···でも、いつか必ず超えてみせる!)

そのためにも、まずはこの突入を成功させなければならない。

石神
説明は以上だ。準備はいいか

後藤
はい

黒澤
OKです!

颯馬
問題ありません

サトコ
「はい!」

視線を交わし、頷き合い···張り詰めた緊張感の中、私たちはワゴン車を降りた。

【個別教官室】

突入から数日後ーー

後藤
礼の武器密輸事件だが、三田村も素直に取調べに応じて手こずらずに解決しそうだ

サトコ
「それはよかったです。突入の瞬間は何度経験しても緊張しますね」

後藤
それは俺も同じだ。むしろ緊張感がなくなったら危ない

サトコ
「そうですよね」

後藤
今回の事件では、よく頑張ったな

隣に立った後藤さんが私の頭にポンッと手を置く。

後藤
石神さんも成長したと言っていた

サトコ
「本当ですか?」

チラッと後藤さんを見上げると、後藤さんは微笑んでいる。

後藤
密輸方法の推理はもちろん、張り込みの時も冷静によく対処したと
アンタが誉められると、俺も嬉しい

(石神教官が、そんなふうに···)

嬉しさと照れくささが相まって頬が熱くなる。

(こんな時はなんて返せばいいんだろう?)

<選択してください>

A: 後藤さんも誉めてください

サトコ
「···後藤さんも誉めてください」

後藤
ん?

サトコ
「石神教官に誉められるのも嬉しいですけど、やっぱり後藤さんに誉められたいです」

後藤
よく頑張った···だけじゃダメか?

サトコ
「あ、いえ、充分なんですけど、その···」

B: 他に何か言ってましたか?

サトコ
「石神教官、他に何か言ってましたか?」

後藤
ん?

サトコ
「石神教官が誉めるだけってことはないかなと思って···」

後藤
ああ···いや、今回は他の話はなかった。本当によくやったという証拠だ

C: まだまだだと思ってます

サトコ
「まだまだだと思ってます。もっと頑張らないと」

後藤
向上心があるのはいいが、誉められた時は素直に受け取った方がいい

サトコ
「はい」

後藤
今回、お手柄だったのは本当だ

頭から手を外した後藤さんが私を軽く抱きしめた。

後藤
俺からも何かご褒美をやらないとな

サトコ
「何をくれるんですか?」

その背に腕を回しながら、後藤さんを見上げる。

(この状態がすでにご褒美な気がするけど)

何気なく触れ合える時間は、かなり幸せだったりする。

後藤
今夜こそ俺が夕飯を作るっていうのは、どうだ?」

サトコ
「新しいオートクック鍋買って帰りますか?ミツバチカメラで」

後藤
いや、自力でやる

サトコ
「ふふ、お手伝いします」

後藤
手伝ってもらうなら、何か別のものもやらないとな
これでいいか?

サトコ
「え···んっ···」

重なる後藤さんの唇に、私は回した腕を少し強くする。

サトコ
「もう少し···」

後藤
ああ···俺も足りない

もうひと気のなくなった公安学校で。

本来のご褒美を忘れてしまうほど···私たちは交わす口づけに夢中になっていった。

Happy  End

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