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これが俺の愛し方 後藤2話

~カレ目線~

【裏路地】

石神
この路地で全員確保する。狭い通路だ。敵からの反撃には充分に注意しろ

後藤・颯馬
「了解」

男たち
「サツに捕まる前に、さっさとずらかるぞ!」

雑居ビルが立て込む細い路地。
響く怒号の中、追いかけるのはテロ計画を企てている過激派組織の構成員たち。

(こいつらの行き先はわかってる。路地を抜けた先にあるのは、組織のアジトである廃倉庫)
(そこでは黒澤がほかの警官と共に待機している)

颯馬
B地点まで追い込めば勝てます。くれぐれも無理はしないように

後藤
はい

石神さんと周さんと視線を交わし、それぞれ路地に散らばる。

男A
「こっちに来るんじゃねぇ!」

後藤
······

逃げながら振り返った男が銃を抜いた。

(その態勢で正確に狙ってくることはないはず)

訓練生には勧められない手段だが、これもまた現場での経験則。
男が引き金に指を掛けると同時に身を屈め、一気に距離を詰める。

男A
「ぐっ!」

パンッという発砲音を聞きながら男にタックルを掛けた。
上に向いた銃口は空に向かって発砲され流れ弾の危険性もなくなる。

(次は···)

男B
「マサシ!今、助けてやる!」

倒した男に手錠をかけると、すぐに後ろから男が襲いかかってくる。

(ナイフか。この距離なら···)

男B
「うおおおぉっ!」

後藤
······

屈んでいると、頭上からナイフを振りかざしてくる男。

(退くより止めた方が早い)

腕で男の手首を受け止めると、切っ先から顔までの距離はわずか数センチだった。

後藤
仲間と一緒にいたいのなら、そこにいろ

男B
「ぐあっ!」

受け止めたナイフごと大きく引きこみ、腕をねじ上げる。
二人目の手錠をかけ、次のターゲットへと走り···拓けた場所に出る頃には
全員の確保が終わっていた。

【倉庫】

石神
証拠品の押収も終わった。ご苦労だったな

颯馬
作戦終了時間ちょうど···ですね。さすが、石神さん

石神
お前たちの働きがあってこそだ

後藤
このあとは?

石神
取り調べは明日からになる。今日は帰っていい

黒澤
まだ10時ですよ。満腹軒でラーメンでも食べて帰りませんか?

外はパトカーの赤色灯が反射し物々しい空気だというのに、黒澤の呑気な声が倉庫に響く。

後藤
緊張感に欠けることを言うな

黒澤
え、後藤さん緊張してるんですか?

後藤
それは···

路地に突入する時、任務に没頭するような精神統一はあったが、
それが緊張なのかは、もはやわからない。

(銃声も凶器が風を切る音も···いつの間にか慣れたものになってる)

油断は命の危機を呼ぶ、それはわかっているだけに気の緩みは決してないが···

颯馬
緊張を緊張とも思わなくなるのが、この仕事ですからね

石神
プライベートでも襲われる可能性がゼロではないからな

黒澤
でも気を抜く時は抜かなきゃダメですよ~。まあ、後藤さんにはサトコさんが···

後藤
何だ?

黒澤
いえ、何でもないです

確かに突入という山を越えたのに、大きな心の動きはない。

(任務中にいちいち心を揺らしていたら、とても身が持たないからな)
(だが···)

解散になり、携帯を見るとサトコからのLIDEが入ってる。

サトコ
『遅い時間にすみません。まだ学校なんですけど、今日会えませんか?』

(サトコ···)

彼女のことを思い浮かべると···無意識な強張りが解けていくような気がした。

【後藤マンション】

サトコ
「すみません、急に···今日提出予定の課題をまだ渡せていなかったので」

サトコがわざわざ届けてくれたのは、各クラスに課していた演習のレポートだった。

サトコ
「明日でもいいかなと思ったんですが、一応···」

後藤
悪かった。抱えてた事件が急に動きを見せて、学校を抜ける必要があったんだ

サトコ
「···はい」

後藤
···知ってたのか?

向き合ったサトコが視線を合わせずにコクリと頷く。

サトコ
「東雲教官から聞いて···課題を届けるのは、半分口実なんです」
「無事に帰って来た後藤さんに会いたくて···」

後藤
サトコ···

赤くなった頬を隠すようにしながら、サトコが胸に額を預けてきた。
その姿に無事に戻れて良かったと痛感する。

(俺が人間らしい感情を持てるのは、サトコのおかげなんだろう)
(石神さんに拾われた時は、いつ死んでもいいと思っていたのにな···)

その頃がやっと遠くに感じられるようになった理由も言うまでもない。

後藤
今日は帰らなくてもいいか?

サトコ
「え?」

聞きながら答えを待つ気はなく、すでに彼女を抱きしめている。

(俺たちの仕事で生き延びることは当たり前じゃない)
(そのことを忘れないようにしなければ···)

サトコがいなければ、命の重さの量り方が分からないくなる。
だから、それを確かめるように彼女の温もりを求める。
俺にとって肌を合わせることは、存在を感じる一番確かな方法だった。

【個別教官室】

諸々抱えている件が一段落し、やっと一日学校で過ごせた日の放課後。

サトコ
「そういえば···後藤さん、週末はお仕事ですか?」

後藤
いや、今週は非番だ

サトコ
「本当ですか?私も休みなんです。課題の提出も終わったので、久しぶりに何もなくて···」

後藤
そうか

(週末は、ゆっくり過ごせるってことか)

俺は机の引き出しから合鍵を探す。

(···引出しの中もそろそろ片付けないとな)

どこに何があるか大体の察しはつくが、目的のものにたどり着くまでにメモやら何やらが邪魔をする。

サトコ
「あの、探し物なら手伝いましょうか?」

後藤
いや、大丈夫だ

何とか合鍵を取り出すと、様子を見に来たサトコのポケットに忍ばせる。

サトコ
「え、あ···な、なるほど」

こちらの意図を理解したサトコが誰もいないのに周囲をチラチラと確認する。

(ポーカーフェイスは、まだ遠そうだな。それがアンタのいいところだが)
(まあ、週末のことを考えただけで気持ちが浮つくような俺に言えたことじゃない)

後藤
今日は夕方の会議で終わりだ。早く帰る

サトコ
「はい!」

サトコの肩に軽く手を置き、本庁で行われる先日の捜査報告会へと向かった。

【警視庁】

難波
いや、石神が来れない代わりにお前が来てくれて助かった、後藤

後藤
街中での発砲があると、上がうるさいのはいつものことですからね

難波
ホントになぁ。銃を持つような奴らだから、俺らが追ってるんだけどな

公安課にも様々な派閥がある。

(キャリアではない俺には関係ないことだが、出世争いのあれこれも影響しているんだろう)

会議ひとつでもパワーゲームがあるのはめずらしいことではない。
気疲れしたのも確かで、早く帰りたいと思っていると···

黒澤
あれ、室長に後藤さん。お疲れさまです!

そら
「相変わらず渋い顔してるね~。難波さんはいくらかマシな方だけど」


「こいつが笑って警察庁のロビーを歩いていた日には、まず薬物検査だ」

後藤
お前はすでにローズマリーの吸引のし過ぎで、どうにかなってるんじゃないか?

難波
はは、後藤と昴は相変わらずだな。仕方がない···たまにはおっさんが仲を取り持ってやるか

難波さんが両手を伸ばし、俺と一柳の肩にドンッと腕を回してくる。

後藤
難波さん、何を···

難波
プレミアムフライデーだ

後藤
いや、今日は月末じゃないです

難波
俺が思い立った時がプレミアムなんだよ


「何ですか、それ···」

黒澤
室長のその考え方に憧れます!ってわけで、レッツゴー!

そら
「飲み会ね~。この間いい店見つけたんだ。そこでいいですか?」

難波
OK、OK

後藤
いや、俺は···

上司主催の飲み会に参加せず、帰りたい···それは公務員社会でも言えない事だった。

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【居酒屋】

(『わかりました。私のほうは大丈夫なので、気を付けて帰って来てくださいね』···か)

中庭のブサ猫に似たネコのスタンプ付きで返事がくれば、愛おしさは募るばかりだ。

そら
「---って話なんだけど。例えば···後藤さんは彼女いたら、どういう感じになるの?」

後藤
何の話だ

黒澤
後藤さん、飲み会で自分の殻に閉じこもっちゃダメですよ~
今の話題は、“彼女と週にする回数” です

後藤
な···

いくら居酒屋の喧騒の中とはいえ、出された話題に飲んでいたビールを噴き出しかける。

後藤
お前ら、いったい何の話をしてるんだ?

そら
「だから、この間StormBarってバーに行ったら、男何人かがでそんな話しててさ」
「そういうことを話す奴らもいるんだなーって思って。フェロモンナイトっていうの?」

後藤
何だ、それは···

難波
おっさんにはわからん世界だなぁ。男同士でそんな話をするのは

後藤
俺だって分からないですよ


「お前の場合、分からねぇことにしときたいんだろ?」
「ムッツリスケベで有名だからな。どうせ会う度に求めまくってんだろ」

向かいに座った一柳が知った顔でニヤリと笑う。

(会う度に求めているというのは···)

あながち反論できずに、ぐっと言葉に詰まる。

後藤
恋人なら普通のことだろ


「だから、お前はいつまで経っても朴念仁なんだよ」
「女っつーのは、即物的な快楽は求めてねぇ。キスするだけで充分···って時も、かなりある」

黒澤
えー、そうですかね?オレが女だったら、いつでも後藤さんに抱かれたいですけど
あ、一柳警部補でも同じですよ?

後藤・昴
「気色の悪いことを言うな!」

難波
若いってのはいいね~

そら
「何言ってるんですか。難波さんなら、まだまだ···それより、うちの班長ですよ」
「全然女っ気ないんですけど···」

酒が入ってるせいか、滅多にしない話題が続いていく。

(女は即物的な快楽を求めていない···?)
(いや、俺だって快楽目的でサトコを抱いている訳じゃない)
(強引に行為に及んだことはないし、嫌がっていることは···)

ないーーと思いたいが、女心の機微に疎いのは認めざるを得ない。

(今夜はサトコの反応をちゃんと見てみるか···)

【後藤マンション】
後藤
遅くなって悪かった

帰るなり、サトコが笑顔で駆け寄ってくる。

後藤
すまない。今夜はアンタと過ごすはずだったのに···

サトコ
「室長が行くなら帰るわけにはいきませんよ。気にしないでください」
「今、お風呂沸かしますから待っててくださいね」

(待たせたうえに結局、こんな時間まで帰って来れなかったというのに)
(アンタは文句の一つも言わないで···)

【風呂場】

風呂に入れば、酒の入った身体にはいい温度だった。
リラックス効果のあるラベンダーの入浴剤まで入っている。

(至れり尽くせりだ···俺にはもったいないくらいだな)

心と身体が同時に温まっていくのを感じながら···サトコの想いに浸るように、お湯に浸かった。

【キッチン】

風呂を出て氷をとるために冷凍庫を開けると···
そこには美味そうなおかずが詰められたタッパーが並んでいた。

後藤
これは···

サトコ
「あ、今夜のおかず小分けにして冷凍しておいたので、適当に食べてくださいね」

水を取りに来たらしいサトコに後ろから声をかけられる。

(飲み会に行かなければ、これを一緒に食べられたのか)
(無理を言ってでも帰ればよかった)

後藤
いつもよりたくさん作ったんだな

サトコ
「この前、一緒に参加した潜入捜査でたくさんフォローしてもらったお礼です」
「これとは別にとってある分もあるんで、明日一緒に食べましょう!」

後藤
ああ

(ご馳走を作って待っていたのに、遅れた挙句に飲み会帰り)
(それなのに、こんな笑顔を向けてくれて···)

染み渡る想いに胸を熱くしながら冷蔵庫を閉めようとすると···冷蔵庫のドアで手が触れ合った。

サトコ
「あれ、後藤さん。もう指先が冷えてきてますね」
「あっためないと···」

(アンタは···どこまで優しいんだ)

両手で包み、手を温めてくれている彼女を見ているとーー

【寝室】

今日は様子を見よう···そんな考えは吹き飛び、寝室に入るなり彼女を抱きしめた。

サトコ
「まだ髪濡れてますよ?」

後藤
すぐに乾く

(いつも、もう少し雰囲気を大事にしようと思うんだが···)

いざその温もりを腕に抱くと、急く気持ちが出てきてしまう。

後藤
早く会いたかった

サトコ
「んっ···」

キスをしながらベッドに押し倒すと、サトコの手が背に回る。
ふわっとした肌触りのシーツは彼女が替えてくれたものに違いない。

(俺のために···)

料理も風呂もシーツも···そこにある彼女の想いを感じて手が止まらなくなる。

後藤
サトコ···

孕む熱を伝えるように、シャツのボタンに触れると···

サトコ
「きょ、今日は後藤さんも疲れてるでしょうから···」

後藤
ん?

止めるようにサトコの手が触れた。
間を置いてその言葉を理解し、
彼女の目を見ると···戸惑うような気まずいような複雑な色が浮かんでいる。

サトコ
「今夜は早く寝ませんか?」

後藤
あ、ああ···

(今夜はそんな気分じゃないってことか···?)

拒まれた···そんな想いが過り、顔が強張ったように感じたものの。
感情が顔に出にくいことが幸いして、サトコには伝わっていない。

(無愛想とよく言われるが、そんなところで役に立つとはな···)

後藤
そうだな。早く眠れる時は早く寝よう

動揺を悟られないように笑顔を作り、サトコを抱きしめ直す。

サトコ
「後藤さん、髪···そのままだと明日爆発しませんか?」

後藤
その時はアンタが直してくれ

サトコ
「ふふ、はい!」

安心したような顔で胸に顔を埋めてくるサトコを見れば、嫌がられていないのはわかる。
つまり、そういう行為に気が乗らない···ということだ。

(俺の気持ちばかり先走ってたのか?)
(純粋に俺のことを気遣ってくれただけかもしれないが···)


「女っつーのは、即物的な快楽は求めてねぇ。キスするだけで充分···って時もかなりある」

(ここで一柳の言葉を思い出すなど···)

サトコを腕に抱いている時に、奴の声など思い出したくもないというのに。
その声が耳の奥で反芻され、なかなか寝付くことができなかった。

to be continued

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