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あの夜をもう一度 後藤3話

~カレ目線~

【後藤マンション】

公安学校の卒業式が終わると、教官業務も一段落していた。

(サトコは春休みか)

配属先が決まるまで、卒業生たちは休暇扱いだ。
最後の長期休みと覚悟していて満喫する者から、のんびり過ごす者まで正ざまだと聞いている。

(引っ越しの準備を進めながら、ゆっくり過ごすとサトコは言っていたな)

出来ることなら一緒に暮らしたかったが、立場を考えれば、いささか難しかった。

後藤
······

シン···とした室内。
気がつけば彼女のことばかり考えている。

(それなりに暇つぶしの手段は持っているんだが···)

数か月前に発売が開始した『月刊・名滝コレクション』もパラッと見たままで熟読していない。
それを読もうかと手を伸ばし···とったのは冊子の隣にある携帯だった。

(寝る前に、少し声を聞くくらいならいいよな?)

誰に対する言い訳なのだと思いながら、電話を掛けてみる。

サトコ
『はい』

程なく出た声はいつもとは違い、どこか息が乱れていた。

後藤
···外か?

サトコ
『いえ、寮の部屋なんですが、その···』

話を聞けば、嫌われモノの黒いヤツが出たそうで、その慌てぶりに思わず笑ってしまった。

(スリッパや雑誌で勢いよく退治しそうなイメージだったが···意外なところに弱点があるものだな)
(そういえば、前にクモを苦手そうにしていたこともあったか)

仕事の上では対等な刑事として見ていることが多いだけに、そんなところも可愛く見える。

サトコ
『わ、笑い事じゃないです!もし寝てる間に近くまで来たりしたら、どうするんですか!』

後藤
悪い。アンタの言い方が、あまりに切実だったから
そういうことなら、俺のところにくればいい

(本当は声だけじゃなくて、会いたい)

話せばその気持ちは強くなり、アレを口実にしても家に呼びたくなる。

後藤
来てくれ
俺が会いたいんだ

最終的には気持ちを素直に告げ、サトコを迎えに行くことにした。

【公園】

後藤
ミルクコーヒーでよかったか?

サトコ
「はい。ありがとうございます」

サトコと出逢うきっかけになった事件のおばあさんからの手紙。
ずっと交番に保管されていたそれを受け取ったことを話せたサトコは明るい顔をしていた。

(公安刑事としては誉められた選択ではない。それはわかっている)
(だが、これからは厳しくなっていく一方だからな···これくらい許されてもいいはずだ)

そう思うと、彼女がついに公安刑事になるのだと実感する。
通り魔事件の時は意識していなかったが、公安学校に入ってから流れた月日が胸を過ぎった。

後藤
アンタに始めてキスしたのも···こんな夕日の中だったな

眩しいほどの陽射しに思い出すのは、雨上がりの匂いと触れた唇。
かなり躊躇い、それでも抗えず口づけてしまった。

後藤
あの時、サトコがおばあさんを助けなければ、俺たちが出逢うこともなかった
つまり···今の俺があるのは、アンタのおかげだ

(サトコと出逢わなければ···)

急速に口の中が渇いて、その先の言葉が少し張り付くのがわかった。

【後藤マンション 寝室】

後藤
もし刑事を目指していなかったら···何になっていたんだ?

想像や仮の未来などあまり考えない質だが、今日に限っては、その話がなかなか頭から離れない。

サトコ
「そうですね···普通に会社員になっているか、長野に戻って公務員か···」
「あ、農業をしていたかもしれません」
「ブドウとかお米とか···今でもちょっと興味あるんですよね」

後藤
そうか。その方が平和な人生だったかもしれないな

夕日の中で話していた時、意識的に止めた思考の先にいってしまう。

(俺はサトコに救われた。だが、サトコはこの道で本当に良かったのか?)

今さらと言われるのは分かっている。
それでも、そんな思いに捕らわれていると···
彼女の強い声に、仮定ではない “今” に意識を引き戻された。

サトコ
「誠二さんに会えない人生なんて嫌です」

後藤
サトコ···

(アンタはどうしてそう、俺が望む言葉ばかりくれるんだろうな)

後藤
そうだったな···俺もそうしたい

サトコ
「今すぐには無理ですけど···誠二さんの背中を守れる刑事を目指しますから」

後藤
サトコなら、きっと出来る

(サトコが俺の背中を追ってくれたなら、これからも目標であり続けたい)
(うかうかしてる間なんてないんだ)
(サトコに尊敬してもらえるような上司に···そして相棒にならなければいけないんだからな)

迎える新年度、俺もまた公安刑事として再出発するのだと···気持ちも新たにしていた。

無理をさせないように···いつもそう思いながら腕を伸ばすが、あまり成功した試しがない。
赤い目元で眠りに落ちているサトコの肩までブランケットを引き上げようとして···
そこに残る傷痕に手が止まる。

(この傷痕は···)

石神班で宗教団体『タディ・カオーラ』を追っている時に負ったものだ。

(犯人の金山を追っている時···)

【廃ビル】
後藤
待て!

サトコ
「待ちなさい!」

追いかけようとビルを飛び出すと同時に響いた銃声。
隣を走っているはずの彼女が視界から消えた瞬間、こちらの心臓が止まるかと思った。

サトコ
「う···っ」

後藤
撃たれたのか!?

金山
「チッ!外したか!」

サトコ
「私は大丈夫です!金山を追ってください!」

後藤
···っ

現場での迷いは死を呼ぶ。
俺が下した決断はサトコの傍にいるということだった。

【寝室】

(今思えば、迷いなんかなかったんだ)
(サトコから離れるなんて選択はなかった)

正確に言えば動けなかった。
守れなかったもの、守れるもの、守りたいものーー
乗り越えたつもりで乗り越えられていなかった壁に直面した時。

(俺がついていながら、こんな傷痕を残してしまった)

だいぶ薄くなってはきているが、それでも完全には消えないだろう痕に指を這わせる。

サトコ
「ん···誠二さ···」

(起きたのか?)

こちらに寝返りをうったサトコはムニャムニャと口を動かすと、緩んだ顔で寝息を立てていた。

後藤
ほんとにアンタは···

その幸せそうな顔を見ていると、暗くなりかけた気持ちもどこかへ消えていく。

(アンタには救われてばかりだな···)

何も守れない···そう思い、逃げ出した、あの時も。

【後藤 実家】

サトコ
「私も、いろんな人のことを守りたい」
「その中には、後藤さんもいます」

後藤

サトコ
「私も······後藤さんを守りたい···」

【寝室】

誰も守れないと思っていた手···それが今、少しだけ自信が持てている。
その理由は言うまでもない···公安学校から立派な卒業生を送り出せたからだ。

(入学したての頃は、ここまで成長するとは思わなかった)
(今となっては···芯の強さでは、アンタの方が上なんだろうな)

真っ直ぐで懸命で···それは時に公安刑事としては弱点になるけれど。
そんな眩しい彼女だからこそ、俺は惹かれた。
髪に顔を寄せると、シャンプーの香りに思い出すのはーー

【キッチン】

バスルームから水音が聞こえてくる。
サトコが作ってくれた夕飯の洗い物をしながら、自然とこのあとのことに思考がいく。

(泊まらせる事まで考えて呼んだわけじゃなかったんだが···)

後藤
······

恋人同士なのだから、自然な流れなのはわかっている。
けれど今は教官と訓練生という関係もあり、卒業までは一線を越えないつもりでいた。

(理性···か)

そんな言葉をわざわざ意識するくらいには···この夜に特別なものを感じていた。

後藤
アンタの髪···いい匂いがする

サトコ
「同じシャンプーですよ?」

後藤
不思議だな···アンタのは特別な気がするんだ

こんな夜は不用意に抱きしめるもんじゃない···そう気が付いた時には遅い。
伝わる風呂上がりの温かさに離せなくなる。

(ある意味生死の確率は五分五分···それを切り抜けたから、今がある)
(この腕の中の温もりは決して当たり前のものじゃない)

髪から耳、そして首筋から肩口へとキスの位置を変えていく。
薄く皮膚が張った傷口が見えると、そっとそこに触れた。

サトコ
「···っ」

(もうあんな目には遭わせない···必ず、守ってみせる)

後藤
これ以上、傷つけさせないから···

サトコ
「これくらい平気です」

俺が背負うものを見透かした上で、彼女から発せられる強い声。

サトコ
「傷ついたって、傷はいつか治るから···」
「頑丈なんですよ、私!」

(アンタはそうやって、いつも···)

俺の気持ちを慮ってくれて、気持ちを隠せなくなる。
弱い部分まで知られてしまっていることを思えば、今さら彼女の前で強がる自信もなくなってきた。

後藤
はは···アンタは強いな···

(仕事の時や学校では一線を引ける)
(だが、こうやって二人の時は···)

ただ、彼女の想いを感じ、自分の想いを伝えたい。
そのことだけで精一杯だ。

サトコ
「ご、後藤さん?」

後藤
アンタが欲しい

サトコ
「え···」

後藤
アンタは···違うのか?

狡い問い方だと思いながらも抱き上げて問うと···胸に顔を埋めてくる。
そんな反応を返されれば、もう離せるわけもなかった。

【寝室】

サトコ
「後藤さ···」

ベッドに運ぶと、彼女の身体が強張っているのがわかる。

(こんな顔もするんだな···)

戸惑いか羞恥か、その両方か···目を伏せながらまつ毛を震わせる姿に触れるだけのキスを繰り返す。
いざ見下ろせば小さな身体で、いつもどれだけ彼女が気を張っているのかが分かった。

(それを暴くような抱き方はしたくない)

男と女···刑事である時は対等だ。
普段そうして扱っているのなら、こうして抱き合う時も対等でありたかった。

(だから、一方的な抱き方はダメだ)

触れると、どれだけ彼女を抱きたかったのかがわかる。
それでも自制するように言い聞かせ、なるべくゆっくりと口づけていく。

サトコ
「んっ···」

身じろいだサトコが俺の胸に手をついて、顔を赤くしながら薄く口を開いた。

サトコ
「後藤さんも···緊張してるんですか···?」

(いつもとは違うこと、やっぱりわかるか)

後藤
緊張というよりは···期待だな

照れ臭さもあって、そう答えながら手を重ねる。
サトコの掌を押し当てると、自分の鼓動の早さを感じて内心苦笑した。

(緊張、してるな)

サトコ
「期待って···そんな大したものじゃないですよ?」

後藤
それは俺が決める

サトコ
「教官っ」

後藤
今はアンタの教官じゃない···

サトコ
「後藤さ···」

後藤
違うだろ?

緊張を隠したくて、言葉が出ていく。
本当は今すぐにでも深く抱きたい···それを抑えるためにも、他に気を向ける必要もあった。

後藤
名前···呼んでくれ

サトコ
「誠二···さん···?」

後藤
······

自分が言ったことに最後の理性の楔を外されては意味がない。

(俺は本当に···)

後藤
出来るだけ優しくする
その余裕がなくなったら···

サトコ
「大丈夫です。大丈夫···ですから···」

(アンタに甘えてばかりだな)

後藤
サトコ···

彼女の服に手を掛けながら、吐く息が熱くなっているのが自分でもわかる。

(こんなふうに誰かに触れるのは初めてだ)

触れれば触れるほど際限なく求めたくなる。
同時にコントロールしきれない情欲が渦巻き、それをどうしたらいいのかわらなくなりそうだ。

サトコ
「誠二さ···」

後藤
ああ

伸ばされた手をとり、しっかりと指を絡める。
キスをしたまま不意に深いところが触れ合えば、ぐっと手に力がこもった。

後藤
···好きだ

サトコ
「···っ!」

愛の言葉を免罪符にするつもりはない。
それでも零れ落ちた声は本心で。
昂ぶった想いは抑えられずに彼女を強く抱いた。

サトコ
「あっ···」

後藤
苦しかったら···爪、立てていいから

サトコ
「できま···せん···っ」

背中に回した手をぎゅっと握るのが分かる。
再び強張った身体を宥めるようにキスを繰り返し、その手が背を抱き始めたころ···
本当の意味でひとつになれた気がした。

(堪え性がないのは、あの頃から変わっていないということか)

基本的に執着はないつもりで生きているのに、サトコのことになると別になってしまう。

後藤
これが愛してるってことなんだろうな

あの頃よりも薄くなった傷痕に唇を寄せながら···
あの頃よりも強くなっている彼女への想いを胸に、再び眠りについた。

Happy End

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