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あの夜をもう一度 颯馬2話

【倉庫】

後藤
では、あの2人はあのままということで···

石神
ああ。敵に捕まった公安に用などないからな

無情ともいえる声を耳にした私は、一瞬頭の中が真っ白になった。

(でも、これはきっと何かの作戦に違いない···)
(石神教官たちが私たちを見捨てるわけがないよね?)

すぐにそう思い直し、動揺した心は落ち着きを取り戻し始める。

サトコ
「とにかく今は、ここからでる方法を探りましょう!」

颯馬
···そうですね

気持ちを切り替えて力強く言うも、颯馬さんの声は淡々としている。

颯馬
ここから出られたとしても、敵の手から逃げ切れるかどうかわかりませんが
応援はないのですから

サトコ
「え?」

颯馬
石神さんたちは、私たちを囮にして逃げたのでしょう

サトコ
「そんなはず···!」

颯馬
貴女も聞いていましたよね?彼らの会話を

サトコ
「あれは、おそらく敵を油断させるため、敵を欺くための演技だと思います」

颯馬
フッ···貴女らしい見解ですね

(···なんでそんな顔をして笑うの?)

嘲笑うような笑みを浮かべられ、少し悲しくなった。

サトコ
「石神教官たちは私たちを見捨てたりしません」

颯馬
じゃあインカムが通じないのはなぜ?

サトコ
「それは···ここは地下で電波が悪いから···」

颯馬
本当にそう思っていますか?

サトコ
「···颯馬さんだってそう言ってたじゃないですか!」

颯馬
こちらかの声だけが届かない···向こうの声はあんなにも聞こえたのに

サトコ
「······」

颯馬
彼らが自主的に連絡手段を絶ったんです

サトコ
「そんなこと···石神教官たちがするはずないです」

颯馬
そう言い切れる根拠は?

サトコ
「それは······」

言い返したいのに、すぐに言葉がみつからない。

颯馬
第一、事前の打ち合わせでは
こちらからの連絡が途絶えた時点で彼らが突入してくることになっていたはず···ですよね?

サトコ
「······」

(確かにそうだ···そうだけど···)

信じたい思いと、不安な気持ちが交錯する。

颯馬
私たちは裏切られたのです

サトコ
「······」

(違う···このまま見捨てられてしまうなんて···そんなこと···!)

颯馬
···やはり公安なんて信じるんじゃなかった

呟くように言うと、颯馬さんは力任せにドアに体当たりした。

ドンッ!ドンッ!

颯馬
クソッ···

颯馬さんは何度も何度も、まるで怒りをぶつけるかのように体当たりを続ける。

(この光景···前にも見た覚えが···)

それは、あの麻薬取引疑惑のパーティーに潜入した時だった。

(今みたいに敵に見つかって、倉庫のような部屋に閉じ込められて···)

サトコ
「応援は必ず来ます!必ず石神教官と後藤教官がきてくれます!」

颯馬
彼らは来ない

歯を食いしばりながら、颯馬教官が体当たりを続ける。

サトコ
「どうして······」

颯馬
公安を信じていないオレを、みんなが信じてくれるはずが···

(あの時と同じだ···)

まるでデジャヴのように過去のシーンが蘇った。

(あの頃の颯馬さんは、公安を信じられずに一人で戦ってた···)
(でも今はもう違うはず···公安を、仲間を信じられるようになったんだよね?)

ドンッ!

颯馬さんがドアにぶつかる音だけが虚しく響く中、私は声をかけることさえできなくなる。

『···やはり公安なんて信じるんじゃなかった』

さっき颯馬さんが呟いた言葉が、頭から離れない。

(妹さんの事件も完全に解決して、公安への信頼もより強くなったと思っていたのに···)
(公安へのトラウマを抱えていたあの頃の颯馬さんに、また戻ってしまったの···?)

そう不安を感じるも、私は自分を奮い立たせる。

(大丈夫···颯馬さんはもう過去に縛られてなんかいないはず···)
(この2年間、ずっとそばで見てきたからわかる···もう昔の颯馬さんじゃない)
(だから···仲間を信じる気持ちを思い出して···!)

ドンッ!

私は颯馬さんと一緒になってドアに体当たりした。

颯馬
貴女は下がっていなさい

サトコ
「いえ。ここから出て、私が証明してみせます」

颯馬
証明?何をですか?

サトコ
「私たちは裏切られてなんかいないってことをです」

颯馬
······

(2年かけて築いた信頼を無駄になんかしたくない···!)

ドンッ!

腕に痺れるような痛みが走るも、さらに体当たりを続ける。
そんな私の様子に、見かねたように颯馬さんが言う。

颯馬
ここは私に任せて、貴女は別の出口を探してください

サトコ
「でも···」

颯馬
その方が効率がいい

サトコ
「······はい」

(確かにその通りだ···力づくだけじゃどうにもならない)

言われた通り、私は再び通気口など別の脱出経路を探り始めた。

(何としてでも脱出して、颯馬さんが見失いかけてる信頼を取り戻してあげたい···!)

その時、背後でガチャッとドアが開く音がした。

サトコ
「開いたんですか!?」

(あっ···)

振り返ると、開いたドアから2人の人影が入ってくるところだった。
その1人が颯馬さんの方へ近づいていく。

(颯馬さんが危ない!)

???
「ちょっ、待って待って!オレですから!」

サトコ
「えっ!?」

近づく影に掴みかかろうとした瞬間、聞き慣れた声が響いた。

黒澤
サトコさん、落ち着いて!

サトコ
「く、黒澤さん!?」

黒澤
そうです、黒澤です!で、敵はあっち

サトコ
「??」

わけがわからないまま黒澤さんが指差した方を振り返ると、颯馬さんが一人の男を取り押さえていた。

颯馬
15時21分、容疑者1名確保

黒澤
やりましたね、周介さん!

(あ···あれ?なんか···)

颯馬
サトコ、本番はこれからです

サトコ
「えっ···」

敵の男たち
「お前ら!このまま帰れると思うなよ!!」

サトコ
「うわっ」

驚いてる間もなくマフィアの男たちが押し寄せてきて、あれよあれよという間に大乱闘が始まる。

颯馬
ついに現れましたね

(ど、どういうこと?颯馬さんはこうなることをわかってた···?)

石神
氷川!何をボーっとしてる!!

サトコ
「い、石神教官!?」

後藤
ボケッとしてるとやられるぞ!

サトコ
「後藤教官!」

(いつの間に···ていうか、やっぱり見捨てられてなんかなかったってことだよね!?)

石神
いいか、1人でも多く確保しろ、いや1人残らずだ!

サトコ
「は、はいっ!」

状況を把握しきれていにまま、マフィアの男たちと大乱闘を繰り広げる。
颯馬さんは次々と主要人物を取り押さえ、私も負けじと敵を制圧する。
石神班の総力を挙げ、やがて銃密売に関わる容疑者全員を取り押さえた。

サトコ
「ふぅ···」

石神
よくやった。皆、ご苦労だった

駆けつけた他の捜査員たちが、容疑者たちを連行していく。

後藤
計画通りに運んで何よりです

颯馬
ええ。一か八かの賭けでした

(ん?計画通り?賭け···?)

颯馬
できればもう少し早く登場してもらいたかったですけどね

颯馬さんはチラリと冷ややかな視線を黒澤さんに向けた。

黒澤
す、すみません!突入時にちょっと手間取ってしまって

颯馬
まさか裏切る気だったんじゃないですよね?

黒澤
周介さんを裏切るなんて!そんな恐ろしいことできませんよ!

颯馬
ですよね、そんな命知らずなことはしませんよね

ニヤリとした颯馬さんの黒い微笑みに、黒澤さんは本気でビビっている。

後藤
命知らずはそこにも一人いるがな

(え···私のこと?)

黒澤
全くですよ···いきなり素手で殴りかかろうとするなんて···
もしオレが本物の敵だったら、真正面からバキュンと撃たれてお陀仏ですよ

サトコ
「だ、だって···」

(颯馬さんに危険が迫ってると思ったから···)

颯馬
私を守ろうとしてくれたんですよね

颯馬さんは全てをお見通しという顔で微笑んだ。

石神
氷川の暴走も計画通りということだな

颯馬
暴走ではありません、公安としての勇気ある行動です···よね

サトコ
「え、あ、はい···」

黒澤
確かに勇気はありますね···

サトコ
「あの···それより先ほどから『計画通り』とか『賭け』とかいう言葉が気になってるんですが···」

思い切って切り出すと、颯馬さんがゆっくりと私のほうに向き直った。

颯馬
もう貴女も気付いていると思いますが、私たちがこの部屋に監禁されたのも
石神さんたちと連絡が取れなくなったのも、全て事前に計画した作戦でした

(やっぱりそうだったんだ···!)

『作戦に違いない』そう思っていた。
でも、一抹で不安があったことも確かだ。

石神
敵を油断させるため、こちらからあえて『女刑事が紛れ込んだ』という情報を垂れこんだんだ

サトコ
「じゃあ、『トイレに行くフリをして別室を探れ』という指示も···」

後藤
ああ。お前をいかにも怪しい人物と見せかけるためだ

石神
案の定、スパイ探しに躍起になった連中は、すぐさまお前を捕まえたってわけだ

後藤
スパイを捕まえた時点で敵は安心して油断する

サトコ
「···そうすれば敵の尻尾を捕まえやすくなる···ってことですね」

石神
その通りだ

黒澤
助けに駆けつけた周介さんも、初めから一緒に捕まる予定だったんですよ

後藤
作戦とはいえ、周さんはお前を一人にはできないって言ってな

(え···)

颯馬
公安は仲間を見捨てたりしませんから

サトコ
「!」

颯馬さんは私が感じていた不安を分かっていたかのように微笑んだ。

颯馬
昔の私に戻ったかと思いましたか?

サトコ
「······」

颯馬
安心して。俺は変わったんです、素直に信じる気持ちを教えてくれたサトコのおかげでね

サトコ
「颯馬さん···」

(よかった···やっぱり颯馬さんはもう、過去のトラウマは克服してたんだ)

(でも···)

ホッとするも、どこか素直に喜べない自分がいる。

(私だけ作戦のことを何も知らされずにいたなんて、やっぱりショック)
(最初から『おとり作戦』だって言ってくれれば、私だってそのつもりで演技を···)

そう思ってハッと思い出した。

颯馬
隠し事が下手ですね

サトコ
「···!」

(もしかして、あの時のサプライズ失敗が原因!?)
(はぁ···自業自得ってことかぁ···)

【颯馬マンション 寝室】

私が落ち込んでいるのを察してか、夜は颯馬さんの家に招かれた。

(あ~あ、颯馬さんのトラウマの心配より、自分の演技下手を心配しろって感じだよね···)

何より颯馬さんにまんまと騙されていたことがショックだ。

(もうすぐ卒業なのに、もっとしっかりしないとな···)

冴えない気分のままお風呂に入り、あとから入った颯馬さんが戻るのを寝室で待つ。

颯馬
お待たせしました。さっぱりしましたね

サトコ
「···はい。気分もスッキリしました」

颯馬
本当に?

サトコ
「···また見抜かれちゃいましたね」

思わず俯くと、そっと手を取られてベッドに並んで座らされた。

颯馬
そろそろ俺の嘘も見抜けるようにならないとね

サトコ
「······」

颯馬
今日はこれから卒業前の特別講座を開こう

サトコ
「え···?」

颯馬
教官直々の個別演技レッスンとでも言おうか

颯馬さんは妖しげな笑みを浮かべて楽しそうに言う。

颯馬
そうだな、まずは俺を欺いてみて

サトコ
「颯馬さんを欺く···?」

颯馬
そう。何をされても俺のことなんか何とも思っていないフリをしてごらん

(何をされてもって···)

サトコ
「あっ···」

警戒する間もなく素肌に触れられ、思わず声が漏れた。

颯馬
ほら、何とも思ってない演技をして

(そんなこと言われたって···ん···)

颯馬さんは、涼しい顔をして私の肌に妖しく指先を滑らせる。

颯馬
顔が赤くなってきてる

サトコ
「だ、だって···」

颯馬
黙って。演技に集中して

(そんな···あっ···)

颯馬
できてないよ

(む、無理···何とも思ってないフリなんてできない···!)

なんとか声は漏らさず我慢するも、自然と身体が反応してしまう。

颯馬
ダメですね。デキの悪い子にはお仕置きしないと

サトコ
「え···」

(なんか颯馬さん、前よりSっ気が上がってません···?)

色っぽい笑みを浮かべ、颯馬さんはチュッと優しく私の額に唇を押し当てた。
戸惑う私を見て楽しむように、続けて両頬と鼻に啄むようなキスをする。
ゆっくりと焦らすようにキスの雨を降らされ、胸の鼓動は否応なしに高鳴っていく。

颯馬
また1から教え込む必要がありそうだな

サトコ
「んっ···」

首筋に押し当てられた熱くて柔らかい感触に、思わず甘い声が漏れた。

颯馬
やっぱりこの順番が一番感じる?

サトコ
「···?」

颯馬
最初から貴女はそうだった

(何のこと···?)

そう思った瞬間に唇が触れ合い、甘く熱く重なり合う。
そのままベッドに優しく押し倒され、さらにキスは深くなる。

颯馬
もう演技も我慢もしなくていい
素直に心行くまで俺を感じて···

耳元で囁かれた颯馬さんの甘い声が、熱く火照る身体の芯まで響き渡ったーー

to be continued

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