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東雲 出逢い編 4話

【モニタールーム】

昨日の変装写真を突き付けられて、私は思わず口ごもる。

サトコ
「それは、その···」

東雲
······

サトコ
「なんて言うか···」

東雲
···さっさと答えろ。氷川サトコ

(ひ···っ!)

東雲
学習能力のない人間の相手をしてるほど、オレも暇じゃないんだ

サトコ
「す···」
「すみませんでした!」

結局私は、ほぼすべてを打ち明けるハメになった。
あれから、ひったくり犯の調査をしていたこと。
昨日はおとりになっていたこと。

サトコ
「公安の仕事じゃないことは重々承知です」
「でも、どうしてもおばあさんのバッグを取り戻したくて···」

とたんに、東雲教官は大きくため息をついた。

東雲
呆れた

サトコ
「はい···」

東雲
つまんなさすぎ

(え···)

東雲
キミさ、言い訳が想定内すぎるんだけど
オレの予想通りの答えしか用意できてないってどうなの?

サトコ
「?」

東雲
ま、所詮裏口は裏口だよね
あーあ、もっと手ごたえのある補佐官が欲しかったなー

サトコ
「えっ···あの···」

慌てて振り返ると、東雲教官はドアの前で立ち止まった。

東雲
そんなにひったくり犯を捕まえたいなら所轄に行けば?
止めないよ、オレは

(教官···)

パタン、と音を立ててドアが閉まる。

(···呆れられて当然だ)
(一度忠告を受けたのに、無視したのは私なんだ···)

【カフェテラス】

鳴子
「ええっ、東雲教官にバレたの?」

サトコ
「うん···」
「あ、でも2人のことは話してないけど」

千葉
「だとしても、こうなった以上、ひったくり犯を探すのは難しいよな」

鳴子
「そうだよね。教官に目を付けられたらね···」

サトコ
「ごめん、2人とも。せっかく協力してくれたのに」

鳴子
「いいって。気にしないで」

千葉
「でも、被害者のおばあさんはどうするの?」

サトコ
「今日会って謝ってくるよ」
「『任せて』って言ったの、私だし」

千葉
「···そっか」

鳴子
「ま、そんなに気落ちしないでさ」
「あとは所轄が犯人をあげてくれることを祈ろうよ」

サトコ
「うん···そうだね」

【公園】

その日の夕方···

サトコ
「本当に申し訳ありません!」

おばあさん
「あらあら···いいのよ、気にしないで」
「あれから私も考えたんだけど、バッグはもう諦めようと思って」

サトコ
「でも···!」

おばあさん
「バッグは盗られたけど、私はこの通り元気だし···」
「あなたが犯人に関わって怪我でもしたら、その方が悲しいわ」
「まだ若いお嬢さんなんだから」

サトコ
「······」

おばあさん
「あなたの気持ちだけで十分よ。ありがとうね」

サトコ
「···いえ」

(おばあさんはあんなふうに言ってくれたけど···)
(やっぱりこれって無責任だよね)
(結局、途中で放り出してしまったんだから)

【校門】

(私に実力があったら違ってたのかな)
(もし私が優秀な刑事だったら、教官にもバレなくて···)
(ちゃんとひったくり犯を捕まえることもできて、それで···)

???
「あの···ここの学校の方ですか?」

サトコ
「はい···」

(あれ、この人、たしか東雲教官の···)

東雲の恋人?
「良かった。東雲歩くんはまだ中にいるかな」

サトコ
「えっと···ちょっと待ってください。確認しますので」

私は慌ててスマホを取り出す。

(東雲教官···東雲教官···)
(あった、この番号だよね。初めてかけるけど···)

Trrrrr···Trrrrr···

(···出ないな。でも留守電にも切り替わらないし)
(あ···っ!)

東雲
なに、ウラグチさん

サトコ
「お疲れさまです!」
「実は今、校門のところに教官のお知り合いの方がいらっしゃるのですが···」

東雲
知ってる

サトコ
「うわっ!」

東雲の恋人?
「ごめんね、歩くん。約束の時間より遅くなっちゃって」

東雲
いいよ。さちが遅れるのはいつものことだろ

(なんか、笑顔がずいぶん優しげなんですけど···)

東雲
···なに?なんか用?

サトコ
「いえ、その···」

<選択してください>

A: では失礼します

サトコ
「では失礼します」

(もう用はないわけだし、ここはさっさと帰るべきだよね)

東雲
念のために言っとくけど
彼女、オレの恋人とかじゃないから

サトコ
「えっ?」

(そ、そうなの?)

驚く私を見て、東雲教官は露骨にため息をつく。

東雲
ほら、やっぱり誤解してた

B: きれいな方ですね

サトコ
「きれいな方ですね」

さち
「え···私?」

とたんに、彼女はふわっと笑う。

さち
「聞いた、歩くん」
「私、結婚してから初めて言われたかも」

サトコ
「えっ、け、結婚!?」

(じゃあ、この人、東雲教官の恋人じゃなくて奥さん!?)

東雲
···言っとくけど、オレは独身

サトコ
「ええっ?じゃあこちらの方は···」

C: 恋人ですか?

サトコ
「そちらの方は恋人ですか?」

東雲

(あれ、違った?)

東雲
はぁぁ···
オレ···人のプライベートに土足で入り込む人間って嫌いなんだけど

サトコ
「す、すみません!」
「でも、じゃあこちらの方は···」

東雲
彼女はただの幼なじみ
ついでに言うと人妻。ほら

教官は、無造作に彼女の左手を掴みあげる。

(ほんとだ···結婚指輪してる···)

東雲
もう少し観察力を鍛えた方がいいね
そうじゃないと落第するよ。ウラグチさん

(うっ···ここでその呼び名を···)

さち
「『うらぐち』?変わった名字なのね」

東雲
日本中探しても10件もないんじゃないかな
じゃあ、行こうか

東雲教官は彼女をエスコートするように、軽く背中に手を添える。

(あれで恋人同士じゃないなんて、なんだか嘘みたい···)
(少なくとも東雲教官は、普段はあんなふうに笑わないけどな)

バキッ!

サトコ
「えっ···」

(今、なにか踏んづけた?)

恐る恐る足元を見ると、メガネらしきものがある。

(ど、どうしよう。思いっきり踏み潰しちゃったよ!)
(これ、いったい誰のメガネ···)

難波
あー、えっと···そこの···なんだっけ、歩んとこの···

サトコ
「···氷川です」

難波
そうそう、氷川氷川
このへんに、メガネ落ちてなかった?
縁がちょっと凝ってる感じのやつなんだけど

(げ···)

サトコ
「もしかして、これでしょうか」

難波
そうそう、これ···
······

サトコ
「すみません、室長!弁償します!」

【体育館】

翌日···
自由参加の課外講習を受けるために多くの同期が体育館に集まっていた。

後藤
今日の課外講習は柔道だが···
警護課から特別講師に来てもらった

海司
「警視庁警備部警護課の秋月です」

同期男性A
「警護課ってことはSPか?」

同期男性B
「いかにも現場の人間って感じだな」

千葉
「警護課の秋月といえば、柔道のオリンピック候補に選ばれたことがあったような···」

鳴子
「ええっ、すっごーい!」

皆が盛り上がってる中、私はそっと体育館をあとにする。

(いいな···今日の課外講習、私も受けたかったけど···)

【プール】

石神
では、難波室長からの伝言を読み上げる
『弁償は必要ない。かわりにプールを隅々まで掃除するように』···
『じゃあ、よろしく』···以上

サトコ
「···分かりました」

(プール掃除か···弁償するよりマシなのかも)
(あのメガネ、いかにも高そうだったし)

東雲
で、どうしてオレまで呼び出されてるんですか?

石神
お前も手伝えとの室長命令だ

東雲
それはずいぶん横暴ですね

石神
お前の監督責任を問いたいのだろう

東雲
そうですか、監督責任···
じゃあ、老眼鏡を壊されたからじゃないんですね

(えっ、老眼···っ)

石神
···俺は伊達眼鏡を壊されたと聞いているが

東雲
だったらオレの勘違いかな
じゃあ、あとはオレたちで何とかしますんで

石神
ああ、ぜひそうしてくれ

東雲
さて···と
ずいぶん面倒なことに巻き込んでくれたね、ウラグチ

サトコ
「すみません···」

東雲
すみませんで済んだら公安いらないんだけど

サトコ
「うっ···で、でも···」
「すみませんでした!」

東雲
···ま、いいや。足腰の鍛錬だと思ってせいぜい頑張れば?
オレはそのへんで資料でも読み···

その瞬間、ぶわっと大きな風が吹いた。

東雲
ちょ···っ

サトコ
「あ···っ」

(教官の資料が···!)

あ然とする私たちの目の前で、吹き飛ばされた資料がプールに落ちる。

東雲
あ···

サトコ
「あれ···あのままだとまずいんじゃ···」

東雲
······

サトコ
「···分かりました!氷川、今すぐ資料を取りに···」

東雲
いらない。自分で取る

サトコ
「でも···」

東雲
その格好でプールに入るの?それとも下着で?
それって誰得なわけ?

サトコ
「それは···」

<選択してください>

A: ぜひ教官の目の保養に

サトコ
「ぜひ教官の目の保養に···」

東雲
ならないから
ただの迷惑行為だから

(そ、そこまで言わなくても)

軽くヘコむ私の隣で、教官は着ていたシャツを脱ぎ捨てる。

B: 誰の得にもならないかと

サトコ
「誰の得にもならないかと···」

東雲
そう···よく分かってるじゃない
だったらそこで大人しくしてなよ

そう言いながら、教官は着ていたシャツを脱ぎ捨てる。

C: うーん···

サトコ
「うーん···」

東雲
···なに?もしかして誰かの得になるとでも思ってる?
それ、ちょっと図々しすぎない?

サトコ
「でも、地球上の男の人たちのなかで1人か2人くらいは···」

東雲
あー確かに
北極か南極あたりにはいるかもね

サトコ
「そんな局地に!?」

抗議する私の隣で、教官は着ていたシャツを脱ぎ捨てる。

東雲
あーあ···今日はもうこのまま遊んじゃおうかな

教官は資料を拾い上げると、そのままゆっくり泳ぎ始めた。

(なんだか気持ち良さそう···)
(私も泳ぎたいけど、水着ないしなぁ)
(それに掃除もしないといけないし)

東雲
ねぇ、キミさー

サトコ
「はい」

東雲
もし、見知らぬ子が海や川で溺れていたとして···
そうしたら躊躇いもなく、そこに飛び込むことが出来る?

サトコ
「それは···」
「どうでしょう···状況によると思いますが」

私の答えに、教官はなぜか泳ぐのをやめてこっちに近づいてくる。

東雲
なんか意外
キミって何も考えずに飛び込みそうだけど

サトコ
「さすがにそれは···人の命が掛かってますし」
「もちろん私が飛び込むしかないなら、そうしますけど」

東雲
なるほどね
でも······は···

東雲教官の言葉は、体育館からの歓声でかき消された。

東雲
なに、今の。体育館でなにかやってるの?

サトコ
「課外講習ですよ。特別講師に柔道のすごい人が来てるんです」

東雲
ふーん···なんか汗臭さそう

サトコ
「でも、元オリンピック候補らしいですよ。すごいですよね」

東雲
興味あるの?

サトコ
「それは、まぁ···」
「私は剣道が得意なんですけど、最近は柔道も覚えようかなぁって思ってて···」
「その方がきっと将来の役に···」

(って、いない!?いつの間に!?)

慌ててあたりを見回すと、教官は入り口に向かって歩いている。

サトコ
「教官、まだ掃除が···!」

東雲
悪いけど、すぐブローしないと髪が跳ねるから

サトコ
「ええっ」

(女子か!)
(って、確かにあの髪···ブロー必須って感じだけど)

サトコ
「···ま、いっか。早く掃除しようっと」

(それにしても、さっき教官はなにを言いかけてたんだろ)
(『あいつは···』の『あいつ』っていったい誰のことだったのかな)

【教場】

週明け···
小テストが返ってきた。

颯馬
今回の平均点は51点です
到達した者はより上位を···
到達しなかった者は次回こそ平均点以上を目指すように

(私、53点だ···)
(やったー!初めて平均点をクリアできたよ!)

【カフェテラス】

(でも、問題はここからなんだよね)
(必死になって勉強しても平均点を超えるのがやっとだなんて···)
(所詮、裏口入学だからなのかな···)

サトコ
「···ダメダメ」

(ここで諦めたらおしまいだってば!)
(なんとかして、もっと上の成績とらないと···)

東雲
なに絶望的な顔してんの

(げっ···)

東雲
ああ、小テストが戻って来たんだ。何点だったの?

サトコ
「53点です」

東雲
ああ···それじゃあ、絶望したくもなるよね
出された問題の半分程度しか解けないなんて

(うっ、相変わらずキツいなぁ)

サトコ
「あの···なにか用事ですか?」
「エビフライならもう食べちゃいましたけど」

東雲
別にいらないよ。今日はサラダ気分だし
それよりキミ、じゃんけん強い?

サトコ
「さぁ···人並みだと思いますけど」

東雲
そうなの?じゃあ···
じゃんけん···

(えっ)

東雲
キミはパー!

(えっ···ぱあっ?)

驚いた私は、つられて「パー」を出してしまう。

東雲
うわー···ほんと、単純

サトコ
「こ、これは驚いただけです!次こそは絶対···」

東雲
次はないから。オレの勝ち
ってことで、ここにある作業リスト、全部やっておいて

サトコ
「なんですか、これ···」

(『研修旅行』のための作業リスト···?)

to be continued

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