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東雲 出逢い編 7話

【教場】

私が教室に入ったとたん、皆の会話がぴたりと止む。

サトコ
「!」

ピリピリした空気の中、自分の席に着くと、千葉さんが近付いてきた。

千葉
「あ、その···体調はもういいんだ?」

サトコ
「うん。昨日はみかん、ありがとう」

千葉
「ああ、うん···」

私が千葉さんと話し出したせいか、他の同期たちも再び会話を始める。
けれども話している内容は···

男子訓練生A
「例の話、本当かよ?」

男子訓練生B
「絶対本当だって!長野県警のおエライさんから聞いたんだぜ」
「『氷川の経歴は嘘だ』って」

男子訓練生C
「でも、それ···飲み会の席での話なんだろ」

男子訓練生B
「バカ、だからこそ信憑性があるんだろ」
「酔っ払ってたから、上司がうっかり口を滑らせたんだろうが」

(うっかりって···部長!)

鳴子
「ちょっと、待ちなさいよ!」

ガタンと、大きな音を立てて、鳴子が立ち上がる。

鳴子
「まだその噂が本当だって決まったわけじゃないでしょ!」

男子訓練生B
「でも、火のないところに煙は立たない···って言うよな?」
「たとえ経歴詐称じゃないとしても何かやましいことがあるってことじゃないのか?」

鳴子
「だとしても、なにか事情があるかもしれないじゃない」

男子訓練生A
「なんだよ、その事情って」

鳴子
「それは···私にもわからないけど···っ!」

口ごもる鳴子を見て、私はついに心を決める。

(ダメだ、これ以上隠し切れない···!)

サトコ
「鳴子、いいよ」

鳴子
「でもサトコ···っ」

サトコ
「いいから。だって私、本当に···」

そのとき、後ろのドアが開いた。

東雲
ねぇ、『ウラグチさん』いるー?

全員
「!?」

東雲
今日から出席してるはずなんだけど···
えーっと···『ウラグチさん』···
ああ、いた。キミに頼みたいことがあるんだけど

(し、東雲教官···なにもこのタイミングで···)

案の定、同期たちはみんな顔を見合わせている。

男子訓練生A
「なぁ、今『ウラグチ』って言ってたよな」

男子訓練生B
「まさか『裏口入学』の裏口だったりして」

東雲
そんなの当たり前じゃない
彼女が裏口入学だって、キミたち気付いてなかったの?

(教官···っ!)

とたんに、同期の1人が勝ち誇ったように立ち上がる。

男子訓練生B
「ほら、言っただろ!やっぱり経歴詐称だったんだよ」

男子訓練生A
「すげーな···マジかよ···」

男子訓練生C
「俺たち、今まで騙されてたのか···」

鳴子
「ちょっと!そういう言い方はないでしょ!」
「サトコも何か言ってやりなよ!」

サトコ
「······」

鳴子
「サトコ···?」

(言えないよ、今さら何も)
(経歴詐称も、皆に嘘をついてたのも本当で···それなのに···)

東雲
まぁ、普通はやっぱり驚くよね
このエリート学校で裏口入学なんて前代未聞のことだし

男子訓練生A
「そ、そうですよ!ここは選ばれた人間が集まる場所なのに」

東雲
そうだよね。ほんとびっくりするよ
でも、もっと驚愕なのは
このクラスの半数が、彼女より『バカ』だってことだけどね

再び、ざわめき声がピタリと止む。

東雲
キミたち、裏口入学の彼女より『バカ』ってどういうこと?
今なんて言ったっけ、えーっと

男子訓練生A
「え···」

東雲
ああ···『選ばれた人間』だっけ?
彼女以外は皆、正真正銘のエリートってわけだ

男子訓練生A
「そ、それは···」

男子訓練生B
「なんて言うか、その···」

東雲
ああ、そうだ。せっかくだから名前を公表しようか?
先日の小テストで彼女より成績が悪かったのは28名
まず最初は···

颯馬
東雲教官。すみませんが、そろそろ私の講義が始まりますので

いつの間にか颯馬教官が前方の入口付近にたっている。

東雲
···随分いいところで出て来ますね

颯馬
そうですか?気のせいですよ

東雲
···まぁ、いいです。みんな、次の機会にでも発表してあげるよ

いつものニコリとした笑顔を向けて、東雲教官は教場を出て行った。

颯馬
皆さん···氷川さんのことでいろいろな話が出ているようですが
彼女の経歴の真偽について、我々学校側は入校当初から把握しています

(えっ、東雲教官だけじゃなくて?)

颯馬
その上で我々は彼女の入校を認めました
理由は、彼女に公安刑事としての素質があるからです

サトコ
「!」

男子訓練生A
「それはどういうものですか!」

颯馬
それは説明できません。人事部から口止めされていますので
ただ彼女もまた、みなさんと同じ『選ばれた人間』であることは覚えておいてください

颯馬教官の言葉に、みんなは何か言いたげな顔つきになる。
けれどもそれ以上の質問はなく、その場はひとまず収まったようだった。

【カフェテラス】

昼休み。

鳴子
「サトコ!一緒にランチしよう」

(鳴子···千葉さん···)

サトコ
「2人とも怒ってないの?経歴詐称のこと···」

鳴子
「ああ···その件はべつにどうでもいいっていうか」
「私、サトコがここの生徒としてダメだなんて思ってないし」

千葉
「俺も。氷川が人一倍がんばって勉強してたの、知ってるから」

鳴子
「そうそう。眠いの我慢しながら、毎日予習復習してるもんね」

(2人とも···)

鳴子
「ま、今回の件でこれからグチグチ言うヤツがいたらさ」
「この鳴子様がやっつけてあげるよ!」

千葉
「俺も。氷川の味方だから」

サトコ
「···ありがとう」

なんだか涙ぐみそうになったのを、私は瞬きして必死に堪える。

鳴子
「それにしてもさー」
「サトコの『公安刑事としての素質』ってなんだろうね」
「実際、何か聞いてる?」

サトコ
「ううん、私もそんな風に言われたの、初めてで···」
「自分ではいまいちよくわからないんだけど···」

(私に、どんな素質があるんだろう)

【モニタールーム】

東雲
キミの『素質』?
そんなのあるわけないじゃん

サトコ
「えっ、でも今日颯馬教官が···」

東雲
あれは颯馬さんの嘘
あれくらい言わないと、あの場は治まらなかったから

サトコ
「ええっ」

東雲
それに学校側としても体裁が悪いからね
経歴詐称に気付かず入校させたなんてバレたら
人事部のメンツ、丸つぶれでしょ

(それは、そうかもしれないけど···)

東雲
というわけで、この件についてはおしまい
くれぐれも本当のことは皆に話さないように

サトコ
「で···でも、このまま皆に嘘をつき続けるのは···」

東雲
だったら、その程度の罪悪感は墓場まで持って行ってよ
どうせ告白したところで楽になれるのはキミだけなんだから

(教官···)

東雲
ま、これからは颯馬さんの嘘のに乗っかって堂々としていれば?
どうせ今後は、成績が悪くても見逃してもらえるわけだし
『あいつは公安としての素質があるから問題ない』って

淡々とした教官の言葉···
けれども私は素直に頷くことが出来ない。

(それでいいの?それで納得できるの?)
(そんなの無理だ。だって私は···)

サトコ
「···嫌です」

東雲
なにが?

サトコ
「堂々と嘘に乗っかるなんて絶対に嫌です」

東雲
······

サトコ
「『ずっと嘘をつき続けろ』って言うなら、嘘を本当にして···」
「せめて『バカだけど頑張った』って言えるようになりたい」

(じゃないと絶対に後悔する···)
(ずっと『私は嘘つきだ』って思い続けなくちゃいけなくなる)
(そんなの、私は絶対に嫌だ!)

東雲
···それ、本気?

サトコ
「本気です!」

東雲
ふーん···

つまらなそうに答えたあと、東雲教官はチョコレートを一かけら口にした。

東雲
だったら3時間···

サトコ
「え?」

東雲
キミのプライベートのうち、毎日3時間をオレによこせよ」
そうしたらキミを『バカ』から『少しはマシなバカ』にしてあげる

<選択してください>

A: ぜひお願いします!

サトコ
「ぜひ···ぜひお願いします!」

思わず前のめりになった私を見て、教官は露骨に顔をしかめる。

東雲
···近すぎ
キミってほんと暑苦しいね

サトコ
「す、すみません···」

東雲
言っとくけど、オレかなりのスパルタだよ
バカを見てるとイライラするし
そいつの存在意義を問いたくなるし

(存在意義を···)

B: 3時間もですか?

サトコ
「えっと···3時間もですか···?」

東雲
『3時間だけ』だよ
3時間以下だとキミはバカなままだ
もしくはさらに進化した『バカ』になる

(そ、それは困る···)

サトコ
「···わかりました。お願いします」

東雲
そう···

C: 3時間だけ?

サトコ
「えっと···3時間だけですか?」

東雲
3時間がベスト
勉強は長くやればいいわけじゃない
集中力とコツも必要だから

サトコ
「そうですか···」

東雲
とりあえず7時に教官室に来て
今日から早速はじめるから

サトコ
「よろしくお願いします!」

こうして、東雲教官の特別講義がはじまった。

【個別教官室】

東雲
だから!
キミは基本的な紐付けができてないんだよ!
各国の政府首脳と情報機関、それと関連省庁は必ず頭に入れて!

サトコ
「は、はいっ!」

【モニタールーム】

東雲
そこ、違う!
その手順だと、アクセス元がバレる!

サトコ
「はいっ!」

【資料室】

東雲
この資料、明後日までに目を通してきて

サトコ
「えっ、全部ですか?」

東雲
昼休みを使えば余裕でしょ···
返事!

サトコ
「はい···っ!」

【個別教官室】

そんな中···

(これは確か資料集に参考事例があったはず···)
(こっちは、たしか···)

プルルル···

サトコ
「教官、電話です」

東雲
誰から?

サトコ
「えっと···『0823-1』さんから···」

東雲
ああ···いいよ、放置で。あとでかけ直す

サトコ
「···わかりました」

【カフェテラス】

(東雲教官の講義を受けるようになって2週間になるけど···)
(1日に2~3回は謎の番号から電話が来るんだよね)
(あれ、誰からなんだろう。だいたい『4桁の数字+α』なんだけど···)

黒澤
隣いいですか?

サトコ
「あ、はい···どうぞ」

(めずらしいな。校内で黒澤さんに会うなんて)
(石神教官に会いに来たのかな。それとも後藤教官?)
(それとも···)

黒澤
サトコさんって、確か歩さんの補佐官でしたよね

サトコ
「はい、そうですけど···」

黒澤
じゃあ、単刀直入に聞いちゃいますけど
歩さん、最近カノジョできたっぽいですか?

サトコ
「え!?」

黒澤
なんか合コン誘っても断られてばかりで···
ぶっちゃけ、そのあたりってどうなんですか?

サトコ
「さぁ、私はよく分からないですけど···」

黒澤
じゃあ、誰かから頻繁に電話が掛かってきたりはしてないですか?

サトコ
「ああ、それはそれなりに···」

黒澤
本当ですか!?

サトコ
「でも、女の人からの電話かどうかは分からないですよ」

黒澤
ええっ、そこはディスプレイを盗み見ましょうよ!
未来の公安刑事として!

サトコ
「いえ、ディスプレイの確認はよくさせられてるんですけど···」
「登録名が数字だから、誰からの電話なのか分からなくて」

黒澤
数字···
もしかして4桁+『1』とか『2』とかですか?

サトコ
「そうですけど···」

そのとたん、黒澤さんは「おおっ」と目を丸くした。

黒澤
さすが歩さん。まさに驚異のリターン率

サトコ
「リターン?」

黒澤
これ、オフレコなんですけど···
その数字の相手は、歩さんが合コンで知り合った女の子です

サトコ
「!?」

黒澤
最初の4桁は合コンした日、あとの数字は適宜のはずです

サトコ
「はぁ···」

(あの数字···そんな意味があったんだ···)

サトコ
「でも、どうして名前で登録しないんでしょう」

黒澤
数字の方が記憶しやすいから、らしいですよ
『名前はよほど気に入ったコじゃないと忘れる』って

サトコ
「ひど···っ!」

(さすがです···東雲教官)

【個別教官室】

その日の夜···
膨大なテキストを解いていると、またスマホの着信音が鳴りだした。

サトコ
「教官、電話です」

東雲
誰から?

サトコ
「『0914-3』番さんからです」

東雲
ああ、放置で

サトコ
「···分かりました」

(今のは『9月14日の合コンで知り合った3番の女の子』···ってことか)
(やっぱり何気にひどい気がするなぁ)

サトコ
「!」

(もしかして、私の番号も数字で登録されていたりする?)
(ありえる···東雲教官なら十分ありえそう···)

サトコ
「あ···」

(今度はさっきと違う着メロだ。これは確か···)

東雲
スマホ取って

サトコ
「はい」

私が手渡すと、教官はディスプレイも確かめずに電話に出る。

東雲
はい、なに?
ああ···うん、うん···

(今の···『さち』ってちゃんと名前が出てた···)
(それに、さちさんだけは着信音が違うんだ···)

東雲
うん、うん···わかった。調べとく
···じゃあ

(あ···終わったみたい)

東雲
······
···なにしてんの。手、止まってるけど

サトコ
「は、はいっ!」

(マズいマズい、集中しなくっちゃ!)

【寮 談話室】

(とは言っても、やっぱり気になるんだよね)
(さちさんに対する態度だけ、あまりにも違いすぎるっていうか···)

サトコ
「うーん···」

千葉
「どうしたの、難しそうな顔して」

サトコ
「ああ、うん···ちょっと考え事」

千葉
「勉強のこと?」

サトコ
「ううん、その···知り合いのことっていうか」

千葉
「友だち?」

サトコ
「ううん」

千葉
「じゃあ、恋人?」

サトコ
「ち、違うよ、そんな人いないし」

千葉
「じゃあ···」
「好きな人···とか?」

千葉さんの問いかけに、なぜか胸がドキリとする。

(えっ···なに、これ!)

千葉
「···図星?」

<選択してください>

A: 違います!

サトコ
「違います!」
「絶対に違います!」

千葉
「そうやって2度も否定するところがあやしいよね」

サトコ
「!?」

B: どうして?

サトコ
「ど、どうして?」

千葉
「さぁ、うまく言えないけど···」
「今の氷川の顔···」
「普段の···俺の知ってる氷川とは違う気がして···」

(うそ···)

C: え、えっと···

サトコ
「え、えっと···」

千葉
「······」

サトコ
「その···」

千葉
「···やっぱりそうなんだ」

サトコ
「違···っ!」

(まさか、そんな···)
(相手は教官だし、私、Mじゃないし···)
(でも、え···っ)
(え···っ?)

to be continued

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