それは、入校式の数日前のこと。
【教官室】
黒澤
「皆さん、おつかれさまでーす」
「って、加賀さんと周介さんしかいないんですか?」
颯馬
「いえ、向こうのソファに歩がいますよ」
「それに、もうすぐ後藤も帰ってくるんじゃないかと」
黒澤
「任務ですか?」
颯馬
「いえ、警察庁に出向いているようで···」
加賀
「おい、その箱はなんだ」
黒澤
「ああ···これは、お忙しい皆さんに差し入れと思って」
「ジャーン!」
颯馬
「なるほど、プリンですか」
加賀
「···チッ」
黒澤
「あれー、加賀さん、食べないんですか?」
加賀
「プリンは邪道だ」
黒澤
「そんなこと言わないで、一口だけでも食べてくださいよー」
「吉祥寺で一番美味しいって評判のプリンなのに···」
東雲
「ムリムリ」
「兵吾さんにプリンとか」
黒澤
「歩さん!」
「もう!この間はひどいじゃないですか」
「合コン、当日ドタキャンするなんて」
東雲
「仕方ないじゃん。急に室長に呼び出されたんだから」
「それより見て、コレ」
黒澤
「なんですか、いきなり···」
「履歴書?」
東雲
「違う。職務履歴書」
「どう思う?この経歴書の子」
黒澤
「どうって···」
「可愛い人ですね」
東雲
「···それだけ?」
黒澤
「ボブカットが似合ってます」
東雲
「······」
黒澤
「ああ、でも···」
「どこかで会ったことがあるかも」
東雲
「···は?」
黒澤
「どこだっけな···青山での合コン?」
「それ以外だと、渋谷···表参道···ああ、五反田の可能性も···」
東雲
「もういい」
黒澤
「えっ、歩さーん、プリン···」
東雲
「いらない」
「食べると、兵吾さんが拗ねるから」
加賀
「は?なんだと、歩ーーー」
颯馬
「···さっきの経歴書ですが、首席入校者のものですよ」
黒澤
「あ、そうなんですね」
「言われてみれば、すごい経歴でしたねー」
颯馬
「嘘はいけませんよ。黒澤」
「彼女の写真しか見ていなかったでしょう?」
黒澤
「えー、そんなことは···」
颯馬
「······」
黒澤
「···参ったなぁ。周介さんってば何でもお見通しだから」
颯馬
「『何でも』ということはありませんよ」
「むしろ日々分からないことだらけです」
「特に『人』が絡むことにおいては」
黒澤
「そうですか?とてもそうは見えませんけどねー」
石神
「黒澤は来ているか?」
黒澤
「はい、ここに」
石神
「報告書を確認する。個別教官室に来てくれ」
黒澤
「はい···」
「っと、石神さーん、差し入れあるんですけどー」
石神
「あとにしろ」
黒澤
「いいんですか?プリンなのに」
石神
「···っ」
「···冷蔵庫に入れておいてくれ」
黒澤
「分かりました。油性ペンで名前を書いておきますね」
颯馬
「名前なら私が書きますよ」
「黒澤は石神さんのもとに行ってきなさい」
黒澤
「了解でーす」
【個別教官室】
黒澤
「·········というわけで、報告は以上です」
石神
「先週言っていた『協力者』は?」
黒澤
「引き続き、病院内部を探らせています」
「なので、近いうちに、また『お見舞い』に行ってこようかと」
石神
「わかった」
黒澤
「ああ、それと···」
「いちおう、この『写真』も提出しておきます」
石神
「···この女性は?」
黒澤
「『例の団体』の信者です」
石神
「ビールジョッキを持っているようだが」
黒澤
「ああ、合コンのときの写真なんで」
「この間、彼女を含めた女性3人と合コンしたんです」
「こっちのメンツは、オレと歩さんと、警護課の広末巡査部長···」
「の予定だったんですけど、歩さんにドタキャンされたんで」
「代わりに警護課の真壁さんにお願いして···」
難波
「石神、入るぞー」
「先日のラーメン代のことだが···」
「っと、なんだ、先客か」
黒澤
「おつかれさまでーす」
難波
「どうした、石神を合コンにでも誘いに来たのか?」
黒澤
「そうなんですよー」
「実は、次のメンバーが石神さんの好きなスイーツ女子で···」
石神
「適当なことを言うな、黒澤」
「室長、彼は業務報告で来ただけです」
難波
「なんだ、つまらんなー」
黒澤
「そうなんですよー」
「石神さん、何度誘っても合コンに来てくれなくて···」
石神
「黒澤!」
難波
「ハハハッ、やっぱり面白いなぁ、黒澤は」
「なぁ、せっかくだから、ここの教官をやる気はないか?」
黒澤
「えーオレがですかー?」
難波
「ああ、きっと楽しいぞ」
「それに、今度のひよっこたちのなかには女子が2名いるからな」
「なんなら彼女たちと合コンしても···」
石神
「室長、風紀を乱すような発言は控えてください」
難波
「···なんだ、石神は堅いなぁ」
石神
「黒澤、報告は以上か?」
黒澤
「はい。さっきの写真でオシマイです」
石神
「わかった、下がっていい」
黒澤
「では失礼しまーす」
バタン!
石神
「···室長、適当なことを言われては困ります」
難波
「だが、教官のなり手がいなくてなぁ」
「教官を任せられるような現役刑事連中には」
「通常任務をしながらの指導だっつうと、打診しても渋られてばかりだし」
石神
「だからって、黒澤に声をかけなくても···」
難波
「それに面白いと思うんだよ、黒澤は」
「一番年下の割に、お前とやり合う度胸があるし。何より···」
「ときどき目が虚ろになるだろ、あいつ」
石神
「······」
難波
「指導する側になったら、面白いと思うんだけどなぁ」
石神
「······」
【教官室】
後藤
「······」
黒澤
「おつかれさまでーす」
後藤
「···ああ、黒澤か」
「差し入れ、いつも悪いな。プリン美味かった」
黒澤
「ですよね。加賀さんには拒否されましたけど」
後藤
「そうなのか?さっき、舌打ちしながらも食べてたぞ」
黒澤
「ほんとですか?」
「意外とツンデレなのかな、あの人···」
「あれ、その経歴書って···」
後藤
「これか。4月から入校する訓練生のものだ」
黒澤
「しかも、首席入校者」
後藤
「なぜ知っている?」
黒澤
「さっき、その経歴書を歩さんかに突き付けられたんです」
「『この子のこと、どう思う』って」
後藤
「···それで?お前はどう思ったんだ?」
黒澤
「『ボブカットが似合うなぁ』と」
後藤
「他には?」
黒澤
「そうですね···『キラキラしているなぁ』と」
「いかにも『希望に満ち溢れてます』って感じで」
後藤
「······」
黒澤
「あとは、まぁ···」
「······」
「···確かに、経歴はすごいですね」
後藤
「書類上はな」
「実際のところは、会ってみないと分からないが」
黒澤
「向き不向きがありますもんね、公安って」
後藤
「まぁ、そうなんだが···」
「お前はどうだ?」
「自分が、公安に向いてると思ったことはあるか?」
黒澤
「さぁ、どうでしょう」
「そういう後藤さんはどうなんですか?」
後藤
「···さぁ、どうだろうな」
成田
「おい!なんだ、この積み重なったプリンの容器は」
後藤
「ああ、それは···」
黒澤
「オレの差し入れです。冷蔵庫にあるんでよろしければどうぞ」
成田
「そうか。じゃあ、早速味見してやるとするか」
「···おい!『石神』の名前が書いたヤツしかないぞ!」
黒澤
「えーおかしいですね。ちゃんと全員分買ってきたのに」
後藤
「···本当か?」
黒澤
「いえ、ここだけの話、成田さんの分を忘れてました」
後藤
「おい···」
黒澤
「大丈夫です、なんとかしますって」
「成田さーん、今度『動物好き女子』との合コンがあるんですけどー」
花の蕾がほころび始める季節。
もうすぐ、新しい物語が始まろうとしていた。
to be continued