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黒澤 出逢い編 2話



【教場】

2日後······
黒澤さんに同行する日がやって来た。

(ICレコーダー···OK)
(メモ帳···OK、交通ICカードもチャージOK!)
(あとは···)

鳴子
「おつかれー、サトコ」
「あれ、もしかしてこれからデート?」

サトコ
「まさか。先輩の仕事に同行させてもらうことになったの」

鳴子
「先輩?なにそれ」
「その人、顔面偏差値は!?」

サトコ
「えっ、ええと···」

<選択してください>

A: かなり高い

サトコ
「かなり高いんじゃないかな」

鳴子
「ほんと!?昴さまレベルってこと!?」

サトコ
「えっ、すば···?」

鳴子
「昴さま。一柳昴さまだよ、警護課エースの!」

サトコ
「う、うーん···」
「その『昴さま』を見たことがないから分からないんだけど」

鳴子
「なーんだ、残念」
「でも···」

B: わりと平均的

サトコ
「わりと平均的かな」

鳴子
「···ほんとに?」

サトコ
「ほんとだってば」

鳴子
「そっか。でも、まぁ···」

C: 面白い人だよ

サトコ
「面白い人だよ」

鳴子
「えっ、顔が?」

サトコ
「性格が」

鳴子
「いや、だから私が知りたいのは顔の偏差値のことで···」

サトコ
「だから『面白い人』だってば」

鳴子
「······なるほど。秘密にしたいってわけね」
「でも、まぁ···」

鳴子
「『いい感じの人』ってことは分かったからいいか」

(えっ)

鳴子
「いいなぁ···私もそういう人と出会いたいなぁ」

サトコ
「ま、待ってよ」
「その人のこと、べつに『いい』って思ってるわけじゃ···」

鳴子
「またまた~。そのわりに、今日のメイク、いつもより丁寧じゃん」

サトコ
「それは外出するからだよ」
「そもそも、その先輩とはまだ2回しか会ったことがなくて···」

鳴子
「ハイハイ。それじゃ、健闘を祈る!」

サトコ
「もう···!」



【街】

(鳴子ってば完全に勘違いしてるよ)
(黒澤さんのこと、そんなふうに思ってるわけじゃないのに)

サトコ
「そりゃ、いい人だなとは思うけど···」

(初めて会った時、私のことを助けてくれて)
(二度と会えないと思ってたのに、あっさり再開できちゃって)
(おまけに、冗談だろうけど、私のことを「運命の人」だなんて···)

サトコ
「って、ナシ!」
「今の絶対にナシ!」

(仕事、仕事!)
(これから、先輩の仕事に同行させてもらうんだから)
(しっかりしろ、私!)

パンパンッ、と自分の頬を叩いていると···

黒澤
さすが期待の新人。気合い十分ですね

サトコ
「!!」

(うそ、いつの間に!?)

サトコ
「お、お疲れさまです」
「本日はよろしくお願いします」

黒澤
ええ、こちらこそ
それじゃ、さっそく出かけましょうか

サトコ
「はい。あの、どちらへ···」

黒澤
この先にある区民病院ですよ

【病院】

病院に到着すると、黒澤さんは迷うことなく来客用の玄関へ向かった。

受付
「806号室のお見舞いですね」
「それでは、こちらの記録帳にお名前をお願いします」

黒澤
はい、では···
石···藤···ステファニー···っと

(『石藤ステファニー』?どうしてそんな名前を···)

受付
「お連れ様のお名前もお願いします」

黒澤
ああ、妻の名前ですね

(妻!?)

黒澤
石藤···キャロライナ···と···

(だから、どうしてそんな名前···)
(じゃなくて!)
(「妻」?さっき「妻」って言ったよね?)

黒澤
さあ、行こうか。キャロライナ

サトコ
「は、はぁ···」

(ダメだ、謎が多すぎるんですけど)

【廊下】

サトコ
「あの、さっきのはどういうことですか?」

黒澤
はい?

サトコ
「『ステファニー』とか『キャロライナ』とか···」
「あと、その···」
「つ、つつつ、妻とか···」

黒澤
ああ、そのことですか
まず『石藤ステファニー』はオレの潜入名です
名簿などに本名を残したくない時に、よく使用しています

サトコ
「はぁ···」
「じゃあ、私の『キャロライナ』も潜入名ですか?」

黒澤
今回だけですけどね
オレの身内、ってことにしたほうが受付を通りやすいので
この病院、初めての見舞客へのチェックが厳しいんですよね

(そっか、それで「奥さん」ってことに···)
(偽名で出入りするのも大変なんだな)

【病室】

黒澤
こんにちはー。ステファニーでーす

朗らかに挨拶した黒澤さんの後ろで、私も小さく頭を下げる。
先に振り向いたのは、見舞客らしい大柄な男性。
ベッドには、痩せたおばあさんが横たわっていた。

おばあさん
「まあ、ステちゃん。今日も来てくれたのね」
「一昨日あなたがいないときにも、お見舞いに来てくれたのよ」

大柄な男性
「そうか···ありがとな」

黒澤
いえいえ

(···この男性とおばあさん、どういう関係なんだろう)
(普通に考えると「親子」だよね)
(それ以外だと「親戚」「友だち」···ま、あ。「歳の差夫婦」ってことも···)

黒澤
ところで、もうすぐ退院できるんですってね?

おばあさん
「お陰様でね」
「そうしたらこの子、旅行に連れて行くって言ってくれたの」

黒澤
へぇ、さすがは『自慢の息子さん』じゃないですか

おばあさん
「ふふ、そうなのよ」

(あ、やっぱり「親子」なんだ)
(そっか···言われてみれば、顔立ちが少し似ているかも···)

おばあさん
「ところでステちゃん、こちらの方は?」

(うわ、返事しないと!)

サトコ
「わ、私は、黒···ステファニーさんの···」

黒澤
奥さんですよ

おばあさん
「あら、ステちゃん、奥さんいたの?」

黒澤
だといいな~、なんて!

おばあさん
「まあ、どっちなのかしら」

黒澤
どっちだと思います?

楽しそうに笑う2人を見て、息子さんはゆっくり立ち上がった。

大柄な男性
「俺、ちょっと洗濯しに行ってくるわ」

黒澤
あ、オレ、手伝います

(黒澤さんが動いた。だったら···)

サトコ
「私も手伝わせてください」

おばあさん
「あら、3人ともいなくなってしまうの?」

寂しそうなおばあさんに、黒澤さんはにっこりと微笑みかけた。

黒澤
すみません、少しの間です
パパッと片付けて、戻ってきますから


【屋上】

案の定、行き先は院内のコインランドリーではなかった。
夕闇に包まれた、静かな屋上だった。

大柄な男性
「トールちゃん、いつもありがとな」

(トールちゃん?)
(そっか、この人は黒澤さんの本名を知っているんだ)

黒澤
気にしないでください
オレが個人的にお母さんのこと、気になってるだけなんです
それより、お母さんの具合···よくないんですね

大柄な男性
「ああ。年内まで持てばいい方だってさ」

黒澤
だったら、これ···使ってください

黒澤さんが差し出したのは、銀行の名前が入った封筒だった。

黒澤
いくらあっても困ることはありませんから
オレだって、ぎりぎりまでお母さんのこと諦めたくないですし

大柄な男性
「······」

黒澤
そのためには、お金が必要なはずです

とたんに、息子さんの表情がグッと歪んだ。

大柄な男性
「···ありがとう。ありがとうな、トールちゃん」
「こんな時に頼れて見舞いに来てくれるのは、親戚でもなきゃ、友だちでもない」
「トールちゃんだけだもんなぁ···」

息子さんは封筒を受け取ると、ふ···と疲れたように息をついた。

大柄な男性
「俺、トールちゃんのためなら死ねるよ」

(えっ)

大柄な男性
「だから···」
「この間頼まれた施設の見取り図、必ず入手してみせる」
「約束するからよ」

黒澤
無理はやめてください
···そのためにお母さんのお見舞いに来てるんじゃないし
それでお金を持ってきたんじゃありませんよ

大柄な男性
「そんなことはわかってるよ。長い付き合いだしさ」
「トールちゃんは優しいもんな」

(···「優しい」?)
(今の、黒澤さんが···?)


【帰り道】

黒澤
いやぁ、お腹空きましたねー
こんなときは、やっぱり炭水化物かなぁ

サトコ
「······」

黒澤
ああ、おつかれさまでした
どうです?レポート、書けそうですか?

サトコ
「あ···はい······たぶん······」

(でも、なんて書けばいいんだろう)

「偽名」のこと、「協力者」のこと。
「お金」「おばあさん」それから···

(「優しい」···)
(「トールちゃんのためなら」···)

サトコ
「···っ」

(ダメだ、頭の中、グチャグチャだ)
(どうしよう、こんな調子でレポートなんて···)

黒澤
···サトコさん、ラーメンはお好きですか?

サトコ
「えっ」

黒澤
塩・味噌・しょうゆ···好きなラーメンはありますか?

サトコ
「あ···ええと···どれでも···」

黒澤
じゃあ、1杯食べてから帰りましょう
今日はオレがおごりますんで

サトコ
「いえ、私、レポートを···」

黒澤
レポートは、食べてからでも間に合いますよ
さ、ここはオレに付き合ってください

【ラーメン屋台】

黒澤さんに連れて来られたのは、屋台のラーメン屋さんだった。

黒澤
では、本日の労をねぎらって···
おつかれさまでしたー

サトコ
「···おつかれさまでした」

水の入ったグラスに、少しだけ口をつける。
一方の黒澤さんは、あっという間に水を飲み干してしまった。

黒澤
ふぅ···仕事終わりは水も美味しいですね

サトコ
「······」

黒澤
大変だったでしょう、今日の課外授業
学校じゃ、たぶんあそこまで教えませんよ
テキストにしにくい内容ですし

サトコ
「······」

黒澤
でも、オレにとってはあれが『当たり前』···
あんなふうに付き合いながら、日々情報をもらっているんです
すべては、国家の治安のために

サトコ
「···っ、だったら何をしてもいいんですか?」
「国のためだったら、相手の好意につけこむようなことでも···」

黒澤
仕方ありませんよ
今日の彼みたいなタイプには、それが一番手っ取り早いんです

サトコ
「!」

黒澤
『脅し』が効く人間には、弱みを握って揺さぶりをかける
『お金』が効く人間には、報酬を最大限に活用する
彼みたいな『義理堅い』人間には、好意を武器にする
大事なのは、こちらがイニシアチブを取ること
相手を『駒』以上に受け止めないこと

サトコ
「!」

黒澤
自分は絶対、相手の『駒』にならないこと
そうじゃなければ、協力者を活かすことはできません

(そんな···)

胸の奥に、嫌悪感が生まれる。
黒澤さんのことは、決して嫌いではない。
それなのに、今の彼の発言を、私は素直に受け入れることができない。

黒澤
幻滅しましたか、こんなオレに

サトコ
「······」

黒澤
いいですよ。正直に答えてください

<選択してください>

A: 迷いながらも頷く

迷った末に、私は頷いた。
意外にも、黒澤さんはふっと小さく笑った。

黒澤
サトコさんは素直ですね

サトコ
「ごめんなさい」

黒澤
イヤだなぁ、謝らないでくださいよ
それがサトコさんの本音なんでしょう?

サトコ
「······」

黒澤
それにオレ、結構好きですよ
サトコさんみたいな素直な人

(黒澤さん···)

B: いちおう否定する

サトコ
「そ、そんなことは···」

本音を口にする訳にもいかず、私はいちおう否定してみせた。
けれども、黒澤さんにはお見通しだったようで···

黒澤
ムリしなくていいですよ。ぜーんぶ顔に出ていますから

サトコ
「···っ」

黒澤
ハハッ、本当に分かりやすい人ですね、サトコさんって

C: 無言を貫く

サトコ
「······」

黒澤
···なるほど、答えられませんか
それとも『答えたくない』ですか?

サトコ
「······」

黒澤
どちらにしても懸命な選択です
『無言』は、時に武器になりますから

会話が途切れたところで、ラーメンが運ばれてきた。
けれども、どんなに食べてもぜんぜん味がしなった。
頭の中は、今日の「課外授業」のことでいっぱいだ。

(黒澤さんと同じようなこと、いつか私もやるのかな)
(「任務だから」って割り切って?「国家の安全のためだから」って?)
(でもそんなこと、私には···)

黒澤
···やっぱり納得できませんか
だったら、もう素直に書くしかありませんね

(えっ!?)

サトコ
「書くって、まさかレポートにですか!?」

黒澤
もちろんです

サトコ
「それは、さすがにちょっと···」

黒澤
でも、それがサトコさんの本音なんでしょ?
だったら、そう書くしかないじゃありませんか

サトコ
「······」

黒澤
オレのやり方を見て、受け入れられなかったこと
自分が理想とするところ
そういうのをレポートにしてみてはいかがですか?

(理想を···レポートに···?)


【寮 自室】

グチャグチャの頭を解きほぐすために、まずはノートを広げてみる。

(テーマ「私の理想」···まずは···)

サトコ
「協力者とは対等な関係がいい」

(弱みを握ったり、好意を利用するのは避けたいし)
(「駒」なんて思うのは、絶対にイヤで···)

サトコ
「つまり、お互い『対等な立場』で···」
「心から信頼しあえる関係が良くて···」

気が付いたら、10枚のレポート用紙はあっという間に埋まってしまった。

【個別教官室】

そして数日後···

石神
先日、君が提出したレポートを読んだ

サトコ
「はい!それで···」

石神
一から書き直して、明日の正午までに再提出するように

サトコ
「!!」

石神
私は『黒澤から学んだこと』を書けと言ったはずだ
君の青臭い主張を知りたいわけじゃない

サトコ
「待ってください!あれは私の···」

石神
書けないなら再提出しなくていい
そのかわり、今すぐ荷物をまとめて長野へ帰れ

サトコ
「···っ」

石神
ここは、君の理想を叶える場所ではない
国家治安のために働ける刑事を育てる場所だ
公安刑事になる気がないなら、ここに君の居場所はない

サトコ
「······」

【屋上】

突き返されたレポート用紙を抱え、屋上へとやってきた。
きれいな夕焼けを目にしても、ちっとも心が動かなかった。

(国家治安のために働ける刑事···か)

サトコ
「そんなの、考えたこともないよ」

確かに「刑事」には憧れていた。
でも、それは「目の前の困っている人を助けたい」からだ。

(それじゃ、ダメなのかな)
(国家がどうとか、考えないと···)

プルル、とスマホが震えた。
ディスプレイに表示されていたのは、まさかの長野時代の上司の名前だ。

(富岡部長?どうして···)

サトコ
「もしもし···」

富岡部長
『おお、氷川!元気にしてたか?』

サトコ
「はい、ご無沙汰しています」

富岡部長
『東京はどうだ?学校はもう慣れたか?』

サトコ
「···っ、ええと、まぁ···それなりに···」
「優秀な人ばかりで、ついていくのが大変ですけど···」

富岡部長
『ハハハッ、やっぱりそうか!』
『こりゃ、上申書を······っておいて正解だったな』

(え、今なんて···)

富岡部長
『ところで氷川、ちょっと教えて欲しいんだが』
『東京タワーにはどやって行けばいいんだ?』

サトコ
「どうって···長野からですか?」

富岡部長
『いや、東京駅からだ』
『うちの嫁さんが今度、東京に遊びに行くことになってなぁ』

サトコ
「そうですか。それなら···」

部長に説明しているうちに沈んでいた気持ちが少し浮上してくる。
電話で話しているだけなのに、まるで長野時代に戻ったかのようだ。

富岡部長
『···なるほど助かったぞ、氷川』
『さすが、長野の期待の星だ!』

サトコ
「そんな大げさな」

富岡部長
『その調子で頑張るんだぞ』
『氷川なら、必ず立派な刑事になれる!』

(え···)

富岡部長
『県警の連中の間じゃ、今でも語り草になっていてなぁ』
『口を開けば「刑事、刑事」ってしつこい「スッポン婦警」ってな』

サトコ
「······」

富岡部長
『だが、氷川のその粘り強さは、必ず武器になる』
『みんな、「長野のスッポン」に期待しているからな!』

あたたかな励ましの言葉に、かえって心を抉られた。
だって、今の私は部長の期待にちっとも応えられていないのだ。

サトコ
「ありがとうございます。あの···」

富岡部長
『うん?』

サトコ
「あの······」
「皆さんにも、よろしくお伝えください」

富岡部長
『ああ、もちろんだ。それじゃ、がんばれよー』

最後まで励まされて、通話は終わった。
それなのに、残ったのはどうしようもない疲労感ばかりだった。

(言えなかった···「頑張ります」って···)
(ついこの間までは堂々と口に出来ていたのに)

頑張りたい気持ちは、もちろんある。
けれども、なにを頑張ればいいのか、今はさっぱり分からない。

(どうすればいいんだろう)
(こんな中途半端なままで、これからなにを目指せば···)

???
「あーいたいた。やっと見つけました」

(え···)
(あ、黒澤さん···)

黒澤
聞きましたよー、石神さんから
先日のレポート、再提出だそうですね

(うっ、いきなりその話題?)

黒澤
なんだかすみませんね
オレが余計なアドバイスをしたせいで···

サトコ
「いえ、黒澤さんは悪くありません」
「悪いのは私です」

黒澤
······

サトコ
「私が···公安の仕事を受け入れられずにいるから···」

話しているうちに、語尾が小さくなった。
気付けば、足元ばかりを見ている自分がいた。

(ほんと、なにやってるんだろう、私···)
(さっさとレポートを書き直さないといけないのに)
(ムリにでも、割り切らないといけないのに···)

黒澤
サトコさんは、どうしてここに来たんですか?

サトコ
「え···」

黒澤
どうして公安学校に入校しようと思ったんですか?

サトコ
「それは···」

大切な思い出が、頭を過った。
5年前の、あの「事件」のことが。

サトコ
「私、学生の頃···通り魔に襲われかけたことがあるんです」

サトコ
「相手は凶器を持っていて、正直もうダメだ···って思って···」
「でも、偶然通りかかった刑事さんが、私を助けてくれて···」

刑事
『警察だ、安心しろ』

サトコ
「そのとき思ったんです。『私も刑事になりたい』···」
「困っている人を助けられる人間になりたいって」

黒澤
······

サトコ
「でも、所詮その程度なんです。私の考えていることなんて」

黒澤
その程度?

サトコ
「『国家を守る』なんて、スケールが大きすぎて考えたことなくて」
「黒澤さんや石神教官みたいに、志が高いわけでもなくて···」

黒澤
······

サトコ
「私、『刑事になれる』って聞いて、この学校に来たんです」
「でも、ここで習うことは、モヤモヤすることも多くて···」
「協力者工作のことも、ぜんぜん納得できなくて···」

黒澤
······

サトコ
「このまま、ここにいてもいいんでしょうか」
「こんな気持ちのまま、公安刑事を目指しても···」

黒澤
だったら地元に帰れ

サトコ
「!!」

黒澤
って、石神さんなら言いますよね

(···黒澤さん?)

黒澤
でも、オレは言いません
ていうか言えませんよー、そんなこと
だってオレ、『国家治安』のことなんて一度も考えたことないですもん

(え···ええっ!?)

サトコ
「で、でも、じゃあ···」
「どうして黒澤さんは公安刑事になったんですか?」

黒澤
どうしてって···そうですねー
昔見たスパイ映画が面白かったからかなー

サトコ
「!」

黒澤
あと、公安ってなんかカッコいいじゃないですか
いかにも『影を背負った組織』って感じで

(ちょ···そんな理由!?)

黒澤
でも、だからこそ思うんです
最初のキッカケは何でもいいんじゃないか、って

(···え?)

黒澤
もちろん、高い理想があって公安刑事を目指す人はいます
特に、ここの訓練生には多いはずです

サトコ
「······」

黒澤
でも、オレやサトコさんみたいなのも『有り』だと思うんです
だって、大事なのは『その先』だから

(その先···?)

黒澤
たしかに、今のサトコさんは『国家治安』なんて考えられないかもしれません
でも、現場で経験を積めば、変わるかもしれない
今とは違う気持ちが、芽生えるかもしれない

サトコ
「······」

黒澤
だから、今はあまり難しいことを考えないで···
『私、刑事になりたい★』だけで十分だと思いますよ

(黒澤さん···)

気が付いたら、私は顔を上げていた。
黒澤さんの顔を、まっすぐ見つめていた。
正直、嬉しかった。
肩の荷が少し下りたような気がした。

(いいんだ、迷ってばかりの私でも)
(今はまだそれも「有り」なんだ)

サトコ
「···わかりました。私、もう少し頑張ってみます」

(今は、まだ受け入れられないことが多いけど)
(いつか、分かる日が来るかもしれないのなら···)

黒澤
···よかった。やっといつものサトコさんになりましたね
眉間のシワも消えたみたいですし

(えっ、シワ?)

サトコ
「ま、待ってください。シワって本当に···」

黒澤
ええ。それは、もうくっきりと

サトコ
「!」

黒澤
あのシワは、例えるなら後藤さんレベル···
いや、石神さんレベルだったかも

サトコ
「!!」

(それ、ショックすぎるんですけど!)

慌ててマッサージをする私を見て、黒澤さんは笑っていた。
それは、先日も目にした、まさに「お手本」のような笑顔だった。

to be continued



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