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黒澤 出逢い編 5話



黒澤さんが入院して1週間。
私は、鳴子とふたりである任務を引き受けることになった。
その任務とは、まさかの···

【セミナー】

司会者
「さあ、皆さん、私に続いて復唱してください」
「夢は必ず叶います!」

参加者たち
「「夢は必ず叶います!」」

司会者
「恋より夢!」

参加者たち
「「恋より夢!」」

司会者
「伊坂先生の言うことは絶対!」

参加者たち
「「伊坂先生の言うことは絶対!」」

司会者
「それではご登場いただきましょう!」
「フレンドリー伊坂先生です!」

盛大な拍手が鳴り響き、講師の女性が登場する。
見た目だけなら30代半ば。
けれども、資料によると現在52歳だった。

鳴子
「···すごい若作り」

サトコ
「ちょ···聞こえるよ、鳴子」

もっとも、誰たちも私たちのことなんて気にしていない。
参加者の視線はフレンドリー伊坂に釘付けだ。

(表の顔は、女性向けの自己啓発セミナーの「カリスマ講師」···)
(でも、裏の顔は「とある宗教団体の幹部」···)



【病室】

サトコ
「つまり、フレンドリー伊坂はセミナーで人を集めて···」
「そのなかの熱心な女性ファンを、宗教に勧誘しているらしくて」

黒澤
なるほど
それで、お2人が潜入することになったんですね

黒澤さんは、納得したように頷いた。

黒澤
でも、大変じゃありませんか?
通常の訓練と並行して、潜入捜査をしている訳でしょ
潜入後は、報告書の作成もあるでしょうし

サトコ
「いいんです、それくらい。せっかくのチャンスですから」
「これまでのマイナスはを、いい加減、挽回しないと」

<選択してください>

A: 皆のためにも

サトコ
「いつも励ましてくれる皆のためにも」

黒澤
···なるほど
『皆のために』···ですか

サトコ
「えっ」

黒澤
いい心がけですね。素敵なことです

サトコ
「···ありがとうございます」

(なんか今、一瞬、苦笑いされたような···)
(気のせいかな)

B: 黒澤のためにも

サトコ
「黒澤さんのためにも」

黒澤
えっ、オレですか?

サトコ
「はい、その···」
「黒澤さんには、いつも励まされているから」
「いつか、それに応えられたらいいなぁ、なんて」

黒澤
······

サトコ
「···あ、すみません。こういうの迷惑でしたか?」

黒澤
いえ、そんなことないですよ
光栄だなーと思ってたところです

サトコ
「そうですか。よかった···」

C: 夢を叶えるためにも

サトコ
「夢を叶えるためにも」

黒澤
······

サトコ
「って、なんだかすみません」
「自分のことばかりペラペラと」

黒澤
いえ、気にしないでください
サトコさんの話を聞くの、結構好きですから

(黒澤さん···)

黒澤
それにしても不思議な縁ですよね
サトコさんが潜入しているの、例のセミナーなんでしょう?
オレとサトコさんが初めて会った時の···

サトコ
「そうなんです!私もビックリしてしまって」

(あ、そう言えば···)

サトコ
「参加者のなかに、ひとり気になる人がいたんですよね」

黒澤
気になる人?

サトコ
「この間、参加者が自分の成功体験談を語る企画があったんです」

サトコ
「そのとき···」

司会者
「それでは登壇していただきましょう」
「首藤ナミカさんです」

首藤
「皆さん、こんにちは。首藤です」

(あれ、この人···)

サトコ
「うまく言えないんですけど、あの『首藤ナミカ』って人···」
「どこかで会ってる気がするんです」

黒澤
······

サトコ
「しかも、わりと最近のような気が···」

カシャ!

(えっ)

黒澤
···おお、いい写りですね~

(デジカメ···いつの間に!?)

黒澤
ああ、すみません。無断で撮ってしまって
憂い顔のサトコさんがあまりにも素敵で···

サトコ
「今の、教えてください!」

黒澤
はい?

サトコ
「今の、撮影の仕方です!」
「どのタイミングで、デジカメを手に取ったんですか?」
「どこに隠してたんですか?」
「全然気付かなかったんですけど···!」

黒澤
うーん、申し訳ありませんが、企業秘密で···

サトコ
「そう言わないで···」
「あ、もしかして袖ですか?」
「それとも隠しポケットがあるとか」

黒澤
いやぁ、サトコさんは、ほんと勉強熱心ですねー
じゃあ、今回は特別に
まず、カメラはあらかじめ枕の下に隠して···

サトコ
「待ってください!今、メモしますから」
「ええと···『カメラは枕の下』···」

訓練外の任務をこなしながらお見舞いに来るのは正直大変だった。
けど、いろいろ学べるのは楽しかったし、
なにより黒澤さんとの時間は「癒しのひととき」になっていた。



【教場】

なぜなら···

鳴子
「···よーし、日誌終わった」
「サトコ、お待たせ!例の報告書、一緒にまとめよう」

サトコ
「うん、じゃあ···」

男子訓練生A
「あーあ、いいよなぁ。誰かさんたちは」
「『女』ってだけで任務をもらえるんだから」

2人
「!」

(···まただ。これで何度目だろう)
(さすがに、そろそろ胃がキリキリして···)
(···ダメだ、気にするな)
(そんなヒマがあるなら勉強した方がマシだ)

サトコ
「鳴子、今日は資料室に行こう」

鳴子
「そうだね。そのほうが、いろいろはかどりそうだもんね」
「よけいな雑音が聞こえて来なくて」

男子訓練生A
「!!」

鳴子
「さ、報告書作成がんばろー!」

【資料室】

資料室の隅っこで、私たちは先日手に入れた自己啓発セミナー参加者の名簿を広げてみた。

鳴子
「こっちが前回の名簿、これが前々回···」

サトコ
「これは、さらに2回前だっけ?」

鳴子
「うん。で、比べてみたんだけど···」
「やっぱり、リピーター率高いよね」

サトコ
「そうだね」
「特に、前方に座っている人たちの顔ぶれは毎回同じだし」

鳴子
「えっ、そうだった?」

サトコ
「そうだよ。特に3列目まではほぼ一緒」
「座ってる座席も、ほぼ同じ」

鳴子
「そうなんだ。サトコ、よく見てたね」

サトコ
「よく、ってほどでもないんだけどね」
「なんとなく見ていたら、気付いただけで···」

(···ん?)

サトコ
「この名前の横の赤丸は?」

鳴子
「ああ、それね。SNSのアカウントを持ってる人」
「みんな、結構セミナーのことをアップしてるんだよね」

サトコ
「そっか、SNSか···」

(私、全然チェックしてなかった)
(鳴子、さすがだなぁ)

鳴子
「···そうだ、それで思い出したんだけどさ」
「写真投稿サイトで、気になる写真を見つけちゃって」

サトコ
「どの写真?」

鳴子
「ええと、たしかこのアカウントの···」
「···あった!この写真」

サトコ
「なにこれ?」
「『#夕飯』『#お腹いっぱい』『#合宿』···」

鳴子
「そう、例のセミナーでさ、合宿があったらしいんだ」
「で、この写真の隅っこに小さく写ってる人···」

サトコ
「ああ、この派手な緑色の髪の?」

鳴子
「そう、その緑の彼女さ」
「この間の『特別訓練』のターゲットに似てるんだよね」

(···えっ)

鳴子
「それでさ、サトコのターゲットも確か女性だったよね?」

サトコ
「うん、保険会社の外交員で···」

(あ···!)

サトコ
「もしかしたら、私のターゲットもセミナー参加者かもしれないってこと?」

鳴子
「そう。だからさ···」

サトコ
「わかった、SNS上の写真に写っているか確認してみる!」
「セミナー参加者のアカウントを教えて」

鳴子
「了解。まずは、この人だけど···」

そこから、50枚近い写真を確認した。
なかには集合写真もあって、写っている1人1人に目を通した。

けれども···

(これが最後の1枚···)

鳴子
「···どう?」

サトコ
「ダメ、どこにも写ってなかった」

鳴子
「そっか、空振りかぁ」
「ごめん、無駄な時間取らせて」

サトコ
「そんなことないって。いい勉強になったよ」
「写真検索のスキル、絶対に上がったと思うし」

鳴子
「でも、そうなるとさ」
「『合宿の写真』の女性も、私のターゲットとは別人なのかも」

サトコ
「どうして?似てるんだよね?」

鳴子
「似てるけど、写真が小さすぎるし」
「そもそも彼女が写ってるの、この1枚だけだし」

鳴子のスマホに、再び「合宿の写真」が表示される。
女性3人の隅っこに写っている、ターゲットらしき人物。

(でも、こんな緑色の髪の人、そうそういないんじゃ···)

サトコ
「···あれ?」

(このピアス···もしかして···)

サトコ
「待って、鳴子」
「その緑髪の人の情報、掴めるかも」

鳴子
「えっ、どうして···」

サトコ
「その人がつけてるピアス、さっき別の写真で見た気がする」
「たしか、えっと···」
「···あった、この写真!」

私がタップしたのは「手のひらに乗せられたピアス」の写真だ。

サトコ
「ほら、これ!鳴子のターゲットのピアスと同じだよね」
「それに、このタグ···」

鳴子
「『#セミナー終わり』『#かわいい』『#まりっぺ忘れ物』···」

サトコ
「ターゲットの名前は?」

鳴子
「『まりえ』だよ。まさに『まりっぺ』!」

思わず、ふたりでハイタッチした。
これまで見えなかった「なにか」を、自力で探り当てたような気がした。

鳴子
「やっぱり、あの『特別訓練』ってなにかあるんだよ」
「私たちが尾行したの、ただの一般人じゃなかったんだよ!」

サトコ
「私、自分のターゲットのこと、調べ直してみる!」

鳴子
「あと、千葉くんにも!」
「ターゲット、どんな人だったのか聞いてみようよ」

サトコ
「そうだね。明日声をかけて···」

プルル、とスマホが着信を伝えた。

(誰だろう。また富岡部長かな···)
(ええっ!?)

鳴子
「どうしたの?」

サトコ
「い、石神教官から電話···」

鳴子
「ああ、サトコ、専属補佐官だもんね」

サトコ
「でも初めてだよ、電話が掛かってくるの」
「どうしよう」

鳴子
「どうもこうも、出るしかないじゃん」

サトコ
「そ、そうだよね」

深呼吸をひとつして、私は通話ボタンをタップした。

サトコ
「お···つかれさまです」

石神
今、どこにいる

サトコ
「学校の資料室です」
「佐々木さんと報告書の作成をしていますが···」

石神
話がある。すぐに教官室に来い


【個別教官室】

5分後。
私は、石神教官のもとを訪れていた。

サトコ
「あの、お話というのは···」

石神
これを見てくれ

サトコ
「これは···」

石神
君の上司が作成した上申書だ
本来は本人に見せるものではないが···
まずは中身を確認してくれ

サトコ
「···わかりました」

(上申書ってことは、公安学校に推薦してくれたときのものかな)

サトコ
「······」
「!??」
「!!!?」

(なにこれ、誰の上申書!?)
(私のだとしたら、どう考えても盛りすぎ···)

サトコ
「!!!」

(思い出した。部長、この間の電話で···)

富岡部長
『ハハハッ、やっぱりそうか!』
『こりゃ、上申書を······っておいて正解だったな』

(あのときはよく聞こえなかったけど···)
(もしかして『盛った』とか『嘘ついた』とか言ってたんじゃ···)

石神
氷川、どこまでが事実だ?

サトコ
「それが···その···」

石神
······

サトコ
「全部嘘···とは言い切れないんですけど···」
「かなり過剰というか···大げさというか···」

石神
つまり、これが間違いであることを認めるんだな

サトコ
「······はい」

石神
なるほど。では···
君に公安学校への入校資格はない、というわけか

(······え?)

石神
1日やる
進退をどうするか決めろ

サトコ
「!!」

石神
長野に戻りたいなら手配する
前の派出所はさすがに厳しいが、他なら空きもあるはずだ

サトコ
「ま、待ってください!」
「私、刑事になりたくて···」
「そのために、この学校に入校して···」

石神
君に刑事としての適性があるとは思えない

サトコ
「···っ」

石神
特に、公安部に必要な人材ではない
報われない努力は、時間の無駄だ

(無駄···努力が···)

石神
そうした事実を踏まえた上で、冷静に判断しろ
俺からは以上だ

(···なんて現実って容赦ないんだろう)


【寮 自室】

寮の自室に戻るなり、着替えもしないでベッドに横たわった。
夕食を食べる気にもなれなかった。

サトコ
「適性がない···か」

刑事になりたくて上京した。
何度も失敗したけど、そのたびに自分なりに頑張ってきたつもりだった。

(それに、いろいろな人が励ましてくれた···)
(鳴子や千葉さん、富岡部長···)
(それに、黒澤さんだって···)

その人たちの笑顔を、ぼんやりと思い出した。
頭が、現実を受け入れることを拒否していた。

けれど···

(あ、鳥の鳴き声···)
(そっか···もう朝か···)

一睡もしていない頭で、ようやく昨日告げられたことについて考えた。
上申書が嘘だったこと。
はっきり「適性がない」と言われたこと。
暗に「長野へ帰れ」と言われたこと。
結局、最後に浮かんだのは、石神教官の冷ややかな眼差しだった。

(そっか···)
(これまで私がしてきたのは「無駄な努力」だったんだ···)

不思議と、涙はこぼれなかった。
もしかしたら、自分でも薄々気付いていたのかもしれなかった。

サトコ
「···もういい」
「帰ろう、長野に」

(刑事なんて、夢のまた夢···)
(所詮、手の届かない「憧れ」だったんだなぁ)

【教場】

翌日ーー

鳴子
「おはよう、サトコ!」
「例の件だけど、今日は千葉くんも加えてSNSめぐりを···」

サトコ
「ごめん、鳴子。今日は用事があるんだ」

鳴子
「えっ、そうなの?」
「じゃあ、今日は千葉くんと2人で頑張ってみるよ」

サトコ
「······うん」

(鳴子、ごめん···最後まで付き合えなくて)


【教官室】

サトコ
「失礼します」

(石神教官は···)

後藤
どうした、氷川

サトコ
「あ、その···石神教官に用が···」

後藤
石神さんなら、朝から本庁だ
こっちに戻ってくるのは19時過ぎだと思うが···

(えっ、19時?)

後藤
···もしかして聞いていなかったのか?
お前は石神さんの補佐官だろう?

サトコ
「···っ」

後藤
まあ、連絡が洩れることもあるか
あの人も、忙しい人だから

(そっか···ふつう補佐官はスケジュールを把握しているものなんだ)

スケジュールの連絡なんて、受けたことがなかった。
教官の予定を知りたいときは、勝手に行動予定表をチェックしていた。

(電話がかかってきたのも、昨日が初めてだったくらいだし)
(ほんと、私···補佐官として何もしてなかったんだな)

サトコ
「ありがとうございます」
「また19時に出直してきます」

後藤教官に頭を下げて、教官室を出ようとする。
と、すぐ後ろのドアが音を立てて開いた。

颯馬
···ああ、サトコさん。ちょうどよかった
貴女、黒澤の入院先を知っていましたよね?

サトコ
「はい。何度かお見舞いに行きましたので···」

颯馬
それなら良かった
この紙袋、次のお見舞いの時に届けてください

サトコ
「わかりました。じゃあ、近いうちに···」
「うわっ」

(なにこれ、重···っ)

サトコ
「あの、これは···」

颯馬
『世界のこども名作大全集』です
30分ごとに私にLIDEを送ってくるくらいなら
読書に励んだ方が彼のためだと思いまして
ぜひ、今日中に届けてやってください

サトコ
「は、はぁ···」

というわけでーー

サトコ
「はぁ···はぁ···」

(やっと···着いたぁ···)


【病院】

(重すぎるよ、『世界のこども名作大全集』···)
(もう、腕がちぎれそう···)

受付嬢
「こんばんは」

サトコ
「あ···どうも」

受付嬢
「今日もお見舞いですか?」
「黒澤さんなら屋上にいましたよ」

サトコ
「ありがとうございます」

(屋上か。遠いなぁ)

受付嬢
「······」

【屋上】

ドアを開けると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
どうやら夕闇に沈む街並みを眺めているようだ。

サトコ
「黒澤さん」

黒澤
···ああ、おつかれさまです
ここにいるってよく分かりましたね

サトコ
「受付の女性が教えてくれましたから」

黒澤
·········へぇ、そうでしたか
それで、その荷物は?

サトコ
「颯馬教官からの預かりものです」
「これ、黒澤さんに持って行ってくれって」

黒澤
周介さんが?
めずらしいな。ボードゲームとかですか?

サトコ
「いえ、『世界のこども名作大全集』です」

黒澤
こども?

サトコ
「はい、黒澤さんに『読書するように』って」

黒澤
なるほど。それで周介さんのお遣いを···

黒澤さんは、ニコッと口元をほころばせた。

黒澤
すごいですねー、サトコさんって
いろんな人たちに頼りにされているんですね

(···頼りに?)

黒澤
だって、そうでしょう
こうして、いろんな荷物を預かってくるんですから
『さすが首席!』ってトコですかねー

(首席···)
(そっか、私···いちおう「首席入校」ってことになってたっけ)

大笑いしたい気分だった。
それなのに、零れた声は、自分でも驚くくらいかすれていた。

サトコ
「違います···」

黒澤
はい?

サトコ
「私···首席なんかじゃありません···」

黒澤
······

サトコ
「あれ···嘘で···」
「ていうか間違いで···」
「私···本当は、入校資格なんてなくて···」

(ああ、ダメだ)
(本当は、正式に決まってから報告するつもりだったのに)

サトコ
「私、辞めるんです···」
「退学するんです、公安学校···」

黒澤
···いつですか?

サトコ
「まだ、はっきりとは···」
「でも、今日このあと···石神教官に伝える予定で···」

(あ、マズい···)
(涙こぼれそう···)

サトコ
「今までありがとうございました」

黒澤
······

サトコ
「短い間でしたけど···いろいろ勉強になりました」

黒澤
退学後はどうするんですか?

サトコ
「分かりません。まだ···」
「でも、たぶん···長野に戻ると思います···」

黒澤
···そうですか
では、お元気で

サトコ
「はい。お世話になりました」

紙袋をその場に置いて、私は出入り口へと向かった。
早くこの場から離れて、ひとりで大泣きしたかった。
なのに···

黒澤
いいんですか、それで

出て行く寸前で、黒澤さんの声が背中にぶつかった。

黒澤
本当に辞めたいんですか、サトコさんは

サトコ
「······っ」

黒澤
刑事になりたかったんでしょう?
そのために、学校に入ったんでしょう?

(そうだけど···!)

サトコ
「言われたんです、『適性がない』って···」
「努力しても無駄に終わるって!」

黒澤
······

サトコ
「それ、たぶん間違ってなくて···」
「本当は自分でも薄々気が付いていて、だから···」

黒澤
······

サトコ
「だから···」

黒澤
違いますよ

サトコ
「え?」

黒澤
そこは『だから』じゃない
『でも』っていうところでしょう?

(···「でも」?)

黒澤
『適性がない』『努力しても無駄に終わる』、でも···
『私は刑事になりたい』···
本当はそういう人でしょ、サトコさんって

(あ···)

黒澤
オレ、知ってますよ
アナタが頑張っていたこと
たくさん迷って、たくさんぶつかりながら···
それでも自分なりに前に進もうとしていたこと

サトコ
「···っ」

黒澤
だから···
辞めるの、やめませんか?

ぐっ、と短い声がこぼれた。
我慢しきれなくなった嗚咽が、ついに喉から漏れ出してしまった。

サトコ
「あ···す······」
「すみま···せ······」

黒澤
やっと泣きましたね

サトコ
「···っ」

黒澤
結局、それが本当の答えなんでしょう?

優しい問いかけに、ますますしゃくりあげてしまう。
まるで涙腺が壊れてしまったかのように、ずっと涙が止まらない。

黒澤
···まだ認めませんか
意外と頑固ですね。サトコさんって

サトコ
「そ···そういう黒澤さん···こそ······」

<選択してください>

A: 意地悪な先輩だ

サトコ
「い···いい、意地悪な先輩···です···っ」

黒澤
······

サトコ
「私の、本音······っ」
「暴こ······として······っ」

黒澤
···そうかもしれませんね
ごめんなさい、暴いてしまって

B: ひどい先輩だ

サトコ
「ひ、ひどい先輩···です···」

黒澤
······

サトコ
「こんなに泣いてるの···黒澤さんのせいです···!」
「黒澤さんが···優しくするから···っ」

黒澤
···そうでしょうか
優しくしたつもりなんてないんですけどね

C: ズルい先輩だ

サトコ
「ズルい先輩···です···」

黒澤
······

サトコ
「こんなときに···そんなこと言われて···」
「否定したくても···できないじゃないですか···っ」

黒澤
それは、オレのせいじゃないと思うけどなぁ
サトコさんの本音だから、否定できないんでしょう?

目の前に、スッとなにかを差し出された。
よく見ると、街灯で配っていそうなポケットティッシュだ。

サトコ
「い···『1時間1万円ポッキリ』···?」

黒澤
ハハッ、そっちに注目しちゃいますかー
さすが首席入校者、目のつけどころが違いますね

サトコ
「···っ、ですから私は···」

黒澤
『真実』と『嘘』の境目って、意外とグズグズですよね

(···え?)

黒澤
オレ、この間、たい焼きを食べたんですよ
本庁のおエライさんが、差し入れてくれて
しかも、すっごい老舗のを、わざわざ遠回りして買ってきてくれて

サトコ
「??」

黒澤
そういうときって、ちょっと嘘つくじゃないですか
『ありがとうございます!オレ、たい焼き大好きなんです!』なんて
本当は、全然興味なかったとしても

サトコ
「は、はぁ···」

黒澤
でも、そのたい焼き、食べたらめちゃくちゃうまくて
おかげで今、結構ハマってて

サトコ
「······」

黒澤
嘘って、案外あっさりひっくり返りますよねー

(嘘が···ひっくり返る···?)


【個別教官室】

その日の夜。
私は予定通り、石神教官のもとを訪れていた。

石神
進退の件か

サトコ
「はい」

石神
心は決まったか

サトコ
「···決まりました」

汗で濡れた手を握りしめると、私は真っ直ぐ石神教官を見た。

サトコ
「公安学校は辞めません」
「このまま残らせていただきます」

to be continued



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