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黒澤 出逢い編 GOOD END



【倉庫】

サトコ
「これ、どういう薬物ですか」

首藤
「······」

サトコ
「答えられないような代物ですか?」

首藤
「そんなのどうでもいいでしょ。部外者には関係ない」

冷ややかな態度の首藤ナミカに、森沼さんが思いがけないことを言い出した。

森沼
「もしかして、この薬なの?」
「ナミカたちが売ってるものって」

首藤
「!」

(えっ、「売る」?)

森沼
「知っているのよ、私。あのセミナーが、本当は何をやっているのか」
「熱心な受講者に声をかけて···」
「特別セミナーへの招待を条件に、『違法薬物』を売らせて···」
「そうして集めたお金を『セミナー運営費』に充てているんでしょう?」

その言葉に、私は違和感を抱いた。

(「セミナー運営費」···)
(···ううん、そんなはずない)

それだけなら、この案件は「公安」に回ってこない。
刑事部に、薬物の取り締まりを担当している部署があるからだ。

(それなのに、公安の事案になった)
(それって、つまり「セミナー運営費」とかじゃなくて···)

サトコ
「テロ活動···」

森村
「えっ?」

サトコ
「そのための資金源じゃないんですか、このクスリって」

首藤
「······は?」

首藤ナミカは、目を丸くした。
それから、声を上げて笑い出した。

首藤
「なにそれ···バカじゃないの!」

サトコ
「······」

首藤
「ここ、日本だよ?テロなんて起こるわけないでしょ」
「海外の紛争地域じゃあるまいし」

(···そうだ、私だってそう思ってた)
(「テロ」とか「国家治安」とか、そんなの他人事だって。でも···)

サトコ
「じゃあ、この薬物の総額は?」
「全部売ったら、いくらになるんですか?」

首藤
「それは···」

サトコ
「セミナー運営費をはるかに上回るはずです。違いますか?」

しかも、彼女のいる組織は「連続不審死事件」にも関わっている。
つまり「人を殺すこと」に抵抗のない組織なのだ。

(そんな組織が、大金を手に入れてテロを起こしたら?)

いったい、どれだけの被害が出るのだろう。

(ダメだ。このクスリ、全部押収しなくっちゃ)
(そのためにも、必ず生きてここから脱出しないと)

頭を巡らせる私の後ろで、森沼さんが震えるような息を吐き出した。

森沼
「ねぇ、ナミカは知っていたの?」
「テロを計画するような組織が、セミナーを運営しているって」

首藤
「······」

森沼
「知っていて、ずっと参加していたの?」
「テロが起きてもいいって思ってたの?」

首藤
「······」

森沼
「お願い、ナミカ。ちゃんと答えて」
「『そんなことない』って···『違う』って···」

首藤
「······」

森沼
「どうか、お願いだから···」

首藤
「うるさい、裏切者!」

森沼
「!」

首藤
「知ってるんだから、私」
「森ちゃんが、警察のスパイだってこと」

森沼
「···っ」

首藤
「セミナーの情報、警察に売ったよね?」
「他にも、私の家の周りをウロついたりして···」
「この間の日曜日は、私のあとをつけ回していたよね?」

森沼
「それは···」

首藤
「誤魔化したって無駄だよ」
「確認したんだから。森ちゃんの交通ICカードの履歴」

激昂する首藤ナミカの目が、不気味な輝きを放ち始める。

首藤
「···なんで邪魔するの?」
「私の夢、応援してくれてるんじゃなかったの?」

森沼
「してたよ!だけど···」

首藤
「だったら分かってよ!」
「夢を叶えるには、もっといいセミナーを受ける必要があるんだよ!」

森沼
「···っ」

首藤
「そのためだったら、私は何でもする」
「『あの人』の言うことを、何だって···」

首藤ナミカは薄く笑うと、ポケットから小さなケースを取り出した。

(なに、あのケース···)

首藤ナミカは、薄く笑うとケースの箱をそっと開いた。

森沼
「ナミカ···それ···」

首藤
「見ての通り注射器だよ。それとクスリ」

(えっ···)

首藤
「大丈夫。これくらいの量なら死なないって」
「『大人しくなるだけ』って言ってたから」

(『言ってた』って誰が!?)
(そんなの、信用できないんですけど!)

逃げようにも、行き止まりで逃げ場がない。
けれども、ここで何とかしないと怪しい注射を打たれるだけだ。

(いっそ、また体当たりする?)
(それか『蹴り』···『頭突き』···)
(せめて、森沼さんだけでも逃がせたら···)

首藤
「···さあ、できた」
「大丈夫、大人しくしていれば一瞬···」

うわぁっ、と部屋の外から男性の悲鳴があがった。
首藤ナミカが、驚いたように一瞬後ろを振り返った。

(···今だ!)

すぐさま距離を詰めて、相手の足に蹴りを入れる。

首藤
「!?」

(よし、態勢が崩れた!)

サトコ
「逃げて、森沼さん!」

森沼
「えっ」

サトコ
「早く!今なら逃げられるから」

森沼
「は、はいっ」

首藤
「···っ、誰がそんなこと···」

追い掛けようとした首藤ナミカに、さらに体当たりする。
カッときたらしい彼女が、私の腕を乱暴に捕まえた。

首藤
「しつこい!邪魔!」

注射器がキラリと光り、私は思わず目をつぶった。

(ダメだ、打たれる···!)

???
「氷川!」

(えっ···)

ガッ······!

首藤
「う···っ」

それは、まさに一瞬の出来事だった。
首藤ナミカが倒れ、あっという間に腕を捻り上げられて···

後藤
大丈夫か、氷川

(後藤教官!?)

颯馬
ふふ、どうやら間に合ったみたいですね

(颯馬教官も!?)

首藤
「離して···何する気よ!」

颯馬
何って、身柄の拘束ですよ
貴女にはいろいろ聞きたいことがありますし
この注射器の中身も調べないと

首藤
「···っ、誰か···」

颯馬
残念ながら、誰も来ませんよ
貴女のお仲間は、全員片付けてきました
森沼さんも、無事に保護しましたしね

目の前の光景を、私は改めて確認する。

(教官たちが来てくれた···それって、つまり···)

後藤
どうした、ポカンとして
俺たちが駆けつけるのは『想定内』だったはずだろう?

サトコ
「!!じゃあ···」

後藤
黒澤が、外で待ってる
会って来い

サトコ
「はい!」


【外】

外に出て、真っ先に目に留まったのは黒い車だった。
公安学校の駐車場に、ときどき停まっている車。
そして、後部ドアに寄りかかるように立っていたのは···

サトコ
「黒澤さん!」

黒澤
······

サトコ
「あの、私···あの······っ」

黒澤
デジカメ、返してください

サトコ
「···っ、そ、そうですよね」
「これ、ありがとうございました」

黒澤
······

サトコ
「あの、それで···」

黒澤
気付いていたんですね
このデジカメにGPS機能が付いているって

サトコ
「はい。この間お借りした時に···」

サトコ
「···ん?」

(あれ、このデジカメ、もしかして···)

サトコ
「たまたまGPSが作動していることに気付いて」
「もしかして、私がどこにいるのか確認してるのかなって」

黒澤
···だから、今回も?

サトコ
「はい。GPSでバスターミナルにいるって確認してもらえたら···」
「何をしようとしているのか、伝わるかなって」

黒澤
······

サトコ
「あとは、その···」
「万が一のための保険として···」

黒澤
ふざけるな!

サトコ
「···っ」

黒澤
だったら、なぜ行ったんですか!
『考えなしのバカ』として突っ走っただけならまだしも···
『万が一もあり得る』って···
そこまで分かっていて、なぜ行ったんですか!

サトコ
「それは···」
「どうしても彼女を助けたかったからで···」

黒澤
それで命を落としてもですか

サトコ
「···っ」

黒澤
そんなに軽いんですか。アナタの命は···

サトコ
「軽くないです!」
「私だって、できれば無茶なことはしたくなかったです!でも···」
「黒澤さん、前に言ってくれたじゃないですか」
「『見捨てないでくれて嬉しかった』って」

黒澤
······

サトコ
「余計になことをした自覚はあります」
「もちろん、それ相応の処分も覚悟しています」
「それでも後悔はしていないです!」
「森沼さんを助けようとしたこと自体は」

(だって、黒澤さんも同じことをしようとしていたんだから)

黒澤
···参りましたね
今後、アナタの前では発言に気を付けないと

サトコ
「いえ、もっと本音を聞かせてください」
「学校で教えてくれないことを、私に教えてください」

黒澤
······

サトコ
「これからも、ご指導ご鞭撻のほどお願いします!」

真剣な気持ちで、深々と頭を下げた。
それなのに、黒澤さんはなぜかプッと吹き出した。

サトコ
「な···っ、なんで笑うんですか!」

黒澤
ごめんなさい、なんていうか···
サトコさんって本当に『スッポン』みたいだと思って

サトコ
「!?」

黒澤
聞きましたよー、バスターミナルでの一幕
森村さんをさらおうとした男に、ずーっとしがみついて離れなくて···
まさに『スッポン』そのものだったそうですね

サトコ
「···っ、どうしてそのことを···」

黒澤
さあ、どうしてでしょうね

黒澤さんはふと目を細めると、私のこめかみを薬指で撫でた。

サトコ
「···っ」

黒澤
···ああ、痛かったですか
傷には触れないように、気を付けたつもりだったんですが
汗で貼りついた髪の毛が邪魔そうだったので、つい···

(違う···痛みじゃなくて···)
(身体が跳ねたのは、傷に触れられたからじゃなくて···)

黒澤さんの指が、左の耳殻をなぞる。
髪を耳にかけてくれているだけなのに、妙に胸がキュッとする。

(なにこれ···)
(なんで私、こんなに意識して···)

遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
おそらく、首藤ナミカ他数名を搬送するために呼ばれたのだろう。

黒澤
さて···オレもそろそろ病院に戻らないと
表向きは、いちおう『休職中』ですからね

後部座席に乗り込む黒澤さんに、私は改めて頭を下げた。

サトコ
「今日はありがとうございました!」

黒澤
···こちらこそ
オレの協力者を助けてくれてありがとうございます

その後、私は「事件当事者」としての様々な報告ごとに追われ···
公安学校に戻って来たのは、結構遅い時間で···

(うわ、もう22時過ぎてる···)
(でも、石神教官にだけはちゃんと報告しないと)



【教官室】

サトコ
「···失礼します」

石神
······

サトコ
「あの、すでにお聞きでしょうが、今日はいろいろありまして···」
「申し訳ありませんでした!」

石神
······

サトコ
「それで、その···処分ですが···」

石神
反省文20枚。次はないと思え

(えっ、それだけ?)
(私、勝手な行動とったのに···)

難波
なんだ、驚いてるのか。処分ナシで

サトコ
「!!」

(室長、いつの間に···)

難波
まあ、今回は特別···
というか、ある意味『予定通り』だったからな

(···予定通り?)

難波
石神、説明してやれ

石神
···いいんですか?

難波
ああ、今日の件についてだけな

石神
···分かりました
氷川、実は···

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【カフェテラス】

鳴子
「『おとり』?サトコが?」

サトコ
「そうだったみたい」

千葉
「ええと···つまり、こういうことかな」
「室長は『どんなに止めても、氷川は絶対に協力者を助けようとする』と踏んでいた···」
「だから、学校を出たあとの氷川をずっと尾行していた」

サトコ
「···うん」

千葉
「で、無事に協力者を逃がせたらそれでよし」
「逆に、捕まった場合は『尾行を続けて、敵のアジトに乗り込む』···」
「これで正解?」

颯馬
ええ、8割くらいは

千葉

「うわっ、颯馬教官!」

サトコ
「『8割』ってどういうことですか?」

颯馬
私と後藤が貴女を尾行したのは、あくまでバスターミナルまでです
その後、黒澤から『GPSで追跡できる』って連絡が来ましたからね
貴女の機転のおかげで、倉庫まではかなりラクをさせてもらいました

サトコ
「そ、そうですか···」

(デジカメを持って行ったの、いちおう役に立ってたんだ)
(でも、バスターミナルまでは確実に尾行されていたってことだよね)
(怖っ···全然気付かなかったんですけど!)

颯馬
他に、石神さんから何か聞きましたか?

サトコ
「あ、ええと···」
「『特別訓練』の私と鳴子のターゲットについても少し···」

千葉
「氷川のターゲットは、確か『保険外交員』だったよな」
「で、佐々木のターゲットが···」

鳴子
「緑の髪の毛の『まりっぺ』」

千葉
「そうだ、あの凄く派手な子!」

サトコ
「その2人もセミナー参加者で、クスリの売人をしていたみたい」

鳴子
「それって、上級セミナーに出るために?」

サトコ
「うん···」

鳴子
「なにそれ、バッカみたい!」
「セミナーに出たくらいで、夢が叶うわけないじゃん」

颯馬
逆ですよ
叶える道筋が見つからないから『セミナーに出る』んです
道が見えないと、人は不安を感じますから

(それ···少しわかる気がする)
(ついこの間までの私が、まさにそうだったから)
(夢があっても、迷ってばかりで、道が見えなくて···)

けれども、私の場合、黒澤さんがいてくれた。
黒澤さんの励ましは、何度も私に力を与えてくれた。

(彼女たちにとって、それが「セミナー」だったんだ)

だから、途中で「おかしい」と感じても、離脱できなかった。
テロ活動のことを指摘しても、首藤ナミカは私たちに注射を打とうとした。

(なんだか、やりきれないな)

夢を追い掛けようとした結果、夢からどんどん外れてしまう。
それって、なんて悲しいことなのだろう。

サトコ
「彼女は···首藤ナミカは今、どうしていますか?」

颯馬
院内の連続不審死への関与は否定しています
一方で『クスリを売っていた』ことは認めました
でも、それはあくまで『上級セミナーを受けるため』···
クスリの売り上げも『セミナー運営費だと思っていた』と主張しています

千葉
「···実際のところはどうなんですか?」
「氷川が考えたように、クスリの売上金は『テロ活動資金』だったんですか?」

颯馬
それについては、まだ話せないことが多いんです
ただ、あの倉庫に保管されていたクスリをすべて売った場合···
末端価格で『200億』はするそうです

サトコ
「に···っ?」

鳴子
「200億!?」

颯馬
その金が、全額セミナー運営に遣われるとは考えにくいこと
セミナーの背後には、独特な思想を持つ『宗教団体』がいること
なにより、これが『公安部』の案件になっていること
それだけで『推して知るべし』ではありませんか

鳴子
「···たしかに···」

千葉
「そうですよね」

頷く鳴子たちの隣で、私は昨日の光景を思い出す。
躊躇うことなく、私と森沼さんをさらった黒服の男たち。
山積みになっていた「200億」分の違法薬物。

(結局、あのクスリは全部押収されたけど···)
(あの組織が、本気でテロ行為を行ったら···)

サトコ
「···っ」

絶対に負けたくない。
なにがなんでも阻止したい。

でも、今できることは限られている)
今の私は、首の皮一枚がかろうじて繋がっている「訓練生」だ。
事件に関わっても「知らされないこと」がいくつもある。

(クスリの売上金のこと、宗教団体のこと···)
(それに、先日「大金星」と褒められた写真のことだって···)

それを知りたいなら、相応の実力をつけるしかない。
本物の「公安刑事」になるしかないのだ。

(頑張ろう、私)
(誰よりも頑張って、必ず立派な刑事に···)

プルル、とスマホが震えた。

鳴子
「鳴ってるよ」

サトコ
「うん···」

(あ、黒澤さんからだ!)

サトコ
「はい!」

黒澤
お疲れさまです。今、お時間は···

サトコ
『大丈夫です、バッチリです!』
『好きなだけ離せます!』

黒澤
そうですか。それはよかった
実は、退院する日が決まりまして。今度の土曜日なんですが

サトコ
『!!』
『おめでとうございます!』

黒澤
ありがとうございます。それで荷物とか···

サトコ
『当日伺います!すべてお持ちします!』

黒澤
···よかった、助かります
それでは、詳細は前日連絡しますので

サトコ
「···はい。お待ちしています!」

(よかった···)
(黒澤さん、ようやく退院できるんだ!)

サトコ
「あの···っ」

鳴子
「ねぇ、今の電話、黒澤さんから?」

サトコ
「······えっ」

千葉
「あ、やっぱり···」

鳴子
「サトコ、すぐ顔に出るから」

千葉
「すごい笑顔だったよな、今の···」

(そ、そんなこと···)

颯馬
おや、初耳ですね
サトコさんと黒澤は、いつの間にそんなことに···

サトコ
「ち、違います!」
「2人が勝手に誤解しているだけで···」

千葉
「そうなのか!?」

サトコ
「う、うん···」

(そりゃ、ちょっと気になりつつはあるけど···)
(···って、違う違う!)
(私は、あくまで「先輩」として黒澤さんに憧れてるだけで···)

颯馬
···そうですか、それならよかった

(えっ?)

颯馬
女性の涙は見たくないですからね
できることなら

意味ありげな颯馬教官の笑顔が、このときやけに引っかかった。

私が、その言葉の意味を知るのは、もう少し後のことだった。

Good End



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