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東雲 恋の行方編 6話



【個別教官室】

サトコ
「そんな···」
「確かに東雲教官は、ネットワーク系に詳しいです」
「でも、それだけで疑われるなんて···」

千葉
「違うんだ、氷川。それだけじゃなくて···」

颯馬
歩は、この2人とも親しいんですよね

颯馬教官は、ファイルから2枚の写真を取り出して並べる。

サトコ
「!」

颯馬
関塚和一と関塚さち
特に関塚さちとは付き合いが長く、今でも頻繁に連絡を取り合っているのでは?

サトコ
「た、確かに幼なじみだって聞いてます。でも、それが···」

千葉
「関塚和一は笹野川議員の秘書なんだ」

サトコ
「え···」

颯馬
そのこともあって、我々は愛人と笹野川議員だけでなく、関塚ら秘書の動向も探っていました
彼らも愛人と接触していた可能性がありますからね

サトコ
「······」

千葉
「でも、ここにきて変化があったっていうか···」
「この一ヶ月で、愛人と笹野川の接触回数が極端に減ったんだ」
「最初は、単に縁が切れかけてるのかもって思ったんだけど···」

颯馬
我々は別の可能性も考えているんです

サトコ
「別の···っていったい···」

颯馬
情報漏えいです

サトコ
「!」

颯馬
誰かのリークによって、彼らは我々の監視に気付いたのではないかと

サトコ
「そんな、まさか···」

ようやく、ぼんやりとなりながらも話が見えてくる。

サトコ
「それで東雲教官を疑っているんですか?」
「さちさんと親しいから、彼女にリークしたって···」

颯馬
ええ

サトコ
「そんなの、考えられないです!」
「東雲教官が、そんなことするはずが···」

颯馬
でも、彼はひったくり事件の証言を覆したでしょう?

サトコ
「!」

颯馬
それは笹野川議員に有利に働くことです。違いますか?

サトコ
「違いません。ですが···」

颯馬
そう考えると、監視カメラの映像の件も彼である可能性は高くなる
そこに映っていたものが、笹野川議員に不利なものだとしたらなおさらです

サトコ
「で、でも···っ」
「教官が親しいのは関塚夫妻で、笹野川議員とはなにも···」

颯馬
彼が失脚したら、困るのは関塚夫妻です
それならば、歩から何かしらの手を加えてもおかしくはない
あるいは、歩から事情を聞かされた関塚さちが『助けてほしい』と頼んで来たら···
歩は断れると思いますか?

サトコ
「そ、それは···」
「でも···」

颯馬
······

サトコ
「でも、私は···」

口ごもる私を見て、颯馬教官はよりいっそう優しげな笑みを浮かべる。

颯馬
やはり『ありえない』と思いますか?

サトコ
「······」

颯馬
それなら、貴女の手で調べればいい

(え···)

颯馬
歩は優秀かつ慎重な人間です
表の映像に細工をしていたとしても、必ず元の映像を残しておくはず
おそらくは自身のPCか記録メディアの中に

サトコ
「······」

颯馬
貴女にはそれを探し出して欲しい
歩に内緒で、彼のPCにアクセスして欲しいのです

サトコ
「そんなの無理です!」
「私なんかが、そんなこと···」

颯馬
でも、貴女はときおり歩のPCで作業していますよね
ならば、少なくとも起動時のパスワードはクリアできるはず
それに貴女ならば、彼のPCに触れていても疑われない

サトコ
「······」

颯馬
起動後の方法はこちらで指示します
貴女はそのとおりに操作するだけでいい

サトコ
「でも···っ」

颯馬
協力してくれますよね?未来の公安刑事として

サトコ
「······」



【カフェテラス】

窓際に座るなり、私はテーブルに突っ伏した。

(結局、答えは保留にしてもらったけど···)

できれば引き受けたくない。
疑いの証拠を探すようなことはしたくない。

サトコ
「······」

(そう言えば長野にいたころ、聞いたことがあったよね)
(『公安刑事は身内でも平気で疑う』って)
(それに、必要な情報を手に入れるためなら仲間でも騙す···って)

サトコ
「でも、だからって···」

(よりによって東雲教官を疑うなんて···)

千葉
「おつかれ」

サトコ
「千葉さん···!」

私は隣に座った彼に、改めて頭を下げた。

サトコ
「ごめん!ほんと、ごめんなさい!」
「私のせいで、千葉さんまでこんなことになってしまって···」

千葉
「いいよ、気にしないで」
「いろいろ大変だけど、勉強にはなってるし」

サトコ
「でも···」

千葉
「それに、颯馬教官が怖い人だってこともよーく分かったし」

千葉さんの笑顔が、苦笑気味なものへと変わる。

千葉
「氷川も気を付けなよ。あの人、ほんと怖いから」
「笑顔でやってきて、平気で無茶振りするし」
「怒るときは、目が全然笑ってないし」

サトコ
「そ、そうなんだ···」

千葉
「しかも、意外といろんな人の情報を握っていてさ」
「例えるなら『裏番長』ってところ?」

(裏番長···颯馬教官が···)

サトコ
「ははっ···確かにそんな感じかも!」

千葉
「···やっと笑った」

(あ···)

千葉
「やっぱりイヤ?東雲教官を探るの」

サトコ
「······」

千葉
「いちおう誤解しないでほしいんだけどさ」
「颯馬教官が、東雲教官がリークしたって決めつけてるわけじゃないんだ」
「あくまで『可能性の1つ』って考えてるだけで」

サトコ
「···そうなの?」

千葉
「うん」
「それに今回のことって、見方を変えればチャンスだと思わない?」
「いろいろ調べて『なにもありませんでした』ってことになったら」
「東雲教官の疑いは晴れるわけだからさ」

(そっか···そういうこともありえるんだ)

本音を言えば、こそこそ調べることにはかなりの抵抗感がある。
だって、私が教官の立場だったら、きっといい気がしない。

(でも、それで教官の疑いを晴らせるのなら···)

サトコ
「···わかった。私、やってみる」

千葉
「じゃあ、颯馬教官に伝えておくよ」

サトコ
「うん。あの···」
「ありがとう、励ましてくれて」

千葉
「どうしたしまして」

その後、颯馬教官と相談して決行日は3日後になった。


【個別教官室】

なぜなら···

東雲
あー、ほんと怠すぎ
パーティーとか面倒くさいんだけど

サトコ
「でも、お世話になった方の退官パーティーなんですよね」

東雲
まーね
ほんと、義理とか面倒くさ···

教官は襟元を確認すると、トレンチコートに手を伸ばす。

東雲
今日は資料片付けたら帰っていいよ
オレも戻ってこないから

サトコ
「···わかりました」

(よし···教官が出て行ったらすぐに決行しよう)
(颯馬教官も、私からの連絡を待ってるわけだし···)

東雲
ああ、そうだ
今度一緒にご飯行かない?

サトコ
「えっ」

東雲
キミ、前に懸賞の『間違い探し』でミスを見つけたじゃない
『間違い箇所が6つある』って

サトコ
「ああ、そういえば···」

東雲
あのことを出版社に指摘したら、食事券が贈られてきてさ
どう?来週にでも

(行きたい···行きたいけど···)

即答できないのは、後ろめたい気持ちがあるからだ。

(これから教官のことを探ろうとしているから···)

東雲
···なに、困った顔して
行きたくないの?

サトコ
「あ、えっと···」

<選択してください>

A: どうしようかなー

サトコ
「どうしようかなー」

東雲
···行きたくないなら他を当たるけど

サトコ
「!」

東雲
ナースとかCAとか···
ピアニストとかモデルとか、あとは···

サトコ
「あああっ···」
「行きます!行かせてください!」

東雲
だったら最初からそう言いなよ
キミがもったいぶっても可愛くないんだけど

(うっ···)

B: 私でいいの?

サトコ
「私でいいんですか?」

東雲
当たり前でしょ。他に誰を誘うの

(え···)

東雲
間違いを見つけたの、キミなのに

サトコ
「あ、そ···そうですよね」

(なんだ、そういう意味···)

C: おごりならぜひ

サトコ
「おごりならぜひ」

東雲
バカなの?
『食事券』をもらったんだからタダ飯に決まってるじゃない

サトコ
「うっ、確かにそうですね」

東雲
じゃあ、決まりね
あとで来週の予定教えて。それで決めるから

サトコ
「···わかりました」

東雲
それじゃ、おつかれ

サトコ
「おつかれさまでした」

ドアが閉まり、足音がどんどん遠くなる。
私は軽く息を吐くと、そっと席から立ち上がった。

(すみません、教官···)
(でも、絶対に教官への疑いを晴らしてみせます!)

私はPCを起ち上げると、颯馬教官に電話をした。

颯馬
はい、颯馬です

サトコ
「氷川です。PCを起動しました」

颯馬
では私の言う通りに操作してください。まずは···

颯馬教官に言われた通りに、私はキーボードを素早く叩く。

颯馬
···以上、ここで何らかのメッセージが出るはずですが

サトコ
「出ました。読み上げます」

(どうか···どうか疑わしいものは何も出ませんように)

サトコ
「···以上です」

颯馬
そうですか···HDD内にはないようですね
外部の記録メディアはどのようなものがありますか?

サトコ
「USBのフラッシュメモリが何本か···」

颯馬
では、容量の大きなものから確認を

サトコ
「はい···」

ポートに複数のメモリを差し込んで、順番に中身を確認する。

(これは···違う)
(これも動画ファイルは入っていない···)
(これは···)

サトコ
「あっ」

颯馬
どうしましたか?

サトコ
「パスワードを要求されました」

颯馬
メディアの名前は?

サトコ
「えっと···LAC···」

フラッシュメモリの名前を伝えたけど、教官からの返事はない。

サトコ
「···あの、颯馬教官?」

颯馬
他のメディアではパスワードを要求されなかったんですね?

サトコ
「はい、今のところは···」

颯馬
そのパスワード、解けますか?

サトコ
「入力してみないことには何とも···」

颯馬
では、やってみてください

サトコ
「はい···」

まず最初にPC用のパスワードを入力してみる。

(ダメだ、違った···)
(ん、ヒント···?)

サトコ
「『Happy Birthday』?」

(確か、教官の誕生日は···)

何通りかのパターンで試してみたものの、どれもエラーが表示される。

颯馬
どうですか?

サトコ
「すみません。ヒントで『Happy Birthday』って出たんですけど」
「教官の誕生日は違うみたいで···」

颯馬
家族の可能性もありますね。こちらで調べてみます
貴女は『Happy Birthday』から導き出される他の言葉を入力してみてください

サトコ
「···わかりました」

(まずは、そのまま『Happy Birthday』っと···)

ピッ!

(えっと···『Present』···)

ピッ!

(いっそ、ローマ字で『tanjoubiomedetou』···)

ピッ!

サトコ
「ああ···っ」

その後、家族の誕生日を入力してみたものの、やはりエラーしか出てこない。

颯馬
困りましたね。他になにか心当たりは?

サトコ
「そうですね···」

(『Happy Birthday』···誕生日を祝う言葉···)
(教官が、生まれてきたことを一番お祝いしたい相手···)
(つまり、教官にとって一番大切な人の誕生日···)

だとしたら、その相手は···

サトコ
「教官、関塚さちさんの誕生日はわかりませんか?」

颯馬
関塚さち···ですか
夫の方ならすぐにわかりますが、関塚さちは調べてみないと···

(あ···)

サトコ
「すみません、私、わかるかもしれないです!」

先日、教官室のゴミ箱から拾った写真···

(あの中に、誕生日の写真があったはず)
(笑ってる教官とさちさん···バースデーケーキ···)
(『さちちゃん9歳おめでとう』の文字···さらにその下···)

サトコ
「日付···!」

(そうだ、写真に日付が入ってた)
(誕生日はその日···もしくはその近辺の日にちのはず)
(写真は『9歳の誕生日』···だから、さらに9を引けば···)

導き出した数字を、私はパスワード欄に入力する。
わずかな間が空いたあと、フォルダが1つ表示された。

サトコ
「教官、解けました!フォルダが1つ、中身は···」
「!」

(このファイルは···)

颯馬
なんのファイルがありましたか?

サトコ
「······」

颯馬
氷川さん、ファイルは?

サトコ
「動画ファイルです。1つだけ···」

颯馬
再生してください

サトコ
「······」

颯馬
再生しなさい!

サトコ
「···わかりました」

(どうか違いますように···どうか···!)

サトコ
「···っ!」

モニターに、見覚えのある映像が出てくる。

(これ···加賀教官に見せられたのと同じものだ···)

Bホテルの廊下···消えたままのシャンデリア。
けれども、私が見た映像と決定的に違っていたのは···

(業者の人がいる···シャンデリアの電球を変えて···)

さらに、そこに1組の男女が通りかかる。
1人は若い女性、そしてもう1人は···

サトコ
「笹野川議員···」

(間違いない。これが上書きされる前の『元の映像』なんだ)
(そして、これを教官が持ってるってことは···)

???
「1時間23分」

サトコ
「!」

???
「遅すぎ。30分もあれば辿り着けると思ったけど」

聞き覚えのある声に、私は恐る恐る顔を上げる。
ドアに寄りかかる東雲教官が視界に入ってきた。

サトコ
「教官···」

東雲
······

サトコ
「どうして···」

東雲
『どうして』?
それは何に対しての『どうして』?

サトコ
「······」

東雲
『どうしてここにいるの?』···
『どうしてこの動画がここにあるの?』···
それとも『どうして教官はこんなことを』···

サトコ
「全部です!」
「全部···全部聞きたいです!」

東雲
······

サトコ
「笹野川議員のためですか?」
「関塚夫妻···さちさんのためですか?」

東雲
······

サトコ
「そのために監視カメラの映像を消して···」
「ひったくり事件の証言もひっくり返して···」

東雲
······

サトコ
「全部、全部さちさんのために···っ」

東雲
······

サトコ
「わた···私···信じてたのに···」
「教官はそんなことしないって、信じて···」

東雲
キミの期待なんてどうでもいい

サトコ
「!」

東雲
それより、こっちこそ聞かせてよ
誰に頼まれてオレを探ってた?

サトコ
「······」

東雲
教えてよ
そのためにキミにヒントをあげたんだから

サトコ
「···ヒント?」

東雲
メディアのロック画面のヒント
あんなの普通入れないでしょ

サトコ
「!」

東雲
ついでにPCの起動時のパスワードもそのままにしといてあげたし
ヒントになる写真も捨てておいてあげた
案の定、誰かさんは拾ってくれたみたいだし

(まさか、それってゴミ箱に捨ててあった写真のこと?)

サトコ
「わざと···だったんですか?」

(わざわざ私に拾わせるために?)

サトコ
「あれ···あれは···」
「あの写真、教官の大事なものだと思ったから···」

東雲
······

サトコ
「ああいうのを捨てたら後悔するって、だから···っ」

東雲
あーもう、どうでもいいし
とにかく早く答えろ
誰に頼まれた?
兵吾さん?颯馬さん?それとも···

ガッ···!

東雲
く···っ

突然鈍い音がしたかと思うと、教官は頬を押さえて崩れ落ちる。
その背後からあらわれたのは···

難波
困るなー、単独行動は
そういうのは加賀だけにしてもらわないと
しかも可愛い補佐官の好意を利用するなんてね

東雲
そ···っ、そんなの、ここじゃ普通で···

難波
んー、そうなんだけどさ
やっぱり気に食わないんだよねー。今回のやり方は
正直マイナスに働いてるとしか思えないし

東雲
···っ

室長は東雲教官の胸ぐらに手を掛けると、私のほうを振り返った。

難波
氷川、お前も何か言えば?
こいつに言ってやりたいことが、1つや2つや3つくらいはあるだろ?

(私がが言いたいことは···)

<選択してください>

A: ひどいです、教官

サトコ
「ひどいです、教官···」
「こんなの、ひどすぎます!」

東雲
······

サトコ
「そりゃ、私だってコソコソ探ろうとしたけど!」
「だからって、こんな···罠に嵌めるようなこと···」

難波
そうそう、ほんとひどいよなー

B: すみませんでした

サトコ
「すみませんでした···」
「いろいろ···コソコソと探ろうとして···」

難波
んー?
なんだ?こいつのこと、責めなくてもいいのか?

サトコ
「······」

難波
あー、今責めたら泣いちまうか、お前が···

C: このキノコ野郎!

サトコ
「このキノコ野郎!」

東雲
な···っ

サトコ
「キノコキノコキノコ···っ」
「教官なんて、ヒゲのおじさんに踏み潰されればいいんです!」

東雲
!?

難波
ハハハッ、面白いなー、氷川は

難波
で、例の映像は?

サトコ
「メディアの中に···」

難波
わかった
あとはこっちでやるから、氷川は帰っていいよ

サトコ
「······」

難波
おつかれさん

サトコ
「···おつかれさまでした!」

私は頭を下げると、逃げるようにその場をあとにした。
そうしないと、ぐちゃぐちゃな思いが溢れてきて···
自分でもワケがわからなくなりそうだった。

to be contineud



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