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東雲 恋の行方編 GOOD END



【倉庫】

薄暗い倉庫内を、私は東雲教官と2人で進む。

東雲
次、どっちか覚えてる?

サトコ
「右です」

東雲
正解

私たちが選んだのは、教官が来るときに使ったルートだ。
もちろん、ここも危険だけど···

(正面突破よりはマシだし、なにより今、私たちがやるべきなのは···)

東雲
···人の気配がする

サトコ
「!」

東雲
最終確認。オレたちの役割は?

サトコ
「おとりになって後藤教官を確実に逃がすことです!」

東雲
正解。じゃあ行くよ

私たちは息を潜めると、間合いをはかって敵の前に飛び出した。

組織員1
「アッ···」

組織員2
「コイツラ、何故ココニ···」

東雲
は···っ

ドカッ!

組織員1
「ウ···ッ」

組織員2
「何ヲ···ッ」

(よし、私も···)

サトコ
「面っ!」

バキッ!

組織員3
「オオッ···」

サトコ
「小手ーっ!」

相手が素手なのを確認して、私はモップを振り回す。

(いける!この人数なら、きっと全員倒して···)

組織員4
「何事ダ···ッ」

組織員5
「コイツラ···ッ」

(うそっ、さらに倍!?)

東雲
怯むな、スッポン!
ここで食いつけ!

(な···っ)
(このタイミングで言わなくても···っ)

サトコ
「余計なお世話です···っ」
「教官こそキノコのくせに···っ」

バキッ!

東雲
は?
今それ、関係ない···でしょ

ドカッ!

組織員4
「ゴホッ···」

組織員5
「誰カ···モット人ヲ呼ベ···ッ」

(そうだ、もっとこっちに人を集めないと···!)
(そうすれば後藤教官は逃げやすくなるはず···)

私と東雲教官は、力の続く限り戦った。
その結果···

サトコ
「はぁ···はぁ···」

組織員
「サッサト入レ。スッポン」

ドカッ!

サトコ
「痛···っ」

組織員
「オ前モダ、キノコ」

ドンッ!

東雲
···っ

組織員
「仲間ガケガシタ。オ前ラノセイダ。ドウシテクレル!!」

男が掴みかかろうとしたそのとき、携帯電話がプルプルと震えた。

組織員
「···オオ···ボス···」
「ハイ、ハイ···エエ、捕マエタ···2人トモオッケー···」
「〇〇××···」

男が部屋を出て行ったのを見計らって、教官はゆっくりと身体を起こす。

東雲
···大丈夫?

サトコ
「はい、なんとか···」
「それより後藤教官は無事に逃げられたでしょうか」

東雲
あの人なら心配いらないよ
オレより現場経験豊富だし
今頃、ゴミまみれになって必死に走ってるんじゃない?

サトコ
「うっ···」

(それはそれで大変なような···)

バタン!

組織員
「喜べ。裁キノ時間ダ」
「モウスグ楽ニシテヤル」

(···『楽』?『裁き』?)

今度こそ男は部屋を出て行くと、ドアにがちゃりと鍵をかける。

サトコ
「···どういう意味ですか、今の」

東雲
そのままでしょ

サトコ
「そのままって···」

ザアアアッ···

(えっ、雨!?)
(違う···天井のパイプから水が···)

東雲
あー水攻めかー

サトコ
「水攻めって···」

東雲
待って。計算するから
·········
···なるほど。20分ってところか

サトコ
「それってなにが···」

東雲
この部屋が水で満杯になる時間

サトコ
「!」

(じゃあ、このままここにいたら私たちは···)

うろたえる私とは対照的に、教官はだらりと壁に寄りかかる。

サトコ
「何してるんですか!」
「逃げましょうよ!」

東雲
無理でしょ。縛られてるし

サトコ
「でも、教官たちは縄抜けできるんじゃ···」

東雲
普通に縛られた場合はね
でも、今回はガッツリ縛られてるし
だいたい逃げられたところで、ドアに鍵が掛かってるでしょ

サトコ
「そうですけど···!」

そうしてる間にも水はどんどん溜まっていく。

(うそ···もう足首まで···)
(こうなったら、ドアを壊すしか···)

ドンッ!

東雲

ドンッ!

東雲
なにやってんだよ!やめろって!

サトコ
「はぁ···はぁ···」

(水が···とうとう胸の辺りにまで···)

東雲
だから無理だって
それじゃあ、絶対に開かない!

サトコ
「じゃあ、諦めるんですか!」

東雲
そうじゃ···

サトコ
「このまま···」
「このまま、さちさんに会えなくてもいいんですか!」

東雲
···!

ようやく、教官の表情が少しだけ変わる。

サトコ
「私がなんとかします」
「絶対に、このドア、壊してみせます」

東雲
······

サトコ
「だから、お願いだから···」
「さちさんのこと、ちゃんとケリつけてください!」

東雲
キミ···

サトコ
「余計なお世話かもしれないですけど···!」
「やっぱり『人妻が好き』とか未来なさすぎるし!」
「独身の可愛い子なんて、世の中にたくさんいるし···!」

ドンッ!

サトコ
「また合コンすればいいじゃないですか!」
「それで、ちゃんと新しい恋をして···」

ドンッ!

サトコ
「今度こそ、教官を好きな人を捕まえて···」
「ちゃんと、幸せになれば···」

東雲
ああ、もう黙れ!

サトコ
「!」

東雲
頼むから集中させて!
あと少しで縄が解けるから

(え···っ)

驚く私の目の前で、教官はグイッと身体をねじる。
その瞬間、水面に真っ赤な液体が散って···

(縄···解けてる···!)

よく見ると、教官の背後に錆びた鉄パイプがたてかけてある。
その中の一部が、割れて先が刃物のように尖っていて···

東雲
ああ、もう···
腕まで切っちゃったし
キミがごちゃごちゃごちゃごちゃうるさいから

サトコ
「す、すみま···」

東雲
もういい、黙って

いきなり両頬を掴まれる。

東雲
キミ、ほんと鈍すぎ

サトコ
「へ···」

東雲
新しい恋なんてとっくに始まってる

(恋···え···)

サトコ
「ん···っ」

唇を、深く激しくふさがれる。
まるで新しい何かを注ぎ込まれるかのように···

(な···なんで今、キスなんて···)

東雲
···どいて。ドア壊すから

サトコ
「え···」

東雲
キミ、ぶつかる場所を間違えてる

教官はドアを何ヶ所かノックすると、そのうちの1ヶ所をコンコンッと叩く。

東雲
わかる?ここだけ音が違うの
つまり、このドアの弱点はここ
体当たりするなら、ここをめがけて···
は···っ

教官がぶつかると同時に、ドアが鈍い音を立てて壊れる!
さらに、部屋中に溜まっていた水が勢いよく迫ってきて···

サトコ
「ぎゃあ···っ」

(おっ···溺れる···っ!)

サトコ
「げほ···っ」
「げほげほっ···」

(うう、びしょ濡れ···)
(でも、これで脱出成功···)

サトコ
「···!」

(そうだ、教官は···)

東雲
ああ、もうサイアク

(教官···)

東雲
すっかりずぶ濡れだし
早くブローしないと髪跳ねるのに

(え···)

東雲
ねえ、この倉庫ってドライヤーないんだっけ?

(な···じょ···)

サトコ
「女子かーーーーっ!」

このあと、石神教官たちが駆けつけてくれて、私たちは無事に救出された。
ララ・リーは、追跡していた颯馬教官の手により逮捕。
例の22件目のひったくり事件も再捜査になるらしい。



【ジルマ・ワンダーランド】

そして、私と東雲教官は···

サトコ
「ここが『ジルマ・ワンダーランド』ですか」
「ほんと、よかったですね。無事にオープンして」
「これも後藤教官が、例の情報を運んでくれたおかげですね」

東雲
確かにね
もっとも、あの後いろいろ大変だったみたいだけど
ゴミの匂いがなかなか取れなくて

サトコ
「うっ···」

(そういえば、教官の机の上に脱臭スプレーが山積みになってたっけ)

サトコ
「え···えっと···」
「でも、そのおかげでテロも未然に防げたわけですし」
「おかげで、たくさんの人たちがこうして笑顔なわけで···」

東雲
当然でしょ
それがオレたちの仕事なんだから

スティックドーナツをかじりながら、東雲教官はわずかに目を細める。

東雲
刑事部と公安部の違いは?

サトコ
「え、えっと···」
「刑事部は、殺人とか強盗とか窃盗とかそういう事件の捜査を担当···」
「でも公安部は、国家治安のための組織で、それで···」

東雲
まぁ、それも間違ってないけど
刑事部は基本、事件が起きてからじゃないと動けない
けど、オレたちは事件を『未然に防ぐ』ことができる

サトコ
「······」

東雲
刑事部の人間の使命は、犯罪者を逮捕すること
でも、オレたちはそうじゃない
『事件そのものを起こさせないこと』が、一番の誇りなんだ

(誇り···そっか···)

公安学校に入学したばかりの頃は、いろいろ迷ったこともあった。
私がなりたい「刑事」は「公安刑事」ではないんじゃないか···って。

(でも、今は···)

行き交う人たちの笑顔を見るたびに、しみじみ思う。

(「国家の治安維持」···それが公安刑事の仕事···)
(それって、きっとこういうことなんだよね)

東雲
ああ、そういえばさ
関塚さん、海外から帰ってきたらしいよ

サトコ
「えっ、いつですか?」

東雲
一昨日の夜中
本当に、笹野川の命令で海外出張してたみたい
って言っても、実際はバーゲン品を買いに行かされてただけらしいけど

サトコ
「じゃあ、テロ組織とは···」

東雲
一切関係ナシ
ただ、週刊誌の記事を読んで寝込んじゃったらしいけどね

サトコ
「あ···」

(そういえば『秘書も交えて乱交』なんて書かれてたっけ)

サトコ
「あれ···やっぱり嘘ですよね」

東雲
当たり前でしょ。あの人、さちにベタ惚れだし
じゃなかったら、略奪愛狙ってたっていうの

(教官···)

東雲
···なんて
そんな度胸があったら、さちのことなんてとっくに吹っ切ってたかもね

サトコ
「······」

東雲
で、キミと出会う前に、さっさと新しい恋をして···
今頃、結婚して子供がいて···

(ええっ)

サトコ
「そ、それは困ります!」

東雲
どうして?

サトコ
「だって、私の入る隙間が···」

東雲
いいじゃない。奪い取っちゃえば

サトコ
「イヤですよ、そんなの!」

東雲
でもキミ、しつこいんでしょ
『長野のスッポン』なわけだし

サトコ
「そ、それは、そういう意味では···」

東雲
愛情足りないなー

(な···っ)

サトコ
「それを言うなら教官ですよ!」
「まだ何も言ってくれてないのに···」

東雲
なにを

サトコ
「その···す···『好き』とかそういうの···」

東雲
え···キモ···

サトコ
「!?」

東雲
なにそれ。中学生?

サトコ
「違···っ」
「年齢は関係ないです!」
「大人だって、そういうことはちゃんとしないと···」
「って、教官···っ!」

東雲
早く来なよ。面白いもの見つけたから

(···面白いもの?)

スタッフ
「写真は全部で3枚撮ります」
「その中で気に入ったものがありましたら、現像いたしますので」

東雲
わかりました

(まさかの写真撮影のコーナー···)

東雲
なに?今日はポーズ取らないの?

サトコ
「えっ···じゃあ···」

(せっかくの『ジルマ・ワンダーランド』だから···)

サトコ
「『ジルマタワー』のポーズ」

パシャッ!

スタッフ
「では2枚目いきまーす···」

東雲
ほら、次は?

サトコ
「えっと···じゃあ···ゆるゆるキャラクターの···」
「『ジルくん』のポーズ!」

パシャッ!

東雲
アハハッ

スタッフ
「では、ラストの撮影です」

東雲
ラストだって。どうするの?

サトコ
「そうですね。最後は···」

(そうだ、前回はいきなり教官が肩を抱き寄せて···)
(それで···こめかみに···)

私は、ちらりと教官を見上げる。

(まさか今回も···?)
(いや、いくらなんでも、まさか2度は···)
(···いやいや、でも、もしかしたらまた同じことを···)

東雲
···なに?してほしいの?

サトコ
「!」

東雲
キ···

ス···と言いながら、教官は私の背中をすっとなぞる。

サトコ
「ぎゃ···っ!」

パシャッ!

サトコ
「!!」

スタッフ
「はーい、お疲れさまでした」

東雲
ありがとうございます

(今の、最後の1枚だったのに···!)

サトコ
「ひどいです、教官!あんまりです!」

東雲
なにが?
ああ、これのこと?

す···っ!

サトコ
「ぎゃっ!」

東雲
···ふーん、キミ、背中も弱いんだ
だったら···

サトコ
「ダメです!私の背後に立たないでください!」

東雲
なにそれ。どこの殺し屋?
ほら、プレビュー見に行こう

グイグイ腕を引っ張られて、私は写真売場に連れて行かれる。

東雲
すみません、受付番号109番ですが···

スタッフ
「109番さんですね。こちらの3枚です」

東雲
······
アハハハハッ
白目···また白目···っ

(やっぱり···)

東雲
あーおかしい!
ほんとキミ、外さないよね

(もうどうとでも···)

東雲
じゃあ、これ3枚とも現像で

サトコ
「またですか!?」

東雲
いいじゃない。可愛いんだから

(えっ···)

東雲
嫌いじゃないよ
こういうキミ

(そ、それってつまり···)

サトコ
「好きってことですか」

東雲
は?
···面倒くさ

サトコ
「えっ···ちょ···っ」
「待ってください!」

私は、慌てて教官を追い掛ける。

サトコ
「どうして『好き』って言ってくれないんですか」

東雲
······

サトコ
「どうして『嫌いじゃない』は言ってくれるのに···」
「『好き』って···」

東雲
すき

サトコ
「!」

東雲
···焼き、これから食べに行かない?

(ひど···っ)

サトコ
「さ、3点!!教官は鬼です!ドSです!」
「こんなのイジメです!」

東雲
あっそう
じゃあ、やめとく?

サトコ
「···っ」

東雲
すき焼きの美味しい店、知ってるけど

サトコ
「そ、それは···」

そのとき···

???
「なんだとパジャマ」

???
「それはこっちのセリフだ、ローズマリー」

(この声、まさか···)

後藤
なぜ、俺がお前と記念写真を···!


「オレだってお断りだ!」
「それをお前のところの黒澤が···!」
「くそっ···このオレが罰ゲームなんか···」

後藤
お前が王様ゲームで『2番』を引くから···


「だったらお前こそ『5番』を引くな」

(やっぱり、後藤教官と昴様···)

サトコ
「あの、いちおう挨拶していきますか」

東雲
べつにいいんじゃない

教官はそう言うと、なぜか私の手を引いて歩き出す。

サトコ
「あの···本当にいいんですか?」

東雲
いいよ。今はプライベートだし
2人の時間、邪魔されたくないし

サトコ
「!」

東雲
で、どうするの。すき焼きは?

サトコ
「食べます!」
「お腹いっぱい食べたいです!」

東雲
あっそう
来週、健康診断だけど

サトコ
「!」

東雲
そっかー、氷川さんはすき焼きを···

サトコ
「やっぱり八分目で···」
「いえ、五分目で!」

正直、関係性がそんなに変わったとは思えない。
でも、教官は当たり前のようにこうして手を繋いでくれるわけで···

(···ま、いっか)
(いつか『すき焼き』以外の『すき』を言ってくれたら)

当分の間、それが私の課題になりそうだった。

Good End



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