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元カレ 難波 1話



【教官室】

黒澤
つまり···もしかして···要約すると···
そも元カレさんは、サトコさんにとって、ぜ~んぶ『初めての人』ってことですか!?

サトコ
「な···」

私が驚くより先に、ガタガタガタ!と、教官たちが立ち上がる!

(な、なんて答えれば···)

サトコ
「···ご想像にお任せします!」

私はそれだけ言うと、目にも留まらぬ早さで教官室を後にした。

【廊下】

サトコ
「私としたことが···しゃべらなくてもいいことまでしゃべらされてしまった気が···」

(さすがは現役公安刑事!みんな、話を聞き出すのがうますぎる···)
(でもあの場に室長がいなかったのは不幸中の幸いだったよね)

内心で胸を撫で下ろしながら、早足で廊下を進んでいく。
あの取調室のような教官室から、1センチでもいいから遠ざかりたかった。

???
「サトコ」

サトコ
「!」

背後から肩を叩かれ、驚いて振り返る。

サトコ
「なんだ、室長ですか···」

思わずホッとした声を出した私を、室長はおかしそうに見つめている。

難波
相当大変だったみたいだな

サトコ
「え···?」

難波
さっき教官室に入ろうとしたら、お前たちの声が聞こえたよ

サトコ
「!」

(ウソ···聞かれてた!?どこからどこまで?)
(結構赤裸々なことを言ってた気がするんだけど···)

難波
さすがに入りづらくて、そのまま通過しちまった

(そりゃそうだよね)
(自分の恋人が元カレの話をしてる現場になんて、誰だって居合わせたくないよね)

でもその割には、室長は平然とした顔をしている。

(気分、害してないのかな···?でも、ここは一応···)

サトコ
「すみませんでした。あんな話して···」
「教官たちがあまりに根掘り葉掘り聞いてくるもので、つい···」

難波
そうか···

室長は今度はなぜか、少し気恥ずかしそうに顔をかいた。

難波
あの、あれだぞ···?

サトコ
「?」

難波
別にその···無理に誤魔化さなくたっていいんだぞ
俺は、別に

サトコ
「あの、それは···?」

(つまり···元カレのことなんて全然気にならないってこと?)

難波
俺はお前とのこと、別に隠すつもりはないから

サトコ
「!?」
「あ、ああ···」

室長はどうやら元カレではなく、自分とのことが話題になっていたと思っているようだ。

(どうしよう···完全に誤解されてる···)

『初めてのデート』『初めてのチュー』『全部初めての人』······
色々な言葉がよみがえり、私は思わず頭を抱えた。
室長は、そんな私に気がかりそうに問いかける。

難波
···どうした、大丈夫か?

<選択してください>

A: はい

サトコ
「はい」

うわずった声で返事すると、室長はしょうがないなという顔でちょっと笑った。

難波
もちろん、お前がやりにくいなら秘密でいい
サトコのいい方で、俺はいいから

サトコ
「室長···」

B: 実はさっきの話なんですが···

サトコ
「じ、実は···さっきの話なんですが···」

難波

もちろん、お前がやりにくいなら秘密でいいんだぞ
サトコのいい方で、俺はいいから

サトコ
「はい···」

C: ちょっと色々混乱してて···

サトコ
「ちょっと色々混乱してて···」

難波
そりゃそうだよな。急に結論出せなんて言わないから
ゆっくり考えればいい

サトコ
「···はい」

(こんな風に言われたら、ますますあれは元カレの話ですなんて言えないよ···)

黒澤
おやサトコさん、またお会いしましたね!

いつの間にか、黒澤さんが室長の傍らに立っていた。
その目が、獲物を見つけた猛獣のようにキラリと光る。

サトコ
「く、黒澤さん···」

黒澤
もしかして、ここでも尋問を受けてたんですか?
元カレさんのことで!

サトコ
「黒澤さんっ!」

難波
モトカレサン···?

室長は不思議そうに黒澤さんの言葉を繰り返した。

黒澤
そんな、『お疲れさん』みたいな言い方しないでくださいよ!
元カレとはつまり、サトコさんが以前付き合っていた···

サトコ
「黒澤さん、もういいですから!」

難波
ああ···

さすがに室長も勘違いに気付いたようだ。
眉間にシワを寄せ、仏頂面でしきりとヒゲを撫でている。

サトコ
「あ、あの、室長!」

難波
······

呼びかけたものの、黒澤さんがいることを思い出し、私はそのまま口をつぐんだ。

(変な勘違いさせて、さすがに気分害してるよね···)

キ~ンコ~ンカンコ~ン!

気まずい沈黙を破るようなチャイムの音が鳴り響く。
それを待っていたかのように、室長はおもむろに歩き出した。

(室長···!追いかけたいけど···)

黒澤
ほらほら、サトコさん。次の訓練に遅れますよ!

サトコ
「···はい」

私は気がかりを残しながらも、室長とは逆の方向へと走り出した。



【グラウンド】

サトコ
「えいっ!」

直後の逮捕術の訓練は、いつにも増して気合が入った。
少しでも気を抜くと、さっきの室長の姿が脳裏によみがえってしまう。

難波
モトカレサン···?』

サトコ
「だめだめ、こんなんじゃ!」

私は邪念を振り払うようにブンブン頭を振ると、再び気合を入れて腰を落とした。

サトコ
「次、お願いします!」

加賀
ほう···今日はやけに張り切ってんじゃねぇか

担当の加賀教官が近づいて来て、意味ありげにニヤリと笑った。

加賀
もしかして、あれか?
学業よりも恋愛にうつつを抜かしてるわけじゃねぇっていうアピールか?

<選択してください>

A: そんなんじゃありません!

サトコ
「そんなんじゃありませんから!」

加賀
じゃあ、理由は?

サトコ
「そ、それは···説明すると少々長く···」

加賀
要するに、図星だろ

サトコ
「だから、違いますってば!」

B: その話は忘れてください

サトコ
「お願いですから、もうその話は忘れてください」
「今はもう、それどころじゃないんです」

加賀
ほう···
俺に指示するとは、偉くなったもんだな

サトコ
「そ、そういうわけではっ!」

C: 何とでも言ってください

サトコ
「何とでも言ってください」

(今はもう、それどろこじゃないけど、そんなこと言ってもまた墓穴を掘るだけだし···)

加賀
開き直るとは、いい度胸だ

加賀教官は威圧するように私に歩み寄ると、容赦なくアゴを掴んだ。

サトコ
「!」

加賀
でもその目、満更悪くねぇ

加賀教官は言いたいことだけ言うと、隣のペアへと移っていった。

(もう、せっかく邪念を振り払ったところだったのに···!)

もう一度気持ちを引き締め直し、目の前の訓練生と向き直る。

サトコ
「お願いします!」

訓練生
「来い!」

勢いよく組み合おうとした、その瞬間······

訓練生
「あっ」

相手の訓練生の足が絡まり、態勢を崩した。

サトコ
「危ないっ!」

私はとっさに身を翻し、訓練生を庇うように身を投げ出した。

ドサッ!

後頭部に激痛が走り、下敷きになった私の身体の上に、訓練生が倒れ込んできた。

サトコ
「うっ···」

鳴子
「サトコ、大丈夫?」

加賀
おい、何やってんだ!

駆け寄ってきた加賀教官や鳴子や、他の訓練生たちの顔が、徐々に薄らいでいく······


【保健室】

うっすらと目を開けると、後頭部に微かな痛みが走った。

サトコ
「いたっ···何これ···」

(ここは···保健室···?)
(そうか、私···訓練中にひっくり返って···)

徐々に蘇ってくる記憶に背中を押されるように、私はゆっくりと身体を起こした。

サトコ
「ったぁ」

???
「まだ動くな」

痛みに顔を歪めた瞬間、背中に大きな手が添えられた。

サトコ
「室長···どうしてここに?」

難波
訓練中に事故があったって聞いてな
来てみたらこれだ

サトコ
「すみません···そうだ、相手は···?」

隣のベッドを見るが、誰もいない。
そんな私の様子を見て、室長は呆れたような笑みを浮かべた。

難波
運ばれたのはお前一人だ
お前、倒れそうになった相手を庇って下敷きになったらしいじゃねぇか
女のクセに変な男気があるって、加賀が呆れてたぞ

サトコ
「それはどうも···でもそんなこと、しましたっけ···?」

(とっさのことでよく覚えてないけど···でも相手が無事だったならよかった···)

サトコ
「私、訓練に戻らないと」

難波
いや、お前はこれから病院だ

サトコ
「え···大丈夫ですよ。ちょっと頭打っただけですし」

難波
素人判断は禁物だ。たぶん脳震とうだとは思うが、念のためな
動けそうなら、今から行くか

室長はチラリと時計を見て立ち上がった。

難波
今ならギリギリ、今日のに間に合うだろ

サトコ
「はい···」

私は室長に支えられながら、ゆっくりと立ち上がる。

サトコ
「この辺だと、どこの病院に行けばいいんでしょう?」

難波
さっき調べておいた。タクシーで行けばすぐだ

サトコ
「病院の名前は···?」

難波
分かってるよ

サトコ
「そうじゃなくて···って、まさか室長も行くんですか?」

難波
そりゃ、お前一人では行かせられないだろ

サトコ
「そんな、大丈夫です。お忙しい室長の手を煩わせることでは···」

難波
訓練中の事故だ。状況を把握しておく必要がある
本来なら加賀が行くべきだが、あいにくあいつはこの後、外せない任務があってな
ちょうど仕事のついでもあることだし、俺が送ることになった
ほら、行くぞ

サトコ
「···すみません」

難波
気にするな。俺も、医者から直接診断結果を聞いた方が安心できる

室長はさり気なく言って私の背中に手を添えると、ゆっくりと歩き出した。


【タクシー】

難波
わかった。その件は戻ったらすぐに対応する

タクシーに乗り込むなり、ひっきりなしに室長の電話が鳴った。

(やっぱりすごく忙しそう···それなのに、こうして付き添ってくれるなんて···)

口では「ついで」と言いつつも、室長が私を心配してくれているのは明らかだ。
申し訳なさでいっぱいになりながら、そっと室長の横顔を見つめた。

難波
黒澤がそっちに書類を持って行くから、先に処理だけ頼んだ

不意に黒澤さんの名前が出て、また今朝のやり取りが思い出された。

(私からも、ちゃんと話しておいた方がいいよね)

サトコ
「あの···」

難波
ん?

電話が切れたタイミングを見計らい、私は思い切って切り出した。

サトコ
「今朝の件ですけど···その、元カレがどうのっていう···」

難波
ああ、あれな

室長は特に表情を変えることもなく、ゆっくりと顎を撫でた。

サトコ
「さっきはなんか、切り出すタイミングを失っちゃって···」

難波
いいよ別に、そんな話は
それよりも今は、お前の身体が心配だ
余計なこと考えてると、また脳震とう起こしちまうぞ

室長はそっと私の頭に手を置き、優しく微笑んだ。

サトコ
「···はい」

(室長にとっては、わざわざ蒸し返すようなことでもないのかな···)
(考えてみれば室長だって離婚歴有だし、過去があるのはお互い様だもんね)


【病院】

病院では、ひと通りの検査を受けた後、診察室に呼ばれた。

サトコ
「よろしくお願いします」

医師
「氷川サトコさんですね。そちらの方は···?」

マスクをした青年医師が、チラリと室長を見る。

難波
職場の者です。勤務中の事故のため、付き添いで

医師
「そうですか。それでは、ちょっと目を見せてくださいね」

医師はペンライトを当てながら、私の両目を覗き込んだ。

医師
「結構です。検査結果も特に問題ありませんでした。軽い脳震とうでしょう」
「数日は激しい運動を避けて安静に。1週間後、念のためもう一度診せてください」

サトコ
「わかりました」

振り返ると、室長はホッとしたように軽く頷いた。

難波
先生、ありがとうございました。それじゃ···

私が室長に促されて立ち上がろうとした、その時。
医師がマスクを外した。

サトコ
「え···ハジメ?」

難波

ハジメ
「いつ気付くかと思って楽しみにしてたけど、相変わらずボーっとしてんな、サトコは」

難波
······

サトコ
「だ、だって!まさかハジメがこんな所にいるなんて···」

ハジメ
「あれ?この間言わなかったか?ここで研修中なんだ」

サトコ
「そうだったんだ···あ、室長、こちら···」

ハジメ
「サトコの友人の狭霧一です」

ハジメは室長に向き直ると、折り目正しく頭を下げた。

難波
どうも···難波です。俺、先に出てるんで、ごゆっくり

サトコ
「あ、いいですよ、別に···」

気を使ってくれたのか、室長はさっさと出て行ってしまう。

ハジメ
「職場の人ってことは、あの人も警察官なんだよな」

サトコ
「とはいっても、私なんかとは格が違うけど」

ハジメ
「さすが、威圧感ハンパないね」

サトコ
「そ、そう···?」

(私はすっかり慣れちゃってたけど、普通の人から見たらやっぱりそうなのかも···?)

ハジメ
「それはそうと、この間のLIDEの返事は?」

サトコ
「あ、ああ···」

(断らなきゃ、ちゃんと!)

サトコ
「あのね···」

看護師
「先生、そろそろ次の患者さんをお呼びしていいですか?」

突然、看護師が顔を覗かせて、私は先の言葉を飲み込んだ。

ハジメ
「とりあえず今週末空けといて。場所と時間は連絡するから」

サトコ
「ちょっと、待っ···」

看護師
「それでは氷川さん、お大事に。次の方~!」

追い出されるように診察室を出ると、何も知らない室長が、
私を見つけて穏やかに微笑んだ。

(ちゃんと言わなきゃ、室長にもハジメにも···)

to be cotntinued



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