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東雲 続編 1話



(う···ん···)
(あれ、ここは···)

東雲
サトコちゃん
オレ、もうキミとキスしないことにしたから

(え···)

東雲
なんていうかさー
飽きたんだよね。キミとのキス
キミ、下手だし
そのせいで全然ムラムラしないし

(そ、そんな···)

東雲
それでさ
今度から彼女とキスすることにしたから

謎の女性
「はじめまして」

(誰、その人!?)

東雲
彼女、キス上手いからさ
キミはもういいや。それじゃ

(待ってください、教官!)
(待って···待って···っ)

サトコ
「きょうかぁぁぁんっ!」

東雲
なに?

サトコ
「!」

東雲
いい度胸してるね
ここで居眠りするなんて

サトコ
「す、すみません、疲れていたんでつい···」
「あ···これ、頼まれていた資料です」

東雲
···キミのよだれ、ついてないよね

サトコ
「大丈夫です。腕でガードされているはずです!」

東雲
いや、冗談のつもりだったんだけど···

(うっ···)

言葉に詰まった私には目もくれず、教官は資料をめくり始める。

サトコ
「えっと···じゃあ、お茶でも淹れて···」

東雲
どんな夢みてたの

サトコ
「え···」

東雲
さっき『教官』って呼んでたよね
どんな夢?

サトコ
「そ、それは···」

<選択してください>

A: 教官に浮気される夢を

サトコ
「教官に浮気される夢を···」

東雲
······

サトコ
「あ、その···教官の隣にすごい美人がいて···」
「その人と、その···これからはお付き合いするって···」

東雲
へぇ、そう
正夢にならないといいね

サトコ
「!?」

B: 加賀教官の夢を

サトコ
「加賀教官の夢を···」

東雲
···兵吾さんの?

サトコ
「はい、その···加賀教官にグラウンド30周を命じられて···」
「そのあと腕立て伏せ100回やらされて、さらに···」

東雲
まだあるの?
なんかムカつく

サトコ
「えっ、どうしてですか?」

東雲
···べつに
分からないならそれでいい

サトコ
「···?」

C: 内緒です

サトコ
「内緒です」

東雲
···ふーん
話せないようないやらしい夢を見たんだ

サトコ
「えっ」

東雲
そんな夢で、最後にオレを呼ぶって···
よっぽどキミ···

サトコ
「違います!」
「健全です!めちゃくちゃ健全な夢です!」

東雲
どうだか

サトコ
「本当ですってば!」

コンコン!

難波
歩、いるか?

東雲
はい

難波
おつかれ。例の···
···なんだ、氷川もいたのか

サトコ
「おつかれさまです」

難波
ああ、おつかれ
······

(あれ、どうしたのかな)

東雲
···氷川さん、今日はもう帰っていいよ

(あっ、そういうこと···)

サトコ
「ではお先に失礼します」

東雲
おつかれさま
また明日もよろしくね

【廊下】

(教官、今はどんな任務に携わってるだろう)
(少し前まではモニタールームにこもりっきりだったけど)
(最近はそうでもないみたいだし)

補佐官とはいっても、私はまだまだ訓練生の身だ。
本格的な任務の話は教えてもらえないことのほうが多い。

(早く教官と一緒に仕事ができるようになりたい···)
(一人前の公安刑事になりたいなぁ)



【寮 談話室】

その日の夜···

鳴子
「ねぇ、ここの空欄の答え、なんだっけ?」

サトコ
「うーん···過去の事例集になかったっけ」

千葉
「いや、こっちのテキストだった気が···」

アナウンサー
『今日の特集は「サイバーテロの脅威」についてです』

(えっ、テロ?)

鳴子
「どうしたの、サトコ」

サトコ
「このニュース···」

アナウンサー
『近年、大企業や官公庁を狙ったサイバー攻撃が多発しています』
『今年に入ってからも、このグラフのとおり···』

千葉
「官公庁も大企業も、意外とセキュリティがザルだからなぁ」
「さすがに防衛やインフラ関係はしっかりしてると思いたいけど···」

サトコ
「実際、海外ではサイバー攻撃で大規模停電が起きてるよね」

鳴子
「ああ、あったね!たしか電力施設が攻撃されたんだっけ」
「すごいよね、独自回戦に侵入してくるって」

千葉
「サイバーテロっていえば、この間、颯馬教官から聞いたんだけどさ」
「海外に『青の掟』っていう過激派組織がいて···」

プルル···

(教官からメールだ。なんだろう、またおつかいかな)
(『明日、朝7時に教官室。スーツ着用』···)
(え、制服じゃなくて?)


【教官室】

翌朝。

サトコ
「ふわぁ···」

(なんで朝7時に、しかもスーツで···)

東雲
おはよう

サトコ
「おはようございます」
「どうしたんですか、いきなりスーツで来いって···」

東雲
まずはこの資料に目を通して
部外秘だからこの場で全部頭に入れるように

サトコ
「はい···」

(えっ、サイバー攻撃?)

東雲
一昨日、その資料にある大手電機メーカー3社がサイバー攻撃を受けた
特に『JPLE』と『サイキ・エレクトロニクス』は社外秘データをごっそり奪われたらしい

サトコ
「『JPLE』と『サイキ・エレクトロニクス』って···」
「どっちも超大手じゃないですか!」

東雲
そうだね
まだマスコミへの公表は控えてるけど···
発表されたら大騒ぎになるだろうね

(うわ···)

東雲
というわけで資料は頭に入れた?
じゃあ、ついてきて

(えっ···)

サトコ
「どこに行くんですか?」

東雲
その資料の内の1社

サトコ
「『JPLE』ですか?それとも『サイキ・エレクトロニクス』···」

東雲
その2社じゃない
3社目

(3社目?)

私は、慌てて資料を確認しなおす。

(あった、これだ!)
(···「コチ電業」?)

【車内】

(コチ電業···コチ電業···)
(やっぱり聞いたことないな)
(よし。今のうちに、ネットで調べて···)

東雲
なにしてるの

サトコ
「あ、その···『コチ電業』ってどんな会社なのかなと思って···」

東雲
え、知らないの?
キミ、社会人何年目?

サトコ
「す、すみません···」

東雲
···まぁ、仕方ないか
家電を作ってる会社じゃないし···

教官はため息をつくと、車を運転するスピードを緩めた。

東雲
『コチ電業』は、主に通信システムをてがけている会社なんだ
顧客の多くは官公庁と金融機関
特に公共事業のシステム関係にはかなり携わっている

(それって、つまり···)

サトコ
「インフラ系···」

東雲
そう。だから他の2社よりタチが悪い
盗まれた情報によってはサイバーテロにつながるから

(そっか、それで教官が···)

サトコ
「じゃあ、頑張って犯人を探さないといけませんね!」

東雲
なに言ってるの
オレたちの仕事は、盗まれた情報の確認
犯人探しは生活安全部の仕事

(なんだ···)

東雲
···なに気の抜けた顔してるの
ヘタすればこっちのほうが大変なのに

サトコ
「そうなんですか?」

東雲
そうでしょ。奪われた情報から
うち絡みの案件に発展しそうなものがないか全部チェックするんだから
ああ、もうほんと最悪
既に気が遠くなりそうなんだけど

(教官がここまで言うってことは、余程のことなんだな)

東雲
ま、そんなわけだからさ
キミも協力してよ

(え···)

東雲
頼ってもいいんだよね?
オレの大事な補佐官さん

(教官···)

サトコ
「頑張ります!」
「氷川サトコ、精一杯頼られます!」

(よし、今日こそ私も教官の力に···)


【コチ電業】

ところが···

東雲
氷川さん、喉渇いたー
飲み物買ってきて

サトコ
「はい!」

東雲
あー肩凝った···
氷川さん、肩揉んで

サトコ
「はいっ」

(なんか私の仕事···いつもと全然変わらないような···)

内心しょんぼりしていると、部屋の隅から冷ややかな声が聞こえてきた。

捜査員1
「誰だよ、アイツら」

捜査員2
「公安部だそうですよ」

捜査員1
「は?なんで公安なんかがここに···」

(あの人たち、たしかサイバー犯罪対策課の捜査員だよね)
(そっか、あの人たちが犯人の捜査を···)

東雲
氷川さん。あいつら、黙らせてきて
耳障りだから

(な···っ)

サトコ
「そんな無茶苦茶な···」

東雲
はい、ゴー!

(ゴーって言われても···)

仕方なく、私は彼らものもとへ足を運んだ。

サトコ
「あの···おつかれさまです」

捜査員1
「···なに。公安サンが何の用?」

サトコ
「あ、その···お疲れじゃないかと思いまして」
「お茶でも淹れて来ようかと」

捜査員1
「そうなの?だったら『幻のフルーツネクター』買ってきてよ」

捜査員2
「じゃあ、僕は『幻のピーチソーダ』で」

(え、なに···このデジャブ···)
(サイバー系に強い人って、みんなこうなの?)
(みんな「幻」を求めたがるの?)

サトコ
「すみません、『幻のフルーツネクター』と『幻のピーチソーダ』ください!」

店員
「申し訳ございません。本日分は売り切れです」

サトコ
「『幻のフルーツネクター』と『幻のピーチソーダ』って···」

店員
「今日はもう売り切れです」

サトコ
「あ、あの···幻の···」

店員
「完売しました」

(うう、なんでこんな目に···)

【コチ電業】

サトコ
「お、お待たせいたしました」
「『幻のフルーツネクター』と『幻のピーチソーダ』···」

(って、いない?)

東雲
遅い
なんで他人のおつかいに1時間23分もかけてんの

サトコ
「すみません、頼まれたものがなかなか見つからなくて···」
「ていうか、サイバー犯罪対策課の方々は···」

東雲
10分前に帰った

(早っ···)

サトコ
「じゃあ、犯人はもう···」

東雲
いや、今日は状況確認だけだったみたい
犯人探しは別のチームがやるんじゃない?

(なんだ、そういうこと···)

サトコ
「だとしてもやっぱり仕事が早いですよね」
「さすがサイバー犯罪対策課···」

???
「違うわ。すごいのは東雲さんよ」

(え···)

???
「彼が手を貸したから、あの人たちの仕事が終わったの」
「近くで拝見させてもらったけど、見事な手腕だったわ」

東雲
それはありがとうございます

(誰、この女の人···)

つい不躾に見てしまったせいか、彼女の視線がこちらに向けられた。

櫻井
「秘書課の櫻井です」
「お弁当をご用意いたしましたので、どうぞ召し上がってください」

サトコ
「···ありがとうございます」

櫻井
「それでは、東雲さん···また」

(···『また』?)

東雲
あー、やっと静かになった
お昼にする?

サトコ
「······」

東雲
なに、ヘンな顔して

サトコ
「なんで秘書課の人がここにいたんですか?」

東雲
弁当を運んできたからでしょ

サトコ
「そのわりにずいぶん居座ってたみたいでしたけど」

東雲
へぇ、気になるの?

サトコ
「気になりますよ」

<選択してください>

A: 気にしたらダメですか?

サトコ
「気にしたらダメですか?」

東雲
べつに
いいんじゃない、お互いさまだし

サトコ
「お互いさま?」

東雲
それ。その『幻』シリーズ
なんでキミ、生活安全部にパシられてんの
オレの補佐官なのに

(教官···)

B: 女の勘が危険だと···

サトコ
「女の勘が危険だと告げてますから」

(しかも、夢に出てきた「キスの上手い人」と似てる気もするし)

東雲
なるほど、女の勘ね
キミにもそんなものが働くんだ

サトコ
「働きますよ。少しくらいは···」

東雲
そのわりに鈍すぎる気がするけど

サトコ
「え?」

東雲
それ。その『幻』シリーズ
なんでキミ、生活安全部にパシられてんの
オレの補佐官なのに

(教官···)

C: あの人、美人でしたし

サトコ
「あの人、美人でしたし」

(しかも、夢に出てきた「キスの上手い人」に似てる気が···)

東雲
ああ、たしかに···
合コンで一番注目されるタイプだよね

(うっ···)

東雲
それに絶対パシられたりしなさそうだし

(ううっ···)

東雲
というわけだから
『幻のピーチネクター』買ってきて

サトコ
「今からですか!?」
「だったら、さっき言ってくれれば···」

東雲
冗談
あいつらと一緒とかムカつくし

サトコ
「私としては別々に言われた方がムカつくんですけどっ」

結局、この日も私はひたすら雑用だけをこなして···

【廊下】

東雲
はぁ···さすがに疲れた
でもよかったよ
うち絡みの案件に発展することはなさそうで

サトコ
「そうですね···」

(私、今日は何をしたっけ)
(おつかいと肩もみと、お弁当の片付けと資料の整理···)
(···そうだよね。たったそれだけだよね)

東雲
なにしょぼくれてんの

サトコ
「あ、その···」
「早く一人前になりたいなぁと思って」

東雲
······

サトコ
「そうすれば私も、もっと捜査に関われるし」
「少しは教官の役に立てて···」

東雲
ごめん、ちょっと待って

教官に遮られて、私は足を止める。
視線の先には、さっきの美人秘書と年配の男性の姿があった。

櫻井
「お疲れさまです。捜査は終了ですか?」

東雲
ええ、今日の分は
この度は、ご協力ありがとうございました

頭を下げた教官を見て、隣にいた男性がなぜか目を細めた。

???
「元気だったかい?」

東雲
はい

???
「たまには顔を出しなさい」

東雲
···分かりました

(え、どういうこと?)

サトコ
「あの···今の男性は···」

東雲
ここの社長

サトコ
「お知り合いですか?」

東雲
そうだね
父親だから

サトコ
「そうですか、父···」

(ええっ、父親!?)


【帰り道】

(落ち着け···ひとまず落ち着こう、私)
(「コチ電業」は何気に大手の電機メーカーらしくて···)
(教官はそこの社長さんの息子で···それで、えっと···)

東雲
なにチラチラ見てるの
聞きたいことがあるなら聞けば?

サトコ
「ほんとですか?聞いたら本当に答えてくれますか?」

東雲
もちろん
キミの質問次第だけど

(···出た、このパターン)
(どうしよう、なにから聞けば···)

サトコ
「えっと···」
「すごいですね。お父さんが大企業の社長さんだなんて」

東雲
そうだね
もっとも大企業って言っても···
キミは社名すら知らなかったみたいだけど

(うっ、痛いところを···)
(ここは早めに話題を変えて···)

サトコ
「あの···お母さんはどんな方ですか?」

東雲
普通の人だよ
今はオレの結婚相手探しに夢中

サトコ
「!?」
「そ、それは困ります!」

東雲
そうだね、困るね
当分結婚するつもりはないし

サトコ
「ですよねー、よかった···」

(···ちょっと待って。今の「よかった」で正解?)
(で、でも、私も当分そんなつもりはないし···)

東雲
質問はそれだけ?

サトコ
「いえ、えっと···」
「つまりアレですか!大企業の社長さんの息子ってことは···」
「教官はいわゆるお坊ちゃん···」

東雲
ああ、よく言われるね
もっとも、さちの家ほどじゃないけど

サトコ
「さちさんの?」

東雲
さちの実家って、いわゆる資産家でさ
関塚さんと結婚するとき、揉めに揉めたらしいよ
『政治家の秘書ごときに嫁にやれるか』って

サトコ
「!」

東雲
あと、関塚さんって元大学講師で、さちは教え子だったからさ
そのことでも反対されたらしいよね
『講師と学生が何をやってるんだ』って

サトコ
「!!」

(なんていうか、それって···)

東雲
似てるよねー、オレたちと

サトコ
「そ、そうですね···」

(身分違いで「教官と教え子」···)
(ダメだ、なんだかめまいが···)

東雲
ああ、キミ···地下鉄だよね
じゃあ、ここで

サトコ
「えっ、明日は休み···」

(って、そうだった···)

あれは少し前のこと···

東雲
当分ウチには泊めないから
あと、キスもしない
キミが卒業するまでは

(そうだった···キスもお泊りもナシになったんだよね)
(私が公安学校を卒業するまでは···)

サトコ
「じゃあ···お疲れさまです」

東雲
···うん

去っていく教官の背中を、私はぼんやりと見送る。

(それにしても卒業までかぁ···結構長いなぁ···)
(なんだか高校生···ううん、中学生の恋愛みたい···)

サトコ
「あ···」

(教官、振り向いた)

せっかくだからと手を振ると、教官は軽く頷いてまた歩き出す。

(もう1回くらい振り向いてくれないかな)
(もう1回···もう1回だけ···)

サトコ
「あ!」

(振り向いた!よし、手を振って···)

プルル···

(あれ、教官から電話···)

サトコ
「はい···」

東雲
見送りはいいから
早く帰りなよ

サトコ
「でも···」

東雲
気になるから!
連れて帰りたくなるから···
早く帰って

(教官···)

サトコ
「分かりました。じゃあ、帰ります」

東雲
気を付けて

サトコ
「はい、お疲れさまです!」

しょんぼりしていた心が、少しだけ元気を取り戻す。
私はもう一度だけ教官に手を振って、地下鉄の階段を下りて行った。

その翌週のことだった。
東雲教官が、警視庁の生活安全部から呼び出しを受けたのは。

to be continued



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