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東雲 続編 2話



【教官室】

東雲教官が警視庁に呼びだされてから4日目···
気が付けば、また週末が近づいて来ていた。

サトコ
「お疲れさまです。日誌を持ってきました」

石神
あとで確認する。そこに置いておいてくれ

サトコ
「分かりました」

日誌を置くついでに、ちらりとボードを確認する。

石神
···東雲ならまだ警視庁に出向中だ

サトコ
「!」

石神
時間を持て余しているなら他の教官を手伝うか?
たしか加賀が人手不足だと言っていたが···

サトコ
「いえ、失礼します」

【廊下】

逃げるように教官室を飛び出して、私はため息をついた。

(教官、どうしてるんだろう)

今週に入って、既に何通かメールを送っていた。
けれども、今のところ返信は1通もない。

(そもそも何で呼びだされたんだろう)
(仕事のこと?それとも、それ以外で何かあったのかな)



【カフェテラス】

鳴子
「あーあ、今日も東雲教官は休みかー」
「教官の講義、分かりやすくて好きなんだけどなぁ」

サトコ
「······」

鳴子
「いったいどうしたんだろうね」
「サトコは何か聞いてないの?」

サトコ
「全然···警視庁の生活安全部に出向してるとしか···」

鳴子
「生活安全部?公安部じゃなくて?」

サトコ
「そうだけど···」

千葉
「じゃあ、あの噂···本当なのかな」

千葉さんの意味ありげな言葉に、私は驚いて顔を上げた。

サトコ
「噂ってどういうこと?」

千葉
「氷川さ、先週東雲教官と一緒に『コチ電業』に行っただろ?」
「大手電機メーカー3社がサイバー攻撃を受けた件で」

サトコ
「うん···」

千葉
「あの事件の黒幕、どうやら『コチ電業じゃないか』ってことになってるらしいんだよ」

(ええっ!?)

サトコ
「それ、誰が言ってるの?」

千葉
「警視庁の生活安全部にいるヤツ」
「だから、結構信ぴょう性があると思うんだけど」

鳴子
「でも、それっておかしくない?」
「コチ電業も被害を受けたんだよね?」

千葉
「それについては『自作自演じゃないか』って考えてるらしいよ」
「コチ電業って主にインフラ系のシステムを請け負ってる会社だろ」
「ところが、ここ数年はJPLEやサイキ・エレクトロニクスに押され気味らしいんだ」
「だから2社の信頼を落としつつ」
「自分たちもサイバー攻撃を受けたように見せかけたんじゃないかって」
「実際、他の2社に比べて、コチ電業はそれほど大きな被害を受けてないらしいし」

鳴子
「うわ、それは確かに怪しいね」

(そんな···)

鳴子
「あれ···でも、どうしてそれで東雲教官が呼びだされたの?」

千葉
「教官がコチ電業の社長の一人息子だからだよ」

鳴子
「ええっ!?」

千葉
「それなのに、この間の捜査に加わってただろ?」
「そのせいで、いろいろ疑われてるみたいでさ」
「『捜査で手を抜いたんじゃないか』とか『実は隠蔽工作をしていたんじゃないか』とか···」
「他にもいろいろと···」

サトコ
「そんなことしてないよ!」

バンッ!

サトコ
「教官はちゃんと捜査してたよ!」
「盗まれたデータを1つずつ精査して、テロに発展するようなことはないかって調べて、それで···」

黒澤
やあやあ、次世代エース候補の皆さん!
今日はずいぶんとエキサイトしてますねー

いきり立つ私を遮るように、飄々とした声が割り込んできた。

サトコ
「黒澤さん···」

鳴子
「お疲れ様です。今日はどうしたんですか?」
「また石神教官から呼び出しを受けたんですか?」

黒澤
いえ、今日は室長からだったんですけど···
いざ来てみたら、室長ってば急用が入ったとかで、オレのことを放置ですよ
オレより歩さんを優先するなんて、透、悲しい···

(えっ···)

サトコ
「東雲教官は今、室長と会ってるんですか?」

黒澤
そのはずですよ。ようやく上層部から解放されたらしいですし
明日はこっちに戻ってくるんじゃないですか?

(そうなんだ、よかった···)

ホッとしたせいか、力が抜けて私は再び椅子に腰を下ろす。
すると、黒澤さんが私にだけに聞こえるように耳打ちしてきた。

黒澤
そういえば、おととい警視庁で歩さんに会ったんですけど···
『ブラックタイガーが食べたい』って言ってましたよ

サトコ
「!」

黒澤
オレなら絶対に伊勢エビの方がいいですけどねー

(それって、もしかして···)



【東雲マンション】

その日の夜。
私はスーパーでエビを購入して、教官の家にやって来た。

(メール、見てくれたかな)
(『今日行きます』って送っておいたんだけど···)

東雲
···本当にいた

サトコ
「!」

東雲
どうしたの、今日って木曜日だよね
キミ、明日も学校じゃないの?

サトコ
「そうですけど···」

<選択してください>

A: 実は黒澤さんから···

サトコ
「実は黒澤さんから、教官がエビフライを食べたがってるって聞いて···」

東雲
···透のヤツ

(あ、そっぽ向いちゃった···)

サトコ
「···迷惑でしたか?」

東雲
べつに
いいよ、入って

B: 実家から大量のエビが···

サトコ
「実家から大量のエビが届いちゃって···」

東雲
実家···?
キミの実家って長野だよね?
長野って海あったっけ?

(うっ···)

サトコ
「え、えっと···実家じゃなくて大学時代の友人から···」

東雲
もういいよ。入って

C: 来ちゃった!

(えっと···こういうときは、手を袖で隠して、上目遣いで···)

サトコ
「来ちゃった!」
「なんて···」

東雲
可愛くない。45点

(うっ···)
(でも、ここで引き下がるわけには···)

サトコ
「すみません。ワンモアチャンス!ワンモアチャンスで···」

東雲
無理。期待できそうにないし

サトコ
「···っ」

東雲
とりあえず入れば

東雲
食べさせてくれるんでしょ
その袋の中身

サトコ
「はい!」

エントランスの自動ドアが開き、私は教官と一緒に中に入る。

(よかった、中に入れてもらえて)
(よし···今日こそ、美味しいエビフライを作ろう)
(それで教官に元気になってもらうんだ。絶対に···)

【キッチン】

それなのに···

(···なんで焦げるかな)
(他の揚げ物は焦げてないよね。エビフライだけだよね?)

サトコ
「···ま、いっか」

即席のタルタルソースを作り、刻みキャベツと一緒に皿に盛り付ける。

(あとは、ごはんと味噌汁をよそって···)

サトコ
「よし!」
「教官、できましたよー」

(···あれ?)

サトコ
「教官、ごはんが···」
「あ···」

東雲
すぅ···すぅ···

(寝てる···)
(めずらしいな、教官がこんな風に眠ってるなんて)

起こさないように近づいて、そっと顔を覗き込んでみる。

(なんか···痩せたっぽいよね)
(それに目の下にクマまでできて···)

この数日、警視庁で何があったのか。
千葉さんから聞いた噂は本当なのか。

(目が覚めたら、いろいろ聞いてみよう)
(そうすれば、何か私にもできることが···)

東雲
う···ん···

(あ、起きそう···)

教官はさらに「ん···」と声を洩らすと、ゆっくりと目を開いた。

サトコ
「お疲れさまです」

東雲
······

サトコ
「夕飯できてますよ。ただ、エビフライがちょっと···」

東雲
エビ···?

サトコ
「はい、その···エビフライがいつものようにブラックタイガーになったっていうか」
「ある意味、ご要望どおりになったというか···」

東雲
······

サトコ
「それで···」

東雲
来て···

サトコ
「え···」

いきなり腕を引かれ、抱え込まれた。

サトコ
「ちょ···教か···」
「ん···っ」

そのまま横抱きにされて、唇を塞がれる。
それこそ、息もできないほど、強く深く···

(な、なんで···!?)
(卒業までしないはずじゃ···)

うろたえている間にも、容赦なく口の中を貪られる。
まるで、このままでは終わらせないとでも言わんばかりに。

東雲
サトコ···

サトコ
「···っ」

掠れた声で呼び捨てにされ、頭の中が真っ白になる。

東雲
サトコ···

サトコ
「······」

東雲
サトコ···

(ズルい···そんな切なそうな声···)
(そんなの聞いちゃったら、もう···)
(もう···)

私は覚悟を決めると、教官の背中に手を回そうとした、
その時だった。
教官の頭が、力をなくしてカクンと落ちたのは。

(え、あれ···?)

東雲
すぅ···すぅ···

(···もしかして、また寝ちゃった?)
(なにこれ···さっきの、まさか寝惚けていただけとか···)

東雲
すぅ···すぅ···

(きょ···)
(教官のバカー!大バカ野郎ーっ!)

それでも久しぶりに伝わってくる教官の体温は決して嫌なものではない。
むしろ、ずっとこのままでいたいとさえ感じさせてくれる。

(ほんと、ズルい···)
(私ばかり翻弄されっぱなしで···)

教官の腕の中から抜け出るか迷って、私はぎゅっと目を閉じた。
ほんの少しの間だけでも、今のままでいたかったから。

ところが···

サトコ
「すぅ···すぅ···」

東雲
ちょっと···

サトコ
「すぅ···すぅ···すぅ···」

東雲
ちょっと、起きて

サトコ
「すぅ···すぅ···すぅ···」

東雲
起きろ、氷川サトコ!

サトコ
「···ふぁっ!?」

(あれ、私···いつの間に寝て···)

東雲
···起きた?
じゃあ、タクシー拾えそうな所まで送るから

サトコ
「え···」

(うわ、終電過ぎてる!)

東雲
ほら、行くよ

サトコ
「待ってください!エビフライは···」

東雲
もう食べた

サトコ
「で、でも話がまだ···」

東雲
···話?

サトコ
「この数日のこと、聞きたくて」
「その···教官、いろいろ大変だったみたいだから」

東雲
ああ、そういうこと
悪いけど、キミに話せることは何もないから

(え···)

東雲
ほら、立って
明日も学校があるんだし

サトコ
「そ、そうですけど···!」
「でも話を聞くくらいなら、私にもでき···」

東雲
だから!
そういうのは必要としていない

サトコ
「······」

東雲
さっきも言ったけど
話せることはなにもないから

(教官···)

あまりにもそっけないその態度に、私はなんとも言えない気持ちになる。

(そりゃ、私はただの訓練生だけど)
(相談に乗るなんて、おこがましくて言えないけど。けど···)

サトコ
「そんなに頼りないですか」

東雲
······

サトコ
「確かに私、雑用しかできないです」
「でも、少しでも力になりたくて···」

東雲
······

サトコ
「あの、私って教官の···」

<選択してください>

A: 補佐官ですよね?

サトコ
「補佐官ですよね?」

東雲
···そうだね

サトコ
「だったら、少しくらい···」

東雲
それでも話せないことはあるよ
仕事柄、たくさんある
学校でそう習わなかった?

サトコ
「それは···」

B: 恋人ですよね?

サトコ
「恋人ですよね?」

東雲
······

サトコ
「だったら少しくらい···」

東雲
じゃあ、キミは···
オレが話せと言ったら、機密事項でも話すの?

サトコ
「!」

東雲
学校でいったい何を学んでるの
それで公安刑事になるつもりなの?

サトコ
「それは···」

C: 何なんですか?

サトコ
「何なんですか?」

東雲
···それを今、聞くんだ

教官は、あからさまにため息をついた。

東雲
だったら答えるけど···
補佐官で、教え子で、恋人だよ
だからなに?

サトコ
「なにって···」

東雲
じゃあ、逆に聞くけど
オレが話せと言ったら、キミは機密事項でも話すの?
学校でいったい何を学んでるの

サトコ
「それは···」

東雲
確かにオレは、言葉が足りない方だと思う
そのせいで、キミが不安になることもあると思う
でも、今回のことは違う
話せないものは話せない

サトコ
「······」

東雲
それが耐えられないって言うなら···
今後、キミとは付き合っていけない

サトコ
「······」

東雲
少し頭を冷やせ

サトコ
「······」


【タクシー】

大通りでタクシーを拾ってもらい、ようやく1人になる。
その途端、どうしようもない後悔が襲ってきた。

(バカだ、私···)
(学校でもちゃんと習ったはずなのに)

公安部の刑事は、機密事項を抱えて単独捜査をすることもある。
そのため、同僚同士でも情報共有できない場合がある。

(教官は「話せることはない」って言った···)
(それって、たぶんそういうことなんだ)

それなのに私は、私情を持ちこんだ。
教官のことが心配で···
それなのに話してもらえないから「頼りにならないのか」と詰め寄って···

(なんてことをしたんだろう、私···)

助手席の背もたれにおでこをつけて、はぁぁと大きく息をつく。
時計を見れば、午前2時。
とてもお詫びのメールを送れるような時間帯じゃない。

(仕方ない、明日朝イチで送ろう)
(それから直接会って、ちゃんと謝ろう)

けれども、すでにこの時点でいろいろなことが動き出していたんだ。
ただ、私が知らなかっただけで···

【寮 自室】

翌朝。
私は、目が覚めるとすぐにスマホを手を伸ばした。
昨晩書いたお詫びのメールを送信するためだ。
ところが···

(あれ、教官からメール···)
(え、なにこれ···どういう意味?)


【教官室】

サトコ
「おはようございます!」

後藤
ああ、氷川か。何かあったのか

サトコ
「すみません、あの···東雲教官は···」

後藤
歩なら午後から来る予定だが···

後藤教官の視線の先にはホワイトボードがある。

(16時出勤···)
(そんな···すぐに確認したかったのに···)

スマホを握りしめたまま、私はいったん教場へと向かう。

【教場】

ところが、そこで待っていたのは予想外のニュースだった。

鳴子
「ねぇ、サトコ!知ってたの!?」

サトコ
「なにが?」

鳴子
「東雲教官のことだよ」
「教官、警察を辞めるって本当?」
「今、その話題で持ち切りなんだけど!」

(辞める···教官が···?)

脳裏を、今朝届いたメールが過った。
そこには、ただ顔文字がひとつ···

「 (T_T)/~~ 」とあった。

to be continued



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