カテゴリー

東雲 続編 5話



【エレベーター】

(どうしてこの会社にいるのか···なんて、そんなの···)

東雲
あれ、答えられないの?
まさか潜入捜査?

(マズい!)

サトコ
「ち、違います!前の仕事は辞めて···」

東雲
それで再就職?
うちの会社に?
どうして?

サトコ
「そ、それは···」

<選択してください>

A: 深い意味はない

サトコ
「深い意味はありません」

東雲
······

サトコ
「ただ、なんとなくっていうか···」
「求人広告でたまたま見かけただけっていうか···」

東雲
···ふーん

B: 会いたい人がいるから

サトコ
「会いたい人がいたからです」

東雲
へぇ、誰

サトコ
「キノコ頭の人です」

東雲
······

サトコ
「キノコ頭の人に会って、聞きたいこととか、言いたいこととか···」

東雲
へぇ···そう···
会えるといいね、その人に

サトコ
「っ······」

(まずい···キノコキノコって言いすぎた!?)

C: 東雲には関係ない

サトコ
「社長補佐には関係ないと思います」

東雲
そう?でも気になるな
キミ、オレの好みだし

(ちょっ···耳元···っ)

東雲
ね、教えてよ。『長野』さん

サトコ
「む、無理···」

(ズルい···耳元が弱いの知ってて···)

チン、と音がしたとたん、教官は私から離れた。
どうやらエレベーターが最上階に着いたらしい。

サトコ
「そ、それじゃあ、失礼します!」

逃げるようにエレベーターから出たとたん···

櫻井
「あら、あなた···たしか庶務課の···」
「どうしてあなたが役員専用のエレベーターから出てくるの?」

(うっ···)

東雲
ああ、怒らないであげて
彼女、知らないで乗ったんだって

櫻井
「···そうでしたか」
「では、今回は社長補佐に免じて見逃してあげますけど···」
「次からは気を付けてくださいね」
「今度同じようなことがあったら、庶務課の課長に報告しますので」

サトコ
「···申し訳ありませんでした」

(ていうか間違えて乗ったのは確かに私だけど···)
(降りようとしたのを止めたのは教官なのに···)

内心、理不尽に思いつつも、別のエレベーターのボタンを押す。
待っている間、チラリと振り返ると、教官は櫻井さんと話し込んでいた。
それも、まるでぴったりと寄り添うように。

(なんか午前中に来たときも思ったけど···)
(櫻井さん、教官にくっつきすぎって言うか···)

サトコ
「!?」

(ちょ···触ってる!)
(櫻井さん、さりげなく教官の背中を触って···)

東雲
長野さん、エレベーターが来てるよ
乗らないの?

サトコ
「···っ、失礼します!」

私は素早く頭を下げると、エレベーターに乗り込んだ。

(何あれ···絶対あの人、教官のこと狙ってるよね)
(『さりげないボディタッチは異性を落とすための常套手段』って講義でも習ったし!)

もちろん、教官も気付いているはずだ。
自分が櫻井さんに好意を寄せられていることに。

(まさかとは思うけど···応じたりしないよね?)
(い、一応まだ私と付き合ってるはずだし···)
(ていうか、私はそのつもりだし!)

プルル···

(あ、加賀教官からメール···)
(「日時報告・19時・屋台」···)
(屋台って、あの屋台のことかな?)



【ラーメン屋台】

その日の夜···

難波
へぇ、歩が社長補佐ね

サトコ
「聞いたところによると、先週から出社しているらしいです」
「正直、秘書室で会ったときはびっくりしました」

難波
ハハッ、そりゃ驚くよなぁ

意外にも朗らかに笑う室長の隣で、加賀教官が舌打ちをする。

加賀
おいクズ、潜入捜査のことバラしてねぇだろうな

サトコ
「そ、そんなバラすなんて···」
「ちゃんと誤魔化しましたよ」

難波
へぇ、なんて?

サトコ
「それは、まぁ···えっと···」

(あ、そうだ!)

サトコ
「あの、これはご相談なんですけど···」

私は「あゆむんを見守る会」に入った経験をひと通り説明した。

難波
へぇ···歩にファンクラブねー
で、氷川もその会員にさせられた···と

加賀
チッ···テメェはクズ以下だな
余計なことに首突っ込みやがって

サトコ
「す、すみません。でも、断ると悪目立ちしそうで···」
「それに会長の迫力もすごくて、断れなかったというか···」

難波
会長?

サトコ
「『見守る会』の会長です。野方さんって人なんですけど」

難波
野方···へぇ···

室長はなぜか少し黙り込むと、顎の無精ヒゲを撫でた。

難波
ま、とりあえず今は会員のままでいいだろ
ある意味、歩の動向が分かりそうだしな

サトコ
「はぁ···」

(でも『見守る会』って具体的にどんなことをするのかな)
(その辺りがいまいちよく分からないんだよね)
(しかも、そのせいで任務に支障が出るのはちょっと···)

サトコ
「あの···室長、やっぱり···」

(って、いない!?)

サトコ
「すみません、室長は···」

加賀
帰ったに決まってるだろうが、このクズが

(えっ、いつの間に?)
(しかも、また食い逃げ!?)

加賀
アイツはどうしている?

サトコ
「えっ···あ···元気そうでした」

加賀
それだけか?
妙な女に言い寄られてなかったか?

(え···)

サトコ
「あ、その···女性社員には人気が···」

加賀
もし俺が『監視対象者』なら、間違いなく歩に目を付ける

サトコ
「!」

加賀
若くて地位のある男ほど、女の色仕掛けに引っかかりやすいからな

そこまで言うと、加賀教官は立ち上がって千円札を3枚取り出した。

加賀
3人分。釣りはいらねぇ

おじさん
「はいよ」

加賀
情報は与えた。あとはテメェ次第だ

(私次第···)

今、加賀教官に言われたことを、私は改めて振り返ってみる。

(監視対象者が女性なら、東雲教官に近付く···)
(しかも、色仕掛けで迫って情報を引き出そうとするはず···)
(それに該当する人は···)
(いた、1人だけ!)



【トイレ】

翌朝。
私は、少し早めに出社するとトイレの個室に閉じこもった。

(まずは自前のノートパソコンから社内LANにアクセスして···)
(できた!ここから社員情報を···)

私が検索を掛けたのは、もちろん秘書の「あの人」の名前だ。

(あった···)
(櫻井修子 (さくらい しゅうこ)・28歳・総務部秘書課所属···)

さらに詳しい情報を探そうと、人事部用DBへのアクセスを試みる。
けれども···

(アクセス権限エラーか···当然だよね)
(でも、これくらいなら···)

学校で教わったことを思い出しながら、私はキーボードを叩く。
やがて、ディスプレイに欲しかった情報が表示された。

(よし、これで履歴と勤怠評価を手に入れた!)
(次はデータ化されていない情報を集めないと···)


【食堂】

(加地さん···加地さんは···)
(いた!隣の席も···よし、空いてる!)

私は定食の乗ったトレイを手に、加地さんに近付いた。

サトコ
「こんにちは。隣いいですか?」

加地
「もちろんですよ。どうぞ座ってください」

サトコ
「ありがとうございます」

内心ガッツポーズをしつつ、私は定食のエビフライをかじる。

(これで第一段階はクリアだよね)
(次はどうやって自然に櫻井さんの話を切り出すかだけど···)

加地
「ああ、そういえば···」
「長野さん『あゆむんを見守る会』に入ったそうですね」

(ぐ···っ)

サトコ
「ど、どうしてそのことを···」

加地
「それはもちろん社内広報課ですから」

サトコ
「はぁ···」

(社内報と『あゆむんを見守る会』は関係ないような気が···)

加地
「でも、会員になったということは···」
「長野さんも、社長補佐のことが好きなんですか?」

サトコ
「ち、違いますよ。私はただの成り行きで···」

加地
「そうですか、よかった」

(え···)

加地
「あ、その···今の言葉は気にしないでください」
「そんな深い意味はないんで」

サトコ
「そ、そうですよね」

(ていうか、早く櫻井さんのことを聞き出さないと···)

プルル···

サトコ
「あ、電話···」

(えっ、野方会長?)

サトコ
「はい、長野···」

野方
『長野さん、何をしてるの。今日は臨時会合の日よ』
『早く地下の会議室にいらっしゃい』

サトコ
「えっ、でも···」

野方
『では、待っているわね』

サトコ
「えっ···私、まだお昼ごはんが···」

プツッ!

(そんなぁ···)

【通路】

(まさか昨日の今日で呼び出されるなんて···)
(櫻井さんのこと、いろいろ調べたかったのに···)

???
「そりゃ、たまにはね」

(···ん?この声···)

東雲
社食も食べたいなって思うよ
どんなものが出てるのか、気になるし

(うそ、教官!?)
(しかも、なんであんなに若手の女性社員ばかりに囲まれて···)

サトコ
「!」

(マズイ、目が合った···)

東雲
ああ、好きなメニューだっけ?
やっぱりエビフライかな
それも焦げてないやつね

(く···っ)

東雲
ブラックタイガーとかありえないよねー

(嫌味だ!今の、絶対私に対する嫌味だ!)

もちろん、そんなことなど女性社員たちは知るはずもなく···
「やだー」「ブラックタイガー?」なんて笑ってる。

(いいもん、私は潜入捜査中だもん!)
(教官のことなんて、か···関係ないんだから!)

【会議室】

···とは言っても。

女性社員A
「この写真のあゆむん、素敵ですよねー」

女性社員B
「私はこっちのあゆむんがいいです」

(個人的には、その下の眉間にシワを寄せてる写真の教官が···)
(って、そうじゃなくて!)

先輩たちが見せ合っている簡易アルバムから、私は慌てて目を逸らす。

(違うから!今は教官の隠し撮り写真を見てニヤニヤしてる場合じゃないから!)
(調べなければいけないことがいっぱいあるんだから!)

野方
「あら、どうしたの長野さん。般若みたいな顔をして」

サトコ
「す、すみません。気にしないでください」
「ところで、この結構な量の写真は一体···」

野方
「会員全員で集めた『あゆむんコレクション』よ」

女性社員A
「長野さんも、あゆむんの写真を撮ったらここに持ってくるのよ」

女性社員B
「期待しているわ。あなた、若いんだからこういうの得意でしょ」

(いや、若さと隠し撮りは関係ないような気が···)

野方
「それにしても、秘書課の櫻井さんとの写真が多いわね···」

サトコ
「!」

野方
「これも、これも···ほら、この写真にも写ってるわ」

(ほんとだ。なんでこんなに一緒に···)

サトコ
「!」

(これって、もしかしてチャンス?)
(この人たちなら、教官だけじゃなく櫻井さんのことも見てるはずだし···)

サトコ
「あの···櫻井さんと教···あゆむんって仲が良いんですか?」

女性社員A
「そんなわけないでしょう」
「一方的に彼女があゆむんの周りをウロウロしてるだけよ」

女性社員B
「しかも、ボディタッチがやけに多くて···」

女性社員C
「そうそう!この間は肩に触れてたし、ひどいときには腰にも···!」

(やっぱり、みんな同じこと思ってる···)

問題は、それがどういう意図によるものなのかということだ。
純粋な好意なのか、それとも他に狙いがあるのか···

(正直どっちにしても私にとっては大問題なんだけど···)

女性社員D
「あの···ちょっといいですか?」
「実は私、今日ヘンな噂を聞いたんです」

野方
「あら、どんな噂?」

女性社員D
「それが、その···」
「昨日の夜、あゆむんと櫻井さんがホテルから出て来たって」

(え···)

女性社員A
「どういうこと!?」

女性社員B
「まさか、あゆむんがそんなこと···」

野方
「落ち着きなさい、あなた方」
「その情報源は、いったいどなたなの?」

女性社員D
「それが、広報課の加地さんで···」

とたんに、室内が静まり返る。
重苦しい空気のなか、とどめを刺すように、野方会長がため息をついた。

野方
「それは···信ぴょう性が高いわね」


【ラーメン屋台】

その日の夜。
私はラーメンをすすりながら、何度も同じ言葉を心の中で繰り返していた。

(信じない···絶対に信じない···絶対絶対信じない!)
(櫻井さんとホテルから出てきた?···そんなはずないってば!)
(どうせロビーでお茶してたとか、そういうオチに決まってるし!)
(ていうか···)

サトコ
「私も一緒に過ごしたいんですけどーっ」

???
「おや、誰と一緒に過ごしたいのですか?」

サトコ
「ゲホッ···」

(こ、この声は···)

颯馬
こんばんは

サトコ
「こ、こんばんは。偶然ですね」

颯馬
偶然ではありませんよ
今、貴女が携わっている案件は石神班が引き継ぎましたので
今日から私か石神さんに報告をお願いします

颯馬教官はにっこり笑うと、隣の椅子に腰を下ろした。

颯馬
では早速ですが、何か報告はありますか?

サトコ
「そうですね、えっと···」

(どうしよう。櫻井さんのこと、話した方がいいのかな)
(まだ調べてる途中なんだけど···)

颯馬
気になることがあるなら全て話してください
必要な情報かどうかはこちらで判断しますので

(そうなんだ···じゃあ···)

サトコ
「実は、ちょっと気になる人物がいるんですけど···」

私は、ひと通りのことを颯馬教官に報告した。
昨日、加賀教官から東雲教官に近付く女性を気に掛けろ、と言われたこと。
その結果、該当者が1人いたこと。
さらに、その女性が東雲教官とホテルに行ったらしいということ···

颯馬
ホテルですか。歩もなかなかやりますね
しかも、自分の秘書に手を付けるなんて

(うっ···)

サトコ
「で、でも、食事をしていただけかもしれないですし」
「ロビーでちょっとお喋りしていた可能性も···」

颯馬
それならいいのですが
···ハニートラップに引っかかったのでなければ

颯馬教官はあからさまにため息をつくと、ポケットからスマホを取り出した。

颯馬
まずはこのニュース記事を読んでください

サトコ
「はい···」

(「S国の軍事データ、何者かに奪われる。『青の掟』の仕業か」···)

サトコ
「『青の掟』···?」

颯馬
アジアを中心に活動している過激派組織です
特徴としては通信ネットワーク系に強く、過去にサイバーテロを起こしたこともあります

サトコ
「サイバーテロ···」

(そう言えば、以前千葉さんがそんなことを言っていたような···)

颯馬
今、貴女に潜入捜査をさせているのは、この組織の関係者を探すためです
『コチ電業』の社員のなかに『青の掟』の関係者がいる···
我々はそう考えています

サトコ
「じゃあ···」

颯馬
貴女が目を付けた櫻井という秘書···
もしかしたら該当者かもしれません
というわけで、貴女にこれを渡しましょう

(これ···盗聴器···)

颯馬
明日中に、彼女の周辺にこれを取り付けて来てください
おそらく社内の机周りがベストでしょう
できますか?

颯馬教官の問いかけに、私は···

<選択してください>

A: 努力します

サトコ
「努力します」

颯馬
努力だけでは困ります
確実にやり遂げてもらわないと

(うっ···)

サトコ
「分かりました。必ずやり遂げます」

颯馬
よろしい
それでは期待していますよ

B: 絶対にやり遂げます

サトコ
「絶対にやり遂げます」

颯馬
よろしい。それでこそ公安の一員です
貴女はまだ訓練生ですが、任務に携わったからにはそうした言い訳はききません
くれぐれもそのことを忘れないように
それでは期待していますよ

C: う、うーん···

サトコ
「う、うーん···」

颯馬
···自信がないなら、遠慮なく仰ってください
今すぐ長野に帰ってもらいますから

(うっ···)

サトコ
「じゃあ、その···頑張ります」

颯馬
頑張るだけでは困ります。必ず成し遂げてもらわないと

サトコ
「わかりました。必ずやり遂げます」

颯馬
よろしい
それでは期待していますよ

颯馬教官が去り、私は改めて手の中の盗聴器に目を向けた。

(過激派組織の関係者探し···)
(それが、今回の私の任務···)

ずっと願っていたことだ。
雑用以外の仕事をしたい···ちゃんと教官の役に立ちたいって。

(教官は、もう公安刑事じゃなくなっちゃったけど)
(私が証拠を掴んで、櫻井さんを遠ざけることができれば···)
(そうしたら、少しは教官の役に立てたことになるのかもしれない)

私は、ぎゅっと唇を引き結んだ。
今はただそう信じて、自分の任務をまっとうするしかなかった。


【コチ電業 秘書課】

そんなわけで、翌日20時···
私は足音を忍ばせながら、秘書課のドアを開けた。

(予想通りだ。誰もいない···)

内心ホッとしつつ、急いで櫻井さんの机に近付く。

(それにしてもラッキーだったな)
(今日に限って、秘書課の人たちが外部研修で直帰だなんて)

サトコ
「さて···と」

(まずは机の下に潜り込まないとだよね)
(電源タップはここ···電話回線とLANケーブルはこっち···)

そうした配線をすべて確認した上で、盗聴器の設置場所を決める。

(あとはここを繋げて···このカバーで隠して···)
(できた!よし、撤収···)

???
「3分23秒」

サトコ
「!」

???
「時間かかりすぎ」
「『長野』さん」

聞き覚えのある声に、私は恐る恐る顔を上げた。
そこには、公安刑事を辞めたはずの人が立っていた。

to be contineud



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする