カテゴリー

東雲 続編エピローグ 3話



【リビング】

折りたたまれた画用紙を、教官は怪訝そうな顔つきで開く。
隣にいた私も、それを一緒に覗き込んだ。

サトコ
「なんですか、これ···」
「···地図?」

東雲
···っ!

サトコ
「あっ、なんで隠すんですか!?」

東雲
うるさい!

サトコ
「うるさいって···」

東雲父
「地図だよ。タイムカプセルの」

サトコ
「えっ!」

東雲
父さん!

東雲父
「ハハハ、いいじゃないか」
「そういう気恥ずかしさを噛み締めるのが、大人の男というものだ」

東雲
べつに、そういうのは求めてないから!

教官の抗議は、ドアの開く音にかき消された。

東雲母
「あら、どうしたんですか?」

東雲父
「先日の、タイムカプセルの地図を見せていたところだよ」

東雲母
「ああ、あの···」

東雲
ほんと、余計なものを見つけ出してくるんだから···

東雲母
「そんなことはないでしょう」
「歩さんの大事な思い出のひとつです」

東雲父
「母さんの言う通りだよ、歩。それに···」
「氷川さんも興味ありそうだったじゃないか。タイムカプセルに」

(えっ···)

東雲父
「そうだろう、氷川さん」

サトコ
「は、はい···」

(あります!めちゃくちゃあります!)

東雲父
「ほら、こう言ってくれていることだし」
「いい機会だ、ふたりで掘り起こしてみたらどうだい?」

(お父さん···っ!)

内心ガッツポーズをした私の隣で、教官が焦ったように立ち上がった。

東雲
彼女は関係ない!

東雲父
「なんだ、歩。まだ恥ずかしがっているのか?」

東雲
そうじゃない!
オレが言いたいのは、オレの過去と彼女は関係ないってことで···

東雲母
「では、掘り起こす道具が必要ですね」
「さっそく用意させましょう」

東雲
母さん!
···ああ、もう!
ほんと、迷惑···

教官は再びソファに腰を下ろすと、隣にいた私をじろりと睨んだ。

東雲
···ニヤけるな

サトコ
「えっ、そ···そんなことは···」

東雲
誤魔化しても無駄
ぜんぶ顔に出てる

(うっ、しまった···)

口元を引き締めながら、私は会長が淹れてくれたコーヒーを口にした。
ミルクたっぷりのそれは、なんだか優しい味がした。



【門】

その後、朝ご飯をいただいて、教官の実家をあとにした。

サトコ
「いろいろお世話になりました」

東雲父
「ハハハ、こちらこそ」

東雲母
「また、遊びにいらっしゃい」

サトコ
「はい、ぜひ!」

(よかった、『また』って言ってもらえて···)

東雲
彼女さ
次は手料理を持参するって

(···え?)

東雲父
「そうか、氷川さんの手料理か?」

東雲母
「どのような料理が得意なのかしら」

サトコ
「そ、それは···」

東雲
『ブラックタイガー』だよ

(ちょっ···!)

東雲父
「ブラック···?」

東雲母
「たしか、エビの一種の···」

サトコ
「え、ええと···お菓子を!お菓子を持参しますので!」

東雲母
「そうですか。楽しみにしていますね」

東雲父
「それじゃあ、気を付けて帰りなさい」

サトコ
「はい、お世話になりました!」

最後にもう一度頭を下げて、私は先に歩き出した教官を追い掛ける。


【道】

サトコ
「もう、教官···っ!」
「ひどいじゃないですか!」

東雲
なにが?

サトコ
「手料理の件です!よりによってブラックタイガーって···」

東雲
なんで?
いつも張り切って作ってるじゃない

サトコ
「作ってますけど!」
「たしかにいつも真っ黒ですけど···っ」

東雲
それより持って。この袋

サトコ
「ええっ、これ、スコップ類じゃないですか!」
「絶対重たいのに···」

東雲
でも、キミのせいじゃん
タイムカプセルを掘り起こすハメになったの
キミが『興味がある』なんて言うから

(うっ···)

サトコ
「だ、だって、やっぱり知りたいじゃないですか」
「好きな人の子ども頃のこととか」

東雲
······

サトコ
「そういうの、教官はピンとこないかもしれないですけど···」

東雲
まったくこないね
どうでもいいし。過去のことなんて

(うっ、それも分からなくはないけど···)

東雲
···ま、いいか
たまには過去を振り返ってみるのも

(···ん?)

東雲
それに、掘り返さずに済ませそうだし
こんな機会がないと

サトコ
「じゃあ···」

東雲
ついてきなよ。地図の場所に案内する

サトコ
「はいっ!」

東雲
で、道具はキミが持って

サトコ
「ええっ、せめて半分っこしましょうよ!」

東雲
嫌だ

サトコ
「もう、教官~っ」

結局、道具は私が持つことになって···


【公園】

歩くこと15分。
教官が連れて来てくれたのは、住宅街のなかにある公園だった。

サトコ
「ええと、地図によるとですね···」
「『一番大きな木と入口を直線で結び』···」
「『仮にそれをバツとして』···」

東雲
···バツ?

サトコ
「はい、ここに『バツ』って···」

東雲
『バツ』じゃない、『X』!

サトコ
「あ、言われてみれば···!」
「そっか···『X』なんですね、これ!」
「で、ええと···『仮にXとして、さらに』···」

東雲
···もういい。貸して

サトコ
「あっ···まだ読んでる途中···」

東雲
いいから

教官は、地図を取り上げるとブツブツと何かを呟きだした。

東雲
ここが···で、この···を仮にYとして···
はい、ここ!
氷川さん、ここを掘って!

サトコ
「はいっ!」

言われるままに土を掘り返すこと、およそ1分。
園芸用スコップの先が、ガツンと何かにぶつかった。

サトコ
「ありました、教官!」
「お菓子の空き缶です!」

東雲
開けて

サトコ
「はいっ」

(うっ、カビくさ···っ)
(でも、いよいよタイムカプセルの中身が···)

サトコ
「え···」

空き缶の中に入っていたのは、キッチン用の袋に入ったメモ用紙だった。

サトコ
「これは、ええと···『いはむへのべりあ』···」
「いはむ···?」

東雲
暗号だから、それ

サトコ
「えっ?」

東雲
次の隠し場所を示す暗号

サトコ
「じゃあ、タイムカプセルは···」

東雲
まだまだ先
あと5つか6つは掘り起こさないと

サトコ
「そんなぁ···」

(なんで、そんな面倒なことを···)

東雲
やめとく?

サトコ
「!」

東雲
オレはそれでもいいけど
タイムカプセルなんてもともと興味ないし
それに、今帰れば美味しいランチでも···

サトコ
「やります···!」
「氷川サトコ、最後までやりきってみせます!」

東雲
···あっそう
だったら、まずはその暗号を解かないとね

(うっ、そうだった···)

東雲
簡単だよね、それくらい
作ったの、小学生のガキなわけだし
まさか、公安刑事のタマゴがさー
解けないわけがないよね?

(うう、プレッシャーが···)

そうして、小学校の頃の東雲教官に振り回されること5時間。
苦戦に苦戦を重ねつつも、合計7つの暗号を解いた私が辿り着いた先は···

サトコ
「教官、見つけました!」
「今度はガラス瓶です!」

東雲
···5時間18分
ま、ほぼ予想通りかな

サトコ
「えっ···じゃあ、この瓶が···」

東雲
タイムカプセル
良かったね。無事に辿り着けて

(そうなんだ···これが···)

瓶の中には、また折りたたんだ紙が入っている。
けれども、これまでのメモ用紙とは違い、しっかりと厚みがありそうだ。

(画用紙かな···)
(ってことは、絵?それとも···)

東雲
開けてみれば?

サトコ
「いいんですか?」

東雲
いいよ。見つけたの、キミなんだから

サトコ
「じゃあ···」

蓋を固めているロウを何とか剥がして、コルク栓を外す。
広げた画用紙には、クレヨンで書かれた女の人の顔。
さらに、その横には···

サトコ
「『おかあさん』···」
「これって、どっちの···」

東雲
生みの母親
幼稚園の頃に描いた絵だから

(どうりで···)
(小学生にしてはだいぶ幼い感じの絵だよね)

サトコ
「···ん?」

瓶の中に、もう1枚紙が入っている。
こっちは、どうやらノートの切れ端のようだ。

サトコ
「『おかあさんのすきなところ』···」

······やさしい。

がんばりやさん。

りょうりがじょうず。

ぼくのことがすき。

さらに、その端っこに、小さな小さな文字が書いてあった。

······バイバイ

(これって···)

東雲
···なに、ヘンな顔して

サトコ
「あ、その···」
「教官ってお母さんっ子だったんですね」

東雲
そう?
昔すぎて覚えてない

貸して、と手を差し出してきたので、両方の紙を教官に渡した。
教官は、特に表情を変えることなくそれを見て···

東雲
ふーん···こんなこと書いてたんだ···
ガキくさ
ほんと黒歴史

サトコ
「そんなことない···」

東雲
あるって
ほんと無理

サトコ
「でも···っ」

東雲
···いなくならないよね。キミは

(え···)

東雲
ま、心配ないか
キミ、スッポンだし

その声は、なんだか独り言のようにか細くて。
まるで、今にも夕闇の中に消えてしまいそうで···

(教官···っ)

気が付けば、私は手を伸ばしていた。
教官の背中を、ギュウッと強く抱きしめていた。

サトコ
「大丈夫です、絶対に離れません!」
「ずーっと私、教官のそばにいます!」

東雲
······

サトコ
「それから、優しくて頑張り屋で、料理上手な女の人になって···」
「それで、もう二度と···」
「二度と···」

(教官に「バイバイ」なんて言わせない···)

あの文字を、教官がどんな思いで書いたのか。
私には、想像することしかできないけれど。

東雲
···なにそれ
生意気

サトコ
「うっ、すみません」

東雲
でも、まぁ···

胸にまわしていた手に、教官は自分の手を重ねてくれた。
それで、またキュウッと胸が痛くなって···
私は抱きしめる腕に力を込めた。


【個別教官室】

数日後···

サトコ
「お疲れさまです。教官、全員分のノート···」
「あっ···」

真っ先に視界に入ったのは、ソファに腰掛けている教官の後ろ姿だ。
最初は資料を読んでるのかと思ったけど···

(これ、眠ってるっぽい···よね?)

顔は、開いた小冊子で覆われていて全然見えない。
なので、そっと近づいて耳を傾けてみた。

(···やっぱり)

「すぅ···すぅ···」と穏やかな寝息が聞こえてくる。
おそらく、資料を読んでる途中で眠ってしまったのだろう。

サトコ
「ええと、毛布、毛布は···」
「···あった!」

胸元に散らばっていた資料を取りまとめ、かわりに毛布をかけてあげる。
さらに、顔を覆っていた冊子を除けようとした、その時。

東雲
ん···

(え···)

サトコ
「うわっ!」

いきなり腕を強く引かれて、そのまま抱きしめられた。
それこそ、抱き枕でも抱え込むみたいに。

サトコ
「ちょ···教官っ」

東雲
すぅ···すぅ···

サトコ
「教官···っ」

(もう···前にもあったよね。こういうこと)
(寝惚けたままいろいろしてきて、私ばかりドキドキさせられて···)
(それなのに、教官は目を覚ますと何も覚えてなくて···)

サトコ
「······」

(···なんか、ズルい)
(私だって、教官のこと、たまにはドキドキさせたいのに)

幸い、抱きしめられているとはいえ、少しだけ身体の自由もきく。
例えば、ちょっと身体をズラしてキスするくらいなら···

サトコ
「···よし」

(ちょっとだけ···)
(今日は、私のほうから···)

なんとか体勢を整えて、私は上半身をグッと伸ばす。

(あと数センチ···)
(もう少し···もうちょっと···)

ふわっと、唇に息が掛かって···

サトコ
「···っ」

(やっぱり無理···っ)
(ここ、学校だし!プライベートな場所じゃないし!)
(それに寝込みを襲うとか、なんだかヘンタイっぽい···)

東雲
ん···

(しまった、起きちゃった?)

東雲
え···キミ···

サトコ
「あ···その···」
「おはようございま···」
「···っ」

いきなり、両頬をがっちりとホールドされる。
まるで「逃がさない」とでも言わんばかりに、しっかりと固定されて。

(な···っ)
(ウソ、キス···っ)

サトコ
「ん···っ」
「ん···んんん···っ」

(ちょ···)
(ここ、学校···っ)

サトコ
「教か···」
「起き···っ、教かっ···んん···っ」

まるで、喉の渇きを癒そうとでもするかのように唇を強く吸い上げられる。
さらに開いた隙間から、柔らかなものが入り込もうとして···

(ダメ···っ)
(舌···ダメ···っ)

サトコ
「教か···っ」
「東雲教官···っ!」

東雲
···っ

教官の肩がピクッと跳ねた。
眠たげだった目がハッキリ開いて、こぼれんばかりにこっちを見て···

東雲
うわっ!

力いっぱい突き飛ばされた私は、見事にお尻から着地した。
その衝撃とあまりの痛みに、はからずも涙が滲んでしまって···

サトコ
「ひどっ!」
「今のはひどすぎます!」

東雲
う···
うるさい!

(ああっ、誤魔化す気だ!)

負けてたまるか、と私は這いながら教官の前に回り込んだ。

サトコ
「もう!ちゃんと謝ってください!」
「私、本当に今、お尻が···」

(え···)

(あれ···?)

東雲
···見るな

サトコ
「だって···」

(レアすぎなんですけど···)
(こんな···真っ赤になってる教官···)

お尻の痛みも忘れて、つい凝視してしまう。
すると、教官はまた視線を泳がせて···

東雲
なんて顔してんの

サトコ
「え?」

東雲
その顔
キス待ちのつもり?

(な···っ)

サトコ
「し、してませんよ、そんな顔!」

東雲
してる

サトコ
「してません!」

東雲
してる。自覚なさすぎ

人差し指1本で、「反論は認めない」とでも言うように。

東雲
ほんと···なんなの、キミ

(なんなのって···)

東雲
こんな普通の唇のクセに···
なんか·········とか

かすれた呟きは、私の耳には届かない。
けれども、唇をムニムニされてる状態では聞き返すこともできなくて。

(こ、これはどうすれば···)

さすがに困惑し始めたところで、口もとから指先が離れた。
それで、ホッと息をついた···そのとき。
教官の指が、スッと自分唇を撫でた。
ついさっきまで、私の唇を押さえていたにも関わらず。

サトコ
「···っ」

(い、今の···)
(か、間接キッス···!?)

東雲
···なに赤くなってんの

サトコ
「だ、だって今、指···」

東雲
??
指がなに?

(ええっ、まさかの無自覚!?)

どうやら、教官にそんな意図はなくて。
むしろ、この程度のことで意識している私がおかしいのかもしれなくて。

(でも、無理だよ。意識しないなんて)

なにせ、相手は好きな人なのだ。
誰よりも大切で、大好きな人なのに。

(···ああ、もう!)

ふいに思い出したのは、先日掘り返したタイムカプセルのことだ。

サトコ
「私、1つだけ確実にクリアしてますよね···」

東雲
は?
なに、いきなり···

サトコ
「この間のタイムカプセルのことです」
「教官、お母さんの好きなところを4つ挙げてて···」
「私も、そんなふうな人になりたいなって思ったわけですけど」

東雲
······

サトコ
「『優しい』と『頑張り屋』と『料理上手』はともかく···」
「『ぼくを好き』だけは、私、余裕でクリアしてるなぁって」
「そこだけは、自信を持って言えるなぁ···って」

東雲
······
···そう?

(えっ、まさかの否定!?)

サトコ
「ちょ···そこだけは私、けっこう自信が···」

東雲
割とクリアしてると思うけど
他の3つも

サトコ
「!」

(い、今の···幻聴?)

驚いて顔を上げると、今日かは目を細めて笑っていて。
その顔が、思いがけなく穏やかに見えて。

サトコ
「あの···今のもう1回···」

東雲
ムリ

サトコ
「そう言わないで!」
「今度こそ、心のレコーダーに録音しますから!」

両手を広げて追いすがろうとしたら、いともあっさり逃げられて···

コン、コン、コン!

サトコ
「···っ」

(ノック3回は、確か『いいえ』···)
(じゃなくて!)

サトコ
「教官っ、そこは2回で!」
「どうかお願いですからーっ」

東雲
ウザ···

それでも、何を言われても···
教官にはずっとついて行きたいって思うんだ。

(あの夕焼けの高台で誓ったから···)

ずっとずっと、どこまでも一緒に。

Happy End



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする