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東雲 ヒミツの恋敵編 2話



週末···
待ち合わせ時間の15分前に到着した私は、駅のガラス壁と睨めっこしていた。

(グロス、塗りすぎたかな)
(でも、これ、今一番の人気の色だし)
(こういうときこそ、アピールしないと···)

???
「5分前でいいって言ったのに」

(えっ)

サトコ
「あっ、お疲れさまです」

東雲
お疲れ
···なに、その唇
今朝の朝食、天ぷら?

サトコ
「違います!これは今人気のグロスで···」

(···ん?)

サトコ
「教官、なんでスーツ姿なんですか?」

東雲
なんでって···
講演会だし。これから

(講演···?)

サトコ
「え、でもデートは···」

東雲
言ったっけ、そんなこと

サトコ
「言いましたよ!13時に駅の西口って···」

東雲
それ、講演会に行くためなんだけど

(そんなぁ···)

<選択してください>

A: こんなの詐欺罪だ

サトコ
「ひどいです!こんなの詐欺です!詐欺罪です!」

東雲
詐欺罪···ね
それってもちろん刑法246条に則っての発言だよね

サトコ
「え···」

東雲
刑法によると詐欺罪とは『人を欺いて財物を交付させた』ときに適用されるもののはずだけど
ちなみに詐欺罪を成立させるには『欺罔・錯誤・交付』···

サトコ
「あーあーあー」
「すみません、詐欺罪は取り消します!私が悪かったです!」

(って、なんで私が謝って···)

B: じゃあ、帰ります

サトコ
「じゃあ、帰ります···」

東雲
あっそう
お疲れさま

(あああっ)

サトコ
「嘘です、嘘、嘘!」
「ていうか引き止めて···」

C: まぁ、いいです

サトコ
「···まぁ、いいです」
「教官と一緒に過ごせることにかわりはないですし」

東雲
······

サトコ
「勉強も兼ねたデートだと思えば、これはこれでありですよね」

東雲
···バカ
ほんと、前向きすぎ

サトコ
「なんとでも言ってください」
「これくらいじゃないと教官とは付き合っていけない···」

東雲
17時までだけど

サトコ
「??」

東雲
今日の講演会
で、その後、講演者と名刺交換して···
それさえ終われば、あとの予定は何もないけど

サトコ
「!!」

(だったら···)

サトコ
「予約します!」
「氷川サトコ、そのあと教官とデートがしたいです!」

東雲
···ウザ

サトコ
「ウザくて結構です」
「OKですよね?予約完了ですよね?」

東雲
ちょ···離れて···

サトコ
「だったらOKしてください!」
「予約完了って言って···」

東雲
分かった、分かったから···

そんなわけで、半ば強引に17時以降の約束を取り付けて···



【講演会会場】

私たちは、講演会会場へとやってきた。

(講演テーマは···)
(へぇ···『脳科学と近未来』か···)

サトコ
「教官、こういうのに興味があったんですね」

東雲
え、ないけど。興味なんて

サトコ
「ええっ、じゃあ、どうしてここに···」

東雲
兵吾さんの代理

サトコ
「加賀教官の?」

ふと目に止まったのは、講義概要に書いてあったある文言だ。

サトコ
「『パーソナル・キャッチング』···」

(この言葉、最近どこかで聞いたような···)
(···そうだ!加賀教官が持ってた資料だ)

サトコ
「教官、この『パーソナル・キャッチング』って何ですか?」

東雲
ああ···サイキ・エレクトロニクス社が開発している技術だよ
脳科学を使ったプログラムで、今後様々な分野への応用が期待されている
例えば家電とかセキュリティ関係とか···

サトコ
「へぇ···」

東雲
ま、うちの上層部が期待しているのは『嘘発見器』の開発だけどね
うまくいけば被疑者の取調に使えるから

サトコ
「え、でも···」
「『嘘発見器』による自白は、証拠としてほぼ認められませんよね?」

東雲
今の『ポリグラフ検査』ではね
それより性能が高ければ話は変わってくるじゃん
それに、証拠にならなくても捜査のヒントは得られるかもしれない···
そのあたりを期待してるんじゃないの

サトコ
「はぁ···」

(そういうものなのかな)

なんとなく納得したところで、会場のドアが開いた。
司会者に紹介されて壇上に立ったのは、いかにも研究者っぽい男性だ。

(ええと、この人が今日の講演者なのかな)
(名前は···習志野学···)
(へぇ···サイキ・エレクトロニクス社の研究者なんだ···)

習志野
「えーでは時間がもったいないので、まずは資料2ページ目から」

(えっ、もう?)
(こういう講義って、普通は自己紹介とかから始めるんじゃ···)

習志野
「最新の······における···ですが、このたび······にて···」

(な、なに今の言葉···日本語?)
(ていうか、この人、早口すぎ!)

話が聞き取れない上に、専門用語らしきものもどんどん出てくる。
おかげでまったく講義内容についていけない。

(これ···みんな、ちゃんと理解してるのかな)
(ていうか教官は···)

なんとなく気になって、ちらりと隣を見てみた。

(あ···なんか···)
(ちゃんと分かってるっぽい···)

研究者の聞き取りにくい早口にも負けず、カチャカチャと指が動いている。
しかも、目線はスライドやPC画面からほぼ外れていない。

(なんだか楽しそう···)
(教官は、加賀教官の代理で来たって言ってたけど···)
(本当は教官自身も、このパーソナルなんちゃらに興味があったんじゃ···)

東雲
なに?

(え···)

東雲
何かついてる?オレの顔に

サトコ
「い、いえ···」

東雲
だったら前向いて
気が散るから

サトコ
「は、はいっ」

(まずい、まずい···)
(とりあえず聞いているフリだけでもしないと)

改めてペンを持ち直して、視線を前に向ける。
すると、何人か居眠りしてるっぽい人たちの背中が目に入った。

(分かる···分かるよ、その気持ち!私も今すごく眠たいもん)
(だってこの人の話、さっぱり分からないし···)

その一方で、教官に負けず劣らず真剣にメモを取っている人たちがいる。

(すごいな···ちゃんと話についていけてるんだ···)
(やっぱり同じ研究者なのかな。それとも教官並みに頭がいいとか···)

サトコ
「···ん?」

ふと目に入ったのは、通路を挟んで隣に座っている人が書いている文字だ。

(日本語じゃない···)
(見た目は日本人っぽいのに···どこの国の人なのかな)

ノートをジッと見てしまったのは、初めて目にする文字だったからだ。

(ハングルではないよね。シャム文字···とも違う気がするし)
(でも、外国人までわざわざ聞きに来るなんて···)
(パーソナルなんちゃらって本当にすごい技術なんだな)

さて4時間後···

サトコ
「はぁぁ···」

(やっと終わった···もう18時なんですけど···)

ぐったりしている私の目の前を、講演会の出席者が通り過ぎる。

男性A
「いやぁ、参りましたね。まさかの1時間オーバーとか···」

男性B
「仕方ないよ、講演者が習志野さんじゃ···」
「あの人、天才だけど空気読めないから」

男性A
「やっぱり、このテの発表は菊田さんじゃないとね」

(「空気を読めない」か。分かる気がするな)
(あの習志野って人、主催者が止めなかったらあと2~3時間は平気で喋っていそうだったし···)

東雲
お待たせ

サトコ
「お疲れさまです!名刺交換は···」

東雲
諦めた。どうも無理っぽいし

ほら、と促された視線の先には、ものすごい人だかりができていた。

サトコ
「···人気があるんですね、あの人」

東雲
この界隈ではね
それに、どうも表舞台にはあまり出てこない人らしいし

教官はメガネを外すと、スーツの内ポケットにしまいこんだ。

東雲
で、どうするの?今日の夕食

(きた···!)

サトコ
「どこでもいいです!」
「教官が一緒なら、焼き肉でもカレーでもラーメンでも焼き肉でも···」

東雲
キモ
しかも焼き肉2回言ってるし

サトコ
「そ、それは···」
「さすがにちょっとお腹が空いたかなぁ、なんて···」

東雲
あっそう

サトコ
「えっ、ちょっと!」
「待ってください!教官ーっ!」


というわけで、教官が連れて来てくれたのは焼き肉屋さん···
ではなくて。

【カフェ】

(まさかのおしゃれカフェ···)
(しかも、女子率90%なんですけど)

店員
「お待たせしました」
「こちらが『Bigハンバーガープレート』···」

サトコ
「あっ、それ私のです」

店員
「えっ、あ···失礼いたしました」
「ええと、ではこちらの『美肌プレート』は···」

東雲
オレのです

店員
「は、はぁ···」

店員さんは何か言いたげな顔をしつつも、厨房へと戻っていく。
その後ろ姿を見送って、教官はあからさまにため息をついた。

東雲
···キミがハンバーガーなんて頼むから

サトコ
「そ、それを言うなら教官ですよ!」
「まさか『美肌プレート』とか···」

東雲
当然。オレもあと数年でアラサーだし
キミこそダイエットは?
脇腹の贅肉、どうにかするんじゃなかったっけ

サトコ
「それは2月の話です」
「さすがにもう元に戻りましたんで」

東雲
どうだか

(あ、信じてないっぽい···)
(だったら···)

サトコ
「じゃあ、触ってみますか?」

東雲
ゲホッ

サトコ
「なんなら触って確かめてもらって···」
「も···」

(あれ?なんか動揺してる···?)

東雲
バ···
バカなの、キミ

サトコ
「す、すみません···」

(どうしよう、冗談のつもりだったんだけど···)

お互いの間に、微妙な空気が流れる。
照れ臭いような、くすぐったいような···
なんだかモゾモゾするような···

(ええと、こういうときは···)

サトコ
「きょ、今日の講演会、素晴らしかったですよね!」
「おかげで有意義な休日を過ごせたっていうか···」

東雲
······

サトコ
「あの、なんでしたっけ···ええと『パーソナル』···」
「パーソナル・キャッシング···?」

東雲
キャッチング
お金借りてどうすんの

サトコ
「そ、そうでしたね」
「ええと、その『パーソナル・キャッチング』のために、外国の人も聞きに来てましたもんね」

東雲
···外国人?

教官が、少し驚いたように顔を上げた。

東雲
外国人なんていた?

サトコ
「いましたよ。私の反対隣りの人とか···」
「なんかヘンな文字を書いてましたし」

東雲
ヘンなって?

サトコ
「ええと、確かこんな感じの···」

頭に浮かんだ記憶···
というよりも「画像」を、そのままメモ用紙に書き出してみた。

東雲
これ···

サトコ
「知ってるんですか?この文字···」

東雲
······

サトコ
「···教官?」

教官はなにも答えず、メモ用紙をスマホで撮影し始めた。
それはつまり「これ以上聞くな」ということだ。

(もしかして教官が携わっている案件と何か関係があるのかな)

教官の補佐官になって2年。
サポートさせてもらえることもあるけど、それはごく一部にすぎない。

(私が知らない案件を、教官はいくつも抱えているんだよね)
(そういうものに、早く私も携われるようになりたいな)

その後、別のカフェで閉店間際まで過ごして···
気が付けば、時刻は23時になるところだった。

(この後どうするんだろ)
(この時間なら電車で帰れなくはない···けど···)

地下鉄の入口が見えてきたところで、教官もちらりと腕時計を見た。

東雲
オレ、こっちだけど···

言い終わるより先に、ジャケットの裾を摑まえた。
ギュッ、と手に力を込めると、教官が私のほうを振り返る。

東雲
なに?

<選択してください>

A: まだ一緒にいたい

サトコ
「まだ一緒にいたいです···」

東雲
······

サトコ
「久しぶりのデートだし、まだまだ喋り足りてないし···」
「それに、他のこともまだ···」

東雲
···バカ

B: このバッグを見て

サトコ
「このバッグを見てください」

東雲
···ああ、手作り?

サトコ
「そうなんです。長野時代の友だちにハンドメイドが得意な子がいて···」
「その子から誕生日プレゼントとして貰った、いわゆる世界にひとつだけのバッグ···」
「じゃなくて!」
「このバッグの大きさです!」
「分かりませんか?これに何が入っているのか!」

東雲
え、死体?

サトコ
「そうじゃなくて、着替えとかパジャマとか、他にもいろいろ···」

東雲
あーハイハイ···

投げやりな返事と共に、教官はくるりと私に背中を向けた。

C: 鈍すぎます

サトコ
「鈍すぎます」

東雲
誰が?

サトコ
「教官が···」
「もう少し···察してください···」

東雲
···そんなのお互いさまじゃん

サトコ
「え···?」

聞き返すつもりで顔を上げると、脇腹をぎゅっと掴まれた。

サトコ
「ひゃ···っ」
「な、なにするんですか!」

東雲
···べつに

教官はぼそりと呟くと、私に対して背中を向けた。

東雲
外で待ってもらうことになるけど
部屋、片付いてないし···

サトコ
「いいです!待ちます!」
「10分でも20分でも、いっそ1時間でも···」

東雲
じゃあ、6時間で

サトコ
「ちょ···それじゃあ、夜が明けて···」
「もう!教官ーっ」

地下鉄の入り口に吸い込まれる前に、教官の手を摑まえる。
振り払われるかと思った手は、意外にもそのままで。

東雲
なに笑ってんの

サトコ
「だって···」
「···ふふ···」

東雲
キモ
ほんとキモ···

それでも何を言われようと、お泊りは数週間ぶりなわけで···
ここ最近の「教官不足」をようやく補えたわけで···

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【教場】

週明け···

サトコ
「はぁぁ···」

(どうしよう···頭の中、まだフワフワしてるよ···)
(やっぱりいいな、お泊りって···)
(キスも···あんなにいっぱいして···)

サトコ
「···っ」

(ダ、ダメだってば、今思い出したら。ここは学校なんだから!)
(でも···)
(どうして教官とのキスって、あんなに気持ちいいんだろ)
(身体中の力が抜けるっていうか、ふにゃあってなるっていうか···)
(くーーーーっ!)

鳴子
「···どうしたの。足をバタバタさせて」

サトコ
「ご、ごめん。ちょっといろいろあって···」
「あれ、そのプリントは···」

鳴子
「今度の訓練の詳細」

サトコ
「??」
「訓練なんてあったっけ?」

鳴子
「私たちじゃなくて1期下の」
「指導係も目を通さないとまずいじゃん」
「これをもとにまた指導書を作ろうね」

サトコ
「···うん」

(そうだ···宮山くんのことがあった)
(彼のことを考えると胃が痛いんだよね···)

宮山
「···なんですか、話って」

サトコ
「ええと、今度の訓練のことなんだけど···」

宮山
「それならもう聞きました」
「氷川先輩の指導はいりませんので」

(ほら、やっぱり···)

サトコ
「あの···宮山くんはそう言うけどね」
「やっぱりそういうわけには···」

宮山
「俺に指導が必要ないのは、この間の訓練で分かったでしょう」
「もし先輩の体裁が悪いっていうなら、表向きは指導を受けたことにしておいてあげますんで」

サトコ
「だから、そういう問題じゃなくて···」

宮山
「あっ、東雲教官」

(えっ?)

宮山
「ほら、あそこ」
「へぇ、珍しいな。すっごい笑顔···」
「東雲教官ってあんなふうに笑って···」

サトコ
「どこどこどこ!?」

(そんなレアな教官、いったいどこに···)

宮山
「···やっぱりね」
「アンタ、東雲教官のことが好きなんだ」

(え···)

宮山
「ていうか、アンタと東雲教官ってさ」
「ぶっちゃけ、付き合ってるよね?」

to be contineud



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