カテゴリー

東雲 ふたりの卒業編 1話



【東雲マンション】

サトコ
「♪ふんふんふ~ん、ふふふふ~ん」

(ネギと白菜はこれでオッケーっと)
(しらたきのあく抜きも済んだし、次は割り下を作らないとね)

まずは一番下の引き出しを開けて、しょうゆとみりんを手に取る。

(あとは砂糖だよね)
(あ、残り少ないな。ストックは、確かこの棚の中に···)

そこまで考えて、私はハッと手を止めた。

(今の、すごく「カノジョ」っぽくなかった!?)
(「彼の家のキッチン、私、ちゃんと把握してます」的な?)

サトコ
「○×△■■※×~~~~!!!」

(まずい、ニヤける)
(だって、こういうの、すごく嬉しいっていうか···)

???
「ねぇ」

(これって「カノジョ」の特権だよね?)
(それも、昨日今日の付き合いじゃない「カノジョ」ならではの···)

???
「ねぇ、すき···」

(「好き」!?)

サトコ
「···っ!きょ、教官!?」

(いつの間にそこに···)
(じゃなくて!)

サトコ
「教官、今、好···」

東雲
まだ?すき焼き

サトコ
「えっ···」

東雲
す・き・焼・き
準備まだ?
空腹なんだけど。さすがに

サトコ
「·········すみません、あとは割り下を作るだけです」

東雲
そう。じゃあ、鍋持っていくから

サトコ
「···ありがとうございます」
「なんだ···『すき焼き』か」

(そうだよね···言うわけないよね、あの教官が)
(いきなり私のこと「好き」なんて)

教官とお付き合いが始まって1年と数ヶ月。
今では調味料のストックの場所さえ把握している私だけど···

(前に「好き」って言われたの、いつだっけ?)
(付き合って間もないころ?)
(そうだ、さちさんの結婚式のあと···)

東雲
キミが好きだよ、氷川サトコ

サトコ
「······」

東雲
とりあえず、それだけ覚えといて

(うんうん、思い出した)
(あのとき、感動して泣いちゃって···)
(鼻水すすりながら、私も何度も「好き」って言ったりして···)
(ああ、あれは今でも私的「胸キュン名場面・第1位」だなぁ)

(で、その次が、えっと···)

サトコ
「······」
「·········」

(···あれ?何も思い浮かばない?ううん、そんなはずは···)
(よし、もう一度···)

サトコ
「······」

「·········」

「············」

(ダメだ、本当に浮かばないんですけど)
(そういえばあのとき「1回で十分でしょ」って言われた気が···)

サトコ
「いやいやいや」

(ダメでしょ、愛情表現大事だってば!)
(もうすぐ公安学校も卒業するわけだし)

【リビング】

(よーし、こうなったら···)

東雲
ねぇ、牛脂は?

サトコ
「ここにありますよ。もう乗せますか?」

東雲
まだ。鍋が温まってから

(教官、すき焼きばかり気にしてる···)
(これは、ある意味チャンス!)

サトコ
「教官、英語の『LIKE』ってどういう意味でしたっけ?」

東雲
形容詞の場合『類似の』『似ていて』
前置詞の場合『~のような』『~らしく』

(···うん、想定内)

サトコ
「じゃあ、『LOVE』を訳すと···」

東雲
ゼロ

(こ、これも想定内···)

サトコ
「ええと、じゃあ···」
「私と恐竜、どっちが···」

東雲
恐竜

(くっ、まだまだ···!)

サトコ
「私と加賀教官···」

東雲
兵吾さん。仕事ができるから

(ええっ!?)

サトコ
「私と黒澤さん···」

東雲
透。情報収集力に長けてるから

サトコ
「私と千葉さんなら···」

東雲
頭のいい方

サトコ
「わ、私と鳴子···」

東雲
賢い方

(ううっ···)

サトコ
「だ、だったら私と宮山くん···」

東雲
あきらめの悪い方かな
例えば『一度フラれてもあきらめない』とか

サトコ
「えっ···」

(今のって···)

思いがけない答えに、一瞬口ごもってしまう。
そんな私を見逃すはずもなく、教官は「ふーん」と目を細めてみせた。

東雲
面白い反応をするね、キミ
何か心当たりでも?

<選択してください>

A: まぁ、その···

サトコ
「まぁ、その···」

東雲
······

サトコ
「その、ええと···」

東雲
バカ正直

サトコ
「·········すみません」

B: いえ、なにも

サトコ
「いえ、なにも···」

東雲
······

サトコ
「ええと、その···」

東雲
下手くそ。目が泳いでる
それでも卒業間近の訓練生?

サトコ
「···すみません」

(ダメだ、誤魔化しきれなかった)

C: 教官には関係ない

サトコ
「教官には関係ない···」

東雲
······

サトコ
「関係な···」

東雲
······

サトコ
「ええと、その···」
「すみませんでした!」

東雲
···15秒。早すぎ
もっと耐えれば?誤魔化す気があるなら

サトコ
「うう、すみません···」

そう、実は数ヶ月前···

【資料室】

宮山
「俺、好きになりました。アンタのこと」
「好きです。先輩」
「俺と付き合ってください」

(ということがあって···)

サトコ
「えっ···ま、待って···」
「嘘だよね?からかってるだけだよね?」

宮山
「······」

サトコ
「わかった、ドッキリだ!」
「実はその辺に黒澤さんが隠れていて···」
「このあと『ドッキリ大成功~』なんて···アハハ···」

宮山
「······」

サトコ
「ハ···」

(···マズい、完全にスベった)

サトコ
「ごめん。茶化したりして」

宮山
「本当ですよ。真剣に告白したのに」

サトコ
「そうだよね。本当にごめん」
「でも、宮山くんも知っての通り、私、好きな人がいるし」

宮山
「片思いですよね?」

サトコ
「宮山くんのこと、ただの後輩としか思えないし」

宮山
「問題ないです。必ず振り向かせてみせますから」

サトコ
「···っ!そんなの絶対···」

宮山
「あり得ないことはないですよ。人の気持ちは変わりますから」
「必ず···」



【リビング】

東雲
『必ず先輩の気持ちを変えてみせますから!』···
で、半ば強引に押し切られて現在に至る···
こんなとこ?

(怖っ、なんでバレて···)

東雲
まぁ、間違ってないよね。宮山の主張は

(え···)

東雲
十分にあり得るし
ピーチネクター好きがオレンジジュース好きになることは

(教官···?)

<選択してください>

A: どうしてそんなこと···

サトコ
「どうしてそんなことを言うんですか?」
「まさか、私の気持ちを疑っているとか···」

東雲
べつに。可能性の話をしているだけ
世の中に『0%も100%もあり得ない』···
それがオレの考え方だから

教官はきっぱりそう言い切って、テレビのリモコンに手を伸ばした。
画面はすぐさまバラエティー番組から経済情報番組へと切り替わった。

B: そんなの有り得ません

サトコ
「そんなの有り得ません」

東雲
知ってる
けど可能性として0%では···

サトコ
「0%です!」
「私が教官以外の人を好きになるなんて、絶対に有り得ません!」

東雲
······
···バカ

教官は私から目を逸らすと、テレビのリモコンに手を伸ばした。
画面はバラエティー番組から経済情報番組へと切り替わった。

C: 私も今はオレンジジュース派だ

サトコ
「確かに···私も今はオレンジジュース派ですし」

東雲
···は?

サトコ
「実はこの間『俺のオレ★ジュ』を飲んだんですけど」
「あれ、すごく濃厚でおいし···」
「ふぐぐっ···」

(な、なんで顎を掴まれて···)

東雲
へぇ、そんなに濃厚で美味しかったんだ?
じゃあ、キミはずーっとオレンジジュースを飲んでいなよ
それこそ一生ね

(イヤです、一生は無理です!)

ふぐぐ、と抗議する私を無視して、教官はテレビのチャンネルを変えた。
画面は経済情報番組へと切り替わり、教官はようやく手を離してくれた。

アナウンサー
『さて、今週の注目企業ですが···』

東雲
へぇ、『四ツ橋ケミカル』···

サトコ
「知ってる会社ですか?」

東雲
名前と業種くらいはね
今年の『世界の有力企業2000社』に選ばれていたし

サトコ
「うわ、すごいですね。なにをやってる会社なんですか?」

東雲
医療品開発支援サービス

(医療品開発···「支援」···?)

サトコ
「ええと···『薬を作る会社』ってことですか?」

東雲
『作る』というより『作るために必要なもの』を扱っている会社
『情報』とか『技術開発』とか

サトコ
「??」

東雲
少し前に、海外でとある伝染病が話題になったの覚えてる?

サトコ
「はい、まぁ···」
「この間もニュースで取り上げられてましたよね」
「『ようやく効果的なワクチンが見つかった』って···」

東雲
そのワクチン開発に技術提供したのが『四ツ橋ケミカル』なんだ
たとえば、ある成分を混ぜる際···

そこから話題は「薬」のことに切り替わり、
さらにその後「餃子の食べ方」「アイドルグループの略称」···
最後はなぜか「黒澤さんの合コン事情」へとたどり着いた。
そして気が付けば···

ピピピピピッ···ピピピピピッ···

サトコ
「あ···」

東雲
時間だね
送るよ。用意して

(そうだ···つい、のんびり寛いじゃってたけど···)

明日から卒業試験が始まる。
そのため、今日は寮に戻ると宣言していたのだ。

(はぁぁ···本当はお泊りしたかったな)
(でも、教官と一日中過ごせたし、美味しいすき焼きも···)

サトコ
「!!」

(しまった、公約未達成···)
(今日は絶対「好き」っていってもらうつもりがぁ···っ!)

東雲
···なに、その顔。ムンクの「叫び」?

(ひどっ)

サトコ
「教官のせいです!」
「教官が『好き』って言ってくれないから、私···」

(え···)

サトコ
「···っ」

首元に、鈍い痛みが走る。
唇を押し当てられて、強く吸い上げられて···

(きょ、教官?)

東雲
ほら、行くよ

(ま、待って···)

サトコ
「教官···っ!」

東雲
バカ、抱きつくな

サトコ
「好きです、大好きです」
「大・大・大好きです!!」

東雲
···自分で言ってるし

サトコ
「いいんです、もう」

(だって胸がいっぱいだから···!)



【寮 自室】

サトコ
「これでよし···と」

(髪も乾いたし、洗顔も済んだし···)
(あとは着替えてメイクをするだけ···)

サトコ
「ん?」

(この首元のアザみたいなの···昨日の、だよね?)
(教官からの不意打ちキッス···)

サトコ
「ふふふ···」

(って笑ってる場合じゃないってば!)

サトコ
「どうしよう、ファンデで消えるかな」

(絆創膏だと露骨すぎるよね)
(やっぱりファンデにしよう。ちょっと濃いめに塗って···)
(いつもよりキツめにネクタイを締めて···)

【学校 廊下】

鳴子
「おはよー、サトコ」

サトコ
「お、おはよう···鳴子···」

鳴子
「どうしたの?なんか顔色悪いけど···」
「あっ、ネクタイのせいじゃない?キツく結びすぎてるんだよ」
「ほら、もう少し緩めて···」

サトコ
「大丈夫!大丈夫だから!」
「それより早く教場に行こう。試験前の追い込みをしないと」

鳴子
「あっ、待ってよ、サトコ!」

卒業試験は数週間かけて行われる。
今年の日程は、最初の3日間が筆記試験、それ以降は実技試験の予定だ。
もちろん、すべてにおいて合格点を取らなければならず···

【教場】

おかげで2週間目ともなると···

鳴子
「はぁぁ···疲れたぁぁ···」

千葉
「毎日プレッシャーで胃が痛くなりそうだよな」

サトコ
「私、射撃はギリギリだったかも」

鳴子
「私は爆発処理がね···」

千葉
「俺も。その点、氷川はすんなりこなしてたよな」

サトコ
「爆発処理はやったことがあったから」
「千葉さんこそ、情報処理系は早かったよね」

千葉
「そりゃ、普段から颯馬教官にこき使われて···」

颯馬
私がどうかしましたか?

(うわ、いつの間に···)

千葉
「い、いえ···その···」
「颯馬教官のおかげで情報処理系は得意になりまして···」

颯馬
そうですか。それはよかった

鳴子
「ところで最終課題の日程と内容がまだ空白なんですけど···」

颯馬
それは『当日のお楽しみ』だからですよ
ちなみに昨年は『学校の七不思議を広めろ』というものでした

千葉
「へぇ、七不思議を···」

鳴子
「私、2つしか知らないなぁ」

サトコ
「えっ、どんなの?」

鳴子
「『丑三つ時に射撃場で銃声が聞こえる』っていうのと···」
「『誰もいないはずの教官室から変な声が聞こえてくる』っていうの」

千葉
「俺は『地下シェルター』の謎なら聞いたことがあるよ」
「『学校の地下に要人のためのシェルターが存在する』ってヤツ」

鳴子
「ハハッ、なにそれ、海外ドラマじゃあるまいし」

千葉
「でも、けっこう『七不思議』っぽいだろ」

サトコ
「うん、たしかにね」

(そっか、最終課題で「七不思議」か···)


【個別教官室】

サトコ
「なんかイメージしてたのと違うんですね、最終課題って」

東雲
は?

サトコ
「今日、颯馬教官から聞いたんです。去年の課題のこと」
「もっと難しいのかなって思ってたんですけど」
「『学校の七不思議を広めろ』ってなんだか面白そうですよね」

東雲
············はぁぁ
なにもわかってないね、キミ

(えっ?)

東雲
じゃあ、聞くけど
『七不思議を広めろ』って言われたらキミはまず何をするの?

サトコ
「なにって、そうですね···」
「まずは七不思議の情報を集めると思います」

東雲
じゃあ、七不思議が見つからなかったら?

サトコ
「え···」

東雲
どうするの、『七不思議』の話が1つもなかったら

サトコ
「その場合は···手段を変えて再度調査をしなおして···」
「それでも見つからなかったら、教官に報告を···」

東雲
『七不思議を広めろ』って言われてるのに?

サトコ
「?」

東雲
『広げる』んだよ、七不思議を

サトコ
「···!」

(そうか、そういうこと···!)

サトコ
「すみません、訂正します」
「まず最初に、七不思議を広める『目的』を確認します」
「そして、その目的に合った七不思議を自分たちで『創作』して···」
「『学校の七不思議』として広めます!」

東雲
正解
大事なのは七不思議を『調査』して『広める』ことじゃない
七不思議を広める『目的』は何なのか
どんな七不思議を広めれば『目的』を果たせるのか
流す相手は誰が『適任』なのか
そいういうことを考える必要があるわけ

(そっか、納得···)

東雲
それなのに何?
『面白い課題』?

(あ···)

東雲
本当に大丈夫なの?
そんな調子で最終課題をクリアできるの?

サトコ
「それは、その···」

東雲
改めて聞くけどさ
キミ、卒業する気あるんだよね?

(そ、そんなの···)

サトコ
「あります!必ず卒業します!」
「それで絶対卒業式の日に···」
「教官に卒業キッスをしてもらいます!」

東雲
···うざ
ていうか、キスだけでいいんだ···

(え···)

サトコ
「え、ええと、今のは···」

東雲
···っ!
なんでもない!何も言ってないし

サトコ
「でも」

東雲
うるさい
早く帰れ

サトコ
「ちょ···そんな背中押さなくても···」
「それにまだ仕事が···」

東雲
いい。自分でやる

ドンッ!

東雲
じゃあ、おつかれ

(ええっ、そんなに露骨に追い出さなくても···)

サトコ
「でも、さっきの···」

(「キスだけでいいんだ」って不満そうだったの···)
(それって、つまり···)

サトコ
「○×△■■※×~~~!!!」

(ズルいよ、あんなの反則···!)
(私的「ズッキュン名場面・第1位」間違いなし···)

???
「···なに身もだえしてるんですか」

(え···)

聞き覚えのある声に、恐る恐る振り返る。
私的「予想外・第1位」が、冷ややかな目をしてこちらを見ていた。

to be continued



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする