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東雲 ふたりの卒業編 6話



【繁華街】

繁華街をフラつく中西のあとを、息を潜めるようにしてついていく。

(どこに向かってるんだろう)
(行き先が決まっているようには見えないけど···)
(あ、また電話がかかってきた。これで3度目···)

電話で2~3分話したところで、中西は再び歩き出した。
先ほどに比べて、今度はずいぶんと早足だ。

(苛立ってるのかな。それとも行き先が決まったとか···)
(あっ、雑居ビルに入った!)

エレベーターが動き出したのを確認して、すぐに上階へ行くボタンを押した。

(降りたのは···最上階か)

エレベーターに乗り込む前に、まずは髪の毛の分け目を変えてみる。

(右の髪の毛は耳にかけて···)
(念のため、リップグロスも塗り直して···)

【バー】

深呼吸をして、店のドアを開けた。

マスター
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」

サトコ
「はい···」

(狭っ、カウンター席だけ···)
(でも、うまくいけば中西の電話の内容を聞けるはず)

まずはアルコール度数の低いカクテルを頼んで、ちびちびと舐める。
その間、中西は何かを確かめるように何度もスマホを手に取っていた。

マスター
「彼女さんからの連絡待ちですか?」

中西
「まぁ、そんなとこ。朝からせっついてるのに全然連絡取れなくてさ」

(「朝から連絡が取れない」···)
(ってことは、今までの電話の相手は野田サチコではない···)

確かに、カフェで聞いたやり取りは恋人を相手にしたものとは思えなかった。

(じゃあ、誰からの電話?)
(なんだか妙に焦ってる感じだったけど···)

中西
「ねぇ。キミ」

(···ん?)

中西
「待ち合わせ?それともひとり?」

(うわ、話しかけられちゃった)

サトコ
「え、ええと···」

マスター
「ダメですよ、中西さん。彼女さんに怒られますよ」

中西
「平気だよ。マスターが黙ってさえすれば」
「で、キミはひとり?」

サトコ
「はい、まぁ···」

中西
「じゃあ、俺と一緒に飲もうか」
「はーい、お近づきのしるしに···かんぱーい」

サトコ
「か、かんぱい···」

(マズい···予想外の展開に···)
(こうなったら早めに切り上げて···)

中西
「それで?キミ、恋人いない歴何年?」

サトコ
「えっ···」

中西
「恋人いない歴」
「俺が見たところ···ざっと3~4年でしょ」

(な···っ)

サトコ
「い、いますけど、いちおう!」

中西
「そうなの?それにしては色気がなくない?」

サトコ
「!」

中西
「ふつう彼氏がいる子ってさぁ」
「『私、隅々まで愛されてまーす』的な色気があるはずなんだけどね」

サトコ
「!!」

中西
「あ···もしかしてまだヤッてない?付き合って間もないとか···」

マスター
「中西さん、さすがにそれ以上は···」

中西
「ハハ、そう?」
「俺、よく言われるんだよねぇ。『デリカシーがない』って」

(ほんとだよ、デリカシーなさすぎだよ!)
(そりゃ、たしかに色気ないけど···キッス以上のことはしてませんけど!)
(それでも何度か未遂っぽいことくらいは···)

プルル···

サトコ
「!」

一瞬、教官からの電話かと身構えた。
けれども、着信があったのは中西のスマホだったらしい。

中西
「お、メール···」

中西の指が、シュシュッと素早くスマホの画面をなぞる。

(あれ、今の指の動きって···)

中西
「···なんだ、ただの迷惑メールか」
「何やってんだなかなぁ、俺のサチちゃんは···」

(「俺のサチ」···)

その「サチ」が「野田サチコ」であることはほぼ間違いない。
そして···

(あのスマホ···チャットのログ以上の情報があるかも)
(だとしたら、まずは···)

サトコ
「あの···待受、可愛いですね」

中西
「うん?」

サトコ
「スマホの···さっきチラッと見えたんですけど」

中西
「ああ、これ?」

中西の指が、再びスマホの画面上を素早くなぞる。

(やっぱり···スマホのロック解除は暗証番号じゃなくパターン形式なんだ)

9つの点を、決められた順番になぞるパターン形式。
その指の動きは、すでに脳裏に焼き付けた。

(あとは、あのスマホさえ手に入れば···)

プルル···プルル···

中西
「鳴ってるよ。キミのスマホ」

サトコ
「あ、はい···」

(誰だろう。こんなときに···)
(って、教官!?)

「尾行NGならワン切りで」と伝えてもらっているはずだ。
それなのに、鳴り続けているということは···

(電話に出ろってことだよね···)

嫌な予感を覚えながら、私は通話ボタンをタップした。

サトコ
「···はい」

東雲
宮山から聞いた。今どこ?

サトコ
「それが···バーで飲んでまして」

東雲
ひとり?

サトコ
「······」

東雲
まさか中西と?

サトコ
「···はい」

東雲
撤収して。最寄りの駅に着いたら連絡して
念のため、周囲には気を付けて

プツ、と通話が切れた。
額から噴き出た汗を拭いながら、私は財布を取り出した。

サトコ
「すみません。会計を···」

中西
「えっ、帰っちゃうの?」

サトコ
「ちょっと急用ができまして···」

(マズい···ほんとマズいよ)
(これ、絶対怒られるパターンだってばーっ!)



数十分後。
最寄駅から連絡すると、見覚えのある車が目の前に停まった。

東雲
乗って

サトコ
「···失礼します」

東雲
······

(怖い···怖すぎる···)
(無言の圧力がハンパないんですけど!)

東雲
······

(ダメだ、もう限界!)

サトコ
「あの!今日はすみ···」

東雲
成果は?

(え···)

東雲
尾行の成果
あるよね、1つくらいは

サトコ
「は、はい···その···」

とりあえず、気になったことを全て報告してみる。
バーに入る前、中西に電話が3回かかってきたこと。
その相手は恋人からではないこと。
バーでは恋人からの連絡を待っていたこと。

サトコ
「それで、中西の恋人が、その···研究2課の···」

東雲
野田サチコ
聞いている。宮山から

サトコ
「···そうですか」

(宮山くんから聞いた···ってことは、それまで知らなかったのかな?)
(そんなことないよね。教官のことだからとっくにそれくらいのこと···)

東雲
よく気付いたね
あの2人の関係性

サトコ
「ああ、それは···」
「宮山くんが見つけただけで、私は何も···」

東雲
キッカケはキミだって聞いてる
キミが野田サチコを疑ったから、2人の関係性に気付いたって

(そうだったんだ···)

東雲
悪くない結果だよね
案外いいコンビだったりして。キミと宮山って

<選択してください>

A: 自分でもそう思う

サトコ
「実は、自分でもそう思います」
「一緒にいることが多かったせいか、結構やりやすくて」

東雲
···そう

B: そうかな

サトコ
「そうでしょうか。私はそう思いませんけど」
「むしろ、教官と宮山くんのほうがお似合いじゃないですか?」

東雲
······は?

サトコ
「だって、ふたりとも頭いいし」
「宮山くんが公安学校を卒業したらいいコンビになるんじゃ···」

東雲
あり得ない
ムリ、絶対

(そうかな、相性いいと思うけどなぁ)

C: 私と教官のほうが···

サトコ
「私と教官のほうが···いいコンビだと思います」

東雲
······

サトコ
「ていうか、そうなりたいです」
「『私と教官のコンビが一番だ』って」

東雲
······

サトコ
「今は私が実力不足過ぎて無理だと思いますけど」

(きっと、いつかは···)

東雲
···ふーん

車内は、再び沈黙に包まれる。
そのことが今はやけに気詰まりに感じてしまう。

(なんだろう、この重苦しい感じ···)

最初は、中西を勝手に尾行したことを怒っているのだと思っていた。
けれども、どうも違うらしい。

(そもそも「怒っている」のともちょっと違う気が···)

東雲
明日ミーティングするから

サトコ
「あ、はい···」

(そうだ、今朝のミーティング、中止になったんだよね)
(落書きの一件があったから···)

サトコ
「あの···今朝の落書きって結局なんだったんですか?」

東雲
······

サトコ
「アレを見て『化学式だ』って言ってる人がいましたけど···」
「いったい何の化学式だったんですか?」

東雲
······

サトコ
「そもそも『誰が』『何の目的で』あんなものを···」

けれども、教官は答えない。
それは、つまり「私には話せない」ということだ。

(それなのに、つい私ってば···)

サトコ
「すみません、今の質問は忘れてください」
「よけいなことを訊きすぎました」

東雲
······

サトコ
「私は、私の任務に集中しないとですよね」
「不正な入出金の調査と、例の記憶媒体の確認と···」

東雲
······

サトコ
「大丈夫です。ちゃんと捜査します」
「宮山くんも力になってくれているし、彼と2人で···」

いきなり車が道路脇に停められた。
さらに、ものすごい力で右腕を掴まれた。

サトコ
「教か···?」
「···っ!?」

噛みつくように、唇を奪われた。
それこそ、憤りのようなものをぶつけられるような感じで。

サトコ
「ふ···っ」

(なにこれ···)
(苦し···)

サトコ
「教か···」

東雲
······

(教官···なんで···)
(なんで······っ)

ガリッとなにかを引っ掻いた。
教官が驚いたように私の身体を引き剥がした。

東雲
オレ···

サトコ
「はぁ···はぁ···」

東雲
···っ

教官は、手の甲で唇を拭った。
まるで夢から覚めたみたいな目をしていた。

東雲
ごめん、降りて

サトコ
「えっ」

東雲
降りて。早く

【駅前】

シートベルトを外され、乱暴に肩を押された。
転がるように車から降りると、低い声がかろうじて耳に届いた。

東雲
忘れていいよ、オレのこと全部

(え···)

東雲
オレもそうする
·········それじゃあ

バタン、とドアが閉まった。
呆気にとられているうちに、車は走り去ってしまった。

サトコ
「···なに、今の」

めまいがした。
理解できなかった。

(あんなキッスして···いきなり車から追い出して···)
(おまけに、あんな···「忘れていい」とか···)

サトコ
「意味不明すぎるんですけどーっ!」



【寮 談話室】

(冗談じゃない!なにあれ、一方的過ぎるよ)
(こうなったらLIDEでメッセージ攻撃···)

サトコ
「······」

(···ううん、ここは「待て」だ)
(こういうとき、いつも私ばかりメッセージを送ってるし)
(今度こそ、教官のほうから···)

サトコ
「······」

(ああ、でも送りたい!)
(今すぐ、どういうことか問い詰めたい!)
(あああ···ううう···)

鳴子
「···なに悶えてるの、サトコ」

サトコ
「···っ!な、なんでもないよ」
「それより久しぶりだね」

鳴子
「そうだね。お互い、最終課題の真っ最中だもんね」

サトコ
「えっ、鳴子も?」

鳴子
「もちろん」
「···おかげで毎日寝不足だよ」
「千葉くんなんて、もう一週間も寮に帰ってないらしいし」

サトコ
「そうなんだ···」

(千葉さんや鳴子の最終課題ってなんなんだろう)
(みんな、それぞれ違うっぽいけど···)

鳴子
「あ、そういえばさー」
「さっき、サトコの部屋のドアに何かぶら下がってたよ」

サトコ
「!!」
「それって、もしかしてコンビニの袋!?」

鳴子
「ああ···言われてみればそうだったかも···」
「って、サトコ!?どこ行くの」

【自室】

部屋に入るなり、コンビニの袋をひっくり返した。
ごろんと転がり出てきたのは、案の定1本のペットボトルだ。

(「幻のネクター・限定ファジーネーブル風味」···昨日と同じ···)
(え、この缶は?)

サトコ
「ハンドクリーム?」

平べったい缶のふたを開けると、スッとさわやかな香りがした。

(いいな、これ···教官が好きそう···)

サトコ
「!!」

(そうだよ···やっぱりこれ、教官からの差し入れだよ)
(だって、女子力が高すぎるし)
(こんなの、教官くらいしか思いつくはずが···)

そのとき、袋のなかから1枚のメモが落ちてきた。

(なにこれ···)

サトコ
「え···」

『おつかれさまです。あれからどうなりましたか?』
『今日は甘いものを飲んでゆっくり休んでください  宮山』

(違った···教官からじゃなかった···)
(これ、宮山くんからの差し入れ···)

嬉しくないわけじゃない。
ファジーネーブルもハンドクリームも、すごくすごくありがたい。

(でも、なんで···)

そばにあったクッションに顔をうずめた。
そうでもしないと、今にも涙が零れ落ちそうだ。

サトコ
「教官···」

(さっきのアレはなんですか?)
(どうして、いきなり「忘れろ」だなんて···)

サトコ
「···っ」

(違う、そんなはずない!)

サトコ
「あれはハニトラ」
「ハニトラ、ハニトラ、ハニトラ···」
「ハニ···」
「······」
「···違うのかな」

(もう信じたらダメなのかな)
(だから「忘れていい」って言われたのかな)



【学校 廊下】

翌朝。

サトコ
「はぁぁ···」

(結局、教官から連絡はナシ···か)
(どうしよう、モヤモヤしっぱなしなんですけど)
(これからミーティングがあるのに···)

【個別教官室】

サトコ
「氷川です。失礼します」

東雲
どうぞ

(え、教官だけ?)

サトコ
「あの、宮山くんは···」

東雲
少し遅れるって

(じゃあ、それまでふたりきり?)
(だったら、いっそ今のうちに···)

サトコ
「あの、昨日の件···」
「!」

(この香り···オリエンタル系の···)

教官は、普段香水をつけない。
けれども、この香りのもとはおそらく教官室のジャケットからだ。

(これって、つまり···)
(教官、あのあと野田サチコと···)

宮山
「失礼します!」
「すみません、遅くなりまして」

東雲
いいよ。氷川さんも今来たばかりだし

宮山
「おはようございます。氷川先輩」

サトコ
「お、おはよう」

宮山
「···どうしたんですか?なんだか顔色が良くないみたいですけど」

サトコ
「そ、そんなことないよ。ちょっと寝不足なだけ」

(ダメだ、しっかりしろ。今は勤務中なんだから)

東雲
じゃあ、ミーティング始めるけど。まずは···

サトコ
「私から報告します。昨夜の中西の尾行についてですが···」

サトコ
「···以上が昨夜の全報告です」

東雲
宮山、意見は?

宮山
「中西の電話の相手が気になります」
「カフェにいたときも、電話中はおかしな雰囲気でしたし」

東雲
具体的には誰だと思う?

宮山
「野田サチコとのチャットに出てきた『臨時収入』の相手かと」

東雲
···氷川さんは?

サトコ
「宮山くんと同じ意見です」
「なので、中西のスマホを調べたいです」

東雲
通話相手を調べるため?

サトコ
「はい、それと···」
「ネットバンキングの利用の有無も分かれば···と」

宮山
「そうか···そこから入出金が分かるかもしれませんね」

東雲
運よくスマホで利用していればの話だけどね
で、どうするの?
スマホの件、宮山にやらせるわけ?

サトコ
「できればそうしてほしいですけど···」
「宮山くん、できそう?」

宮山
「正直なところ難しいです」
「中西は仕事中もしょっちゅうスマホに触ってますし」

サトコ
「スマホを置いて席を離れるようなことは?」

宮山
「あるにはありますよ。例えばトイレに行くときとか···」

東雲
つまり5分前後
下手すればそれ以下ってこと···

サトコ
「それだけあれば十分です」

宮山
「えっ」

サトコ
「その間にスマホをWi-Fiにつないでもらって···」
「その回線に私がアクセスできれば···」

東雲
そうだね、確かにできなくはない

宮山
「でも、スマホって大抵ロックされてますよ」
「そこをクリアできないと、Wi-Fiにつなぐのは···」

サトコ
「大丈夫、その点は解決済みだから」

私は、あらかじめ用意してきたメモを取り出した。

宮山
「なんですか、これは」

サトコ
「中西のスマホのロック解除法」
「彼は、暗証番号じゃなくパターン式でロックをかけてるんだけど···」
「この順番で点をなぞればロック解除できるはずだから」

宮山
「すごい、こんなのいつの間に···」

サトコ
「尾行の時に探ったの。必要になるかもと思って」

東雲
······

サトコ
「どうかな、宮山くん。今日中に作業できそう?」

宮山
「はい、これならたぶんいけます」
「先輩は何時くらいから動けますか?」

サトコ
「社食が16時あがりだから、それ以降なら」

宮山
「わかりました」
「できるだけその前後に中西のスマホをWi-Fiに繋ぎます」

サトコ
「ありがとう、よろしくね」
「教官、このあとのデータ解析ですけど···」

東雲
······

サトコ
「···教官?」

東雲
···ああ
急ぐなら、事前に誰かに連絡しておいて
おそらく透が適任だと思うけど

サトコ
「わかりました。あとで黒澤さんに連絡します」

東雲
他に報告は?

サトコ
「いえ」

宮山
「俺もありません」

東雲
じゃあ、今日はこれで終了
次のミーティングは3日後、ただし進捗状況で変更アリということで

教官は早口でそう告げて、立ち上がった。

宮山
「!」

(あ、また香水の香り···)

東雲
···なに、顔をしかめて

サトコ
「いえ、その···」

<選択してください>

A: いい香りだ

サトコ
「いい香りだなぁと思って」

東雲
なにが?

サトコ
「その···教官のジャケットが」

東雲
·········ああ

(なに、今の間···)
(めちゃくちゃ意味深すぎ···)

B: なんか臭い

サトコ
「なんか臭いと思って」

東雲
え、キミ···腸内ガスでも排出したの?

サトコ
「してません!」
「ていうか、そういう臭さじゃなくて···」

C: なんでもない

サトコ
「···やっぱりなんでもありません」

(そんなの、聞けるわけないよ)
(「なんでジャケットが香水臭いんですか」とか···)
(まさか「キノコ···なことしたんですか?」とか)
(それとも「キノコキノコキノコ···なことしたんですか?」とか···)
(それとも「キノコキノコキノコキノコ」···)

宮山
「それ、野田サチコの香水ですか」

(ちょ···)

宮山
「すごく臭いんですけど、そのジャケット」

東雲
······

宮山
「この際だからぶっちゃけますけど···」
「俺たち知ってます。東雲教官が野田サチコと隠れて会ってること」
「それに、この間の週末、ラブホの前でキスしてたことだって···」

サトコ
「宮山くん!」

東雲
···それで?

宮山
「氷川先輩は『何かワケがあるんだ』って言い張ってます」
「『あれは絶対ハニートラップだ』って」
「だから、俺も一時はそう思おうとしていました」
「でも、さすがに今は···」

東雲
だったらそれ以上聞くのは野暮じゃない?
プライベートのことなんだから

宮山
「でも···っ」

東雲
それにイヤでしょ、キミたちも
『この間、資料室でキスしてたね』って指摘されるのは

(···え···)

宮山
「な···っ」
「待ってください!」
「誤解です!あれはただの事故で···」

(そうだ、追いかけなくちゃ···)
(あれは違うって言わないと···)

なのに足が動かない。
頭のなかが真っ白で、ちっとも働く気配がない。

宮山
「先輩、なにやってるんですか!」
「早く追いかけましょう!誤解もちゃんと解かないと」

【廊下】

宮山くんに腕を引かれて廊下に出た。
けれども···

(いない···)

宮山
「くそっ···」
「行きましょう!今から追いかければまだ···」

サトコ
「いいよ」

宮山
「えっ」

サトコ
「その件はもういいよ。自分で何とかするから」

宮山
「でも···」

サトコ
「それより今は任務だよ」
「中西のスマホの件、ちゃんと成功させないと」

宮山
「······」

サトコ
「Wi-Fiに繋ぐの、任せたから。うまくいったらワン切りして」

話しているうちに、徐々に頭が切り替わる。
真っ白だった頭のなかが、自分の「やるべきこと」で埋まっていく。

(そうだ、余計なことは忘れろ)
(とにかく今は任務のことだけを考えないと)

宮山
「······」


【厨房】

同日15時ーー

サトコ
「それじゃ、お先に失礼します」

パート1
「ああ、おつかれさま」

カウンターを出ようとしたところで、スマホが震えた。

(宮山くんから···)
(コール1回···合図だ!)

【廊下】

髪の毛のピン止めを外し、メガネを地味なフレームのものに変える。
オフィス向けのジャケットを羽織り、ゲストパスを胸にぶら下げた。

(これならOLっぽく見えるよね)
(あとは経理課に近い女子トイレに入るだけ)

ここからはスピード勝負だ。
せっかくWi-Fiに繋いでもらったのに設定変更されたら意味がない。

【トイレ】

何食わぬ顔をして、トイレの個室に閉じこもる。
鞄からノートPCを取り出すと、すぐに同じ回線にアクセスした。

(···あった、このアカウントだ)

消音機で音を消しながら、素早くキーボードを操作する。
PCと比べてスマホはデータ量が少ないのは有り難い。

(これとこれと···)
(念のため、こっちのデータも保存して···)


【カラオケボックス】

数時間後。
指定された部屋のドアを開けると、先に来ていた2人が振り返った。

黒澤
おつかれさまでーす

サトコ
「おつかれさまです。すみません、わざわざ来ていただいて」

黒澤
平気ですよ。宮山くんと仲良くデュエットしてましたんで

宮山
「なに言ってるんですか!俺は歌ってませんよ」

黒澤
またまた~
気付いてましたよ。オレが歌ってるとき、一緒に口ずさんでたの

宮山
「!!」

黒澤
で、オレが預かるのは···

サトコ
「このメディアです。解析よろしくお願いします」

黒澤
任せてください。終わり次第、連絡しますんで
それじゃ、オレはこれで

サトコ
「えっ、もう帰るんですか?」

黒澤
ええ。あとは2人でごゆっくり

パシャッ!

2人
「!?」

黒澤
それじゃ!

宮山
「···なんで写真を撮られたんですか?」

サトコ
「さぁ···黒澤さん、いろいろ謎が多いから」
「それより私たちも帰ろうよ。もう用事も済んだわけだし」

宮山
「あっ、それなんですが···」

ガチャリ、部屋のドアが開いた。

店員
「お待たせしました」
「ジャンボチャーハンとジャンボハニートーストです」

サトコ
「こ、これは···」

宮山
「先輩が来る前に黒澤さんが頼みまして」

(···なるほど)

2人で黙々とフォークを動かす。
けれども、なかなか終わりが見えてこない。

サトコ
「チャーハンのチャーシュー、結構分厚いよね」

宮山
「それよりハニートーストですよ」
「俺、甘いの平気ですけど、この量はさすがにちょっと···」

(そうだ、「甘いの」って言えば···)

サトコ
「昨日はありがとう」

宮山
「え?」

サトコ
「差し入れ、美味しくいただきました」

宮山
「·········ああ、いえ」
「疲れ、とれましたか?」

サトコ
「うん。ファジーネーブル、すごく美味しいね」

宮山
「······」

サトコ
「あれ、探すの大変だったでしょ」
「幻シリーズの新作、なかなか手に入らないんだよね」

宮山
「······」

サトコ
「私も、教官に頼まれるたびにいつも苦労して···」

宮山
「先輩」

宮山くんが、手にしていたフォークを静かに置いた。

宮山
「東雲教官と何かあったんですか?」

サトコ
「···っ」
「そ、そんな···べつに何も···」

宮山
「嘘です。今朝の先輩、明らかに様子がおかしかったです」
「ミーティング中はヘンに気合いが入っていたし」
「キスのことで誤解された時も、全然弁解しようとしないで···」

サトコ
「あれは、びっくりして動けなかっただけだよ!」

宮山
「だとしてもやっぱりおかしいです」
「今日の先輩は、いつもの先輩じゃない!」

あまりにもまっすぐな眼差しをぶつけられて、私は返す言葉を失った。

宮山
「先輩、もういいでしょう?」
「俺を好きになってください。俺を選んでください」

サトコ
「そんなの···」

宮山
「俺、先輩のことを大事にします」
「東雲教官よりも大切にします。だから···」

プルルとスマホが震えた。
その低い振動音が、宮山くんの言葉を遮った。

サトコ
「ごめん、ちょっと···」
「!!」

(東雲教官から···)

サトコ
「は、はい···」

東雲
今どこ

サトコ
「カラオケボックスです」

東雲
宮山は?まだ一緒?

サトコ
「はい、ここに···」

東雲
至急2人で「四ツ橋ケミカル」に戻って
そこから兵吾さんの指示を仰いで

サトコ
「えっ、どういう···」

東雲
中西が動いた
研究2課にいるはずだから現場を押さえて

to be contineud



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