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東雲 ふたりの卒業編エピローグ 1話



【ホテル】

窓の向こうには、星屑を散りばめたような夜景が広がっている。
アロマキャンドルが揺れるホテルの一室。
その真ん中にあるのは高級そうなベッドカバーに包まれたダブルベッドだ。

(素敵な部屋だよね)
(まさに「卒業祝い」って感じの···)

バスローブも、びっくりするほど肌触りが良い。
そして、その下に身に着けているのは···

(初めて買っちゃった···白のレースの下着···)
(お店の人は「男性人気ナンバー1」って言ってたけど···)

サトコ
「!」

ドライヤーの音がやみ、かすかな物音が聞こえた。
たぶん、あと少しすれば洗面所のドアが開くはずだ。

(落ち着こう···深呼吸、深呼吸···)
(だって、心の準備なら···)



(それこそ、昨日の夕方から···)

【教場】

鳴子
「えっ、明日の飲み会、出ないの?」

サトコ
「出ないというか、まだ保留というか···」
「もしかしたら、用事が入るかもしれなくて」
「他のみんなは出席するの?」

千葉
「そうでもないよ。今のところ、出席者は2/3くらいかな」

鳴子
「月末に『謝恩会』もあるもんね」
「サトコ、そっちはでるんだよね?」

サトコ
「もちろん」

千葉
「じゃあ、氷川は今のところ『保留』ってことで」

サトコ
「ごめんね。卒業式が終わった後で返事するから」

(とは言ってみたものの···)

【廊下】

(本当は、現時点では何の予定もないんだよね)

それでも「保留」にしたのは、淡い期待があるからだ。

(明日はいよいよ卒業式···)
(それが済めば、ついに「教官」と「訓練生」じゃなくなるわけで···)

朝から20回以上は見ているLIDEを改めて開いてみる。
でも、メッセージはあいからわず1件だけだ。

ーー「幻のピーチネクター買ってきて」

(···いいけど)
(教官にパシられるのも今日で最後だし)

サトコ
「最後···か···」



【個別教官室】

サトコ
「失礼します」
「教官、『幻のピーチネクター』を買ってきました」

東雲
ああ···テーブルの上に置いておいて

サトコ
「わかりました」

(私が卒業したらどうするんだろう)
(誰が私の代わりを務めるのかな)

東雲
···え、なに?
なんで涙目になってるの

サトコ
「あっ、その···」
「私が卒業したら、新しい補佐官が毎日ピーチネクターを買いに···」

東雲
行かないと思うけど
彼、『ウラグチ』じゃないからパシらせる理由もないし

(うっ···)

東雲
正真正銘の首席入学だからね、宮山は

サトコ
「そうですね。宮山くんは本当に···」

(···ん?)

サトコ
「あの···なんで今、宮山くんの名前が···」

東雲
新しい補佐官だから

サトコ
「誰のですか?」

東雲
オレの
ひとまず3月末までは

(じゃあ、宮山くんが私の後任···)

サトコ
「えっ···えええっ!?」

東雲
なに、その反応

サトコ
「い、いえ···」
「そうですよね、宮山くんも教官付きの訓練生ですもんね」

(でも、宮山くんと教官のコンビってなんだか不穏な気が···)

その一方で「案外いいコンビかも」という気がしないでもない。
2人とも性格が似ているし、なにより頭のいい者同士だ。

(ということは名コンビ誕生?)
(それで、もし、そのまま来年度も教官と補佐官になって···)
(そうしたら1年後に···)

東雲
宮山、今までありがとう
この1年間で痛感したよ
優秀な補佐官がつくとこんなに任務がラクになるって

宮山
『俺の方こそ、東雲教官に指導してもらえて感謝しています』
『去年1年間の指導とは天地の差が···』

(ダメダメダメ!)

(負けないから···認めないから!)

サトコ
「補佐官ナンバー1の座は絶対に譲らない!」

東雲
なに言ってんの、ただの暫定1位のくせに

(うっ···)

東雲
それに無意味だし。今更、対抗意識を燃やしたところで
キミ、明日卒業するんだから

サトコ
「そうですけど···!」
「だからこそ、悔しいって言うか、うらやましいっていうか···」

東雲
······

サトコ
「そんなのムリだって分かってますけど」
「本当は補佐官としてずっと教官のそばに···」

(え···)

チュッ!

サトコ
「!?」

(な···っ)
サトコ
「いいい今のは···」

東雲
最後のキス
教官と補佐官としての

サトコ
「······」

東雲
さっさと卒業して。頼むから

(ちょ···え···)

サトコ
「教官、今の···っ」
「『思い出』ですか!?『思い出作り』の一環ですか!?」

東雲
もういいから、その話は

サトコ
「教官···っ」

東雲
抱きつくな、暫定1位

ーーこれが今から29時間前のできごとだ。



【講堂】

(それで、夜が明けて「今日」になって···)

今から11時間前ーー

おごそかな雰囲気の中、私はふうと息を吐き出していた。

(いよいよだ)
(正直、全然実感が湧いてこないけど···)

石神
卒業証書授与

名前を呼ばれた仲間たちが、次々と壇上へ上がる。
皆、胸を張っているのは、この2年間を乗り越えてきた自負があるからだ。

石神
氷川サトコ

サトコ
「はい!」

壇上に向かう途中で、教官たちの姿が目に入った。
たったそれだけのことで、今は胸がいっぱいになりそうだ。

(後藤教官···)
(いつも親切で、指導も丁寧でわかりやすくて、すごく有り難かったな)

(石神教官···)
(とにかくスパルタで、点数を取るのが一番大変だったっけ)

(颯馬教官···)
(たまにグサッとくることを言われたけど、どのアドバイスも適切だったな)

(加賀教官···)
(·········気が付けばいつも壁ドンされていた気が···)
(あと、何気に男子訓練生の間で隠れファンが多かったよね)

一段一段、壇上への階段を踏みしめる。
その中央で待ってくれているのは難波室長だ。

(室長···)
(いつも教官たちにラーメン代を支払わせて···)
(って、そうじゃなくて!)

難波
おつかれさん

サトコ
「は、はいっ。ありがとうございます!」

訓練については、どの教官も本当に容赦なかった。
脱落しかけたことも、何度もあった。

(でも、その厳しい指導があったからこそ、今、私は···)

一礼して、卒業証書を受け取った。
そこには、間違いなく「氷川サトコ」と記されていた。

(ああ、そうだ···)
(今日で本当に卒業しちゃうんだ、私)

式次は「来賓祝辞」「記念品授与」と滞りなく進み、
やがて在校生代表として宮山くんが壇上に立った。

宮山
「送辞···」

(宮山くんとは、この1年間いろいろあったな)

最初は、教育係としての指導を断られた。
教官を好きなことがバレて、パシらされたこともあった。

(でも2人で捜査に関わっていくうちに距離が縮まって···)
(その結果、なんだかおかしな方向に転がっちゃったけど···)

最後の最後まで「頼れる後輩」だった。
一緒に組むことができて、本当によかった。

(1年間ありがとう、宮山くん)

宮山くんが一礼して、壇上をおりていゆく。
その様を見送って、私は改めて背筋を伸ばした。

(さあ、いよいよだ)

石神
答辞。卒業生代表・氷川サトコ

サトコ
「はい」

(2年間、いろいろなことがあった)
(たくさん怒られたし、たくさん失敗もした)

(入学当初はそもそも「公安刑事」の仕事をよくわかっていなくて···)
(最初の訓練でいきなり大失敗をして···)

東雲
キミはヒーローにでもなりたいの?
悪いヤツを捕まえて、皆にちやほやされたいわけ?

(「刑事部の刑事と公安刑事は別物」って言われて···)
(講義にもついていけなくて、ずっと落ちこぼれで···)

(でも、そんな私のも仲間がいて···)
(特に···)

千葉
「なあ、3人で協力しあおうよ。1人で調べるのは効率悪すぎるし」

鳴子
「たしかにそうだね」

(鳴子と千葉さん···)
(2人は、何度も私を助けてくれた)

そうして頑張るうちに、少しずつ講義や訓練についていけるようになった。
捜査にも加えてもらえるようになった。

そして、初めて大きな事件を解決したとき···

東雲
刑事部は、基本事件が起きてからじゃないと動けない
けど、オレたちは事件を「未然に防ぐ」ことができる
刑事部の人間の使命は、犯罪者を逮捕すること
でも、オレたちはそうじゃない
「事件そのものを起こさせないこと」が、一番の誇りなんだ

教官のその言葉が、私の将来を照らしてくれた。
「刑事」ではなく「公安刑事」を目指す決め手になった。

【講堂】

サトコ
「···今日から私たちは新たな一歩を踏み出します」
「この2年間で学んだことを胸に、国家の治安維持のため邁進していく所存です」

(確かに面と向かって感謝されなくてもいい)
(部署の違う人たちに嫌味を言われたっていい)

この2年間、誇りを持って任務にあたる教官たちの背中をずっと見てきた。
それこそが、私たちの目指すべき姿だと知っているから。

サトコ
「最後になりましたが、私たちを支えてくださった職員の皆様···」
「ともに歩んできた仲間たち···」
「なにより未熟な私たちを今日まで導いてくださった教官方に、心よりお礼申し上げます」
「卒業生代表・氷川サトコ」

最後まで読み上げて、深々と頭を下げた。
2年間、お世話になった方々への精一杯の感謝の気持ちを込めて。



【教場】

卒業式終了後···

サトコ
「ふ···うぐ···っ···えぐっ···」

鳴子
「ちょっと···サトコ、さっきから泣きすぎじゃない?」

サトコ
「だって、答辞···終わるまで······ずっと···我慢して···」
「ゲホゲホ···ッ」

鳴子
「なに!?」

サトコ
「ご···ごめん···」
「なんか···泣きすぎたら咳が···」

鳴子
「そこまで!?」
「そりゃ、私も少しは泣いたけどさ」

千葉
「しょうがないよ。我慢していた反動なんだから」
「ところで、このあとの飲み会だけど···」
「氷川、どうする?返事が保留のままなんだけど」

(うっ、そうだった···)

今この時点でも、特にこれといったお誘いはない。
でも、どうしても諦めきれなくて···

サトコ
「ごめん、もうちょっだけ待って」

【個別教官室】

ドアをノックすると、中から「どうぞ」の声。
スンッと一度だけ鼻水をすすって、私は教官室のドアを開けた。

サトコ
「失礼します」

東雲
·········なに、その顔
いかにも『大参事』って感じだけど

サトコ
「し、仕方ないじゃないですか」
「答辞が終わるまで、泣くのを我慢してたんですから」

東雲
ああ、アレね
悪くない出来だったよね、無難で

(うっ···)

サトコ
「た、たしかに無難だったかもしれませんけど」
「感謝の気持ちだけはいっぱい込めました!」

東雲
ふーん···

サトコ
「それに、そのあとの教官のあいさつだって普通って言うか···」
「すごく無難だったじゃないですか!」

東雲
当然。式典だよ
奇をてらうわけないじゃん
もっとも、誰かさんはボロ泣きしていたみたいだったけど

サトコ
「···っ」

(ま、まさか見られて···)

そう、私が答辞を読み終わった後、教官代表の式辞があって···

東雲
この2年という月日は、キミたちの大きな財産となったはずです
各々の道に進んだ際、迷いが生じることもあるでしょう。しかし···

(教官の「教官姿」もこれで見納めだよね)
(あ···まずい、涙が···)
(ダメダメ、これで最後なんだから。この姿、しっかり胸に焼き付けて···)

東雲
最後に、2年間指導してきた者として伝えたいことがあります
それは、公安刑事としての誇りを忘れず···
『常に前進してほしい』ということです

(えっ···)

思わず、胸に下げたペンダントトップを握りしめる。

(『常に前進』って···)
(それ···『ガーベラ』の花言葉···)

東雲
その『誇り』とは何を示すのか
答えはすでにその胸に刻まれていると信じています

サトコ
「···っ」

(今、教官と目が···)

東雲
それでは今後のキミたちの活躍を折念して式辞といたします

(教官···教官···!)
(氷川サトコ、これからも前進します!)
(教官が教えてくれた「誇り」を胸に、まっすぐ前を向いて···)

サトコ
「常に前進···う···うう···ふぐ···っ」

東雲
なに?
なんでまた泣いて···

サトコ
「だって···教官の式辞······」
「教官······最後···私を見て···」

東雲
···っ
見てない。自意識過剰

サトコ
「でも、目が合って···」

東雲
うるさい。黙れ

バチン!

サトコ
「痛っ···」
「ひどいです!いきなりのデコパッチン···」

(え、付箋?)

ーー「本日17時・駅南口駐車場」

サトコ
「教官、これ···」

東雲
約束だから
遅れずに来て

(教官~~~~っ!)

ーーこれが今から9時間前のできごと。


【レストラン】

そして、今から4時間前ーー

東雲
じゃあ、改めて···
卒業おめでとう

サトコ
「ありがとうございます」

お互いにピンク色の食前酒のグラスを掲げて。軽く口をつける。
店内に流れる音楽は、クラシックの生演奏だ。

(なんか、いかにも「高級です!」って感じ···)
(さすが、ホテルの最上階にあるフレンチレストラン···)

サトコ
「あ···」

(このお酒、おいしい)

サトコ
「これ···なんてお酒ですか?」

東雲
ペリーニ

サトコ
「いつも頼むんですか?」

東雲
わりと
ミモザを頼むときもあるけど、こっちの方が好きだし

サトコ
「桃の果肉が入ってますもんね」

東雲
まぁ、そんなところ
店によってはピーチネクターだったりもするけど

サトコ
「へぇ···」

(さすがピーチネクター好き···)
(にしても詳しいよね。教官、こういうお店によく来るのかな)

その後、運ばれてきた料理は、前菜からメインまでどれも美味しかった。
デザートプレートも可愛くて、写真におさめたかったくらいだ。

サトコ
「ふぅ···」

東雲
美味しかった?

サトコ
「はい!こんな素敵なディナー、初めてです」

(でも、このカフェオレを飲んだらもうおしまいだよね)
(このあと、どうするのかな)
(できれば教官のお家に···)

スタッフ
「このたびはおめでとうございます」

(えっ、花束?)
(これ、ガーベラの···!)

さらに花束の中には小さな封筒が入っていた。

サトコ
「見てもいいですか?」

東雲
どうぞ

(なんだろう···メッセージカード?)
(それにしては作りがしっかりとして···)

サトコ
「!!」

(これってカードキーだよね!?しかも···)

サトコ
「このホテルの···」

東雲
12階

(う···わぁ···)

【部屋】

というわけで現在ーー

(く、苦しい···)
(心臓が今にも口から飛び出そう···)

サトコ
「!!」

(出てきた!)

東雲
···あれ?
今日は頼んでないんだ?ルームサービス

サトコ
「そ···そそそ、それは、その···」
「今日は特別な夜···ですし」

東雲
······

そう、ずっと待ち焦がれていたのだ。
この日を···
この時間を···

サトコ
「ん···っ」

東雲
······

サトコ
「教官···」

教官と思いが通じ合った日から、ずっと···

東雲
············

東雲
······

(···あれ?)

東雲
······

サトコ
「あの···教官···?」

東雲
······めん

(え、今なんて···)

東雲
ごめん。やっぱり···

(え···まさか···)
(ええええっ!?)

to be continued



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