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東雲 Season2 カレ目線3話



【四ツ橋ケミカル】

四ツ橋ケミカルへの潜入捜査が始まった。
彼女の卒業試験も兼ねたこの捜査。
とはいえ、オレと彼女たちでは任務内容が少し異なっていた。

(ふたりは、不審な入出金の有無が分かれば、ひとまず合格)

けれども、オレは「有」を前提に動かなければいけない。
というのも、事前の捜査で「9割クロ」だということを突き止めていたからだ。

(問題は、組織ぐるみで「クロ」なのか)
(それとも、あくまで一部の社員が関わっているだけなのか)

【食堂】

潜入捜査3日目。
早々に怪しい人物の目処がついた。

(経理部経理課の中西景太郎)
(それと、そのチャットの相手···)

チャット相手のアカウント名は「Sacchin」。
部署は「研究開発部・研究2課」ということまで突き止めた。

(問題は、研究開発部のPCを探れないこと···か)

データ漏えいを恐れてか、研究開発部のPCはシステム開発部すら遠隔操作できない。
トラブルが起きた場合も、部署まで直接出向くのだという。

(チャット相手は、社員名簿で候補を絞り込むとして···)
(やっぱりPC内を覗けたほうが、一度に情報が···)

???
「おつかれさまです」

背後で、聞き覚えのある声が聞こえた。
どうやら背中合わせの席に宮山が座ったようだ。

宮山
「めずらしいですね。ひとりで昼食なんて」
「いつもは女子社員をはべらせているのに」

東雲
そういうキミこそ、ひとりなんて珍しいね。秋葉野冥土くん

宮山
「···っ」
「その名前で呼ばないでください」

東雲
でも、それがキミの名前じゃん

宮山
「そうですけど···っ」
「···いいですよね、『南雲駆』なんで名前の人は」

東雲
ああ、これね。後藤さんがつけてくれたから

宮山
「えっ!?」

東雲
室長がたまたま休みだったから代理で···

宮山
「ご、ごご、後藤教官が!?」

東雲
うるさい。わきまえろ、秋葉野

宮山
「···っ!すみません、少し興奮しすぎました」

幸い、オレたちのまわりに人はいない。
昼休みにしては遅い時間帯だったおかげだ。

東雲
···それで?なにか報告でも?

宮山
「いえ、まだです」
「もう少し調べたいことがあるので」

ずいぶんと自信ありげな口調。

(···なるほど)
(すでに情報の端っこくらいは捕まえているってわけ)

悪くない。
やっぱり宮山は優秀だ。

(さて、あとひとりはどうなったか)

厨房で汗をかいているだろう、うちの補佐官は。



【個別教官室】

案の定、次の出社前ミーティングでは、その差がはっきりと出てしまった。

(まぁ、予想どおりか。ある意味)

早くも不審な入金を見つけてきた宮山。
ただ、ひたすら麺を茹でていただけの彼女。

(清掃員について調べていたのは悪くない)
(でも、裏方ならではでの動きができていないのはマイナス評価)

彼女は「今日から食券受付の担当になった」と言っていた。
けれども、オレなら初日から食券受付担当になれるよう仕込んでいたはずだ。

(じゃないと社員と接触できない)

つまり、情報収集の範囲が狭まってしまう。

(そのことに気付いて、これから動き出せるか)
(あるいは別のアプローチを仕掛けて成果を出すか)

【四ツ橋ケミカル】

結論として、彼女は「別アプローチ」で成果を出してきた。

同僚1
「南雲ー。総務課からご指名だけど」

同僚2
「南雲ー。こっちもお前をご指名。秘書課でPCトラブルだって」

東雲
はい

(なにこれ。今日だけですでに5件目なんだけど)

同僚3
「いやぁ、なんかラクだな。みんな、南雲を指名してくれて」

同僚4
「それなー。ほんとバカバカしいもんな」
「いちいち、くだらないPCトラブルで時間を食うの」

(お前らがそういう姿勢だから、こっちにしわ寄せがきてるんだよ!)

とはいえ、これを仕込んだのはおそらく宮山だ。
そして、この案を考えたのは、うちの補佐官だ。

(研究2課のPCに直接触れるための布石···)



【個別教官室】

あとは、本当に研究2課からオレ宛てに呼び出しがあれば目的達成だ。

(予定では、彼女が研究2課のPCに細工することになってるけど···)
(さて、どうするか)

宮山
「先輩、頑張ってくださいね」

サトコ
「うん、宮山くんのためにも頑張る!」

(···なにそれ。なんで「宮山のため」?)

いや、わかってはいるのだ。
「頑張ってくれた宮山くんのために、私も頑張る」の省略形だってことくらい。

(けど···)

宮山
「じゃあ、健闘を祈って」

サトコ
「うん!」

ふたりはパチンと手を合わせた。
いわゆるハイタッチってヤツだ。

(···意味不明)
(バカなの?まだ成功していないのに、何やってんの?)

サトコ
「教官!教官もハイタッチ···」

東雲
ムリ。キミ、手汗すごそうだし

サトコ
「な···っ、そんなことないですよ!今日は普通です!」
「ね、宮山くん」

宮山
「······いえ、結構ヌルヌルでしたけど」

サトコ
「ええっ!?」

慌てて手のひらを確認する彼女の肩越しに、白々しい顔つきの宮山を見た。
あの様子だと「手のひらがヌルヌル」なんて嘘なのだろう。

(いいけど、べつに)
(ハイタッチなんて、その気になればいつでもできるし)

それより、頭を切り替えよう。
ここからが今回の作戦の正念場であり、なにより···

(研究2課の「Sacchin」と接触できるかもしれない)

あのアカウント名が本名を元にしたものだとしたら、候補者は2名。
1人は、入社2年目の「野間沙知絵」。

【四ツ橋ケミカル】

もう1人は···

野田
「あっ、南雲さんですかぁ?お電話した野田でーす」

「野田サチコ」中西と同期入社の女――

(ていうか、クサッ)
(なに、この香水臭···)

野田
「あのぉ、席を離れている間に、いきなりPCが起動しなくなってぇ」

東雲
わかりました。どうぞ、そちらで休んでいてください

野田
「はぁい」

(ムリ···臭すぎ···)
(鼻がバカになる)

とはいえ、PCトラブルのターゲットが野田サチコだったのはラッキーだ。
偶然だろうけど、有り難いことこの上ない。

(まずは設定をいじって···)
(必要データのコピーと、他PCへのアクセス···はどこまでできるか···)

しばらく作業をしていると、再び不快な香水の匂いが近づいてきた。

野田
「あのぉ、どんな感じですかぁ?」

東雲
すみません、けっこう時間がかかりそうで···
!?

いきなり、顔を覗き込まれた。
こんなことする女、合コン以外で会ったことがない。

野田
「ふふ、やっぱり噂どおり」

(···噂?)

野田
「南雲さん、評判ですよぉ。女子社員の間で」
「超イケメンが、最近シス開に入ってきたって」

(ああ、そっち···)

東雲
当てにならないでしょう、噂なんて

野田
「えー逆ですよぉ」
「さっき言ったじゃないですか、『噂どおり』って」

首を傾げ、グロスでテカった唇を、不満そうに尖らせる。
これも、一時期合コンでよく見かけた仕草だ。

(···なるほどね)

この女性社員は使えるかもしれない。
へんにギラギラしているくせに、いろいろな部分が緩そうだ。

(特に情報管理面においては相当緩いはず···)

【モニタールーム】

その見立ては、まさに「大当たり」だった。

(メールもチャットも私用に使いすぎ)
(SNSも社内PCで開いた形跡があるし)

だからこそ、野田の個人情報はかなり手に入った。
特に大きかったのは、彼女が中西以外にも複数の男と親しい間柄でいることだ。

(使えるかもしれない)
(うまく接近すれば、中西の情報を引き出せるはず···)

ピンポーンと、着信音が響いた。
ポップアップで表示されたのは、うちの彼女からのメッセージだった。

――「おつかれさまです。『研究2課、どうでしたか?』」

(どうも何も、うまくいったに決まってるじゃん)

――「念のため、盗聴器も仕掛けました。あとで詳細報告します」

(へぇ···意外···)

――「さちさ」

(ん?)

――「すみません、途中で送信しました(汗)」
――「さちさんに似てますよね、研究2課の野田さんって」

(さちに?)

言われてみれば、そんな気もしなくはない。
もっとも、香水臭のせいで顔を逸らし気味だったから断言はできないけれど。

東雲
『そうかもね』···送信···っと

それ以降、返信がなかったので作業に没頭することにした。
オレの返信を、彼女がどう受け止めたのかなんてまったく考えもしなかった。

【四ツ橋ケミカル】

数日後の昼休み。
うちの補佐官が仕掛けた盗聴器で、野田が昼休みをとるタイミングを探った。
そして、わざとそれに合わせて社食へと向かった。

東雲
こんにちは

野田
「あー、南雲さんだぁ」

東雲
向かいの席、いいですか?

野田
「もちろんですよー。さあ、どーぞ」

彼女はファッション誌を眺めていた。
特に熱心に見ていたのは、最近人気のパンケーキ店だ。

東雲
好きなんですか、パンケーキ

野田
「はい。でも、私の周りで一緒に行ってくれる人がいなくて···」

それは嘘だろう。
このテの店は、女友達を誘えば、誰かひとりくらいは応じるはずだ。

(もっとも、女友達がいればの話だけど)

あるいは、プライベートは同性とは過ごさないタイプかもしれない。
だとしたら···

東雲
付き合いましょうか

野田
「えっ」

東雲
オレもパンケーキ好きなんですけど、男1人だと行きにくくて

野田
「えぇ···どうしよう···」

迷っている口振りだけど、気にしない。
どうせ、ただの建前だ。

東雲
オレじゃダメですか?
オレは、興味あるんだけどな
パンケーキだけじゃなく、野田さん自身についても

(もちろん「情報源」という意味で)

野田
「あ、じゃあ···」
「南雲さんがそこまで言ってくれるならぁ」

(はい、成立)

これで、オレの捜査は一歩前進した。
次は「卒業試験」絡みを進めないといけない。

(氷川さんと宮山を呼んで、入金調査の結果を報告しないと)

【コンビニ】

その日の夜。
ひととおりの仕事を終えたオレは、学校のそばのコンビニに来ていた。

(久しぶりだな。ここに来るのも)
(買い物は、あの子をパシらせてばかりだったし)

けれども、うちの補佐官は今、資料室に閉じこもり中だ。
オレが渡した「研究2課」のデータを、自分なりに解析するために。

(正直、こっちの捜査には関わらせないつもりだったけど···)

サトコ
「教官からまだ報告を受けていないことがあると思いまして」
「研究2課の『テロ組織への技術提供』···」
「そっちも、もちろん調べていますよね?」

(···悪くない)

提示された「最終課題」から、どこまで「本当の捜査」に近づけるか。
その結果次第で、彼女の評価はだいぶ変わるだろう。

(室長の許可も取り付けたし)
(まぁ、ひとまず様子見ってことで···)

東雲
ん?

ふと、飲料水コーナーに見慣れない飲み物があることに気が付いた。

(なにこれ)
(『幻のネクター限定ファジーネーブル風味』?)

迷った末、2本購入した。

東雲
···マズ

でも、うちの彼女は案外好きそうだ。
なので、残りの1本はコンビニの袋ごと彼女の部屋のドアノブに引っ掛けた。
フル稼働させて疲れた頭には、これくらいの甘さがちょうどいいだろう。


【パンケーキ店】

さて、休日。

野田
「ふふ···パンケーキ、すっごくおいしい」
「2時間並んだ甲斐があったなぁ」

東雲
ええ、たしかに

2時間並んだ甲斐は、こちらにもあった。
会話をすることによって、野田サチコの人柄がよりわかってきたからだ。

(まず、仕事に対する情熱はかなり低め)

オタクの多い研究職の割に、仕事にはそれほど興味がない。
彼女の頭の中は、ファッションとグルメと恋愛のことでいっぱいだ。

(だから、残業なんて滅多にしない)
(休日出勤も一度もしたことがない)

ところが、彼女のPCには研究データをコピーした形跡があった。
そのどれもが、平日22時以降、あるいは休日だ。

(彼女がやっていないとすると、誰がやったのか)
(一番考えられるのは中西景太郎だけど、ヤツのパスでは入室できないし···)

プルル···

(透から電話?)

東雲
すみません、ちょっと外します

野田
「あー、女の子からだったりして?」

甘ったるい口調の割に、目つきは鋭い。
まさに典型的な「肉食女子」だ。
だからこそ···

東雲
さあ、どうでしょう

意味ありげに笑って、席を離れた。
これで、彼女の狩猟スイッチが入れば、さらにガードが緩くなるだろう。
入り口付近まで来たところで、オレはスマホを握り直した。

東雲
···なに?

黒澤
おつかれさまでーす。アナタの黒澤···

東雲
接触中。要件は?

黒澤
研究2課の盗聴器ですけど、今誰かがPCをいじってるっぽいです

東雲
···今?彼女の?

黒澤
ええ、作業音がはっきり聞こえてきますし
他にも音がするんです。机の上を指で叩いているみたいな
こう···イラついているみたいにカタカタと···

その作業音が、野田サチコでないことは明らかだ。
だって、当人は今オレと同じ店にいる。

東雲
そのまま様子を探って
報告は夜でいい。急ぎの時以外は

黒澤
了解

通話を切り、念のため着信履歴を消去した。
席に戻ると、スマホをいじっていた野田サチコが露骨なため息をついた。

野田
「···つまんない。予定、キャンセルになっちゃった」

東雲
予定?

野田
「今晩の。すっごく美味しいビストロに行く予定だったのに」
「予約、キャンセルするのもなぁ」

唇を尖らせて、チラ、とこちらを見てくる。
なるほど、あざとくも分かりやすい「お誘い」だ。

(うちの彼女や鳴子ちゃんに見習わせたいくらい)
(「ハニートラップ」のお手本として)

東雲
お付き合いしましょうか、オレでよければ

野田
「えー、ほんとに?」

東雲
ええ、オレも夜の予定がキャンセルになって

野田
「ああ、さっきの電話?」

東雲
そうです。それに···
野田さんのこと、もっといろいろ知りたいですから

(例えば、そのスマホのデータとか)

その後は、トントン拍子に事が進んだ。
雰囲気のいいビストロ。
リーズナブルだからこそ、手を出しやすいワイン。

野田
「ねぇ···南雲くーん···」
「私、酔っちゃったぁ」

うちの彼女なら「ベタすぎてムリ!」と悲鳴を上げそうな常套手段。
けれど、誘われた側からすれば、わかりやすいことこの上ない。

【ホテル】

というわけで···

野田
「じゃあ、先にシャワー浴びちゃうね」

東雲
ええ、ごゆっくり

水音が聞こえてきたのを確認して、野田のスマホに手を伸ばした。

(暗証番号は確認済み)
(あとは設定変更と···データの読み込みと···)

データをコピーしている間に、彼女のバッグも確認する。

(ブランド品多すぎ)
(しかもどれも新品すぎ)

そういえば、今日嵌めていた腕時計も150万円以上はするはずだ。
浪費家っぽい野田が、貯金をして買ったとは思えない。

(手帳は···あまり情報がないか)
(他には···)

東雲
ん?

(これは···IDのパスケース?)

そうだ、会社で配られたパスケースだ。
ストラップに「四ツ橋」の文字が入っているから間違いない。

(なのに空っぽ?)
(IDパスはどこへ···)

少なくとも、バッグの中には入っていない。
となると···

(1、家に忘れてきた)
(2、どこかに落とした)

東雲
3、誰かに貸した
4、盗まれた

(可能性が高いのは···)

ピピッ、と短い音がした。
どうやらスマホのデータコピーが終わったようだ。

(任務完了)

さて、なんて「言い訳」しようか。

【フロント】

数十分後。

野田
「もう···ありえない!」
「こんなの、女に恥をかかせたようなものだからね!」

東雲
ごめんなさい
でも、急に田舎から兄が出てきたっていうから
しかも、兵吾兄さんも秀樹兄さんも東京駅で迷ってるっていうし···

野田
「放っておけば?大人なら自分で何とかするでしょ」

東雲
それがそうもいかないんです。2人とも鉄拳制裁主義者なんで

【ホテル外】

東雲
オレだって、野田さんのこと···もっと深く知りたかったのに

野田
「······本当に?」

東雲
本当です

野田
「だったら···」

証明しろと言わんばかりに腕を引かれた。
仕方がないから、おとなしく身体を屈めた。
久しぶりの···
うちの彼女以外とのキス。

(·········マズ)

厚ぼったいグロス。
中途半端な熱。
とにかく、ただただ不快な時間。

(こんなにマズかったっけ···キスって)

ようやく唇が離れると、彼女は満足そうに囁いてきた。

野田
「いいよ。今日だけは」
「でも、次は許さないんだから」

東雲
ありがとうございます

(ていうか、ないから。次なんて)

足早で帰路ろ急いだ。
帰宅した後は、めちゃくちゃ口をゆすいだ。
それでも、不快感はなかなか抜けなかった。
あの子の唇が、ひどく懐かしかった。

to be continued



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