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東雲 Season2 カレ目線6話



【車内】

卒業式の翌朝。
中央線の某駅が見えてきたところで、オレは車を付近に停めた。

東雲
ここでいい?

サトコ
「······はい」
「ありがとうございます」

彼女の後ろ姿が、駅構内に吸い込まれていく。
そこまで見届けたところで、オレはハンドルに突っ伏した。

(やらかした···)

ありえない。
サイアクの展開だ。



【レストラン】

確かに、普段のデートより力が入っていたことは認める。
食事の席に、花束を用意するなんて初めての経験だった。
ましてや、そこにカードキーを仕込むなんて···

(キモ···浮かれすぎ)
(抹消したいんだけど。関連する記憶を)

でも、それくらい「特別」に思っていたのだ。
昨日という日を。
少なくとも「らしくないこと」をするくらいには。

【ホテル】

だから···

サトコ
「ひゃっ···」

東雲
弱いね、あいかわらず
指の間のところ···

サトコ
「や···っ」

ゆっくり、時間をかけて···
たいせつに味わおうと思っていた。

東雲
卒業おめでとう。サトコ

サトコ
「ありがとう···ございま···」
「ん···っ」

何度も何度も唇を合わせた。
ずっと、望んでいたはずの時間だった。

サトコ
「···ぁつ」

小さな喘ぎとともに、彼女の手がオレの首裏に回される。
もう一度、深く口内を味わって···
ふ、と唇を離した、そのときだった。

サトコ
「教官···」

求めるように、響いたひと言。
なのに、身体が冷えた。
全身が強張ってしまった。

(なにこれ···)
(なんで、こんな···)

焦ったところで、緊張はほぐれない。
熱が引いていくのを止められない。
そんなオレの動揺が伝わったのか、彼女は薄く目を開いた。

サトコ
「あの···教官···?」

東雲
ごめん

(サイアクだ)

東雲
ごめん。やっぱり···



【車内】

東雲
······はぁ···

(なに、あれ)
(いつからNGワードになったの、「教官」って)

そんなはずはない。
これまで何度もそう呼ばれてきた。
となると原因は···

(例の不安···)

彼女の卒業が決まって以来、再びグズグズとくすぶっていたもの。
それが、あの一言でふくれあがり、緊張に繋がったに違いない。

(ダサ···)
(カッコ悪すぎ)

こんな失敗は初めてだ。
だからこそ、解決策が見つからない。

(いっそ、やめてもらうとか?)
(「教官」って呼び方を)

いや、おそらくそんな単純な話じゃない。
不安そのものを解消できなければ、呼び方を変えても無意味なのだ。

東雲
···くそ

(ていうか、どういう顔すればいいわけ?)
(今度、あの子と会うときに)

気まずいまま、何もできずに過ごすこと数日···
意外にも、彼女のほうから連絡が来た。
しかも、それは予想外の「お誘い」で···

さち
「さあ、2人とも入って。きららがお待ちかねよ」



【関塚家】

さち
「はーい、はじめまして」
「『関塚きらら』でーす」

きらら
「だー」

(まさか、ここに来ることになるとか)
(しかも、この子と2人で)

彼女曰く、先日街で偶然会って「遊びに来て」と誘われたらしい。

さち
「抱っこしてみる?」

サトコ
「はい、ぜひ!」

(···なに和んでんの)
(こっちはそんな気分じゃないのに)

彼女と顔を合わせたのは、もちろんあの日以来。
だけど、案の定···
会話・ほぼナシ。
視線・ほぼ合わない。
挙句の果てに、手土産のことでケンカまでした。

(サイアク)
(ほんと、サイアク···)

そんなオレたちの微妙な状況に、どうやらさち姉も気付いたらしい。

さち
「···ね、歩くん」
「隣の客間で、きららのお守りをしてくれる?」

東雲
オレが?

さち
「うん。それで、サトコちゃん···」
「ちょっとお茶でもしましょ。せっかくだから2人きりで」

きらら
「だー」

東雲
······

きらら
「だーだー···ぶー」

赤ん坊の相手をしながら、つい聞き耳を立ててしまう。
なにせ、隣の部屋だ。
意識さえ向けていれば、余裕で会話が聞こえてしまう。
もっとも···

(···なにこの会話)
(フツーすぎるんだけど)

話題は、お菓子やお茶のことばかり。
深刻さはまったく感じられない。

(じゃあ、なんでオレは追い出されたわけ?)
(オレがいると話しにくいことを、話すつもりだったんじゃ···)

サトコ
「さちさんって、胸···けっこう大きいですよね」

(!?)

さち
「ふふ、そう?」
「だとしたら今は特別よ。授乳中だもん」

(いや···確かに···)
(これは、オレがいたら話しにくい内容だけど···)

さすがに気まずくなって、目の前の赤ん坊に意識を向ける。

(ていうか謎すぎ)
(なんで「お茶」から「胸」の話に···)

さち
「ダメだなぁ、歩くんも」
「サトコちゃんに夢中で余裕がないのかしら」

東雲
ゲホッ···

(なに?今度は···)
(なんでオレの名前が出て···)

サトコ
「違うと思います」

さち
「えっ?」

サトコ
「どっちかっていうと夢中になれないタイプかも」

(···なにそれ)
(夢中になれないタイプ、って)

それまでとは違う、自嘲に満ちた声。
まったくもって、あの子らしくない。

(···わかってる)

全部、オレのせいだ。
オレが、彼女を傷つけたから。
ベッドの上で「ごめん」と告げたとき。
翌朝、一緒にホテルを出たとき。
駅のそばで別れたとき。
彼女が、少しずつ力を失っていくのに気づいていた。
なのに、オレはなんのフォローもしなかった。
自分のことだけで精一杯で、彼女のことを放置していた。
萎れていく花に水を与えなければ、枯れてしまうのは当然なのに。

(ダサ···)
(カッコ悪すぎ)

まさに自業自得。
愛想を尽かされても仕方がない。
実際、それだけのことをオレはした。

(このまま嫌われたとしても当然···)

サトコ
「嫌いになんかなりません」

東雲

サトコ
「どんな教官でも大好きです!」

頭が真っ白になった。
心のど真ん中を、言葉で射抜かれた気がした。

サトコ
「私、実家になりたいんです!」

さち
「実家?」
「つまりお屋敷になりたいってこと?」

サトコ
「いえ、そうじゃなくて···」

彼女の力説が、次々と耳に飛び込んでくる。
話の内容は、お世辞にも上手いとは言えない。
まわりくどい上に、例えもいまいちだ。

(バカ。下手くそ)
(38点···)

なのに、気付いてしまった。
ずっと胸にわだかまっていた不安が、薄れつつあることに。

サトコ
「···だから私も、そういう存在になりたいんです」
「教官が安心してくつろげる『実家』みたいな存在に···」

(ああ、クソ···)

なんだか悔しいし、認めたくない。
だけど、やっぱり嬉しかったんだ。
キミが口にしてくれた、意味不明な宣言が。
赤ん坊を抱いていた腕に、つい力を込めてしまったくらいに。


【東雲マンション】

その日の夜。
初めて、彼女の深い熱を知った。
同時に、自分でも知らなかった自分を、彼女に引き出されたように感じた。

サトコ
「教官···」

東雲
······

サトコ
「教官···好きです···」

東雲
······

サトコ
「好き······」

東雲
······ん······

それは、長く、あたたかく、ゆるやかで···
ひどく心が満たされた時間だった。

【バスルーム】

翌朝。
寝ている彼女を置いて、一足先にぬるめのシャワーを浴びた。

(ヤバ···)
(初めてなんだけど···この感じ···)

妙な照れくささを振り払うように、まったく別のことを考えてみる。
たとえば、今日の予定について。

(出かけるのもアリか。天気もいいみたいだし)

候補なら、すでに1ヶ所ある。
本当なら、卒業式の翌日に連れていこうと思っていた場所。
今日連れて行くのは、なんだこっ恥ずかしいんだけど···

【リビング】

あれから考えながら、リビングに戻ってくる。
カタン、と寝室から物音が聞こえてきた。

(ああ、起きたか)

それとなく、耳を澄ませてみた。
少し間をおいてから、控えめに寝室のドアが開いた。

サトコ
「あ···その···」
「おはよ···ございます···」

東雲
おはよう
コーヒー飲む?

(···さり気なく言えた、よな?)

サトコ
「はい···」

彼女は、小さく頷くと、足音を忍ばせて部屋から出てきた。
どこか遠慮がちに、ソファに腰を下ろそうとして···

サトコ
「···っ」
「すみません!コーヒー、私が淹れます!」

東雲
いいよ。べつに

サトコ
「よくありません!教官にそんなこと···」

東雲
教官じゃないし。もう

意外にも、すんなりとその言葉が出た。
彼女は、一瞬ポカンと口を開けて···

サトコ
「そう···でしたね···」

そのくせ、なぜかオレの後ろをくっついてきた。

【キッチン】

コーヒーメーカーをセットしている間にも、彼女はオレのそばを離れなかった。
チラチラと視線を寄越し、そのくせ何をするわけでもない。

(なに、このヒナ鳥状態···)

東雲
···あのさ
言えば?言いたいことがあるなら

サトコ
「···っ」

彼女の頬が、薄い赤い色に染まった。
それから、しばらくの間、もぞもぞしていたと思ったら···

サトコ
「身体···キツくないですか?」

東雲
············は?

サトコ
「や、その···なんて言うか···っ」
「私、結構ギューッて抱きついてました···よね···?」

東雲
······

サトコ
「だから、その···」
「腰とか······痛くないのかな······って···」

(···なにそれ)

初めて言われた。
そんなこと。

(ていうか、女性側が気にすることじゃない気が···)

東雲
···まぁ、平気
キミは?

サトコ
「えっ······わ、私は······」

今度は、耳まで赤くなった。

サトコ
「ぜんぜん······」
「あの···教官、すごく優しくて···」

東雲
·········

やば。ムラッときた。

東雲
···なに、キミ
朝から誘ってんの?

サトコ
「は!?」

東雲
······

サトコ
「え···違···」
「い、今のはただの感想で···」

知ってる。
それくらい知ってる、けど。

(ダメだ)

今は、彼女の顔を見られそうにない。

東雲
···浴びてくれば、シャワー

サトコ
「は、はいっ」

バタバタと足音が遠ざかり、オレはようやく息を吐き出した。
それでも、妙な甘酸っぱさは、なかなか消えてくれそうになかった。

外は、見事な快晴で、絶好のドライブ日和だ。
なので、午後から少し遠出をした。

東雲
···はい。降りて

サトコ
「!!」
「教官、ここって···」


【花畑】

サトコ
「すごい···これ、全部ガーベラなんですね」

東雲
そりゃ、ガーベラ畑だから···

彼女は、弾むような足取りでガーベラ畑の中をどんどん進んでいく。
その様子は、まさにこの2年間の彼女そのものだ。

(「希望」「常に前進」···)
(ほんと、ガーベラの花言葉そのものって感じ···)

サトコ
「教官ーっ、遅いでーす!」
「早く来てくださーい」

(だから、もう教官じゃないし)

癪だから、わざとゆっくり歩いてやる。
それに焦れたのか、彼女のほうが足早でこっちに戻ってきた。

東雲
···待っていればいいのに

サトコ
「いいんです。教官のそばを歩きたいんです」

(ほら、また)

東雲
そろそろ考えたら

サトコ
「??何がですか?」

東雲
呼び方
もう卒業したんだし

(それとも、オレに教官のままでいてほしい···とか?)

再び、生まれかけた不安。
けれども···

サトコ
「あっ、そうでしたね」
「もう教官じゃないですもんね!」

返ってきたのは、満面の笑顔。
それこそ、足元で揺れているガーベラのような。

東雲
···そんなに嬉しい?
卒業できたこと

サトコ
「もちろんです!」
「これで堂々とデートできますし」

(ああ、なるほど···)

サトコ
「それに、その···」
「これからは、仕事上でもちょっとは対等になれるかなぁ···なんて」

東雲
······

(···そうくるか)

どうやら、ただの杞憂だったらしい。
オレがグダグダ悩んでいたことは。
だって、彼女は変わっていくことを恐れていない。
それどころか、希望しか抱いていない。

(バカ、能天気)
(単純···)

でも、悪くない。
未来に想いを馳せるなら、これくらい気楽な方がいい。

東雲
部署次第だけどね。堂々とデートできるかは

サトコ
「えっ」

東雲
アウトじゃん。同じ部署だった場合
付き合ってるのがバレたら、間違いなく異動だよ

サトコ
「うっ···」
「そういえば、そうでしたよね」

彼女は、あからさまに肩を落とした。
本当に、この子はいつだって感情がダダ漏れだ。

サトコ
「じゃあ、そのときはまた隠れてデートしてください」

東雲
いいの、それで

サトコ
「いいです。2人で同じ部署で働いて···」
「名コンビになるのが私の夢ですから!」

東雲
単独捜査が増えると思うけどね
うち、刑事課じゃないんだし

サトコ
「ぐっ···」

ようやく、最後の「不安の欠片」が消えたのが分かった。
これからの未来を、心から楽しみにできる気がした。

(まぁ、実家のような存在になってくれるらしいし)

手を伸ばし、彼女の左手を捕まえる。
絡めた指先を見て、彼女は嬉しそうに口元をほころばせた。

サトコ
「久しぶりですね、手をつなぐの」

東雲
そうだっけ?

サトコ
「そうですよ。たぶん9日···10日···」
「あれ、もっと···?」

東雲
···雑すぎ

サトコ
「···っ、これでも手帳を確認すれば分かります!」
「なんなら今すぐ確認···」

東雲
いいから。確認は

解かれそうになった手を。改めて繋ぎなおす。
新年度がはじまるまで、あと数日。
悪くないスタートになりそうだった。

Happy End



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コメント

  1. はる より:

    こんにちは!
    東雲と加賀さんのファンです!
    コメンさせていただくのは初めてですが、いつも楽しく読ませていただいています。

    ひとつ質問なのですが、東雲S2の彼目線ですが、4話はないのでしょうか…?
    疑問に思ったのでコメントさせていただきました!

    これからもご無理でない範囲で更新していただけると、とても嬉しいです!
    これからも楽しく読ませていただきますのでよろしくお願いします!

    • sato より:

      コメありがとうございます。
      確認したところ、4話だけ別のカテゴリに入ってしまってました(^_^;)
      修正しました。
      大変ご迷惑をおかけしました~。
      また何か不都合などありましたら、コメントしてください(^_^)/

      • はる より:

        さっそく返信ありがとうございます!
        そうだったんですね!
        修正ありがとうございました!(*´▽`*)