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あの夜をもう一度 加賀カレ目線



【屋上】

サトコが卒業したあとも、いつも通り仕事は続いた。
だが、今日も午後からサトコが来ることになっている。

(雑用ぐらいなら、ようやく役に立つようになったしな)
(あいつがここにきて、2年か···)

煙草に火を点けて、煙を吐き出す。
ついこの間入学してきたと思ったら、もう卒業らしい。

(早いもんだな)
(クズが多かったが、あの中でどんだけ使える奴らがいるか···)

千葉
「あれ?加賀教官」

煙草を持ったまま振り返ると、千葉が屋上に入ってくるのが見えた。

千葉
「お疲れ様です。教官たちには春休みがなくて大変ですね」

加賀
···ああ

千葉
「私も担当教官の手伝いで呼ばれたんです。部屋にいてもやることないので」

加賀
引っ越しは

千葉
「終わりました。数日中に寮から出る予定です」
「そういえば氷川、部屋見つかったんでしょうか···まだ探してないって言ってましたけど」

加賀
······

(こいつに、そんなとこまで話してんのか)
(そういやこの2年、こいつと佐々木は、やたらと視界に入ってきたな)

それも、サトコと一緒にいることが多かったからだ。
思えばこの2年間、サトコ以外の訓練生とは必要以上に話したことがない。

(ビビッて、誰も話しかけて来ねぇからな···)
(尻尾振ってじゃれついてくんのは、あのバカくらいなもんだ)

千葉
「氷川、2年間頑張りましたよね」

加賀
あ?

千葉
「毎日大変そうだったけど···いつでもそばで見てたからわかります」

加賀
······

千葉
「あっ、すみません。一番そばで見てたのは、加賀教官ですよね」

加賀
···そんなことはねぇだろ
俺たちの知らねぇあいつを、お前と佐々木は知ってるはずだ

千葉
「どうでしょうか···私も、講義とか演習くらいしか一緒じゃなかったので」

人の好さそうな笑みを浮かべて、千葉が肩をすくめる。

千葉
「でも、誰よりも頑張ってたのは知ってます」
「だからあいつが卒業生代表のあいさつをしたとき、感動したんです」

加賀
······

千葉
「教官···氷川のこと、よろしくお願いします」

加賀
ぁ?

睨んでも怯むことなく、千葉が俺と目を合わせる。
その視線はまっすぐで、どこか決意のようなものが見えた。

加賀
···言ってる意味がわかんねぇな

千葉
「それでもいいんです。···氷川が、幸せなら」

その言葉からは、サトコを想う気持ちが窺えた。

(···敵に回したくねぇタイプだな)
(2年間一緒にいて、こいつの気持ちに気付かなかったのか···あの鈍感女は)

それにしても面白くない。
自分の女のことを、他の男に『よろしく』と言われる筋合いはなかった。

千葉
「あっ、それではそろそろ失礼します」

加賀
何しに来たんだ

千葉
「ちょっと休憩しに···でも、加賀教官と話せてよかったです」

最後まで “いい人” の笑顔で、千葉は屋上を立ち去った。



【個別教官室】

サトコとふたりきりで仕事をしていたとき、室長から呼び出された。
サトコを教官室に置いて室長室に来ると、煙草をふかしながら室長が顔を上げる。

加賀
校舎内は禁煙じゃないんですか

難波
春休み中くらい、硬いこと言うなよ
それより、例の件、動きがあったぞ

灰皿に煙草を押し付けて火を消しながら、室長が仕事の顔になる。

加賀
例の女ですか

難波
ああ。動き出したな
あの女は、お前みたいな男がタイプらしい

加賀
······

それだけで、室長が何を言いたいのか理解できた。

(女を抱いて、情報を引き出して来いってことか)

今まで、似たようなことなら何度もあった。
情報を手に入れるためならなんでしたし、手段を問わず事件を防ぐのが、公安の仕事だ。

(だが···)

身体を使って情報を手に入れるやり方は、サトコと付き合うようになってからは用いていない、
気が進まない、というのがその一番の理由だ。

(···くだらねぇ感情だな)

自分が、こんな人間らしい気持ちを持ち合わせているとは思ってもみなかった。
室長に曖昧に返事すると、室長室を出た。

【廊下】

廊下に出ると、資料室の前で千葉に抱きしめられているサトコを見つけた。

(···何やってやがる)

大量の資料を持っているところを見ると、どうせ転びそうになって支えられでもしたのだろう。

(あのクズ···どこまで鈍くせぇんだ)
(俺に無断で、他の男に触らせてんじゃねぇ)

相手が誰であろうと、面白くはない。
だがよりにもよって、その相手があの千葉ときている。

千葉
『毎日大変そうだったけど···いつもそばで見てたから分かります』
『教官···氷川のこと、よろしくお願いします』

加賀
······

難波
あの女は、お前みたいな男がタイプらしい

(···チッ)

千葉や室長の言葉が、頭の中に響く。
今、自分の中のあふれている感情がなんなのか、とっくに見当がついていた。

(あの野郎···テメェの主人を苛立たせるとは、いい度胸だ)
(帰ったら、躾し直しだな)

それが “嫉妬” だと自覚しながら、舌打ちをして教官室へ戻った。

【寮監室】

サトコを後ろから攻めて、これでもかというほど啼かせた。

サトコ
「加賀さっ···これじゃ、顔が見えな···」

加賀
黙れ

サトコ
「だって···っーーー」

(これに懲りたら、二度と他の男の前で気ぃ抜くんじゃねぇ)
(もしまた油断しやがったら、そのときは···)

サトコの声が、寮監室に響く。
さらに啼かせてやろうと、ひたすらにその身体を抱いた。

隣でぐったりと横になっているサトコは、まだ呼吸が浅かった。

サトコ
「鬼···悪魔···」

加賀
わかってるじゃねぇか

サトコ
「ひどすぎる···加賀さん、絶対機嫌悪かったですよね···?」

(誰のせいだと思ってやがる)

心の中でため息をつきつつも、この時間を悪くないと思っている自分がいる。
サトコと出会い、こうして抱くようになってからというもの、自分の中の認識が少し変わった。

(···女と寝て、情報を手に入れる···か)

“抱く” という行為が、特別な意味を持ち始めている。
それをサトコ以外の女にしてやりたいかどうかと言われれば、答えは “NO” だった。

(要は、組織を追い詰める情報を手に入れりゃいいんだろ)
(だったら、抱く以外の方法でやるまでだ)



【VIPルーム】

潜入捜査当日。
ターゲットの女を、あらかじめ用意していたVIPルームに誘い出すことに成功した。
ソファに座らせた女に酒を勧めながら、思い出すのはサトコのことだ。

サトコ
『加賀さんこそ、しっかりやってくださいね』
『この情報がどれだけ大事か、私のも分かりますから』

(···強がりやがって)

それと同時に、千葉と一緒にいたところも思い出した。

(少しくらい痛い目にあわせてやらねぇと、わからねぇらしいな)

女性
「あ、あっ···ねぇ、もっと···」

加賀
そんなに欲しいのか?
ほら···これがいいんだろ

女性
「ぁあっーーー」

インカムを少し緩めて、女の方へ寄せてやる。
インカムの向こうで聞いているであろうサトコが誤解するような言葉で、女を攻めた。

(他の男とイチャついてた罰だ)

耳元でささやいてやれば、女はうわごとのように情報を語り出す。
必要な情報を手に入れた後、クラブを立ち去った。

【外】

落ち合う予定の場所では、すでにサトコが待っていた。

サトコ
「お疲れさまです。女性は···」

加賀
眠らせて置いてきた

サトコ
「そうですか···」
「彼女はやっぱり、プライベートであのクラブを利用していたみたいです」

特にVIPルームでのことには触れずに、サトコが淡々と報告する。
だが目を合わせようとしない態度や感情を押し殺しているところは、普段のこいつとは違った。

(隠してるつもりらしいが···そんなもんが俺に通用すると思うか)
(ただ···ギャーギャー喚かねぇのは、評価してやる)

サトコ
「私、車回してきますね。加賀さんのマンションまで送ります」

加賀
俺が行く
まさか、このまま寮に帰るつもりじゃねぇだろうな

俺と女の間に何かあったと思い込んでいるサトコが、一瞬躊躇した表情になる。
それでも何か思うところがあるのが、意を決したようにうなずいた。



【加賀マンション】

女とは何もなかったと知ったサトコが、ホッとした様子で身体の力を抜いた。
現金なその態度に口元が緩む。

加賀
さっきとは違って、ずいぶん素直じゃねぇか

サトコ
「そ、そんなことないですよ···」
「ところで加賀さん···ずっと気になってたんですけど」

インカムから女の声がはっきり聞こえたことを、サトコが訝しむ。
はっきりと返事はしなかったが、それだけでわざとだと分かったらしい。

サトコ
「なんでそんなことするんですか···!?」

加賀
テメェがしたことを考えろ

サトコ
「こ、今回は何もしてないですよ!」

加賀
あ?『今回は』?

サトコ
「この間、すごく機嫌悪かったじゃないですか···」
「あれって、私が資料整理を早く終わらせなかったからですよね?」

加賀
······

(違うだろ···あんときは、テメェが···)

千葉に苛立っていたなどは言えず、言葉を濁す。
それ以上サトコが追及してこないように、キスで口を塞いだ。

サトコの寝息が聞こえてきて、隣を見る。
疲れ果てたのか、安心しきったようなアホ面で熟睡していた。

(さっきまで一方的にしゃべってたくせに、もう呑気に寝やがって)

加賀
······

手を伸ばし、サトコの髪に触れる。
まさか、自分がこんなガキのような女にハマるとは、思ってもいなかった。

(···そういや、初めて抱いた夜も似たようなこと考えてたな···)

思い出すのは、サトコに『俺の女になれ』と告げた夜―――

寝室にサトコを連れ込むなり、キスで黙らせてベッドに押し倒す。
緊張しているのか、サトコはずっと身を固くしていた。

サトコ
「私は生徒で···教官は、あのっ···」

加賀
立場なんてくだらねぇ

シャツを脱ぎ捨てて覆いかぶさり、服を脱がせながらサトコの肌の感触を確かめる。
どこに触れてもいちいち身を固くして、そのまま呼吸さえ止めてしまいそうだ。

(···緊張しすぎだろ)

クッと、笑いがこぼれる。
サトコが、意外そうに目を見張った。

サトコ
「教官···?」

(テメェの前じゃ、立場なんて関係ねぇ)
(···ただの男だ。覚えとけ)

サトコを怖がらせないように、静かに触れる。
そんな抱き方をしたのは初めてで、無意識のうちに優しくしようとしている自分に驚いた。

(どんなに突き放しても、食らいついてくる···こんな奴は初めてだ)
(訓練でも現場でも、女捨ててくるくせに···)

今、俺の下で嬌声を上げているサトコは、間違いなく “女” だ。
俺に触れられるたび、必死に応えようとしている姿がいじらしい。

(···ひとりの女に、ここまで入れ込むとはな)
(俺にここまでさせた責任は、必ず取らせてやる)

サトコ
「加賀教官···好き、ですっ···」

加賀
···ああ

サトコ
「好き···大好きです···」

目を閉じて、俺を感じながらサトコが甘く零す。
ベッドの中でその身体を抱きしめると、今まで感じたことのない気持ちが湧きあがった。

(···今まで、女を抱くなんてのは、ただの “行為” だった)
(だが···)

サトコ
「教官は、私のこと···」

加賀
···さぁな

サトコ
「ずるいです···っ」

涙がにじむ目元を、そっと指先で拭う。

(何とも思ってねぇ女を抱いて、こんな気持ちになるわけねぇだろ)
(お前はそうやって、俺のことだけ考えてりゃいい)

溺れるように、サトコを抱きしめる。
初めての夜は、サトコだけを感じながら過ぎていった。

(···今回は、だいぶ参ってたらしいな)

初めて抱いた夜を思い出した後、サトコの目の下のクマを指先でなぞる。
室長に話を聞いてから、俺には何も言わなかったがずっと悩んでいたのだろう。

(何があっても仕事···これをこいつが理解していることは、もうわかってる)
(だが、だからってそれに甘んじるつもりはねぇ)

加賀
テメェもようやく、俺の女らしくなってきたな

耳たぶに軽く口づけを落としてみると、寝ているはずのサトコがいい反応を見せる。
腕の中に包み込み、サトコの柔らかさを感じながら目を閉じた。



【屋上】

翌日、屋上で煙草をふかしていると、ドアが開く音がした。
足音で、それが誰なのか振り返らなくてもわかる。

加賀
お疲れさまです

難波
お前らしくねぇんじゃねぇか

俺の隣に立つと、煙草を取り出しながら室長が切り出した。
昨日のことを言ってるのだと、すぐ見当がつく。

難波
仕事ぶり、甘くなっちまったんじゃねぇのか~?

加賀
······

難波
···今までのお前なら、手段を選ばなかっただろ
氷川に遠慮してんのか?

(甘くなった?)
(···そうかもしれねぇな)

室長が言いたいことは、よくわかる。
何を懸念しているのかも、理解しているつもりだ。

(だが···)

加賀
成果は上げたはずです

難波
まぁな

加賀
それで問題ないでしょう

難波
言うようになったねぇ。おっさん、嬉しいぞ

からかうように言い、煙草の火を消すと室長は飄々とした様子で去っていく。
だが、最後の瞬間、その目が笑っていなかったことに気付いていた。

(···問題はねぇ。あいつに遠慮したわけでもねぇ)
(ただ···自分の中で、 “抱く” 意味が変わってきただけだ)

加賀
···俺は、俺のやり方を貫く
今までもこれからも、それは変わりねぇ

誰に言うともなしに、小さく声に出す。
それは、自分自身への決意の表れだった。

Happy End



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