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エピソード0 石神4話



【応接室】

現場実習で担当したアイドルストーカー事件。
犯人は加賀がライブ前に “勘” で拘束したという男だった。

上官
「今回の容疑者は加賀が事前に目を付けた人物で間違いなかったらしいな」

加賀
···その話は、どこから?

上官
「石神から詳細な報告書が上がってきてる」

加賀
へぇ···

石神
······

口角を上げた加賀がチラリと視線を送ってくる。

(お前の手柄は伏せて報告するとでも思ったか)

事実はありのままに、私情を挟めば事件は歪む。

上官
「目星をつけておいたことが迅速な解決に繋がったんだろう」
「犠牲者を出さずに済んだのは、お前の手柄だ。加賀」

加賀
信念に従ったままです

上官
「これからも期待しているぞ」

実習の中でも異例の速さで解決したとあって、上官は上機嫌だった。
上官が加賀の肩を叩き部屋を出ていくと、奴がこちらを振り向いた。

加賀
これが俺のやり方だ。わかったか、平和ボケ眼鏡
事件はな、怒ってからじゃ遅ぇんだよ

石神
······

それだけ言い捨てていく加賀に反論はできなかった。

(事件が起きてからじゃ遅い···あいつが目星をつけていたから、犯行を防げたのも事実)
(結果、被害者を出さずに済んだが···)

石神
······

行動を起こす前の容疑者を拘束し、自白させて逮捕···
その流れていいのかと言われれば、決して頷けない。

(いかに加賀の勘が鋭くとも、100パーセントはあり得ない)
(あいつの勘が外れた時には冤罪を呼ぶ···そんな捜査は許されないはずだ)

石神
······

どちらの捜査方針が正しかったのか――その答えは出ない。
だが――

(気がかりなことがある)
(この事件は、これで本当に解決したと言えるのか?)

手元に残った捜査資料。
これらの資料から分析した結果、単独犯ではない可能性を考えていた。

(ネット上のIPアドレスを偽造することは可能だろうが、それでも···)

今回、捕獲された男は私立大に通う大学生。
ライブの遠征状況などを見れば、ひとりでは厳しい面もいくつかうかがえる。

(あの大学生が犯人だと思うのが、加賀の勘だというなら)
(この事件が終わっていないと思うのも···俺の勘だ)

【街】

次の休みは、例の地下アイドルのライブに合わせて取った。
ライブの開始前、会場近くに一人で張り込む。

(勘に頼って単独行動など···これまで経験のないこと)
(これも加賀の影響···いや、奴への対抗心か···?)

行動の一番の理由は犯罪を未然に防ぐこと。
けれど、以前の自分だったら違う方法を取っていたのではないかと考える。

(表向きは解決済みの事件となっているから、致し方ない部分もあるが···)

今日のライブで何も起こらない場合は、己の勘が外れたのだと思おうと待機すること数時間――

(そろそろライブを含め、全てのイベントが終わる頃か)

石神
······

会場に続く階段からはライブ参加者たちが出てきていて、終了を告げていた。

(空振り···いや、喜ぶべきだ)
(念のため、関係者用の出入り口を確認してから、帰るとするか)

無駄足に終わった···そう思いながらも、細部が気になるのは性分としか言えない。
建物の裏にある細い路地に向かった、その時――

【裏路地】

アイドル
「きゃああっ!」

石神

男A
「さっさと車に乗せろ」

男B
「わかってるっての!おい、あんまユイちゃんに触るなよ!」

(あの男たち···)

小柄な女性を車に押し込めようとしている6人の男。

男C
「佐々木が捕まってくれたおかげで、やりやすくなったな」

男D
「警察もチョロいよな~」

(拘束された男の仲間か)

会話から状況を察するのは簡単だった。

アイドル
「誰か、助けてっ!」

男A
「おっと、静かに、静かに···ね」

男のひとりが女性の口を塞いだ瞬間、地面を蹴る。

石神
女性を放せ

男A
「な、なんだ、お前は!」

石神
警察だ

男B
「!」

そのひと言で男たちが怯んだ隙を狙い、女性を奪い取ると背中に隠した。

男C
「サツっつっても、1人だ!こっちは6人もいるんだ!」

男B
「そうだ!ユイちゃんに触るんじゃねぇ!」

女性を背に、男たちと距離を取りながら後ろに声をかける。

石神
彼らと共に行く気はありませんね?

アイドル
「は、はい!帰ろうとしたら、急に囲まれて···っ」

石神
誘拐未遂ということであれば、こちらも容赦はしません

男A
「俺らの計画を邪魔するんじゃねぇ!」

男たちが一斉に襲い掛かってくる。

(相手は6人···動きは素人だが···)

石神
······

アイドル
「きゃ、きゃあっ」

(彼女を守りながらの動きは大分制限されるな)

男A
「ふぐっ」

男B
「ぐあっ!」

それでも細い路地が幸いし、順に男たちを叩きのめしていく。
あと1人となった時···

男G
「遅いぞ!何やってる!」

アイドル
「車からも男たちが···!」

石神
どうやら、思ったよりも大勢での犯行のようだ

アイドル
「あの人たち、ファンクラブのメンバーなんです!」

(複数犯だと思っていたが、想定よりも大がかりだ···)
(単独行動が裏目に出たか)

素人とはいえ、数に押される···別の突破口を考えた時。

加賀
クソ眼鏡!

石神
加賀!?

加賀
勝手な行動してんじゃねぇ!

石神
これはこちらのセリフだ

(なぜ、加賀がここに···いや、理由はともかく、今は奴の存在でも助けになる)

男たちを沈めながら、こちらにやってくる加賀に事態の収拾が見えたと思いきや――

男H
「油断したな···」

石神

加賀

視界の端に映ったのはスタンガン。

(しまった···)

暗くなった司会で最後に見たのは···同じようにスタンガンで崩れ落ちる加賀の姿だった。



【倉庫】

石神
······

加賀
······

気が付いたのは、ほぼ同時だったのだろう。
後ろ手に縄で縛られた状態で、オレたちは視線を合わせる。

加賀
ドジ踏みやがって

石神
お前も同じだろうが

(使われていない雑居ビルの一室か···)

犯人の男たちは、フロアの端に集まっていた。
拉致したアイドルを前に、酒を呑みながら盛り上がっている。

石神
動けるか?

加賀
わかりかったこと聞くんじゃねぇ

石神
5分で片を付ける

加賀
3分だ

素人が縛った縄を解くのは簡単なこと。
動いたのは、ほぼ同時だった。
そして4分後―――

石神
だから、5分後だと言っただろう

加賀
3分台でケリは着いてんだよ

石神
どうだかな

男たちは全員片付け、アイドルの女性は睡眠薬でも飲まされたのか気を失ったままだった。
警察と消防に連絡し、後は到着を待つだけの時間。

加賀
······

カチッという音と共に、漂ってくるタバコの匂い。

(ここでタバコか。いかにも、こいつらしい)

行儀の悪い···そう思いながらも、重い身体と節々の痛みが普段とは違う思考を呼んだ。

石神
1本よこせ

加賀
······

加賀は軽く片眉を上げながら、1本飛び出したパッケージを向けてくる。

加賀
吸えんのか?モヤシに

石神
馬鹿にするな。たしなむ程度には吸える
火は?

加賀

タバコを咥えたまま気怠げにライターを差し出す加賀に、その手ごと引っ張り強引に火を点けた。

石神
······

スー···と吸い込み、ふぅ···と柔らかく吐き出す。
身体を汚す行為だ。
それなのに、この時ばかりは――

(俺も毒されてるな···)

自虐の意なのか、自然と笑みが溢れた。

加賀
···なんかやばいもんでも入ってたか?

石神
入ってる。お前がいつも吸っているんだ

加賀
ふっ···

(···久しぶりのタバコはマズイな)
(やっぱり好きにはなれん)

だが、今だけは―――この苦さと不味さが心地よくもあった。

to be continued



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