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エピソード0 石神6話



【教官室】

加賀
久しぶりだな、クソ眼鏡

記憶と同様の声···いや、昔よりもタバコと酒で焼けた声が脳に響く。

石神
ここで貴様と会うことになるとはな

加賀
頭でっかちの眼鏡に指導官が務まんのか?

石神
貴様には驚かされることばかりだ。何年経っても言葉に進歩がない
仮にも人を指導する立場になるなら、語彙力を養ったらどうだ?

加賀
相変わらず話がまどろっこしくて、何言ってるかわかんねぇ野郎だ

石神
それは悪かった。お前のレベルに合わせて、言葉を選ぶべきだったな

こうして会話するのはいつ振りかもわからないのに、よく互いに言葉がれるものだと思う。

難波
さっそく賑やかだな。いや~、お前らを呼んだのは正解だった

難波さんが教官室に入ってくると、そこで一度会話は切られた。

難波
どうだ?実際に校内に足を踏み入れてみて

石神
いい設備が整っていると思います

加賀
いくら投資してんだか···上はデカい箱物が好きですね

難波
まあな。それだけ今回の件には力が入ってるってことだ
訓練生として入ってくる警官たちも将来のエリート候補ばかりだしな
教官もエース級だ。いい見本になってくれよ

先程のやり取りを聞きながら、そう俺と加賀の肩を叩いてくるのが難波さんらしい。

石神
他の教官は?

難波
ああ···それがまだ、全部決まってなくてなぁ
形式上、上から候補は挙がるが···石神、加賀、お前たちに引っ張って来てもらいたい

石神
······

加賀
······

不意に真剣味が滲んだ声に俺たちは一瞬顔を見合わせた。

加賀
そんな仕事まで聞いてませんが?

難波
はは、だって一度に全部言うと、面倒だって逃げるだろ?

加賀
······

難波さんの手前、内心の舌打ちで済ませたのが伝わってくる。

石神
つまり、こちらで人選しろ···ということですか?

難波
ここで養成されるのは、ただの警察官じゃない。優秀な公安捜査員となる警察官たちだ
訓練の段階で実際の現場と同じ能力が必要となる
となれば、教官勢は完璧な布陣でいきたい

加賀
難波さんが指導するのが面倒ってだけじゃないんですか

難波
まあ、それもあるけどな

軽く笑いながらも、難波室長の顔を見れば大体の事情が推測できた。

(公安の仕事は国家を守ること)
(訓練だろうが研修だろうが、失敗は許されない)

『事件は起こってからじゃ遅い』――以前の加賀の言葉が今になって、さらに重く思い出される。

難波
経験から言っても、この学校を率いていくのは、お前たち二人になる
そのお前たちが動かしやすいように···選んだ人物を連れてきてほしい

石神
···わかりました

加賀
眼鏡の手下だけじゃ使えねぇからな

(指導する立場というのは、また警察官とは違うスキルが必要になる)
(理想を言えば、教官になることで己も成長できるような人物がいい)

考えながら、すでに何人かの候補が頭の中に挙がる。

石神
······

真新しい校舎を見廻し、ここから始まる新たな道に思いを馳せる。

(どんな人間が集まってくるのか···)

公安という特殊な職を選ぶのは、一癖も二癖もある人間が多い。
それでも――

(今度は成功させる)

石神
加賀、よろしく頼む

加賀
···ああ

この男と共に――


サトコ
「···教官」

石神
······

サトコ
「石神教官?」

石神

近くで聞こえた声に意識を一気に引き戻される。

(サトコ···)

石神
···どうした?

サトコ
「コーヒー入りました」

石神
ああ、ありがとう

周囲に意識を向ければ、すでに新校舎の匂いは薄れている。
初めて訓練生が入校し、間もなく2年目の月日が流れようとしている公安学校

(随分と昔の思い出に浸ってしまったな···)

サトコ
「めずらしいですね。教官がボーっとしているの」

石神
そうだな。らしくないことを考えていた

颯馬
人には言えないようなことですか?

石神
まあな

サトコ
「そう言われると、急に気になってきますね···」

後藤
俺たちの頭の中は、基本的に言えないことばかりじゃないのか?

黒澤
え、ヤダ!やらしー、後藤さん!ケダモノ!

後藤
···お前の頭の中から開示したほうが良さそうだな

黒澤
待った、待った!アイアンクローは加賀さんの専売特許でしょ!

颯馬
ふふ、相変わらずですね

石神
相変わらずだ

(当初の想定よりは大分騒がしい集団になったが···)

俺が連れてきたのは颯馬に後藤。
どちらもそれぞれの事情を抱えていて、公安学校に籍を置くことで変化にも注目していたが――

(いい方に作用したようだな)

公安課にいる時とはまた違う顔を見せるようになり、息抜きになっている部分もあるのだろう。
そして――

加賀
おい、氷川···

サトコ
「はい、なんでしょうか?」

加賀
俺は今から大福を食うんだよ。なのに、コーヒーだと?

サトコ
「あ!日本茶ですね。すぐに淹れ直し···」

石神
必要ない

サトコ
「え?」

加賀
あ゛あ?

石神
嫌なら貴様が自分で淹れろ

東雲
大福とコーヒーの組み合わせも悪くないんじゃないですか?

サトコ
「確かに、和菓子にも合いますよね」

加賀
チッ。邪道なことを

結局、加賀はコーヒーと大福を食べ始めた。
それを見て微笑むサトコの姿に、この教官室の空気というのもを改めて感じる。

(どうなる事かと思ったが···悪くはないだろう)

2年近いときをかけて、自分たちで作ってきた場所。
ここがなかったら、俺も加賀も···きっと、今とは違う形になっていたと思う。

サトコ
「教官」

傍らに戻ってきたサトコが身を屈めて小声を出す。

サトコ
「さっき、何を考えていたんですか?」

気になって仕方がないというかを見せる彼女に自然と笑みが零れた。

(ここがなかったら、こんなふうに笑うこともなかっただろう)

石神
待っていたと気付いただけだ

サトコ
「え?」

( “仲間” との居場所···)
(サトコ、お前と出会う場所を···)

振り返れば、ここに至るための道だったのだと逆説的な運命を感じる。

(足跡というのは、そういうものなのかもな)
(自分で残したものを肯定するのも否定するのも、己自身)
(この先にも、俺だけのものではないいくつもの足跡が刻まれるだろう)

並ぶ足跡は心強く、共に未来を作るものだ。
ここにいる皆と、そしてサトコと――この先の道を切り拓いて行けるように。
道のりはまだまだ、続く。

Happy End



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