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エピソード0 加賀2話

刑事部に配属されてから、数年後――

シャワーを浴びて出ると、ベッドに横たわっていた女が身体を起こした。
シーツが落ち、扇情的な肢体が浮かび上がる。

女性
「もう帰っちゃうの···?」

加賀
······

一夜だけの関係。お互い、名前も知らない。
当然、“エス” ですらない。

女性
「ねぇ、また会える?」

加賀
···どうだかな

女性
「連絡先は?名前は···」

加賀
黙れ

甘ったるく耳障りな声をこれ以上聞いていたくなくて、短い言葉で遮った。

加賀
二度とそのツラ見せんじゃねぇ

女性
「な···」

面倒な反論を聞く前に、部屋代を置いてホテルを出た。

【街】

こうして寄ってくる女をいくら抱いても、満たされるのはその場限りの欲望ばかりだ。

(刑事部に配属されて、何年になる···結局、親父を追い詰められてねぇ)
(上からの命令にねじ伏せられて、俺ひとりがいくら権力に逆らおうとどうにもならねぇ···)

それなのにまだこうして、警察という組織に身を置いている。

???
「大将、いつもの一杯くれ」

大将
「あいよー」

遠くから聞こえてきた声に振り向くと、屋台のラーメン屋が見えた。

(そういや、捜査が終わってから何も食ってねぇな)
(···寄っていくか)

【屋台】

屋台に入ると、やたらガタイのいい男が座っていた。

ガタイのいい男
寒くなってくると屋台が恋しくなるねえ

大将
「アンタ、よく来てくれるね。うちのお得意さんだよ」

ガタイのいい男
ちょうど今、この辺で仕事してるんだよなー
おっ?大将、お客さんだよ

加賀
······

軽く頭を下げ、男とひとつ席を空けて座る。

加賀

大将
「あいよ!ちょっと待ってねー」

ガタイのいい男
なあ、寒くなったよなあ

加賀
······

やけに馴れ馴れしく話しかけてくる男に、適当にうなずいて応じた。

ガタイのいい男
なんだなんだ、無愛想な兄ちゃんだな
こんな時間まで仕事か?大変だなー

(···変なのに絡まれたな)
(そういやこの辺は確か今、公安の奴らが別件を追ってるって言ってたか···)

仕事柄、他の課の動きはどうしても気になる。
俺の隣で、ガタイのいい男はスープをすすっていた。

ガタイのいい男
さーて、そろそろ行くか。大将、ごちそうさん

大将
「ああ、また来てよ!」

ガタイのいい男
じゃあな、色男

なぜか俺にまで手を上げて挨拶すると、男はのれんをくぐって出て行った。

(···なんなんだ)

ラーメンの味は、悪くなかった。

【会議室】

この頃、俺が追っていたのは都内のあちこちで起きていた爆破予告事件だった。

班員1
「なに?班長が?大丈夫なのか?」

班員2
「ええ、命に別状はないそうです。ただ、すぐ現場に復帰するのは難しいらしくて」

被疑者をを追っていた班長が、恐らくそのグループの奴らにハメられ怪我を負った。
その後、上層部に呼び出され班長の後任を命じられた。

(経験で言うなら、俺より他にもっと班長をやりたい奴がいるだろうが···)

班員3
「聞いたか?今後は加賀が指揮を執るって」

班員4
「大抜擢だろ···あの若さで班長になった奴なんているのか?」

加賀
······

周囲の声は無視して、前班長から引き継いだ書類に目を通す。

(爆破予告の場所に関連性は今のところ見当たらない···)
(愉快犯か···?それとも今までのがフェイクで、次が···)

浜口鉄郎
「おっ、いたいた。加賀!」

ハマテツこと浜口鉄郎が、わざと邪魔するような形で資料と俺の間に顔を出した。

加賀
邪魔だ

浜口鉄郎
「おい!そうやってすぐアイアンクローすんなよ!」

加賀
黙れ

浜口鉄郎
「痛っ···ちょ、加賀!?加賀くぅん!?」

手に力を込めてやると、浜口が悲鳴を上げて飛びのく。

浜口鉄郎
「お前、いつか俺の頭蓋骨粉砕しようとしてるだろ···」

加賀
テメェが邪魔するからだ

浜口鉄郎
「こんなところでしかめっ面してるから、何やってんのかって心配してやったのに」

加賀
余計なお世話だ。テメェはテメェの仕事をしろ

浜口鉄郎
「だからここに来たんだろ?班長が変わって、人員編成にも変更があったんだよ」
「いいチャンスだと思って申請したら、無事にお前の下に配属されたってわけだ」

加賀
余計なことしやがって···

なぜか、浜口にはやたらと懐かれている。
刑事課に配属されて増えた単独行動も、浜口が口裏を合わせて事なきを得たこともあった。

加賀
貸しだからな

浜口鉄郎
「なんでだよ!普通はわざわざ移動してきてやった俺が言う言葉だろ!」
「まあいいけどな。どうせ今回も、ひとりで全部どうにかしようとしてるんだろ」
「『大きな事件は全部俺が取る』ってか?」

加賀
うるせぇ

浜口鉄郎
「そんな態度だから、他の奴らとうまくいかないんだって」
「まあ、今じゃだいぶ仲間意識が芽生えてきたみたいだけどな」

加賀
テメェが勝手にそう思ってるだけだろ

浜口鉄郎
「ほんとは俺のこと、大事な相棒とか思ってるくせに」

加賀
微塵も思ってねぇ

浜口鉄郎
「まったまた!」

俺から資料を持っていくと、浜口がニヤッと笑った。

(···めんどくせぇお人好しに懐かれたもんだな)

浜口の言う通り、刑事課に配属されて以来、他の奴らとの折り合いはよくなかった。
だが何かあるたびに、どういうつもりか知らないが、浜口が間に入って取り持っている。

浜口鉄郎
「加賀の悪い癖だよな。手柄の独り占めはダメダメ」

加賀
ダメダメじゃねぇ。何かわい子ぶってんだ

浜口鉄郎
「いてっ!すぐ暴力に訴えるのやめろよ!」

浜口は去年結婚したばかりで、もうすぐ子どもも生まれる予定だ。
結婚式で嫁にも会ったが、穏やかな優しい女だった。

加賀
嫁とガキのために、キリキリ働けよ

浜口鉄郎
「ああ。うちのカミさん、病気がちだからな。また今度入院しなきゃいけないし」
「金も必要になるし、バリバリ働かないと」

浜口は、人が良すぎるのが玉にきずだった。

(こいつは絶対、刑事には向いてねぇな···なんでここにいるんだ)
(交番勤務にでもなって “街のおまわりさん” やってりゃいいじゃねぇか)

だが、決して口には出さないが、浜口の明るさに救われているのは事実だ。
浜口といつも一緒にいるふたりとも、そのおかげで前よりはマシな付き合いになった気もする。
最近じゃ、奴らがビールにどら焼き、梅干しが好きという心底どうでもいい情報まで手に入った。

(だが、そうは言っても周りは敵だらけ···)
(ましてや俺の場合は、父親が最大の敵だ)
(一生、こいつみたいに幸せな家庭を持つことなんざ、ねぇだろうな)

煙草を吸いに、外へ向かう。
浜口はなぜかついてきた。

加賀
テメェは犬か

浜口鉄郎
「お前が飼い主なんて嫌だよ。死ぬかもしれない事件に平気で投入されそうだし」

加賀
俺の駒になるなら、当然だ

浜口鉄郎
「駒じゃないっての」

このときはまだ、平和だったのかもしれない。
ハイテク犯罪対策総合センターから、爆破予告事件についての有力な情報が入るまでは―――

to be continued

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コメント

  1. しまちゃん より:

    いつもありがたく拝見しています。
    Feedlyで更新を確認しているのですが、3月の半ば以降
    feedが追加されなくなってしまいました。
    あつかましいお願いだと思いますが、なおしていただけたら
    ありがたいです。
    よろしくお願いします。

    • sato より:

      しまちゃんさん、コメありがとうございます。
      Feedlyで更新していない件、ご迷惑をおかけしております。
      今、原因を確認しておりますので、少々お待ちください。
      10日ごとに公開できるように頑張っておりますので、よかったらサイトを覗いてみてください。
      今後ともSato’s Roomをよろしくお願いしますね。

      サトコ

      • しまちゃん より:

        ご丁寧なお返事ありがとうございます。
        これからも更新楽しみにしています!