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パーティ√ 



【寮 自室】

クリスマスも間近に迫ってきた、ある休日。

(これは···一体···)

私の元に届いた、一通の手紙。
裏には封蝋がしてあり、まるでファンタジーの世界から届いた招待状のようだった。

(封蝋って初めて見た···かっこいいな···)
(って感動してる場合じゃない。宛先は間違いなく私だけど)

差出人が不明で、開けてもいいか迷ってしまう。

(でももしかして、中に書いてるのかもしれないし)
(開けてみないことには、始まらないよね)

思い切って封蝋を開けると、中から出て来たのは···


【教官室】

サトコの元に差出人不明の手紙が届いた、数日後。

黒澤
第3回、教官たちで補佐官さんを労おうの会~ドンドンパフパフ~

東雲
何、第3回って

颯馬
今までそんな企画ありましたか?

黒澤
色々やってきたじゃないですか、オレ発案で!
この数年で、オレがいくつこういう企画を持ってきたと!

石神
黒澤

黒澤
石神さんならわかってくれますよね?この企画の大事さが!
いつも頑張ってくれてる補佐官さんのやる気を引き出し
さらに交流も深めるという、この···

石神
黒澤、聞け

黒澤
なんですか?この企画に対するご意見ならいくらでも!

石神
少し黙っていろ。書類が頭に入ってこない

石神の厳しい言葉に、黒澤ががっくりと肩を落とす。

黒澤
なんですか~全然企画への意見じゃないですか!

後藤
黒澤

黒澤
後藤さん!後藤さんなら建設的な意見をくれますよね!?

後藤
煩い

黒澤
ついに “うるさい” じゃなくて “煩い” になった···
そうじゃなくて~!みなさん真面目に考えてくださいよ

東雲
えっ、真面目に考えるものだったの、コレ

黒澤
だって、もうすぐクリスマスですよ?年末ですよ?
今年一年頑張ってくれた補佐官さんに、ご褒美があってもいいじゃないですか

後藤
お前がどんちゃん騒ぎたいだけだろう

黒澤
もちろんそれもありますけど~

颯馬
黒澤、もう少し本音はオブラートに包みましょうか
ですが、確かに一理ありますね

黒澤
ですよね!周介さんならそう言ってくれると思ってました!

颯馬
厳しい訓練だけでなく、私たちの無理難題に応えてくれている補佐官ですから
アメとムチ的な意味でも、クリスマスパーティを開くのは良いかもしれません

加賀
アメなんざいらねぇだろ。あのクズ補佐官どもには、ムチで充分だ
それで言うことを聞かねぇ奴なんざ、そこら辺に埋めとけ

石神
まるでヤクザだな

加賀
あ゛あ゛?

黒澤
まあまあ!とにかく、クリスマスパーティは決定ってことでいいですか?
そこで今回のオレの企画、“教官たちで補佐官さんを労おう会” ですよ!

東雲
怠···

後藤
その前に、お前は教官じゃないだろ

石神
企画はするが、お前はパーティに参加しないということでいいのか?

黒澤
なに言ってるんですか!この黒澤がいないと始まりませんよね?
それに、オレの心はいつだって、教官のみなさんと一緒ですよ☆

東雲
ウザ···

加賀
今すぐここを出ていくか、海の藻屑になるか、選ばせてやる

黒澤
ひどい!オレだって一生懸命なのに!

難波
なんだぁ?ずいぶん騒がしいな

ドアを開けて入ってきた難波に、黒澤が駆け寄る。

黒澤
難波さん、いいところに!
みなさんがオレの意見を全然聞いてくれないんですよぉ~

石神
甘えた声を出すな、気色悪い

難波
お前の意見なんて、どうせまたくだらねぇことなんだろ?

黒澤
難波さんまで!くだらないかどうかは企画内容を聞いてから判断してください!

東雲
あんな企画、室長がOKするはずないでしょ

颯馬
年末は忙しいですからね。補佐官を労うというのはいいことだとは思いますが

石神
年末に向けて、補佐官たちには試験も演習もある
俺たちも、教官職と現場の方で手一杯だ

後藤
そうですね。パーティをしようにも、時間が···

難波はきっと却下するだろう―――
誰もがそう思っていたそのとき、教官室に無情な声が響いた。

難波
クリスマスパーティ?別にいいんじゃねぇか?

全員
「!!!」

加賀
なん···だと···?

難波
おっさん、そういうのはよくわかんねぇけどなあ
一年の締めの意味でも、やっといてもいいと思うぞ

石神
室長、お言葉ですが···我々の時間が取れません
各自別件の捜査を抱えているうえ、学校の仕事もありますから

難波
お前らなら、それくらいどうとでもなんだろ
たまには世間様の行事に顔だしとけ

難波にそう言われれば、教官たちには承諾の道しか残されていない。

黒澤
というわけで、早速準備を始めましょうか!

加賀
テメェ···さっさとこの世との別れを済ませとけよ

黒澤
加賀さん、オレをどうするつもりですか···

東雲
消すつもりでしょ、間違いなく

後藤
それにしても、クリスマスパーティか···

颯馬
楽しそうではありますけど、時間のやりくりが大変そうですね

黒澤
まあまあ、手分けして準備すればあっという間ですから!

東雲
えっ、オレたちも準備しなきゃなんないの?

石神
言いだして人間がすべてやるべきだろう

加賀
テメェの企画なら、責任もって最後までやりやがれ

黒澤
でもほら、オレだけで進めると、オレの好きなものばっかりになりますよ
それでもいいなら準備しますけどー

難波
お前の好きなものばっかりってなんだ?

黒澤
そうですねー、例えば食事のデザートはプリンとか

加賀
何···?

黒澤
和食のお店だったら、もしかして大福とかかもしれませんねー

石神
聞き捨てならないな

後藤
···自分たちで店を探しますか

各々、パソコンやスマホでよさそうな店を探し始める。

颯馬
ここはどうですか?美味しそうなワインとチーズが食べられそうですよ

難波
ちょっと洒落た店すぎねぇか?補佐官連中も来るんだろ?

東雲
そこら辺の居酒屋でいいと思いますけど

石神
デザートの種類は多い方がいい

加賀
当然だ。甘味を扱ってねぇ店なんざ論外だ

難波
おっさん、肉が食いてぇなー

好き勝手なことを話す教官や室長を見ながら、黒澤が思い出したような顔になる。

黒澤
そういえば、クリスマスならプレゼントがいるんじゃないですかね

後藤
プレゼント···?補佐官にか?

黒澤
みんなでプレゼント交換とかやります?

加賀
くだらねぇ

東雲
そこまでやる必要ないでしょ

黒澤
でもいいんですか?せっかくのクリスマスなのに
みなさん、プレゼントをあげたい人くらいいますよね?

全員
「······」

颯馬
···そうですね。自分の補佐官くらいにはあげてもいいかもしれませんね

難波
なら、各自用意しとくってことでいいんじゃねぇのか?
おっさんにも、プレゼントしたいひよっこがひとりいるしなぁ

石神
ですが、単純に物を買い与えるのは違う気もしますが
それでは、餌付けと変わりません

黒澤
じゃあ、当日補佐官さんたちとお店に行って選んでもらいます?

加賀
めんどくせぇ

後藤
あまり連れ回すのも、どうかと

大の男7人が、頭を突き合わせて悩む。

後藤
(···あいつに、クリスマスプレゼントか)
(もともと何か渡すつもりではいたが···あいつが喜びそうなものと言ったら···)

加賀
(チッ···黒澤の野郎、めんどくせぇこと言いだしやがって)
(···あとで花に、何が欲しいか探らせとくか)

石神
(クリスマスなどと浮かれるのは、性に合わないが···)
(あいつの喜ぶ顔が見られるなら、たまにはいいかもしれないな)

颯馬
(今年はふたりきりで過ごすつもりだったが···仕方ない)
(パーティが終わったあと、いくらでも一緒に過ごせる)

東雲
(はあ···ほんと怠···)
(まあ、あの子が欲しいものなんて、ちょっとカマかければすぐわかるし)

難波
(おっさんの趣味でプレゼント買うわけにもいかねぇしなあ)
(若い女が欲しがってるものなんて、全然見当がつかん)

黒澤
(本当はふたりきりでクリスマスっていうのもよかったけど)
(彼女は賑やかな方が好きだし、今年はこれくらいの方が······)

黒澤
おーっとみなさん、どうしたんですか?そんなに考え込んじゃって!

全員
「!」

黒澤
もしかして、特定の “誰か” を想像してました?
後藤さん?どうなんですか?なんかニヤニヤしてましたけど!

後藤
······

黒澤
石神さんも周介さんも、難しい顔しながら何考えてたんですか~?

石神
······

黒澤
加賀さんだって、珍しく···

加賀
今すぐ黙らねぇと、一生その口きけなくしてやる

黒澤
すみません、黙りますから!
じゃあお店は、食べものが豊富な居酒屋にしときますね

難波
おー、頼んだぞ。んじゃ、そろそろ行くわ

東雲
オレも次講義だっけ。じゃあね

後藤
石神さん、そろそろ時間です

石神
そうだな

全員、講義や任務に向かうため散り散りになる。
残った黒澤は、嬉しそうに店の予約を始めた。


【居酒屋】

そして、クリスマスパーティ当日。
やってきた補佐官たちは教官たちの姿に恐縮しながらも、空いている席へと腰を下ろす。

サトコ
「遅くなってすみません!黒澤さん、今日はご招待ありがとうございます!」

黒澤
サトコさん、お待ちしてましたよ~
さあさあ、どうぞお好きな席へ!

サトコ
「はい、ありがとうございます」

空いている席に座りながら、バッグの中に忍ばせてきたあの手紙をこっそり見る。

(···これってやっぱり、カレが送ってくれたのかな)
(でも、どうしてわざわざ···?書いてあることも、普段とは全然違ったし)

チラリとカレを見たけど、教官たちや他の補佐官たちと楽しそうに食事している。

(とりあえず、せっかくのクリスマスパーティなんだから)
(手紙のことはいったん忘れよう)
(美味しそうな料理も並んでるし、今日は楽しまなきゃ!)

ほどよくお酒がまわってきたころ、黒澤さんがマイクを持って立ち上がった。

黒澤
さあ、やって参りました!

東雲
透、うるさい。マイク切って

黒澤
みなさんお待ちかねの、カラオケタイムです!

後藤
誰も待ってない

石神
マイクを切れ

黒澤
ではまず、最初に美声を披露してくれるのは···

難波
声響いてんなあ

(黒澤さんの暴走にいちいちツッコミ入れてあげる教官と室長、優しいな···)
(なんだかんだ言って愛されてるよね、黒澤さんって···)

黒澤
この方です!

加賀
······

黒澤さんが、加賀教官にマイクを差し出す。
その瞬間、加賀教官が獲物を捕らえた獣のような瞳になった。

加賀
テメェ···

黒澤
いいじゃないですかー。加賀さん、めちゃくちゃ歌上手いって情報が届いてますよ

加賀
情報源は誰だ。人生終わらせてやる

千葉
「マイク通じて物騒なこと言ってるな、加賀教官···」

サトコ
「でもちょっと聞いてみたいよね、加賀教官の美声」

黒澤さんが曲を入れたのか、イントロが流れ始める。

難波
加賀、観念して歌え

加賀
······

千葉
「さすがに加賀教官も、室長命令には逆らえないか···」

サトコ
「加賀教官に命令できる唯一の人だよね、室長って···」

渋々、加賀教官が黒澤さんからマイクを受け取る。
しっとりとラブソングを歌う加賀教官の声は、聞いたこともないほど綺麗だった。

サトコ
「!!!???」

千葉
「え···え!?何この美声!?」

難波
おー、相変わらずうまいなー

東雲
透に情報流したの、難波さんですか?

難波
いやあ、せっかくだからアイツのカラオケで盛り上がるのも一興だろ

颯馬
あの姿を見ていると “鬼の加賀” と呼ばれている人とは思えませんね

(本当だ···いつものあのドスのきいた声はどこへ!?)
(すごい···!鳴子が聞いたら大喜びしそう!)

歌い終えると、加賀教官は再び、いつもの声に戻った。

加賀
黒澤···あとで覚えとけ

黒澤
まあまあ、犠牲になるのは加賀さんだけじゃないですから
はい、後藤さん!出番ですよ~

後藤
···何?

黒澤
加賀さんひとりに歌わせるのは、後輩としてよくないじゃないですか

後藤
それなら、歩の方がいいんじゃないか

東雲
あーすみません。オレ今、喉痛めてて

黒澤
あれだけ加湿器を常備している人が本当に喉を傷めてるかどうかは別として!

東雲
透、黙って

黒澤
もう後藤さんの曲入れちゃいましたから!はいどうぞ!

後藤
······

加賀教官が歌ったのに自分が断るわけにはいかないのか、後藤教官がマイクを受け取る。

(っていうか、今日は黒澤さんの独壇場だなあ)
(誰かをいじってるときの黒澤さんって、ほんと生き生きしてる···)

歌い始めた後藤教官の声に合わせて、補佐官たちが手拍子を始めた。

サトコ
「え···」

千葉
「すごい···息ぴったりだ」

補佐官
「後藤教官!かっこいい!」

加賀教官のときはあまりにも意外な美声に静まり返っていたけど、
今度は大盛り上がりだ。

(さすが後藤教官、みんなに愛されてるなあ)

難波
よっ、後藤!日本一!

サトコ
「室長まで合いの手を入れてるよ···」

千葉
「···練習でもしてたみたいに完璧なタイミングだね」

(練習···?あの教官たちが、私たちとのクリスマスパーティのために···?)
(いやいや、まさか···でももしそうなら、その練習風景、見てみたかった···!)

他の補佐官たちも、意外な教官たちの姿を楽しんでいるらしい。
教官たちのカラオケを聞きながら、美味しい料理を楽しんでいると、室長がやってきた。

難波
よう、ひよっこ。飲んでるか?

サトコ
「室長!すみません、お酌もせずに」

難波
ああ、そういうのはいい。今日はお前らを労う会らしいからな
それにしても、たまにはこういう宴会もいいもんだな

千葉
「室長は歌わないんですか?」

難波
ん~?俺が歌うと演歌ばっかりになっちまうぞ

千葉
「演歌···」

サトコ
「ちょっと聞いてみたい気はしますけど···」

難波
まあ、適当に楽しめよ

お酒のグラスを持って、室長が他の補佐官たちのほうへ行く。
入れ替わりでドサッと私の隣に座ったのは、東雲教官だった。

東雲
はあ···めんど···

サトコ
「あの···よくこんなパーティに顔出しましたね」

(適当な理由を付けて、絶対来ないと思ってたけど)

東雲
仕方ないでしょ、室長命令なんだから
それにしてもほんっと、透ってロクなことしないよね

サトコ
「でも私たちは楽しいですよ。教官たちの歌声も聞けたし」
「そういえば、東雲教官は歌わないんですか?」

東雲
···オレが歌うと思う?

サトコ
「思いません···」

黒澤
歩さーん!何歌います~?

東雲
ねえ、何で歌うのが前提になってるわけ?

黒澤
全員歌うまで終わりませんよ~

サトコ
「東雲教官、喉痛めてるんですよね?」

東雲
ああそうだ、そういうことになってたっけ

(やっぱりアレ、嘘だったんだな···)

黒澤さんから逃げるように、東雲教官がお手洗いへと消えた。

(せっかくだし、私も教官たちに挨拶してこようかな)

千葉さんに断わって席を立つと、後藤教官と颯馬教官の席へ向かった。

サトコ
「教官、お疲れさまです」

颯馬
サトコさん···

後藤
······

サトコ
「ど、どうしたんですか?後藤教官、屍みたいになってますけど」

颯馬
さっきのカラオケで、だいぶダメージを受けたようです

後藤
地獄だった···

(確かに、後藤教官ってみんなの前で歌うイメージがない···)

サトコ
「でも、みんなの手拍子とか合いの手、絶妙でしたけど」

颯馬
後藤は男性訓練生から愛されてますからね
班長たちは、相変わらずですが

サトコ
「え?」

颯馬教官の視線を追いかけると、
石神教官と加賀教官が、ひとつのメニューを一緒に見ている。
でもふたりの眉間には皺が寄り、時折加賀教官の舌打ちも聞こえた。

加賀
なんでテメェと同じものを頼まなきゃならねぇ

石神
コース料理になっているから、デザートは一種類しか頼めないらしい
それなら、プリン一択だろう

加賀
クズが。こっちの羽二重餅以外の選択肢はねぇ

石神
これだけ食べた後に餅は重い。プリンの方が軽く食べられる

加賀
軽い、か。テメェの脳みそと同じだな

石神
柔らかいものばかり食べ過ぎて、物事を考える力すらなくなったのか?

(またやってる···仁義なき甘味の闘い···)
(とりあえず全員分頼んで、教官のどっちかが個人的にデザートを頼めばいいんじゃ)

黒澤
あーあ、またやってますね~

いつの間にか隣に来ていた黒澤さんが、教官たちを見て呆れたように笑っている。

サトコ
「黒澤さん、なんでデザートが一種類しか頼めないんですか···」
「おかげで、班長たちの甘味バトルが勃発してますよ」

黒澤
そういうコースみたいですね~。オレも知らなかったんですけど
それよりサトコさん、どうです?楽しんでますか?

サトコ
「はい、教官たちのカラオケも聞けて、すごく楽しいです」
「今回のパーティ、黒澤さんが企画してくれたんですよね?」

黒澤
ええ、後藤さんに罵倒され、石神さんに邪魔者扱いされ
歩さんには虫けらを見るような目で見られ、加賀さんには殺されかけましたけど!

サトコ
「それでも開催しちゃうのがすごいですね···」

黒澤
まだまだいろんな企画がありますから、楽しんでくださいね

笑顔を残し、黒澤さんが東雲教官を見つけて走っていく。
自分の席に戻ると、もう一度バッグを覗き込んだ。

(この手紙···カレが送ってくれたのか、こっそり聞こうと思ったけど)
(そんな雰囲気じゃないな···パーティが終わったあと、一緒に帰れたら聞いてみよう)

パーティもお開きになり、補佐官たちが教官たちにお礼を言って帰っていく。

(私も、そろそろ帰ろうかな)
(そういえば、カレは···)

その姿を見つけ、後ろからそっと声をかけた···

<選択してください>

後藤

後藤さんとふたりきりの帰り道で、例の手紙をバッグから取り出した。

サトコ
「後藤さん、見てください」

後藤
なんだ?

サトコ
「これって···確か、サン・テグジュペリの言葉ですよね」

“愛する―――”
“それはお互いに見つめ合うことではなく、いっしょに同じ方向を見つめることである”

手紙には、そう書かれていた。

後藤
······

サトコ
「差出人が不明で···」

(もしかして、後藤さんがくれたのかと思ったんだけど)

でもなぜか、後藤さんは何も言ってくれない。
そのまましばらく、沈黙のまま歩き続けた。

(後藤さんじゃなかったのかな···でも、だとしたら誰が)

サトコ
「あの···」

後藤
アンタは、どう思う

サトコ
「え?」

後藤さんが聞いているのは、手紙に書かれた言葉についてのようだ。

(愛することは、お互いに見つめ合うのではない···)
(一緒に、同じ方向を見つめること、か···)

サトコ
「なんとなく、わかります」

後藤
······

サトコ
「私も、後藤さんと同じ方向を向き続けたいと思います」
「その···たまに見つめ合うのも、嬉しいですけど」

返事がないので恥ずかしくなり、思わず後藤さんを見上げる。
月明かりに照らされたその微笑は、いつも以上に優しく見えた。

後藤
···そうか

サトコ
「後藤さんは···どう思うんですか?」

後藤
俺も、アンタと同じだ
たまに見つめ合うのもいい···っていうのもな

頭を撫でてくれる後藤さんの大きな手に、不思議な安心感を覚えた夜だった。

加賀

加賀さんとふたりきりになると、早速手紙を見せた。

加賀
···なんだ

サトコ
「この手紙に、バイロンの名言が書いてあって···」

“あなたの為に世界を捨てることはできない ”
“しかし、世界の為にあなたを捨てることもしない ”

加賀
······

サトコ
「素敵な言葉ですよね···精一杯の愛が詰まってる気がして」

加賀
どこがだ

サトコ
「だって、誰かのために世界を捨てられないのは当たり前じゃないですか」
「だけど···何があっても、相手を捨てることはない、って」

(これ以上の愛はない気がする···口先だけの簡単な愛を誓うよりも、ずっと)

サトコ
「なんだか、加賀さんみたいです」

加賀
······
···チッ

舌打ちが聞こえたと同時に、持っていた手紙が消えた。

サトコ
「え!?」

加賀
くだらねぇもん持ってきやがって

サトコ
「あーーー!なんで破るんですか!」

加賀
喚くな

(···アイアンクローが来る!)

思わず身構えたけど、予想していた衝撃と痛みがない。
恐る恐る目を開けると、加賀さんはなぜか私から目を逸らした。

サトコ
「···加賀さん、耳赤くないですか?」

加賀
···寒いからだろ

サトコ
「確かに寒いですね。もしかして雪が降···」
「···っくしゅん!」

鼻をすすると、加賀さんが少し強引に私の手を取った。

加賀
ぐずぐずしてねぇで行くぞ、クズ

サトコ
「あ···は、はい」

破り捨てられた手紙は、元には戻らない。
でもあの手紙の筆跡は、加賀さんのものによく似ていた----

石神

帰り道、あの手紙を石神さんに見せた。

“ かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを ”

サトコ
「これって、藤原実方朝臣が詠んだ和歌ですよね」

石神
ああ、そうだな

サトコ
「意味は···あなたに恋する気持ちを口に出して言うことさえできず」
「伊吹山の草のように、私の恋心は燃えています」

石神
······

サトコ
「こんな私の恋心なんて、あなたは知らないでしょう···でしたっけ」

石神
調べたのか

サトコ
「はい。気になって」
「昔の人は、こんなふうに和歌に想いを乗せて気持ちを伝えていたんですね」

手紙に書かれている和歌を眺めていると、なんだか胸が締めつけられるようだ。

(···なんて、私がこんな気持ちになってることも、石神さんは知らないだろうな)
(この和歌って、私の気持ちに近い気がする)

サトコ
「でも、ロマンチックですね。こういう和歌のやり取りも」
「好きな人からもらえたら、きっと嬉しいだろうな」

石神
もらえているだろう

サトコ
「え?」

石神
その和歌を引用した手紙をもらったのは、お前自身だ

サトコ
「そうですけど···」

(でも私、今『好きな人から』って言ったのに)
(じゃあやっぱり、これって···)

石神
ぼんやりするな。早くしろ

サトコ
「ま、待ってください!」

慌てて手紙を大切にバッグにしまいながら、送り主の背中を追いかけた。

颯馬

サトコ
「見てください、颯馬さん。この手紙」

颯馬
ん?

サトコ
「トーマス・フラーの名言が書かれてるんです」

“ 貴女がいないときに愛は研ぎ澄まされ、貴女といるときに愛は強くなる ”

これを送ってくれたのは颯馬さんではないかと期待しつつ、手紙を見せる。

サトコ
「どう思います?」

颯馬
いい言葉ですね

サトコ
「そ、そうじゃなくて···いや、そうなんですけど」

(あれ···?もしかして、颯馬さんじゃなかった?)
(いやでも、こういうの送ってくれるのなんて、颯馬さんくらいしか)

颯馬
どうかしましたか?

サトコ
「いえ···すごく素敵な言葉だなって思ったんです」
「それで、その···」

颯馬さんが選びそうな言葉なので、とは言えず、口ごもる。
クスッと笑い、颯馬さんが私の手を取った。

颯馬
昔の人は、いいことを言いますね
特にこういう恋愛の格言は、心に留めておきたいものです

(恋愛の格言か···この言葉の意味って···)

サトコ
「一緒にいる時もいないときも、相手を想って愛が深まる···ってことですよね」
「私···これ、すごくよくわかります」

颯馬
ええ。私もですよ

微笑み、颯馬さんが立ち止まって私の頬に手を添えた。
目を閉じると、今まで以上に愛を深めるような甘いキスが落ちてきた······

東雲

サトコ
「教官···この言葉、どう思います?」

東雲
何?

帰り道、例の手紙を東雲教官に見せる。
そこには、シェイクスピアが言ったとされる格言を引用した言葉が書かれていた。

“ あまりにしつこくつきまとわれる恋は、ときに面倒になる ”
“ それでもありがたいと思うけど ”

サトコ
「なんか、こう···身につまされる言葉なんですけど」

東雲
あ~わかる。まるっきり同感

サトコ
「えっ、教官も身につまされてるんですか?」

東雲
そっちじゃなくて。コッチ

トン、と東雲教官が手紙を指で叩く。

サトコ
「こっちに同感···!?」

東雲
超わかるー

サトコ
「ちょっと待ってください!これがわかるって、どういう···」

(しつこく付きまとわれる恋は面倒···って、もしかしてこれ、私のこと!?)
(そ、そこまでしつこくしてた···!?いや、してるか···!)

頭を抱えてうずくまりたい気持ちになりながら、必死に東雲教官を追いかける。

サトコ
「あの···これ、もしかしなくても教官が···?」

東雲
さあ?
まあ、キミに手紙を出すなんて、ずいぶん酔狂だなとは思うけど

隣を歩きながら肩を落とす私に、教官がため息をついた。

東雲
ちゃんと読みなよ、それ

サトコ
「もう穴が開くくらい読みましたよ···」

東雲
じゃあわかるでしょ。ありがたいとは思ってるって

サトコ
「あ、そっか···そうですよね」
「···ん!?いや、それだとダメです!面倒にならないでください、教官!」

ひとりでさっさと行ってしまう東雲教官の背中を、必死に追いかける私だった···

難波

サトコ
「この手紙なんですけど···」

室長がくれたのかと思いつつ、手紙を見せる。
そこには、パスカルの名言が書かれていた。

“ 恋愛に年齢はない。それはいつでも生まれる ”

難波
なんだ?俺たちのことか?

サトコ
「え?」

(あれ?てっきり、差出人は室長かと思ってたけど···違うの?)
(室長からだと思って嬉しくて、張り切って見せちゃったけど···)

手紙を見ながら不思議そうにする室長に、私も首を傾げる。

難波
どうした、豆鉄砲食らったハトみたいな顔してるぞ

サトコ
「あ、いえ···」

(室長じゃないとしたら、誰が···?)
(私たちの年齢差は気にしなくていい、いつでも好きでいてくれる)
(···って意味だと思ったのに)

肩を落とす私の手を、温かいものが包み込む。
顔を上げると、私の手を取った室長の横顔は嬉しそうだった。

難波
わかりやすくて、いい言葉だな

サトコ
「···室長」

難波
歳取ると、そういう言葉のありがたみがよくわかる

サトコ
「ふふ···そうですね」

(わかりやすいのは、室長の方です···)
(やっぱり、この手紙って···)

それ以上は聞かなかったけど、確信にも似た気持ちがあった。

難波
ずいぶん楽しそうだな

サトコ
「楽しいですよ。でも、内緒です」

難波
なんだなんだ、最近の若い奴はわかりにくいなー

私の考えとは正反対のことを言いながら、室長が歩調を合わせてくれる。
室長の手のぬくもりを感じながら、幸せな気持ちで帰路についた。

黒澤

黒澤さんと並んで歩きながら、例の手紙を取り出す。

サトコ
「確か、ゲーテの言葉だと思うんですけど···」

“ いつも変わらなくてこそ本当の愛だ ”
“ 一切を与えられても、一切を拒まれても、変わらなくても ”

黒澤
うわー、すごい言葉ですね

サトコ
「究極の愛、って感じがしますよね」

黒澤
でも実際は難しくないですか?好きだからこそ、いろいろ求めちゃうし

サトコ
「好きだからこそ···」

(確かにそうかも···私も、好きな人には自分だけを見てほしいって思うし)
(でももし、この言葉のように全部を拒まれたら···)

サトコ
「···それでもやっぱり、気持ちは変わらないと思います」

黒澤
え?

サトコ
「好きだからこそ、いろいろ求めちゃうけど···でも」
「今のすべてを受け入れたいっていう気持ちも、本物だと思うんです」

黒澤
······

サトコ
「相手から与えられても、たとえ拒まれても」
「それでも、私は···」

言いかけて、ハッと我に返る。

(うっ、は、恥ずかしい···なんかちょっと語り過ぎた···)

サトコ
「すみません···酔ってるのかも」

黒澤
いいですよ。そういうアナタも新鮮ですから
···サトコさんに愛される人は、幸せですね

穏やかに微笑みながら、黒澤さんが静かに、私の手を取る。
言葉もなく歩き続ける私の上に、ゆっくりと雪が降り始めていた。

Happy  End



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