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出会い編 後藤1話



【モニタールーム】

警察学校の入校式が終わって突然始まった訓練は、各教官とのペアに分かれての潜入捜査。
誰を選ぶか迷って、今朝助けてくれた後藤教官に視線を留める。

(今朝会ってるのも、何かの縁だよね)
(助けてもらったお礼も言いたいし、後藤教官にしよう)

サトコ
「後藤教官、お願いします!」

後藤
······

私が大きく頭を下げても、後藤教官は厳しい表情のままだ。

東雲
あー、いいとこ選んだね。後藤さんは石神班のエースだし

颯馬
無愛想ですが、面倒見はいいですからね。意外と教官に向いてると思いますよ

無表情の後藤教官に少し不安になったが、教官たちの話に胸を撫で下ろす。
その後、石神教官の進行のもと、次々とペア分けが進んで行く。

石神
後藤、お前はこの案件を頼む

後藤
了解です

後藤教官は石神教官から書類を受け取って、私の方を見る。

後藤
行くぞ

サトコ
「は、はい!」

校舎の方に歩き出した後藤教官の後を追う。

(そうだ、今朝のお礼も言わないと!)

サトコ
「あの、今朝は助けていただいてありがとうございました!」
「それから、捜査の邪魔をしてしまい申し訳ありません」

後藤
···お前には関係ない。コッチの問題だ

振り向かずに告げられた言葉に、私は我に返る。

(関係ない···そうだよね。迷惑をかけただけで···)

後藤
だから、気にするな

サトコ
「は、はい!」

ポツリと付け足された言葉に前を見ると、後藤教官がわずかに後ろを振り返っていた。

後藤
で、お前、名前は?

サトコ
「氷川サトコです」

後藤
氷川、急ぐぞ。日が暮れる前には捜査に出たい

サトコ
「はい!」

早足になった後藤教官を私は小走りで追いかけた。



【個別教官室】

後藤教官が向かったのは、教官室の奥にある個室だった。

(あれ?すぐに捜査に出るんじゃ···)

部屋に入って落ち着かずにいると、後藤教官はおもむろにジャケットを脱ぎ始める。

サトコ
「あの、訓練の潜入捜査は···」

後藤
氷川···

(え!?)

後藤教官はワイシャツまで脱ぐと、上半身裸で私に迫ってくる。

サトコ
「あ、あの···っ」

その姿を直視できずに俯いていると······

後藤
俺の女になれ

サトコ
「は!?」

驚きのあまりに口をパクパクさせていると、後藤教官が眉をひそめた。

(聞き間違い!?でも、確かに俺の女になれって···)

サトコ
「えっと、その···いきなり言われても困ります」

後藤
···最後まで聞け
これから俺と男女の関係を装い、摘発対象の闇カジノに潜り込む

サトコ
「!?」

(だ、男女の関係!?)
(それって···後藤教官とカップルのフリをするってこと!?)

後藤
単独で乗り込むよりも、男女のカップルで向かった方が怪しまれないからな

サトコ
「は、はい」

(最初から潜入捜査なんて···)

今日は入校式だけだと思っていただけに、予想外の流れに戸惑いも大きい。

後藤
闇カジノは本来ならば摘発対象だが
俺たちが追っている思想犯や政治犯が出入りしている場所でもある
摘発前に必要な情報を収集しておきたい
今日はカジノの客たちの情報などに探りを入れる

(思想犯に政治犯···私がこれまで経験してきた事件とは次元が違う)
(これが刑事になるための道なんだ。いつかは経験することなんだから覚悟を決めよう)

サトコ
「任務の内容は分かりました。よろしくお願いします」

後藤
ああ

(って···後藤教官···まだ裸···!)

説明を受けるのに教官を真っ直ぐ見ていたけれど、我に返って視線を逸らせる。

サトコ
「あの、教官···ふ、服を着てもらえますか?」

後藤
分かってる。お前も着替えろ

サトコ
「え?着替え?」

真新しいシャツに袖を通しながら、後藤教官が机の上の袋を私に手渡した。

(パーティードレスが入ってる···)

紙袋のドレスを出して確認していると、後藤教官はフォーマルスーツに着替えていた。

(か、格好いい···!)

思わず後藤教官に見惚れてしまう。

後藤
どうした?

<選択してください>

 A:恰好いいなって 

サトコ
「格好いいなって···思いまして···」

後藤
そんな気の緩んだことを言っている場合か
闇カジノには暴力団員などの危険人物も出入りしている
訓練とはいえ、失敗すればここに戻れないと思っておけ

サトコ
「は、はい!」

 B:なんでもありません 

サトコ
「いえ、なんでもありません。私はこのドレスに着替えればいいんですね?」

後藤
闇カジノに集まるのは金持ちばかりだ。立ち振る舞いにも気を付けろ

サトコ
「はい、わかりました!」

 C:よくお似合いです 

サトコ
「よくお似合いです。そのスーツ」

後藤
こういう恰好は動きづらいから好きじゃないんだがな
捜査のためなら仕方ない
潜入捜査は意外な格好をさせられることもある。フォーマルスーツならいい方だ

(意外な格好って、どんな格好だろう···)

捜査で着慣れているのか、手早く着替えると後藤教官は一旦部屋を出ていく。

(ここで着替えろってことだよね?こんなドレス着るの初めて···)

長野の田舎ではドレスを着る機会なんて滅多にない。
靴から髪飾りまで一式揃えられたものに着替えると、ドアがノックされた。

後藤
もういいか?

サトコ
「はい。着替え終わりました」

後藤教官はドアを開けると、私を見つめる。

サトコ
「これで大丈夫でしょうか?」

後藤
お前で正解だったな

サトコ
「え···そ、そうですか?」

(それってドレスが似合ってるって···)

後藤
警察らしさがまるでない
それならバレないだろう

サトコ
「······」

(これって···褒められてないよね···)

後藤
準備ができたなら行くぞ

サトコ
「はい」

後藤教官の言葉に落ち込む間もなく、最初の任務に出発することになった。



【カジノ】

(ここが闇カジノ···すごい···海外のカジノみたい)

都内の高級マンションの最上階フロアを改装したらしき闇カジノ。
後藤教官は会員証らしきものを入口の黒服に見せて入っていく。

サトコ
「チェックはそれだけなんですか?結構セキュリティ甘いですね」

中に入って小声で話しかけると、後藤教官は周囲に視線をめぐらせたまま小さく口を開いた。

後藤
この部屋の鍵自体、出入りを許可されている者にしか渡されていない
鍵を持っている時点で、最初のセキュリティチェックはクリアしているということだ

話しながら後藤教官はシャンパングラスを2つ取って、1つを私に手渡してくれる。
グラスに触れた手が重なって、そのままぐっと抱き寄せられた。

サトコ
「きょ、教···」

後藤
 “誠二” だ

後藤教官が耳元でささやく。

(い、いきなり教官を呼び捨て!?恋人同士って設定なら当然かもしれないけど···)
(でも任務だし、余計なこと考えないでちゃんとしないと)

サトコ
「せ、セイジ···さん」

後藤
···まぁ、それならいいか
この場にいるすべての人間を観察しろ
視線をさり気なく移動させて顔は動かさないようにするんだ

サトコ
「わかりました」

後藤教官の手が腰に回され、私たちはパーティの輪に入っていく。
するとすぐに白髪のお金持ちそうな老夫婦が声をかけてきた。

老婦人
「あまり見ない方だけれど···こちらに来るのは初めて?」

後藤
いえ、これまでに2回ほど···
なかなか仕事の都合がつかないもので

老婦人
「ここにいらっしゃる方は忙しい方ばかりですものね。私たち引退組以外は」
「とはいえ、同じような年代の方たちに会えるから楽しいというのもあるのだけど」

後藤
今の日本を作ったのは、あなたたち団塊の世代です。積もる話もあるのでしょうね

(後藤教官、この女性から何か情報を聞き出そうとしているのかな)

私はその様子を黙って観察する。
気の利いたことを言いたいけれど、邪魔になりそうで口を挟めない。

老婦人
「ほほ···そんなことありませんのよ」
「わたくしの主人は定年までと議会の議員を務めていましたけど···」
「こちらに集まる方々は、一癖ある方が多いわ」

後藤
一癖···ですか?

老婦人
「ええ、ここだけの話···顔を合わせるのは左派の人ばかりよ」
「彼らがこんな所に来るのは私も驚いたけど···まあ、人生に娯楽は必要ということよね」

後藤
そうですね

(左派っていうと、平等な社会を目指す社会主義だよね)
(ギャンブルとは相容れないイメージがあるけど···そんなことないのかな···)

サトコ
「政治家の方も多く出入りしているんですか?」

老婦人
「あなた···ここで職業の話をするなんて···」

老婦人が訝るようにその眉をひそめる。

(え!今、ご主人がと議会の議員だって話をしてたのに!)

サトコ
「あ、いえ、その···私は···」

後藤
彼女は今日、初めてここに来たので···
申し訳ありません
貴女のような女性に作法を教えていただけると助かります

老婦人
「あなた、なかなか物分りがいいのね。わたくしのお友達に紹介したいわ」

後藤
ぜひ。勉強になる話を聞かせてください

老婦人
「若い人が皆、あなたみたいだと助かるのだけど。おほほ」
「そちらのあなたも一緒にどうぞ。わたくしがいろいろ教えて差し上げますわ」

サトコ
「あ、ありがとうございます···」

(後藤教官のおかげで助かった···)

後藤教官は老婦人から様々な人を紹介され、次々と話を聞いている。

(さすが···こんなに自然な形で聞き込みができるなんてすごい)

一通りの話を終えると、後藤教官は私の肩を抱いた。

後藤
少し疲れただろう?休憩しよう

サトコ
「は···はい···」

気遣うような優しい笑みで話しかけられ、鼓動が跳ね上がる。

(いやいや、これは捜査のための演技だから)

自分に言い聞かせるように頭を振る。
私の肩を抱いて、教官はカジノの奥の方へと向かった。


【VIPルーム】

部屋に入るなり、後藤教官は室内をくまなく調べ始めた。

後藤
···盗撮の危険も盗聴の危険もないな

サトコ
「この個室って、休憩するためにあるんですか?」

後藤
男女が情事に及んでいることもある

サトコ
「じょーじ······」

(って···!)

理解したと同時に恥ずかしさがこみ上げる。
慌てている私を尻目に、後藤教官は特に気にした様子もなく屈んでソファの裏を探っていた。

後藤
このカバーの中がいいか···
氷川、今から俺が盗聴器をこの中に仕掛ける
お前はその間、店員と他の客を近づけないようにしろ

サトコ
「他の人が入ってくるんですか?」

後藤
ハプニングバーの一面もあるからな。適当にあしらっておけ

サトコ
「が、頑張ります!」

(どうか誰も来ませんように···!)

私の祈りも虚しく、すぐに部屋のドアがノックされた。

後藤
3分だ。誰も入れるな

サトコ
「はい!」

【廊下】

私が小さくドアを開けると、向こうにはスポーツマン風の男が立っていた。


「中、使ってるの?」

サトコ
「はい。あと3分ほどで出ますので、待っていただけますか?」


「3分?随分はっきり言うね。カップ麺でも作ってるの?」

<選択してください>

 A:そんなわけありません! 

サトコ
「そんなわけありません!こんなところでカップ麺なんて作りませんよ」


「こっちだって冗談だって。怒るなよ」

(こうなったら、気分の悪い人がいるって言って誤魔化そう)

サトコ
「あの、中で気分の悪い人を休ませているので···」
「3分だけ眠りたいって言われてるんです」

 B:彼が酔ってしまって··· 

(どうしよう···彼が酔ってるって話にして誤魔化そう!)

サトコ
「あ、いえ···彼が酔っぱらってしまって。あと3分ほどで気分が良くなると言うので」


「休みたいほど気分が悪くなってるなら、3分じゃ良くならないんじゃないか?」

サトコ
「本人がそう言っているので大丈夫だと思います。ちょっと飲み過ぎただけなので」

 C:察してください··· 

(こうなったら、意味ありげな言葉で間を持たそう!)

サトコ
「察してください···」


「意味深な言い方だね。俺のこと誘ってる?」

サトコ
「え?ち、違います!奥で気分の悪い人が横になってるんです」
「3分くらいでよくなりそうだって言ってるので···」


「俺、ドクターやってるんだけど、診てあげようか?」

サトコ
「いえ!本当にもうよくなりそうなので···」


「そう言わずにさ。君の相手をしてあげることもできるし」

ドアを開けようとしてくる力が強く、私は全身でドアを守る。

(この人お酒臭い···酔ってるんだ)

後ろをチラリと振り返ると、後藤教官はまだ作業を続けている。

(あと2分くらい?なんとか、持たせないと!)


「ここは皆で使うところだろ?独占するなって」

サトコ
「いや、あと少しなので···」

スタッフ
「どうなさいましたか?」

ドアの前での攻防戦を聞きつけて、黒服のスタッフがやって来てしまった。

(···!)

サトコ
「なんでもありません。今、気分が悪い人を休ませているだけで···」


「医者の俺が診てやるって言ってんのに、頑なに拒否するんだよ」
「本当はもう死んでたりするんじゃねーの?」

サトコ
「生きてます!あ···だから大丈夫って意味で···」

スタッフ
「少々よろしいですか?ご気分の悪い方がいらっしゃるなら、別室でお休みを···」

表面上はそう言いながらも、中を確認するために黒服が強引にドアを開けようとする。
男2人の力には勝てず、ドアが開かれてしまった。

サトコ
「···っ!」

【VIPルーム】

(後藤教官···!)

後藤
部屋を独占してしまって悪い
もう大丈夫だ。心配かけたな

サトコ
「あ···よかった···です···」

(間に合った···)

耳鳴りがしそうなほど鼓動が速くなった私の肩を抱いて、足早にVIPルームをあとにした。


【車内】

サトコ
「すみませんでした。部屋に来た男たちを誤魔化せずに···」

(あと少し作業が遅れていたら任務は失敗してた)
(もしあのまま見つかっていたら···)

ぎゅっと目を瞑って、後藤教官に頭を下げる。

後藤
この程度、大した任務じゃない。結果的に成功したんだから落ち込むな
まだまだ訓練は必要そうだが

サトコ
「···はい」

(後藤教官の会話術や手際は完璧だった)
(教官は本当に優秀な刑事なんだ···)

真の刑事の実力を知り、これから先の壁の高さを思い知らされるようだった。

【個別教官室】

後藤教官の運転で学校に戻ってきた。

サトコ
「今日は1日ありがとうございました」

後藤
ああ

教官はデスクに向かって、さっそく書類を広げている。

(邪魔にならないように、もう失礼しよう)

サトコ
「では、私はこれで失礼します」

後藤教官からの返事はないまま、私は教官室を出て行った。


【寮】

(今日から寮生活か···寮も新しくて立派だなぁ。どんな設備があるんだろ)

寮の中に入り談話ルームと書かれた場所を覗いてみると、中には上半身裸の男性ばかり。

サトコ
「!?」

(そ、そっか!女は私と鳴子の2人だけだから、男子校みたいなものなんだ···)
(なんだかデジャヴ···)

慌てて顔を引っ込め、急いで自分の部屋に向かった。

サトコ
「はぁ···」

(男の人ってすぐ脱ぐものなの?)
(これからドアを開ける時は気を付けないと···)

???
「廊下を走ってはいけませんよ」

後ろから声を掛けられ、ピタッと止まる。

サトコ
「颯馬教官!申し訳ありません」

颯馬
いえ、誰かとぶつかったら大変ですからね

サトコ
「はい···すみません」

颯馬

今日は私が寮の宿直ですので、なにかあれば5階まで来てください
女子は4階フロアで、5階の最上階が教官の部屋になっていますから

サトコ
「は、はい!」

(特別教官も宿直するんだ)

颯馬
血気盛んな男ばかりだから、気を付けてくださいね

颯馬教官がフッと意味ありげな笑みを浮かべる。
そう言われ、さっきの上半身裸だらけの談話室を思い出す。

(確かにさっき目の当たりにしたもんね···)
(でも男子に負けないで、立派な刑事を目指さないと)

サトコ
「はい!」

少し声を張った私に、颯馬教官はクスッと微笑んだ。

【教場】

翌日からいよいよ公安学校の授業が開始される。

鳴子
「昨日訓練失敗した生徒には厳しい罰があったらしいよ」

サトコ
「そうなの?どんな罰なんだろう···」

鳴子
「詳しくは分からないけど、加賀教官とペアだった男子生徒への罰は鬼だったらしくて···」
「噂によるとその人、今日部屋から出てこなかったって」

サトコ
「そ、そうなんだ···加賀教官、一番厳しそうだったもんね」

(私だって後藤教官がいてくれたから成功しただけで···)
(私の能力だけ考えたら失敗ものなんだろうな)
(本当は罰があってもいいくらいだし···後藤教官には感謝しないと)

今日は逮捕術、尾行術、盗聴、潜入、武道など
警察官全般としての講義と公安特有の講義の両方があった。
身体を使う項目はやはり男子生徒に劣るところもあり、より努力が必要とされる。

鳴子
「覚悟してたけど、ハードだね~」

サトコ
「寮に帰ったら即寝しそう」

鳴子
「私も。次は石神教官の情報分析だっけ?」

サトコ
「うん、モニタールームだったよね。地下か」

疲れを吹き飛ばすように気を引き締め直して、私たちは石神教官の講義に向かった。

【モニタールーム】

本日最後の講義である情報分析の講義後、石神教官から連絡事項が伝えられた。

石神
突然だが、明日から特別教官の手伝いをする専任補佐官をこちらで決めた
初日の訓練の成果を反映している
では、順番に発表する

少しざわめく室内で、石神教官の読み上げる名前を聞く。

(きっと優秀な結果を収めた生徒が選ばれるんだろうな)

石神
後藤誠二、専任補佐官に···氷川サトコ

サトコ
「え!?」

(わ、私!?)

間違いではないかと石神教官の顔を見るものの、石神教官は淡々と発表を続けている。

石神
教官命令は絶対だ。補佐官は教官の手足となって動くこと。いいな?

選ばれた生徒たち
「はい!」

サトコ
「は、はい!」

(教官の命令は絶対···後藤教官は無茶なことは言わないと思うけど···)
(どんなことを手伝うことになるんだろう)

to be continued



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