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出会い編 後藤8話



【講堂】

警察庁の局長が拉致された。
その一報に生徒全員が講堂に集められる。

成田
「君たち生徒諸君にも、本件の捜査にあたってもらう」
「仮ではあるが公安警察の一員だという自覚を持ち、捜査に臨んでもらいたい」

男性同期A
「捜査に当たれって言っても、詳しい情報は···」

男性同期B
「いきなり局長の拉致事件なんて扱えるのか?」

突然の指示に生徒たちからもざわめきが起きる。

(実際の捜査では失敗は許されない)
(それなのに訓練生の私たちまで動員するなんて、それだけ解決を急いでるのかな···)

成田
「具体的なことについては、各教官からの指示に従うように」
「公安警察一丸となって、この件は絶対に解決する!いいな!」

成田教官が壇上を降りると、常任の教官たちが私たちの元にやってくる。

常任教官A
「これが今回の捜査の資料になる」

千葉
「資料と言っても···地図が1枚だけですが···」

常任教官A
「我々が上から渡されている情報もその程度だ」
「あとは30前後の怪しい男を探せとしか言われていない」

鳴子
「この地図の区域に犯人が潜伏している可能性が高いということですか?」

男性同期A
「って言っても、これ東京23区の地図じゃないか···」
「こんな広い範囲内で30前後の怪しい男を見つけるって···」

(手掛かりが少なすぎる···)

生徒たちの言いたいことが分かったのか、教官たちも難しい顔をした。

常任教官A
「厳しい捜査であることはわかっている。しかし、公安の捜査員に必要なのは “勘” だ」
「優秀な捜査員ならば、事件に関与している人間をかぎ分けることができる」
「君たちの “勘” に期待している!」

地図1枚を配り、去っていく教官たちに私たちは顔を見合わせる。

鳴子
「公安の捜査って、もっと綿密なのかと思ってたけど結構力押しなのね」

千葉
「あの教案は特にそういうタイプなんだろうね」
「それに事件が事件だからな···」
「情報を集める間にも、少しでも動きたいってところなのかもな」

サトコ
「私たちも入校してから毎日訓練を積んだんだし、成果が出せるといいね」

鳴子
「ここで事件解決に繋がるような手柄を立てられたら、一気に出世の道が拓ける···か」

鳴子の一言に同期たちがハッとした顔をした。

同期たち
「確かに···絶好のチャンスだ」

(出世って言葉はすごい威力···私も負けてられない!)

今日からすべての講義と演習は捜査に切り替わり、私たちは街へと出ることになった。



【寮 談話室】

それから数日後。
懸命な捜査が続くものの捜査に進展はない。
一向に進まない捜査に生徒たちからも不満が出始めていた。

男性同期A
「こんな少ない情報だけで見つけられるわけないって」

男性同期B
「俺たちは情報分析の方が向いてるんだよな」

男性同期A
「そうそう。実際に足を動かすのは、もっと下に任せればいいんだ」

(会議室で調べてるだけじゃ、わからないこともあると思うけど)

私はむしろ籠って考え事をするより、身体を使って捜査の方が向いている。

(教官が言ってた捜査員としての勘···抽象的だけど、それが要になってるような気がする)

周りの声がどうであれ、自分の捜査を進めようと思っていると校内放送が流れた。

校内放送
『全員、ただちにモニタールームに集合。これより緊急捜査会議を開く』



【モニタールーム】

モニタールームの空気は張り詰めていた。
その原因は特別教官が顔をそろえているせいだと、すぐにわかる。

(石神教官と加賀教官はいないけれど、それでもこの緊張感···)
(現役の公安捜査員は、やっぱり纏う空気が違う)

颯馬
全員集まったようですね。それでは始めます

生徒が全員席に着くと、颯馬教官が中央に立ち、後藤教官と東雲教官も立ち上がった。

颯馬
皆さん、毎日の捜査ご苦労様です。少ない捜査情報の中でよく動いてくれました
今回集まってもらったのは、捜査に大きな動きがあったからです
犯人は『局長の命と引き換えに公安の機密情報を寄越せ』と要求してきました

東雲
ちなみに公安の機密情報ってのを具体的に言うと、過去の捜査資料や捜査員のデータのこと

颯馬
我々は国家の安全に関わる事件を抱えてきました
そのような機密情報の譲渡は当然ながら認められないと
上層部から譲渡不可の結論が出ています

千葉
「ということは···犯人からの要求に応じないということでしょうか?」

スッと手を挙げて質問した千葉さんに、颯馬教官は軽く頷く。

颯馬
そういうことになりますね
しかし、取引に応じない場合は···
局長の命に留まらず、一般人を巻き込む無差別テロを起こすことを匂わせています

東雲
万が一、本当にテロでも起こされたら警察の威信は丸つぶれ
オレたちの未来もキミたちの未来も真っ暗だね

鳴子
「それでは、どうすればいいんでしょうか?テロを止めるには、取引に応じる他なのでは···」

東雲
そのことについて今、上が話し合ってるところなんだけど

東雲教官がドアに視線を移すと、その時ちょうどモニタールームのドアが開かれた。
石神教官と加賀教官の2人の登場に、緊張していた室内の空気がさらに張り詰める。

石神
結論が出た

颯馬
ちょうど訓練生たちに犯人の要求についてまで説明が終わったところです

颯馬教官と入れ替わり、石神教官が中央に立ち私たちに視線を向けた。

石神
犯人からの要求を受け
庁内にて打開策をすり合わせた結果、おとり捜査を行うことになった

同期たち
「······!」

石神
おとりになる捜査員に機密情報を持っているように振る舞わせ
犯人指定の場所に向かわせる

(おとり捜査···ドラマではよく見るけど、実際の捜査の話を聞くのは初めて···)

息を詰めながら話を聞いていると、石神教官と目が合った気がした。

石神
おとりとなる捜査員は訓練生の中から選ばれることになった
······
···氷川サトコ

サトコ
「え···」

(今、名前呼ばれた···?)

目が合ったと思ったのは気のせいではなかったらしく、石神教官は私を見ている。
前に出るように促され、生徒全員の注目を浴びながら私は前に向かった。

石神
君におとりをやってもらう

サトコ
「!!」
「わ、私ですか!?」

後藤
···反対です

それまで黙っていた後藤教官が声を上げた。

後藤
訓練生である氷川におとりの捜査員ができるわけありません
初めから無謀な計画です

石神
上の決定事項だ

後藤
おとり捜査ができる捜査員なら、他にいくらでも···

加賀
後藤
素人に近い女の方が犯人を油断させられるって判断だ。理由は明確だろ

東雲
上は局長の命もおとりに使う捜査員の命もどうでもいい、ってところかな?

颯馬
犯人確保が最優先事項なのは間違いないでしょうね

東雲
人間に代わりはいるけど、警察の面目は代えがきかないとか思ってそう
それに、仮に訓練生の女子が死んだところで、組織にはほとんど影響が出ないしね

サトコ
「······!」

東雲教官の言葉が、部屋の中に重くのしかかる。

後藤
···犠牲になるのがわかってて、おとりを使うっていうんですか!

石神
······

聞いたこともない後藤教官の怒気を孕んだ声に、室内の誰もが息を呑む。

(私がおとりの捜査員に指名された···)
(無謀だとは思うけど、油断させられるって判断は納得できる)
(訓練生ではあるけど私だって警察官だし)
(事件を解決するために厳しい訓練だって続けてきたんだ)

サトコ
「や、やります!」

できるだけ声が震えるのを悟られないように、決意を固めて手を挙げる。

後藤
···許可できない

石神
後藤、お前に決定権はない

後藤
しかし···!

東雲
今回はただのおとり捜査じゃない。死ぬかもしれないよ。怖くないの?

<選択してください>

 A:怖くないです 

サトコ
「怖くないです」

東雲
強がるのも健気だけど、強がりで死んだら後悔するんじゃない?

サトコ
「死んだりしないって···信じてますから」

 B:怖いです 

サトコ
「それはもちろん···怖いです」

東雲
怖いのに、どうしてやるって言うの?

サトコ
「怖いからって事件から逃げることはできません。私も警察官です。それに···」

 C:考えないようにしてます 

サトコ
「怖いとか怖くないとか···死ぬかもってことは考えないようにしてます」

東雲
現実逃避?

サトコ
「そうかもしれないです。考え込むと身体が動かなくなりそうだから」
「だから成功することだけを考えます。だって···」

サトコ
「···教官や同期の皆がサポートについてくれるんですよね?」
「まさか、私ひとりだけが放り出されるってことは···」

石神
当然だ。俺たちが万全の態勢でバックアップする

サトコ
「···それなら心配ありません」
「教官たちほど心強い方たちはいませんから」

その言葉に嘘はなかった。
厳しかった分、私は教官たちに絶対の信頼を置いている。

(大丈夫です、後藤教官)

一番強く反対の声を上げてくれた後藤教官に微笑んで頷くと、教官は一瞬目を見張った。

後藤
······

そして視線を外すとモニタールームを出て行ってしまう。

サトコ
「······」

(私には無茶だって分かってるけど···でも···)

東雲
都合のいいスケープゴートになっちゃったね

颯馬
やる気があるのは結構ですが、結果身を滅ぼしたら無意味ですよ
美しい犠牲などというのは無能のいいわけですからね

サトコ
「犠牲にならないように頑張ります!」

加賀
······
コイツがどうなろうと構わないが、このヤマを解決しない手はねぇ

東雲
了解です

加賀教官と東雲教官もモニタールームを出て行ってしまう。

サトコ
「あの、私はどうすれば···」

石神
細かいことについては後ほど説明する。作戦の決行は2日後の予定だ

サトコ
「分かりました」

石神
訓練生とはいえ、氷川も公安警察の一員だ。警察の威信をかけてこの事件を解決するぞ

颯馬
首席入学の実力の見せ所ですね
この任務を成功させれば、誰もが納得するでしょう

サトコ
「は、はい!」

(颯馬教官のこの笑顔···絶対、私が裏口入学なの知ってる···)

石神
他の生徒は教官からの指示を待ち待機。氷川も連絡を待て

サトコ
「はい!」

(石神教官たちがついてくれるなら、きっと成功する)
(後藤教官は、そう思ってないのかな···)

おとり捜査への緊張も不安ももちろんあったけれど、
ひとり無言で部屋を出た後藤教官のことも気がかりで仕方なかった。


【個別教官室】

作戦決行の前日。
私は後藤教官の個室に呼び出されていた。

(後藤教官の部屋に入るの、どれくらいぶりだろう)
(相変わらず散らかってるっていうか···パワーアップしてる気がする)

雑然とした部屋は、それだけ後藤教官の忙しさを語っているようだった。

後藤
明日の作戦と、おとり捜査のやり方について説明する。座れ

サトコ
「はい。後藤教官もおとり捜査に賛成してくれたんですか?」

後藤
上の決定なら従うしかない
やると決まったからには、万全の態勢を整えるのが俺の役目だ

まだ完全に納得はしていないのだろうか。
後藤教官の言葉は説明的だった。

後藤
これが一般におとり捜査と言われるものの流れだ

講義用に作られたらしい資料を手渡される。
そこにはおとり捜査について具体的なことが書かれていた。

後藤
今回は犯人の要求であるデータを持っていると、信じ込ませられればいい
実際にダミーのデータが入ったメディアを持たせることになるだろう
氷川の役目は、俺たちが犯人を確保するまで犯人を引き留めておくことだ

サトコ
「わかりました」

後藤
犯人は受け渡しの直後にデータを確認する可能性が高い
その時の対応パターンをこれから教える。頭に叩き込んでおけ

サトコ
「はい!」

後藤教官からのレクチャーは綿密かつ、わかりやすいものだった。
一通りの説明を終え、後藤教官は私を真っ直ぐに見つめてくる。

後藤
氷川は刑事になるのが夢だと言ってたな

サトコ
「はい」

後藤
刑事に殉職はつきものだ

サトコ
「···覚悟しています」

死の覚悟を持って任務に臨めーー
そういう意味ということはすぐに理解でき、緊張が走る。

後藤
俺たちには、時として命より重い任務も存在するかもしれない
···だが、上のために易々と命を捧げることはない

サトコ
「···!」

後藤
絶対にしくじるな

サトコ
「···はい!」

(私を支えているのは···後藤教官のこんな言葉の数々なのかもしれない)

不正入学だと分かった時、挫けかけた心を支えてくれたのも後藤教官の言葉だった。

サトコ
「大丈夫です。後藤教官もついてくれるんですから」

後藤
上官を誉めても何も出ないと言っただろ?

(あ···笑ってくれた···)

久しぶりに目にする後藤教官の笑顔。
嬉しくて、それでいて胸が締め付けられるのを感じる。

<選択してください>

 A:なんだか胸が苦しい··· 

サトコ
「なんだか胸が苦しい···」

後藤
緊張による過呼吸の可能性もある。気持ちを落ち着けていけ

サトコ
「は、はい」

 B:絶対に成功させます 

サトコ
「この任務、絶対に成功させます」

後藤
上の言う成功は犯人確保だろうが、お前は自分の身の安全を第一に考えろ
俺たちは局長の救出と、お前のバックアップに全力を注ぐ

 C:笑顔が見られました 

サトコ
「誉めたら教官の笑顔が見られたので、得しちゃいました」

後藤
からかう余裕があるなら大丈夫そうだな

サトコ
「からかってるわけじゃないです。後藤教官に笑ってもらえると嬉しくて」

後藤
···氷川は変わった奴だな

後藤
どんな小さなことでも疑問に思ったり不安に感じることがあれば俺に聞け
夜中でも早朝でも、いつでもいい

後藤教官の言葉が胸を熱くする。

サトコ
「はい···!皆さんが、後藤教官がついてくれてるので、本当に心強いです」
「なんとしてでも成功できるよう、精一杯任務を全うします!」

自分に言い聞かせるように明るく言い放つ。
その言葉に嘘はなかったけれど。

後藤
氷川···

少し困ったような表情をした直後、いつかのように抱き寄せられる。

後藤
あんまり強がるな
田舎の交番上がりのお前が、おとり捜査なんて怖くないはずがないだろ

サトコ
「教官···」

後藤
もちろんお前のことは俺が守る
だから今くらい···無理するな

後藤教官の抱きしめる力が強くなった。
ほんの少しだけ身体を預けると、自分がいかに強張っていたのがわかる。
堰を切ったように、言いようがない不安と安心感が同時に押し寄せた。

(ダメだなぁ、結局心配させちゃった···)

泣きそうになるのをぐっと堪える。

サトコ
「···すみません、大丈夫だと思ってたんですけど」

後藤
氷川は無理しすぎなんだ、普段から

サトコ
「教官には言われたくないです」

後藤
···言うようになったな

教官の胸の中は、自然と心が落ち着いて。しばらくの間そこで目を瞑っていた。

(落ち着く···)

生まれる安心感と任務に向かう緊張感がせめぎ合う中···作戦は明日、決行される。

to be continued



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