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出会い編 後藤Happy End



柳田
「全員死ねぇぇぇっ!!」

耳を貫く銃声の中、私は後藤教官越しに鮮血が散ったのが見えた。

サトコ
「教官!!」

私の覆いかぶさったまま、そのままゆっくりと膝をつく。

(私をかばって···)

わき腹が徐々に赤く染まっていく。

サトコ
「そんな···教官!どうして!」

後藤
さぁ···なんでだろうな

片膝をつきながら柳田に鋭い視線を向けた。

後藤
銃を下ろせ、柳田

柳田
「わ、わ、私は···」

人を撃ってしまい気が動転しているのか、銃を持つ手が震えている。

柳田
「ハ、ハハハ···っ!た、正しいのは私だ!」

サトコ
「私が止めます!」

後藤
待て

柳田の元に飛び出そうとした私を後藤教官が止めた時、冷静な声が響いた。

加賀
動けば撃つ

その圧倒的な出で立ちにその場にいた全員が息を呑んだ。

颯馬
彼は本気だよ
今はオレもそんな気分だけど

柳田
「ひぃ···」

2人の教官の気迫に気圧され、柳田はおとなしく腰を下ろす。

加賀
待たせたか

後藤
···それなりに

加賀
フッ···しかし、まぁ
エースにも弱点ができたようだな?

後藤
どういう意味ですか

颯馬
そのうちわかるよ

柳田
「う、うっ···」

颯馬教官が柳田に手錠をかけて拘束する。
数台の覆面パトカーが到着して柳田は車に乗せられていった。

サトコ
「後藤教官がわき腹を撃たれてます!救急車を···」

後藤
必要ない

サトコ
「また警察庁に向かえなんて言うんじゃ···」

後藤
救急車は目立つということだ

颯馬
後藤は私が連れて行きます。出血は多くないみたいだね

後藤
内臓には当たってません。かすった程度だと思います

加賀
局長は無事保護した。撤収しろ

サトコ
「私は···」

颯馬
サトコさんは一度本部に戻ってください
あなたの任務はそれで完了となります

サトコ
「···わかりました」

(本当は後藤教官のことが心配なんだけど···)

車に乗る後藤教官を見ると、わずかに笑みを浮かべてくれた。

後藤
俺のことなら心配するな。お前は自分の任務を終わらせて来い

サトコ
「···はい!」

病院に向かったのを見送ってから、他の捜査員と一緒に本部となっている学校へと戻った。



【モニタールーム】

モニタールームで私を待っていたのは、石神教官と東雲教官だった。

石神
氷川、任務終了ご苦労だった。難しい任務をよく成功させた

サトコ
「皆さんのおかげです。けれど、私をかばって後藤教官が撃たれてしまって···」

東雲
話は聞いてる
急所は外れたみたいだし、大きなケガにはならなそうだって

石神
後藤は軽傷で済んだ。警察庁局長の拉致事件と考えれば、被害は少なく成功と言える
今回の事件の概要について、氷川にも説明しておく

サトコ
「はい」
「主犯の柳田は最初から局長を殺すつもりで、機密データに興味はないと言ってました」

石神
ああ、先の講義で冤罪事件の分析を行ったのを覚えているか?

サトコ
「膨大な資料を扱ったときの講義ですね」

石神
あのファイルにもあった事件だが
柳田は過去に公安に思想犯の容疑をかけられ逮捕されたことがあった
のちの捜査で冤罪だと分かったのだが
教員であった柳田は退職に追い込まれ、周囲の人間関係は破綻したあとだった

サトコ
「だから公安に恨みが···」

東雲
柳田は過去に都知事選挙の選挙事務所で働いていたことがあったんだ
その時の候補者が選挙法違反で逮捕されたことで、柳田も調べられた
結果、違反の責任は全て柳田に押し付けられて思想犯に仕立て上げられたってわけ

石神
柳田は初めからギャンブルなどをすべて禁止すべきだという
左翼的な考えの持ち主だからな
その発言をいいように使われて冤罪に繋がったわけだ
当時の捜査のずさんさは、我々も認めないわけにはいかない

サトコ
「そういうことだったんですね···」

東雲
柳田はネットで冤罪者のコミュニティサイトを作って···
そこで皆本や寺内と知り合い、今回の犯行に及んだんだ

石神
皆本と寺内の目的は世間を見返すためのテロ活動だったがな
動機がどうであれ、早期に事件を解決できたのは何よりだ

東雲
おとり捜査、よく頑張ったね

サトコ
「後藤教官の指導のおかげです」

石神
中間審査には、今回の件も加味して成績をつける
もう戻っていい。今日は休め

サトコ
「はい!」

(中間審査まで、あと少し···どうなるか分からないけど···)
(もし合格できたら、一番最初に後藤教官に報告したいな)



【教場】

数日後、学校は平和な毎日に戻っていた。

(後藤教官のケガも軽傷で自宅療養中だっていうし、本当によかった)

鳴子
「通常講義が始まったのはいいけど···いよいよ中間審査の発表か···」

サトコ
「人事を尽くして天命を待つって心境だね」

千葉
「氷川はおとり捜査の件があるから、絶対に合格じゃないのか?」

サトコ
「どうだろう。それまでの成績が最下位近いと思うし···」

緊張の高まる教室に颯馬教官が入ってくる。

颯馬
これより中間審査の結果を発表します。合格者の名前を呼んでいきますので
呼ばれなかった生徒は残念ながら、本日付で退学となります
後ほど教官室まで来てください
では···

(どうか審査を通りますように···!)

颯馬教官から続々と呼ばれる中、同期2人の名前が呼ばれた。

サトコ
「鳴子、やったね!」

鳴子
「うん!」

サトコ
「千葉さんも、よかったね」

千葉
「ありがとう」
「あとは氷川か···」

颯馬
次は、···氷川サトコ

サトコ
「!」

(合格···できた···!)

鳴子
「サトコ!やったじゃん!」

サトコ
「うん···よかった···!」

颯馬
···合格者は以上です。明日からの訓練も頑張ってください

合格者は喜びあい、数名の不合格者は落胆して教室を出ていく。

サトコ
「我ながら、よく合格できたな···」

男性同期A
「氷川は当然だろ」
「このメンバーで実際の捜査の役に立てるのなんて氷川くらいだと思うし」

男性同期B
「同感。おとり捜査なんて、俺だったら成功させる自信ない」

サトコ
「同期のみんなや教官たちがいてくれたからだよ」

(おとり捜査を成功させてから、同期の私を見る目も変わったような気がする)

私は皆から一目置かれるようになっていた。


【裏庭】

補佐官の仕事で合格者用の書類を受け取り、寮に戻る道を歩く。

(後藤教官にすぐに報告できないのが残念。まさか電話なんてできるわけないし···)

サトコ
「······」

射撃場が見えて私は立ち止まる。

(最近ずっと後藤教官のことを考えてる。ふとした瞬間、無意識に···)

始まりはいつかはわからない。夜の中庭か、事件前の教官室か。
でも、自分の気持ちに気付いていないわけではない。

颯馬
サトコさん

ボーっと射撃場を眺めていると、後ろから声を掛けられる。

サトコ
「颯馬教官」

颯馬
サトコさん、ここでしたか。実は1つ頼みたいことがあるんですが···

颯馬教官が紙袋を片手に校舎の方から歩いてきた。

颯馬
これを後藤の家に届けてもらえますか?皆からの差し入れです

サトコ
「え···」

颯馬教官が紙袋の中身を見せながら、手渡してくる。
そこにはプリンに大福や本、他にもいろいろ入っていた。

サトコ
「あの、でも私、後藤教官の家知りませんし···」

颯馬
もちろん教えますよ。ここから車で行けば、そう遠くありません

サトコ
「でも、訓練生の私が皆さんの差し入れを持っていくなんて恐れ多いです」

颯馬
サトコさんが行くのが一番喜びますよ
ケガで休んでいるところなんて、私たちには見られたくないでしょうし

サトコ
「······」

(そっか···そういう気持ちはあるかもしれない···)

颯馬
それにたぶんお腹もすかせていると思うので、何か用意してあげてください
今は体力をつけるのが何よりも大事ですから

サトコ
「···はい、わかりました」

(颯馬教官の言う通り、食事の支度は自分でできないよね)
(栄養のあるものを作り置きした方がいいかな)

颯馬
これが後藤のマンションの住所です

これから捜査に向かうという颯馬教官と別れ、私は車の鍵を取りに部屋に向かう。

(そうだ、合格の報告をしよう)

後藤教官に会える···そう思っただけで、ひどく気持ちが高揚しているのを感じた。


【後藤マンション】

地図の場所へ向かうと、オートロックの高級マンションが建っていた。
部屋番号を押しても、何の返事もない。

サトコ
「あれ?」

(留守ってことはないと思うんだけど···寝てるのかな)
(あと2回鳴らして出なかったら、時間を空けて来てみよう)

もう一度鳴らしても出ず、最後の1回と思って鳴らすと···

後藤
はい

サトコ
「あ、突然すみません!氷川です」

後藤
···なんでアンタがここにいる

サトコ
「颯馬教官に差し入れを持っていくように頼まれまして···」

後藤
まあ、だいたい察しはつくが···ちょっと待ってろ

しばらくして自動ドアが開き、私はエレベーターで後藤教官の部屋のフロアまで向かった。

【玄関】

部屋の前で待っているとドアが開き、私服姿の後藤教官が姿を見せた。

(わ···新鮮···)

後藤
わざわざ悪かったな

サトコ
「い、いえ···」

話し方も、心なしか学校にいる時より柔らかい気がして意識してしまう。

後藤
どうした?入れ

サトコ
「お、お邪魔します!」

【リビング】

(後藤教官の部屋に来ることになるなんて···)

後藤
散らかってるが気にしないでくれ

サトコ
「は、はい···」

後藤教官の部屋は想像通り、足の踏み場がかろうじてあるくらいの室内だった。

(教官室の様子を考えたら、部屋もかなって思ってたけど···)
(本や書類が足の踏み場もなく置かれている。汚くはないんだ、本当に散らかってるだけなんだね)

後藤
時間があるときはもう少しマシなんだがな。今、座る場所を作る

どこか照れくさそうに、後藤教官はソファの本を床に移動する。

サトコ
「教官は寝ててください!よければ私が少し片付けて、何か食事を作りますので」

後藤
いい、食事ならとってる

後藤教官の視線を追うと、テーブルには簡単にカロリー摂取ができるお菓子が置いてあった。

サトコ
「あれは食事じゃないです」

後藤
食事なんてそれで充分だろ

サトコ
「栄養のバランスとかあるんですよ···」

(もともと食べることに執着がない人なんだろうな)

サトコ
「とにかく、後藤教官は休んでてください」
「颯馬教官に何か作るように言われてますし、料理してもいいですか?」

後藤
この家に料理できるものはないが···

サトコ
「そうだと思ったので、食材と調味料は一通り買ってきました」
「鍋やフライパンはありますよね?」

後藤
ああ、一応あることはある。ほとんど使ってないけどな

サトコ
「それだけで十分です。台所お借りしますね」

後藤教官は仕方ないといった顔で場所を空けたリビングのソファに座った。

(お節介だとは思うけど、教官の食事を考えれば来て良かった)

数十分後。
部屋も一通り片付け、おかゆと簡単なおかずをリビングに持っていく。

後藤
病人じゃないんだから、おかゆじゃなくとも食えたんだが···

サトコ
「あんな食事じゃ病人みたいなものです」

後藤教官はおかゆをレンゲですくうが、口には運ばない。

後藤
······

サトコ
「あの、何か変でしたか?言っていただければ作り直して···」

後藤
いや、大丈夫だ

サトコ
「?」

後藤
その···人より熱いのが苦手なんだ

サトコ
「猫舌、ですか?」

後藤
ああ···冷まして食べるから気にしないでくれ

おかゆをフーフーとする姿に頬が緩む。

(教官猫舌なんだ···なんだか可愛い)
(これから後藤教官に熱いものを出すときは気を付けよう)
(あ、いや、次があるかはわからないけど)

少しづつだけれど、後藤教官は作った物を完食してくれた。

後藤
美味かった。久しぶりに火の通った物を食べた

サトコ
「口に合ってよかったです」
「あ、そうだ、これ教官の皆さんからの差し入れです」

預かった紙袋を渡すと、後藤教官は中身をテーブルに並べていく。

後藤
一柳からはマカロンか
アイツは差し入れまで軟弱だな

サトコ
「かわいいマカロンですね。この『世界の滝100選』は···?」

後藤
石神さんからだな。読みたかったから助かる

サトコ
「大福にわらび餅もありますよ、あとこれは···猫の飼い方?」

後藤
菓子は加賀さんからか···この本は歩だな

サトコ
「レトルトのスープは颯馬教官からですね」

(後藤教官の食生活を心配して、かな?)

その他にも、紙袋の中には差し入れがたくさん入っていた。

(何だかんだ言いながらも、教官の皆さんって仲良いんだな)

その絆を感じながら、私はあらためて後藤教官に頭を下げる。

サトコ
「私のせいでケガを負わせてしまって申し訳ありません」
「今回の任務を成功させられたのは、後藤教官のおかげです」
「本当にありがとうございました」

後藤
氷川が頑張ったからだろ。俺はサポートしたに過ぎない
アンタの度胸と実力が任務を成功させたんだ
よくやったな

笑顔を浮かべて、後藤教官の手がぽんっと頭に置かれた。

(私···)

その笑顔と手の温かさに胸がジワリと熱くなる。
そして近い距離に鼓動はうるさい程に速くなっていて。
この気持ちの正体から、もう目を逸らすことはでいない。

(私···後藤教官のことが好きなんだ···)

そう実感した途端、教官のことを直視できなくなっていた。


【教官室】

後藤教官の部屋から戻り、颯馬教官に報告するために教官室を訪れた。

颯馬
そう、食事を摂る元気があるならよかった

サトコ
「カロリーの高いお菓子しか食べていなかったので···」

颯馬
フフ···後藤らしいよ

(あの後、結局夜まで長居しちゃったんだよね···)

颯馬教官と話しながらも、私の心は落ち着かない。

(後藤教官のことが好きなんて無謀すぎるよね···)
(第一、私たちは生徒と教官で、後藤教官は私のことなんて生徒としてしか見てないんだから···)

訓練を続けるためにも、恋心は封印した方がいいに決まっている。

(今なら、まだ憧れに戻れる···)

颯馬
どうかしましたか?

サトコ
「いえ···事件のことを思い出してて」

銃を持つ犯人の前に飛び出した後藤教官。
思えば、あの時の刑事さんも武器がない中、果敢に立ち向かってくれた。

サトコ
「···5年前に、同じような経験をしたことがあるんです」
「台風で雷雨がすごかった夜に、街中で銃を持った男がいて、通行人をかばったら今度は私が狙われて···」
「でもその時も、近くを通りかかった刑事さんに助けてもらって。私それで刑事に憧れたんです」

颯馬
そうだったんですね。まるで今回の後藤とサトコさんみたいですね

サトコ
「はい」

お互い顔を合せて笑い合う。

颯馬
···でもそういえば
ちょうど5年ほど前、後藤が捜査中にチームから離脱して通り魔事件に関わったことがありました
たしかあの日も激しい雨の日だったような···
概要は私もよく知りませんが

サトコ
「後藤教官が···通り魔事件に···」

颯馬
気になるなら資料室で調べてみるといいですよ。当時の報告書は残っているはずなので

私が刑事を目指すきっかけは5年前の事件。
通り魔に襲われそうになったところを偶然通りがかった刑事さんに救われた。

(あの時は背中しか見えなくて···)

覚えてるのは場を宥める頼もしい声と、広い背中。
そのまま犯人を追って行ったために顔はわからなかった。
私の心に吹き荒れる嵐を知ってか知らずか、颯馬教官はにっこり微笑むと教官室を去っていく。

(颯馬教官の言葉が本当なら···後藤教官が私の憧れの刑事さん···)
(そんな···後藤教官は尊敬する教官で、好きだけど、なかったことにしなくちゃいけなくて···)
(でも···あの人がずっと追いかけてた···)

???
「警察だ、安心しろ」

後藤
だから今くらい···無理するな

目を閉じると、私を守ってくれた背中と後藤教官の笑顔が交錯する。
彼への想いを、止められるはずもなかったーー

Happy End



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