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恋の行方編 後藤5話



【商店街】

ターゲットである仙崎大臣に動きがあり、向かったのは日本海側にある大きな地方都市。
私と後藤さんは仙崎大臣が入った料亭の前で待機していた。

後藤
先崎は地方議員と面会後、東京にとんぼ帰りする予定だった
それが急遽予定を変えて、ここに1泊することにしたそうだ

サトコ
「あやしい人物と接触するかもしれないんですね」

後藤
料亭には今日あっていた議員と二人で入って行った
中で待っている人物がいて、密会している可能性が考えられる

サトコ
「ここまで車を飛ばした甲斐があればいいですね」

すでに夜遅い時間になっていて、気温は下がり始めている。
肌寒い風を感じ、少し身を縮こませた。

(車に置いてきた上着、持って来ればよかったな)

後藤
寒いのか?

サトコ
「いえ、大丈夫です」

後藤
これ着てろ

後藤さんはスーツの上着を脱ぐと、私にかけてくれた。

サトコ
「ダメです、後藤さんが風邪引いちゃいます」

後藤
俺は平気だ。気にするな
アンタに震えられる方がよっぽど気になる

サトコ
「すみません。ありがとうございます」

大きい上着からは後藤さんの温もりと匂いを感じる。

(···って捜査中なんだから余計なことは考えない!)
(張り込みに集中!)

料亭の前で待つこと2時間。
迎えの黒塗りの車が到着すると、仙崎大臣が店から出て来た。

サトコ
「一緒にいるのは地方議員と、女性ですね」

後藤
···ただの接待だったみたいだな

サトコ
「そうですね···仙崎大臣を追いますか?」

後藤
念のため、行き先までは把握しておこう

サトコ
「はい」

車に戻ると、私たちは仙崎大臣が乗った車を追うことにした。

【ホテル】

サトコ
「連れの女性とホテルに入りましたね」

後藤
特に問題はなさそうだな

サトコ
「そ、そうなんですか?仙崎大臣って、奥様いらっしゃいましたよね?」

後藤
俺たちは週刊誌の記者じゃない
こちらが欲しい情報は、仙崎が暴力団と繋がっているかどうかだ

(そっか···仙崎大臣に地方の女がいても、公安が関わる事件じゃないんだ)
(個人的には落ち着かないけど、割り切らないと)

後藤
今回は空振りだったか···

小さくため息をついて、後藤さんは腕時計に視線を落とす。

後藤
飛ばせばまだ帰れそうだな。この時間なら道路も空いてるだろうし

サトコ
「そうですね。明日の講義を休まずに済みそうでよかったです」



【帰り道】

車を走らせること小一時間。
私の運転で峠道に差し掛かると、登り道でエンストしてしまった。

サトコ
「エンジンがかからない···警告ランプは何も点いていないんですけど···」

後藤
オイルメンテはしたばかりだから、問題ないと思うんだが···

夜の山道とはいえ、頂上近くの平坦な道に入っていたので車を停めて外に出ることができた。
後藤さんが懐中電灯を手にボンネットを調べてみたけれど、原因はわからない。

サトコ
「レッカー呼びますか?」

後藤
いや、なるべく俺たちがこっちに来ている記録は残したくない
サトコは車の中で待ってろ。別の方法を考える

後藤さんは私を車の中に戻すと、どこかに電話を掛けているようだった。
そして数分で車に戻ってくる。

後藤
応援を呼んだ。30分くらいで到着する

サトコ
「応援って···この車を直せる人が来るんですか?」

後藤
牽引してもらえば動くようになる可能性は高い
それで試してダメなら、アンタだけでも送ってもらう

サトコ
「そうなったら、私も残ります」

後藤
明日の講義に間に合わなくなるだろ
教官として、自分の補佐官の勉学の邪魔することは出来ないしな

そう言って後藤さんは後部座席に手を伸ばすと、コンビニの袋を取った。

後藤
出る前にコンビニに寄っておいてよかった

袋から缶コーヒーを出して、ふと外に視線を向けると、空は満天の星空だった。

(綺麗···長野の田舎を思い出すな···)

サトコ
「あの、よかったら外で食べませんか?」

後藤
寒くないか?

サトコ
「上着あるので大丈夫です」
「空気も澄んでるし、星も綺麗だから車の中じゃもったいないと思って」

後藤
確かに都内より星が良く見えるな。外で食うか

車に背を預けて、私たちは夜空を見上げながらサンドイッチをかじる。

サトコ
「この空、田舎で見た空とよく似てるんです」

後藤
アンタ、そんなド田舎出身なのか?

<選択してください>

 A:田舎もいいですよ 

サトコ
「田舎もいいですよ。もちろん、こんな山奥には住んではいませんけど···」

後藤
今時、こんな山の中に住んでる人もあまりいないか

サトコ
「便利になったから、街に引っ越してますよね」

 B:馬鹿にしましたね? 

サトコ
「···ちょっと馬鹿にしましたね?」

後藤
そういうつもりじゃない。気を悪くしたなら謝る

サトコ
「わかってます。後藤さんはそんな嫌なことを言う人じゃないですから」
「私もちょっと言ってみただけです」

 C:そんなことないです! 

サトコ
「そんなことないです!長野の山の方ですけど、最近大型スーパーだってできたんですよ」
「皆の憩いの場になってて···」

後藤
そうか···悪かった。悪気があったわけじゃないんだ

なんとなく同情された気がした。

後藤
俺も地方出身だ。さすがにこんな山奥じゃないがな

サトコ
「どこですか?」

後藤
山口だ

サトコ
「そうだったんですか。私は長野なんですけど···」

私の田舎の話を、後藤さんは嫌な顔せず聞いてくれる。

後藤
東京に来て気楽な面もあるが、時々懐かしくなる···か?

サトコ
「まさにその通りです。後藤さんもですか?」

後藤
そうだな···帰りたいとは普段は思わないが、ふと思い出すことがある

サンドイッチを食べ終わって、コーヒー片手に並んで星を見上げる。

後藤
プラネタリウムみたいだな

(後藤さん···憧れてたあの刑事さんと一緒に星を見てるなんて不思議な気持ち···)

その横顔は、優しいような寂しいような、どこか遠くの方を想っているような表情だった。

(こんな表情を見られるなんて···エンストも悪くなかったかも)

私の視線に気が付いたのか、後藤さんがこちらを振り向く。

後藤
どうした?

サトコ
「えっと···後藤さんの横顔、綺麗だなって思って」

きっと後藤さんなら伝わらないなと思って、思わず本音がこぼれてしまった。

後藤
···からかってるのか?

サトコ
「いえ、そんな!···なんていうか神妙な顔をされていたので」

後藤
···そうか
でもまぁ、アンタに言われるなら悪い気はしないな

黒澤
···人呼んどいて、夜空を見ながらランデブーですか

サトコ
「黒澤さん!」

懐中電灯の明かりを顔に当てて、ぬっと顔を出してきたのは黒澤さんだった。

後藤
遅い

黒澤
これでも飛ばしてきたんですよ
ていうかサトコさんとラブラブなら、このまま帰りましょうか?

後藤
くだらないこと言ってないで、さっさと牽引の準備をしろ
お前だってここを通って帰る予定だったんだから、ついでみたいなもんだろ

黒澤
そうですけど、感謝の言葉くらいあっても···

サトコ
「ありがとうございます!黒澤さんが来てくれたおかげで帰れます!」

黒澤
サトコさん···!
学校卒業したら、絶対石神班に来てくださいね!
荒涼とした公安砂漠のオアシスは貴女です!

サトコ
「えっ!大げさですよ」

後藤
いいから、さっさと帰るぞ

黒澤
分かってますー、今準備しますって

(無事に卒業出来たら、公安課のどこかの班に配属されるのかな)
(後藤さんと組みたかったら、石神教官の班に入るしかないんだろうけど···)

成績順で引き抜かれることを考えると、現状では厳しいかもしれない。

(もっと頑張らなきゃ。自分の気持ちは伝えられなくても···)
(憧れの人と一緒に働けたら、それはとても幸せなことだよね)

牽引することで車は動き始め、私たちは日付が変わる頃に都内に戻ることができた。



【街】

それから数日後。
私は後藤さんと一緒に関東近郊にある都市で仙崎大臣の警護にあたっていた。

(県知事選の応援演説···次の選挙の前哨戦と言われてるだけあって、熱が入ってるな)

そこには仙崎大臣だけでなく、多くの議員が参加していた。

(こんな日は警護も大変なんだろうな)
(桂木班の皆さんは総理の警護だっていうから、なおさら···)

演説を終えた仙崎大臣が戻ってきて、私たちは少し後ろに下がる。

後藤
氷川は、その気の前に立っていろ。後ろの死角に気を配るように

サトコ
「はい」

私の隣には大きな街路樹が植えられていて、その後ろは演説の場からは見えなかった。

(人が集まってるから、よくよく注意して見ていないと···)

街路樹の後ろを確認していると、ひとりの男性が人混みをかき分けている。

サトコ
「後藤さん、あの男、様子がおかしいです」

後藤
あいつか···仙崎大臣、後ろへ

仙崎
「ん?何かあったのか?」

サトコ
「あの男、中沢議員に向かって行きます!」

後藤
氷川!

私が中沢議員の元に走ると、中沢議員のSPも動いた。
中沢議員の前に立ちはだかったSPに男のナイフが突き刺さる。

SP
「っ···!」

サトコ
「おとなしくしなさい!」

私が男を後ろから羽交い絞めにすると、警備についていた県警の警察官が集まってくる。

警察官A
「身柄確保します!」

サトコ
「お願いします!」

男を警察官に預けて、私は仙崎大臣のもとに走る。

後藤
車に戻りましょう

仙崎
「あ、ああ···何だというんだ、あの男は···」

私たちは仙崎大臣を連れてくる前へと急いだ。



【車内】

後藤
ご無事でなによりです

仙崎
「あの男は中沢議員だけを狙ったのか、他の議員も狙っていたのか···」
「何にせよ、掴まって良かった」

救急車が到着して、負傷したSPが運ばれていく。

仙崎
「しかし、SPというのは馬鹿正直に盾になる事しか考えられんのかね」
「あやしい男を見つけたのならば、撃てばいいではないか。君たちの拳銃は何のためにあるんだ?」

後藤
···警察官の発砲にはいろいろと規則がありますので

サトコ
「······」

僅かな変化かもしれないけれど、後藤さんの声の中に僅かな憤りを感じる。

仙崎
「これだから嫌だね。警察というヤツは。死ぬのが美徳だと考えているのかね」

サトコ
「そんなこと···!」

後藤
そんなことはありません

私の声に重なる後藤さんの硬い声。
その顔を見ると、隠しきれない怒りが滲んでいた。

仙崎
「···そう言うなら、態度で証明してほしいものだね。君たちには期待しているよ」

後藤
はい

さすがの仙崎大臣も気圧されたのか、頷いて視線を前に戻す。

(私も仙崎大臣の発言は許せないと思ったけど···)
(それ以上に後藤さんは怒ってるみたい)
(SPの方々を良く知ってるからかな)

演説は途中で終わり、重苦しい空気のまま車は仙崎大臣の事務所に戻ることになった。


【教官室】

政治家襲撃事件は全国的なニュースになった。

(犯人は、地方の首を絞める中央政府に納得がいかないからだって、供述してるみたいだけど···)

取り調べは警視庁で行われていて、その後の情報は私には入ってこない。
その日の夕方、学校の教官室に行くと、教官の皆さんもすでに事件のことを知っていた。

颯馬
大変でしたね。今ちょうど、テレビで事件のことをやってますよ

サトコ
「あ、仙崎大臣が出てる···」

国会の外で仙崎大臣がインタビューに応えている。

仙崎
『このような事件が起こったのは大変遺憾ですが』
『SPのおかげで中沢議員にはケガひとつありません』
『負傷したSPの勇気と行動力には感謝しています』

画面が変わって、中継からスタジオに切り替わる。

コメンテーターA
『しかし、今回の件、未然に防ぐことはできなかったのでしょうか?』

コメンテーターB
『そうですね。警察の警護体制は見直す必要があると思いますね』

話を聞いていると、世間では警察への批判が出ているような報道だった。

颯馬
「仙崎はいいイメージアップになったでしょうね」

サトコ
「今回の件、未然に防ぐことは難しかったと思っていいんでしょうか?」

後藤
そういう言い訳はするな。捜査が進んでいれば止められたのは事実だ

サトコ
「はい···」

(後藤さんの言う通りだと思うけど、頑張ってる人を見てるだけに批判されるのは悔しいな)

うつむいて唇を噛むと、教官室に駆けてくる足音が聞こえた。

一柳昴
「後藤!お前先週、仙崎の周りを探ってたんだろ。どうしてあらかじめ報告しなかった」
「わかってたら、配置も変えられたはずだ!」

後藤
俺たちも全ての情報を握っていたわけじゃない
先週は何も出なかったんだよ

一柳昴
「お前ら、情報全部流してねーだろ」

後藤
それが俺たちの仕事だ

一柳昴
「そうやって自分らの都合でしか考えらんねーから、お前らはどこに行っても煙たがられるんだよ」

後藤
ありがたい話だ。お前らと違って馴れ合う気はないからな

一柳昴
「テメェ、それで誰かが危険な目に···」

颯馬
昴、今日はその辺にしておこうか。後藤も警護帰りで疲れてるだろうから

一柳昴
「しかし、周さん···」

後藤
お前にゴタゴタ言われなくても、俺が解決してやる

誰の顔も見ずに立ち上がると、後藤さんは教官室から出て行ってしまった。

(事件から、後藤さんの表情は硬いまま···大丈夫かな)


私の不安は的中した。
事件の日を境に、後藤さんが学校に出てくる日が目に見えて減っていった。

【個別教官室】

数日後、久しぶりに学校に顔を見せた後藤教官にレポートを届けに行く。

サトコ
「後藤さん、最近あまり学校にいませんよね···」
「SPの任務だって最近は外れてて···」

後藤
ひとりで捜査を進めた方がいい時もあるというだけだ

サトコ
「でも、捜査はチームで行うものだと講義では習いました」
「今の後藤さんは···本当の後藤さんじゃないみたいで心配です」

後藤
······

受け取ったレポートに視線を落としていた後藤さんが顔を上げた。
無表情な目が私を見つめている。

後藤
本当の俺っていうのは、何だ?

サトコ
「え···」
「それは···」

思い出すのは、山頂で一緒に夜空を見上げていた時の穏やかな横顔。

(私がずっと追いかけていた人···後藤さんは私の目標になってくれた刑事さん)
(あれが本当の後藤さんだと思うから···)

私は、後藤さんが憧れの刑事だったことを告白しようと決める。

サトコ
「5年前の話なんですけど···」

通り魔に襲われた時、後藤さんに助けられたことを話すと、後藤さんも目を瞠っていた。

サトコ
「その時のこと···覚えてますか?」

後藤
ああ···あの時の学生がアンタなのか···

後藤さんは私を見つめて、それから目を逸らした。

後藤
···アンタは俺を買いかぶり過ぎだ
自分に与えられた任務だけをこなせ。俺に口は出すな

顔を背けると、後藤さんはレポートを手に教官室を出て行ってしまう。

サトコ
「後藤さん···!」

(どうして、こんな一方的に話を打ち切るような···)
(前にも、こんなことあったけど、最近はいろいろ話してもらえるようになったと思ってたのに)

【教官室】

個室から出ると、颯馬教官が優しい顔で微笑む。

颯馬
何かあったみたいですね

<選択してください>

 A:後藤教官の様子がおかしい 

サトコ
「後藤教官の様子がおかしいんです」

颯馬
ええ、ろくに話もしないでひとりピリピリしていますよね

サトコ
「私だけに···じゃないんですね」

颯馬
誰に対してもそうですよ
後藤も最近は落ち着いていたんですけどね

 B:何でもないです 

サトコ
「何でもないです···」

颯馬
いいんですよ、隠さなくて。私は教官として、生徒の相談に乗りたいだけですから

サトコ
「···後藤教官の様子、おかしいと思いませんか?」

颯馬
サトコさんにも···ですか。これは結構重症かな
後藤も最近は落ち着いていたんですけどね

 C:聞いてたんですか? 

サトコ
「話、聞いてたんですか?」

颯馬
いえ。部屋から出て来た後藤とサトコさんの顔が深刻だったので
後藤の様子がおかしいのでしょう?

サトコ
「はい···話を聞こうとしてくれなくて···」

颯馬
後藤も最近は落ち着いていたんですけどね

サトコ
「変わったのは、この間の襲撃事件の時からのような気がして···」
「何かあったんでしょうか···」

颯馬
······
···サトコさんほど、後藤のことを想ってくれる人なら話してもいいでしょう

サトコ
「?」

颯馬
むしろ、貴女には話しておくべきことかもしれない

サトコ
「え?」

颯馬
後藤は復讐のために生きています。相棒を殺された復讐のために

サトコ
「···!」

哀しいような、冷静なような颯馬教官の声が、静かに響いたーー

to be continued



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