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ふたりの絆編 後藤1話



いつの間にか降り出した雨。
雨音を聞きながら、いつか後藤さんの言葉を思い出す。

後藤
雨···苦手なんだ···

そう口にしたときの後藤さんは、見ている方の胸が痛くなるような表情をしていた。

(後藤さんが今いる場所も···雨、降ってますか?)

雨の日も嫌いじゃないと微笑んだ顔を思い出すこともできるはずなのに。
目を閉じて浮かぶのは、伏し目がちな辛そうな横顔。

サトコ
「後藤さん···どこにいるんですか?」
「いなくなったら···話もできないじゃないですか···」

私の前から姿を消した後藤さん。

サトコ
「何も言わずに、どうして···」

地面が雨粒に覆い尽くされていく。
少し前までの穏やかな日を懐かしむように、私はかつての日々に思いを馳せた。



【教場】

外の穏やかな空とは対照的に緊張感のある公安学校の教場。
後藤さんの講義中で、厳しくも通る声が響く。

後藤
よって、潜入捜査においては協力者の存在が不可欠になる
公安警察の仕事は、ある意味情報戦だ。たとえ古いやり方でも自分の足で稼ぐことが···

(後藤さん、格好いいなあ···講義の声も素敵···)
(いやいや!今は講義中!集中、集中!)

教官の言葉をひと言たりとも聞き逃すまいとノートに書き込んでいく。
後藤さんの講義はかなり板書が少ないほうで、皆ノートをとるのに一生懸命だ。

後藤
よって、実際の捜査に出るまでに公安で使われる隠語を覚える必要があると以前に話したが···

(公安の隠語は別のノートにまとめてあるから、こっちに···)

単語用のA5版のノートもだいぶ埋まってきた。

後藤
実際に使う場合は、配属先の班によって異なる場合もあるのを忘れるな

(このノートを書き始めた時は、後藤さんのことは怖そうな教官だと思ってたっけ···)

それが今では私の恋人になっているのだから、世の中、何が起こるのか分からない。
後藤さんと付き合い始めて3ヶ月。
教官と補佐官の秘密の恋は、まだ始まったばかりだ。

【廊下】

鳴子
「サトコ、さっきの講義中に急にニヤけてたけど、どうしたの?」

サトコ
「え!ニヤけてた!?」

千葉
「ついに厳しい講義でアドレナリン出るようになった?」

後藤さんの講義が終わり、剣道場に移動していると鳴子と千葉さんに顔をのぞかれる。

(もしかして、後藤さんのことを考えてる時に···)

サトコ
「な、なんでかな···このあと剣道の講義だから楽しみだったのかも」

鳴子
「サトコ、剣道得意だもんね」

サトコ
「それしか取り柄がないとも言えるんだけど」

千葉
「氷川は補佐官として実際の捜査にも出てるし、頑張ってるよ」

サトコ
「うん。でも、学校の成績はもうちょっと上げないと···」

(順位は大体、中の下くらい···この間の中間考査でようやく真ん中ってレベルだし)
(もっと頑張りたいな。後藤さんに認めてもらうためにも)



【寮 自室】

1日が終わり、ベッドに入る前のほっと一息つく時間。
寝る前に毎日くる後藤さんからのメール。
『おやすみ』のたった一言のこともあるけれど、それが最近の何よりの励みだ。

(メールとかあんまりしないタイプかと思ってたから余計に嬉しくて)
(今日はまだきてないけど···どうしようかな。わたしからメールしちゃおうかな)

ドキドキしながら迷っていると、手の中の携帯が震えた。

(後藤さんからだ!)

後藤
今日もよく頑張ったな。アンタが淹れてくれたお茶、美味かった。おやすみ

(教官室で淹れたお茶、喜んで貰えてたんだ)

皆さんに出した手前、その時は特にコメントのない後藤さんだったけれど。
こういうさりげない一言が嬉しい。

サトコ
「『後藤さんもお疲れさまです。お茶でよかったら、いつでも淹れます』···と、あとは···」

(恋人っぽいことも書いておきたいよね)

サトコ
「『おやすみなさい。明日も後藤さんの講義、頑張ります!』」
「最後···『!』じゃなくて、ハートマークでもいいかな?やり過ぎ···?」

迷って、思い切って語尾にハートマークをつけて送ってしまう。

(いいよね?たまには···)

後藤さんからの返信はすぐに戻ってきた。

後藤
あまり可愛いことを言うな。今すぐ会いに行きたくなるだろ

サトコ
「後藤さん···!」

(いっそのこと、会いに来ちゃってください!)

嬉しい返信に携帯を手に浮かれていると···

ゴツッ!

サトコ
「痛っ!」

小指を壁にぶつけてうずくまる。

サトコ
「うぅ···情けない···」

(やっぱり···今は会いに来ない方がいいかも···)

それでも痛みより、後藤さんからのメールの喜びが勝っている私は幸せなのだった。

【カフェテラス】

翌日の放課後は特に補佐官の仕事もなく、私は鳴子とカフェテラスで自習をしていた。

鳴子
「東雲教官の講義、ついていけてる?」

サトコ
「資料保存したり、内容をメモするので精一杯。東雲教官のキータッチ、異常に早いよね」

情報関係の東雲教官の講義は、支給されているノートパソコンを使っている。
2人でパソコンを開きながら、今日の東雲教官の講義内容を整理していた。

鳴子
「サトコも同じでよかった···講義後に復習しないと分からないのは私だけかと思ったよ」

サトコ
「もとからネット関係強い人は平気なのかもしれないけど」
「私はどっちかっていうとPCとか苦手な方だから」

鳴子
「スマホを使った講義の方なら、まだなんとかなるんだけどなあ」

鳴子と話していると、他の訓練生が後ろを通る。

男子訓練生A
「首席サマも今ではついて行くだけで精一杯みたいだな」

男子訓練生B
「試験の時がまぐれだったんじゃないか?」

(うっ···首席っていうのはウソだから何も言い返せない···)

鳴子
「そうやって下に見てなさいよ。勝負は現場に行ってからでしょ」

鳴子の声に男子2人は鼻で笑って去っていく。

鳴子
「子どもじゃないんだから!」
「あんなのが公安候補生なんて、日本の将来が心配だわ」

サトコ
「それでも···もっと頑張らないと」

鳴子
「さっきのヤツらなんか気にすることないよ」
「実際の捜査ではサトコの方が実績残してるから、妬いてるだけでしょ」

サトコ
「うん···でも、後藤教官の補佐官としてはまだまだだと思うから」

鳴子
「そっか。じゃ私も負けないように頑張らなくちゃね」

しばらくPCを触って今度は課題の移ろうとすると、後ろからポンッと肩に手を置かれた。

後藤
頑張ってるみたいだな

サトコ
「後藤さ···後藤教官···!」

鳴子
「お疲れさまです!」

後藤
その資料は石神さんの講義か?

サトコ
「はい。明日、石神教官の講義で緊急時の対応について各自発表しなきゃいけないんです」

鳴子
「答えがひとつじゃない課題って一番難しいんですよね」

後藤
課題じゃ俺が手を貸すわけにはいかないな

サトコ
「教官、これについて質問してもいいですか?」
「東雲教官の講義なんですけど、この情報取得のやり方がわからなくて···」

後藤
これは···情報取得といえば聞こえはいいが、ハッキングだな···

鳴子
「やっぱりそうですよね!私もそうじゃないかと思ってたんです」

後藤
まあ、公安には必要なスキルだからな。この手のことは俺もあまり得意じゃないんだが···

後藤さんはキーボードに手を伸ばすと、あっという間に講義用のセキュリティを突破してしまう。

サトコ
「すごい!どうやったんですか!?私が1時間かけても全然進めなかったのに···」

後藤
最初にダミー用のパスを入れて、一度だまされたように見せかけるんだ。それから···

目の前でもう一度解きながら教えてくれるものの、なかなか理解できない。

(簡単にやってるように見えるけど、いざ自分でやるとどうして全然できないんだろう)

サトコ
「すみません···1つ1つ手順を確認してもいいですか?」

後藤
ああ···もう1度最初からやるか?

サトコ
「お願いします!」

工程に分けて説明してもらうと、やっと自力で突破することができた。

サトコ
「やった···!後藤教官のおかげです!ありがとうございました」

後藤
頑張れよ

後藤教官が席を離れてすぐ、鳴子が私の手を引っ張る。

鳴子
「ちょっと!今の後藤教官なに!?」

サトコ
「なにって···何かおかしかった?」

鳴子
「おかしいもなにも、あんなに優しい後藤教官初めて見た!」
「いつの間にそんなに仲良くなってたの?」

<選択してください>

A:仲がいいわけじゃない

サトコ
「別に仲がいいわけじゃないよ。丁寧に教えてくれたけど···」
「出来の悪い生徒の面倒を見てくれただけじゃないかな?」

鳴子
「いやいや、それだけじゃない!絶対、サトコには特別優しい!」

サトコ
「そ、そう?補佐官やってるから馴染みがあるんじゃない?」

鳴子
「そうかなぁ···何か匂う···」

B:一緒の捜査とかあったから

サトコ
「一緒の捜査とかあったから···それで多少親しくなったところはあるかも」

鳴子
「そうだよね。緊急時って絆を強くする絶好の機会って話もあるし」
「それで?どれくらい親しくなっちゃったわけ?」

サトコ
「それは、ほら···こうやって教えてもらえるくらい···?」

鳴子
「それだけ?もっと深いものを感じるんだけど···」

C:実は···

サトコ
「実は···」

鳴子
「実は···?」

(鳴子には本当のこと話したいけど···ダメだよね···)

サトコ
「東雲教官の講義、今度のテストで赤点だったら進級ヤバいレベルで···」

鳴子
「ええ!そうなの?」

サトコ
「うん···後藤教官はきっと、それを知ってて親切に教えてくれたんだと思う」

鳴子
「そう···でも、本当にそれだけかな?なんか、私のアンテナに引っかかるんだけど···」

鳴子は顎に手を当てて、刑事の顔を見せる。

(す、鋭い!)

本格的に追及されたら隠しきれないかもしれない。

サトコ
「そ、それより早く石神教官の課題やっちゃおう!もうすぐ寮の夕飯の時間になっちゃう」

鳴子
「ヤバ!もうこんな時間なんだ」
「もうひと頑張りしちゃいますか!」

深く訊かれなかったことに胸を撫で下ろして、その後は課題に集中した。

その翌日から後藤さんは学校に来なくなり、私へのメールもパタリと途絶えてしまった。

暮らしをおトクにかえていく|ポイントインカム

【個別教官室】

数日経って、私は石神教官に呼び出される。

石神
後藤から何か連絡はあるか?

サトコ
「いえ。後藤教官が学校に来なくなってからは何も···」

石神
そうか···後藤は潜入捜査に入った。当分、こちらに顔を出すことはない

サトコ
「はい。わかりました」

(やっぱり捜査に出てたんだ···そうじゃないかなって思ってはいたけど···)

公安警察は身内の間でも伏せられている情報が多い。
まして訓練生である私に連絡なく後藤さんが捜査に向かうことはよくあることだ。

(心配だけど···信じて待つしかないんだよね)

石神
あとでこれに目を通しておけ

サトコ
「これは···捜査資料ですか?」

(宗教団体『タディ・カオーラ』に関する捜査···?)

石神
石神班はその新興宗教団体の捜査を担当することになった

サトコ
「『タディ・カオーラ』···」

石神
名前は聞いたことあるか?

サトコ
「以前にニュースの特集で集団施設などを紹介している映像を観たことがあります」

石神
『タディ・カオーラ』は宗門・国籍を問わず入団できる教団だ
シャーマニズムの価値観における新興宗教で発足は約30年前···年々規模は大きくなっている

サトコ
「捜査ということは、この団体が何か事件を?」

石神
武器の密輸だ

サトコ
「ぶ、武器の密輸!?」

(政治家とつながりとか入信した人を帰さないとか、その手の話かと思ったら···)

サトコ
「武器の密輸をして、何が狙いなんでしょうか?」

石神
お前は何だと考える?

<選択してください>

A:わかりません

サトコ
「···わかりません」

石神
少しは考えてから答えろ

サトコ
「日本で武器の密輸なんて、想像もつかなくて···」

石神
あらゆるケースを想定できるようになっておけ
日本国内に武器を持ち込もうとするのは特異な例ではない

B:金を得るため

サトコ
「教団の運営資金を得るため···でしょうか?」

石神
それだけか?その資金の使い道は?

サトコ
「申し訳ありません。今の私の教団に関する知識では、そこまではわかりません」

石神
憶測で述べないのは誉めてやろう

C:新世界の創造

サトコ
「新世界の創造···とかでしょうか?」

石神
なぜ、そう思う?

サトコ
「新興宗教が考えそうな危険なことと言ったら、その手の話かと思いまして···」

石神
憶測だけで語るのは感心しないが···考え自体は悪くない

石神
我々は『タディ・カオーラ』の狙いは日本政府を転覆させ
教団が支配者になることだと考えている
その手始めとして、日本内部から戦争を起こす可能性も充分にある

サトコ
「国内で戦争なんて···」

石神教官の言葉に、頬が強張るのを感じた。

(後藤さんもこの教団の捜査に向かってるんだよね···)

どんな事件なのか、具体的に聞いてしまうと心配で仕方がない。

石神
後藤のことが心配か?

サトコ
「はい!」
「あ···」

石神
······

サトコ
「えっと、その···ほ、補佐官ですから!」

とっさにフォローしたつもりだったけれど、石神教官のいつもどおりの冷たい眼で一瞥され···
軽く溜息を吐かれた。

(どうしよう、怒られたりとか···)

石神
ならば、お前も捜査に向かえ

サトコ
「え!わ、私もですか!?」

石神
団体本部があるというマンションに部屋を借り、そこから教団の動きを探る
その捜査にお前を任命する

サトコ
「訓練生の私でいいんですか?」

石神
訓練生としては微妙な成績だが···

(び、微妙···落ちこぼれって言われないだけ、いいのかもしれないけど···)

石神
後藤の補佐官としての実績はなかなかのものだ

サトコ
「ありがとうございます!」

石神
お前の存在感のなさは武器だからな

サトコ
「そ、存在感のなさ!?」

(さっきから、間違いなく誉められてない···)

石神
潜入捜査に必要なものは一式マンションの部屋に用意してある
これが部屋のカギだ

石神教官は私にピッキング防止型のカギを手渡した。

石神
わからないことがあれば、俺に直接連絡して構わない
行って来い

サトコ
「はい···!」

(危険な宗教団体相手に突然の潜入捜査なんて···しかもひとりで···)

緊張で鼓動が速くなる。
それを抑えるように、一度大きく深呼吸をした。

(私は後藤さんの補佐官なんだから···後藤さんの力になれるように頑張ろう!)

【マンション】

潜入先のマンションはオートロックの高級マンションだった。

(捜査とはいえ、こんなオシャレなマンションで暮らすの初めて···)

少し浮かれた気分で室内を見回してから、石神教官の言葉を思い出す。

石神
潜入捜査は周囲にいかに怪しまれずに溶け込めるかが勝負だ。近隣住民を協力者にしろ』

サトコ
「まずはお隣さんにご挨拶···夕方だからいるかな」

ここは角部屋のため、隣は左の部屋だけだ。

(どんな人が住んでるんだろう···ファミリータイプの物件だから、ご家族さんかな)

【廊下】

ご挨拶のお菓子を手に、隣の部屋のインターフォンを押してみる。
すると少しして男性の声が聞こえてきた。

男性
『はい』

サトコ
「隣に引っ越してきた者です。ご挨拶を···」

男性
『お待ちください』

(いい声の人だな···誰かの声に似てるような···)
(あ、後藤さんの声に似てるんだ!)

ガチャ

???
「お待たせしました」

サトコ
「!」

(ご、後藤さん!?)

隣の部屋のドアを開けて顔を見せたのは本物の後藤さんだった。

to be continued



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