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愛しいアイツのチョコをくれ 後藤1話

【カフェテラス】

周さんと一緒に食堂を通りかかると、訓練生たちの賑やかな声が聞こえてきた。
ふと視線を向けると、その中にサトコの姿を見つける。

サトコ
「わ、私、今年はバレンタインやらないし!」

後藤
······

サトコの言葉に、思わず足を止めた。

(バレンタイン···?そんな時期になるのか)

思い返してみれば、最近の訓練生たちはどこか浮き足立っているように思う。

(サトコなら、こういうイベントに多少なり興味を持つと思っていたが···)
(自分の立場をきちんと弁えているんだろう)

颯馬
へえ、女性はああいうイベントが好きだと思っていたけど
浮かれないなんて、サトコさんは頼もしいね

後藤
そうですね

周さんの意見に同意していると、佐々木が俺たちを見て声を上げた。
パッと振り返ったサトコと、視線がぶつかる。

サトコ
「後藤教官···!?いつからそこに···」

サトコが言葉にしかけた瞬間、チャイムが鳴った。

颯馬
後藤、この後は一年の講義だろう?

後藤
はい。それでは、俺はこれで

サトコ
「あ···」

ちらりとサトコに視線を向けて、踵を返す。

(何か言いかけていたが···まあ、いい。あとで聞いてみるか)

【個別教官室】

そして、放課後。

後藤
サトコ、次はこれを頼む

サトコ
「わかりました」

サトコに資料の束を渡し、自分の作業に戻る。

(昼間のことを聞こうと思ったが···)

話を聞くタイミングを掴めないまま、お互い黙々と仕事をこなしていた。

(次はサトコが書いた報告書の確認か)
(···あまり作業時間はなかったはずだが、よくまとめられている)
(入学した時とは比べものにならないほど、成長しているな)
(まだ甘いと感じるところはあるが、これから経験を積んでいけば···)

サトコ
「······」

後藤
···ん?

サトコ
「!」

視線を感じて顔を上げると、サトコ目が合った。

後藤
どうした?

サトコ
「あ、あの!その···バ、バ···」

後藤
バ?

サトコ
「バ···バランスのいい食事って、大事ですよね!」

後藤
あ、ああ

(いきなりどうした?)

後藤
···何かあったのか?

サトコ
「え!?そ、それは···」
「な、何もありません!大丈夫です!」

後藤
···そうか

サトコ
「はい!」

サトコは元気よく答えて、資料に目を通し始める。

サトコ
「······」

(昼間も様子がおかしかったな···やはり、何か······)
(···いや、無理に聞くのもよくないか)
(もし何かあるなら、サトコが相談をしてきたときに力になってやればいい)

そう心に決め、俺は自分の作業に戻った。

【廊下】

翌日。

後藤
···ん?

教官室に向かう途中、ふと窓の外の見るとランニングをしているサトコの姿を見つけた。

(今日もやってるな)

自主練中のサトコに感心していると、声を掛けられる。

一柳昴
「顔、ニヤついてんぞ」

後藤
······

一柳昴
「無視するんじゃねぇよ。何見てたんだ?」

一柳は窓の外に目を向け、口角を上げる。

一柳昴
「相変わらず真面目だな、氷川」
「授業態度もいいし、テストの結果も実技も上位をキープしてる」
「たまに抜けてるところもあるが···まあ、愛嬌ってやつか」

後藤
······

一柳昴
「お前もアイツを見習って、もっと愛嬌持てよ」

後藤
ローズマリーなんかに見せる俺の愛嬌はこの世にない

一柳昴
「黒澤にでも教えてもらえよ。ついでに女の扱い方も」

後藤
···嫌味を言うために、わざわざ声を掛けたのか?暇人だな

一柳昴
「んなわけねぇだろ。俺はお前と違って忙しいだよ」
「今日だって、わざわざ特別講師として来てやってるんだからな」

後藤
こんなところで油売ってるやつが言っても説得力のかけらもない

一柳昴
「相変わらずだな。そんなだと、愛想つかされるぜ?」

一柳はそう言いながら、再び窓の外に視線を向ける。

一柳昴
「本当、お前にはもったいない補佐官」

後藤
···お前には関係ない

一柳昴
「へえ、本気でそう思ってるのか?」
「余裕ぶっていられるのも今のうちだけだろうな」

(なんだ、アイツ···)

挑発的な笑みを見せ去っていく一柳に、引っ掛かりを覚えた。

【教官室】

釈然としないまま、教官室に戻る俺を出迎えたのは···

黒澤
お疲れさまです、後藤さん!お待ちしておりました~!

後藤
···はぁ

黒澤
って、ちょっとちょっと!どうしてオレの顔を見てため息つくんですか!?
ため息ついたら幸せが逃げちゃいますよ?

後藤
俺の幸せがどうなろうと、お前には関係ない

黒澤
もう、そんなつれないこと言わないでください!
今日は皆さんに素敵なお知らせを持ってきたんですから
ってことで···はい、どうぞ!

黒澤は俺の手を掴み、無理やりビラを握らせる。

後藤
バレンタインパーティー···?

黒澤
ハイ☆訓練生のみなさんと思い出を作れたらと思いまして!
教官であるみなさんは、強制参加ですよ~!

加賀
誰が参加するか

東雲
オレもパス

黒澤
ふっふっふ···皆さんに拒否権はありません!
何故なら、難波さんから許可をもらってるからです!

東雲
うわ···先に話通してるとか、ホント抜け目ない···

黒澤
いや~、それほどでも

東雲
褒めてないから

後藤
······

(俺自身こういうのには興味がないし、サトコもバレンタインはやらないと言っていたが···)

恋人として、こういうイベントはできるだけ大切にしてやりたい。

(一緒に過ごせるチャンスかもしれな······)

黒澤
ってことで、後藤さんは飾りつけ担当に任命します!

後藤
···は?

黒澤
詳細はこの紙に書いてありますが、何かあったら遠慮なく声かけてくださいね~

後藤
ちょっと待て

黒澤
それでは、オレは訓練生の皆さんに声を掛けてきまーす☆

後藤
おい!

止めの言葉を聞かず、黒澤は軽やかな足取りで去って行った。

石神
面倒を押し付けられたな

東雲
あー良かった、オレじゃなくて

颯馬
後藤、俺も手伝おうか

後藤
いえ、周さんは大きな案件抱えたばかりなので···
はぁ···

(ただでさえ、やることが山積みだと言うのに···)
(仕方ない、出来るところから手を付けていくか)
(···そもそも、俺に飾り付けのセンスを求めるな)

【廊下】

数日後。

後藤
千葉、少しいいか?

千葉
「はい、なんですか?」

後藤
パーティーの飾りつけだが···

あれから千葉たち訓練生に声を掛け、パーティーの飾り付けを進めていた。

千葉
「分かりました。前日までに用意しておきますね」

後藤
ああ、頼む

サトコ
「食···はどうし···すか?···」

(ん···?)

遠くでサトコの声が聞こえ、廊下の向こう側に視線を向ける。

(一緒にいるのは···ローズマリーか?)
(何やら相談をしているみたいだが···)

千葉
「氷川、一柳教官と食事係を担当することになったみたいですよ」

後藤
···そうか

ふたりが話している姿に、少しだけ心が引っかかった。

【寮監室】

今日は宿直なので、仕事が終わるなり寮に足を向けた。

後藤
今日も話せなかったな···

着替えをしながら、そんな言葉が漏れる。
お互い忙しいこともあり、あまり顔を合わせる機会がなかった。

(電話してみるか?)
(この時間だと寝ているかもしれないが···)

考えあぐねていると、扉をノックする音がした。

(こんな時間に、誰だ?)

後藤
はい

扉を開けた先にいたのは···

サトコ
「すみません。今、大丈夫ですか?」

後藤

(周りには···誰もいないな)

後藤
入れ

サトコ
「···ありがとうございます」

サトコは遠慮がちに、部屋に入った。

後藤
コーヒーを淹れるから、待ってろ

サトコ
「あ···それなら私が淹れます」

後藤
これくらい、気にするな

サトコをソファに座るように促し、キッチンでお湯を沸かす。

(インスタントコーヒーがあったはずだが···どこだ?)

少し時間をかけてコーヒーを淹れると、カップをふたつ持ってサトコのもとへ行く。

サトコ
「ありがとうございます」

サトコはコーヒーを飲み、ほっと息をつく。

サトコ
「突然訪ねて、すみません。ご、後藤さんに話したいことがあるんです」

後藤
なんだ?

サトコ
「その、この前のことなんですが···」

少しの間視線を漂わせて、意を決したように口を開いた。

サトコ
「バ、バレンタインをやらないと言ったのは、その場の勢いなんです!」
「話の流れで、あの時はああ言っちゃいましたけど···」
「だから、あの、もし勘違いされてたらって思ってですね···!」

(そういえば···)

この前教官室で話した時も、落ち着きがなかったように思う。

サトコ
「だから、その···」

後藤
わかってる

サトコ
「!」

サトコの頬に手を添えると、ぴたりと動きが止まる。

後藤
いろいろ考えてくれていたんだろう?ありがとな

サトコ
「後藤さん···」

嬉しそうに微笑むサトコに、愛しさが込み上げた。

(サトコもパーティーに参加予定だったな)
(せっかくだし、終わったら一緒に過ごそうと誘うか?)
(···いや)

後藤
ふたりで当日、サボってやろう

サトコ
「ええっ!?」
「······いいんでしょうか···」

(相変わらず真面目だな)

頬が緩むのを感じながら、唇に人差し指をあてる。

後藤
内緒で、だな

サトコ
「はい···」

頬を染めながら小さく頷くサトコに、胸に温もりが広がった。

【カフェテラス】

数日後。

一柳昴
「お前の補佐官、隙ありすぎ」

食堂に行くなり、ニヤリと笑みを浮かべた一柳が話しかけてきた。

後藤
いきなりなんだ?

一柳昴
「今、氷川とバレンタインパーティーの準備をしてんだ」

後藤
···お前も参加するんだったな

一柳昴
「ああ。そんで、アイツと料理担当ってわけ」
「俺には及ばないけど、アイツもそれなりに料理が出来るみたいだし色々助かってる」
「でも、時々ドジするところがほっとけねぇんだよな」

後藤
······

(わざわざそんなことを話すためだけに、呼び止めたのか?)

一柳昴
「お前さ、俺が欲しいものは自分で手に入れる主義だって知ってるよな?」

後藤
それがどうし···

一柳昴
「一応、忠告しておいてやろと思って」
「じゃあな」

俺が言い返す前に、一柳は去っていく。

(欲しいものって···)

しばらくの間、一柳の言葉が頭から離れなかった。

バレンタイン当日。
夕方に行われるパーティーに向けて、全員が準備に奔走していた。

(飾り付けは一段落したし、あとは···料理班の様子を見てくるか)

キッチンを覗くと、サトコと一柳がふたりで作業をしていた。

(佐々木も料理班を手伝うと千葉が言っていたが···いないのか?)

サトコ
「一柳教官って、料理がお上手なんですね」

一柳昴
「お前はもう少し、料理の腕を上げたらどうだ?」

サトコ
「人並みには出来ると思いますが···一柳教官が出来過ぎなだけですよ」
「今回の料理も、ほぼ一柳教官のおかげで完成しましたし···」
「一柳教官がいてくれてよかったです。ありがとうございます」

(随分と親しげだが···)
(それにしても近いな。もう少し、距離をとっても···)

一柳
「···ん?」

胸のモヤモヤを抱えていると、一柳と一瞬目が合った。

一柳昴
「······」

一柳はニヤリと笑みを浮かべ、サトコを抱き寄せると···

一柳昴
「礼はこれでいい」

サトコ
「!」

(な···っ!)

サトコの頬に、一柳の唇が触れたーー

to be continued

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