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愛しいアイツのチョコをくれ 石神1話

【カフェテラス】

食堂を通りかかった黒澤が、軽やかな足取りでステップを刻む。

黒澤
ふ~ん、ふふ~ん♪

石神
何を浮かれている

黒澤
もうすぐバレンタインデーだからですよ!
今年のバレンタインこそ、『黒澤さん···これ、本命チョコです!』
なんて展開があるかもしれないじゃないですか♪

石神
······

黒澤
って、無視しないでくださいよ~!

石神
くだらない

黒澤
ヒドッ!ロマンなのに···

(相変わらず、やかましい···)

サトコ
「わ、私、今年はバレンタインやらないし!」

石神
···!

耳慣れた声に足を止める。

(今の声は···サトコ?)
(あいつはデカい声で、何を宣言してるんだ···)

黒澤
えええっ!サトコさん、バレンタインチョコくれないんですかっ!?

石神
あいつからもらう気でいたのか

黒澤
当たり前じゃないですか!
これでもサトコさんから呼び出されるシチュエーション、何通りも妄想···
いえ、想像したんですからね!

(人の恋人で、こいつは···)

黒澤
そういう石神さんこそ、ショックじゃないんですか?

石神
期末考査も近いからな。氷川の成績でこの時期浮かれている暇はないということだろう

黒澤
バレンタインというビッグイベントに対して、なんてことを···!

(バレンタインをやらないというなら、ちょうどいい)

石神
氷川

サトコ
「石神···教官!?」

声を掛けると、サトコは目を丸くする。

サトコ
「い、いつからいたんですか!?」

石神
つい先ほどだ。お前に話がある。来い

サトコ
「えっ···?」

黒澤
佐々木さん!佐々木さんはバレンタインチョコ、くれますよね!?

鳴子
「え?私ですか?」

石神
氷川、行くぞ

サトコ
「は、はい···!」

騒がしい黒澤をその場に置いて、サトコを連れ出した。

【個別教官室】

教官室に到着して早々、サトコに話を切り出す。

サトコ
「東雲教官のアシスタント、ですか?」

石神
ああ

先日のことを思い返しながら、
ハッキングの講習のアシスタントにサトコを抜擢した経緯を説明する。

難波
一年生向けに、歩がハッキング講習会をすることになってな
そこで誰かアシスタントにつけようと思っているんだが、いい奴いないか?

室長の言葉に、いの一番にサトコの顔を思い浮かべる。

石神
氷川はどうでしょうか

加賀
あのどんくさい女を推薦するなんて、眼鏡が曇ってるんじゃねぇか?

石神
俺の眼鏡はいつも綺麗にしてある
そう言うお前こそ、むやみに否定するとは馬鹿の一つ覚えだな
氷川は日々、成長している。今のあいつなら、やり遂げるだろう

東雲
へぇ、随分と彼女のこと買ってるんですね
まぁ、オレは使える子なら誰でもいいですよ

石神
······
室長、彼女なら必ず出来ます

難波
んー···なら石神もこう言ってることだし、氷川にやらせてみるか
石神、詳細を伝えておいてくれ

石神
分かりました

石神
···というわけだ
日程は2月14日になるが···やってくれるか?

サトコ
「任せてください!ご推薦いただいたからには精一杯頑張ります!」

(即答だな)
(講習会当日はバレンタイン。サトコは楽しみにしていると思ったが···)

石神
これが詳細になる。分からないことがあったら、東雲に聞くように

サトコ
「はい!」

サトコは詳細が書かれた用紙を受け取るなり、熱心に目を通し始める。

(随分と頼もしくなったものだな)

サトコの成長を感じて、自然と口元が緩んだ。

【教官室】

数日後。
教官室に戻ると、パソコンに向かっている東雲がいた。

(東雲だけか。そういえば、他の奴らは捜査に出ると言っていたな)

東雲はチラリと俺を見て、すぐにパソコンに目を戻す。

東雲
お疲れさまです

石神
ああ

東雲の横を通りかかると、続けて言葉を掛けられる。

東雲
本当にいいんですか?彼女、借りちゃって

石神
いいとは?

東雲
言葉どおりの意味ですけど

石神
······

東雲は顔を上げて、にやりと笑みを浮かべる。

東雲
彼女のこと、気にならないなら別にいいです

石神
···随分と含みのある言い方だな

東雲
そうですか?
まあ、こんなこと言うのも···
オレも彼女から手作りチョコレートが欲しいひとり、だと思っていただければ

石神
······

(黒澤はともかく、東雲があいつから···?)

違和感を覚えて、眉をしかめる。
そんな俺を、東雲が楽しげに見ていた。
俺は返事することなく、このまま自分の個別教官室へ足を向ける。

(バレンタイン、か。そんなに大切なイベントとは思えないが···)
(···もう少し、恋人としてのイベントを意識すべきなのかもしれないな)

【本庁】

黒澤
もっちろんです!

所用で本庁に行くと、近くの会議室から黒澤の声が聞こえてくる。

(あいつは今日、桂木班と会議のはずだが···随分と騒がしい)
(もう会議が終わっていてもおかしくない時間なのに、何をしているんだ)

公安は馴れ合わないことを基本としている。
しかし黒澤は、誰とでも···特に桂木班と親しくしていた。

【会議室】

黒澤
なので、今年こそオレはーー

石神
何をしている?

黒澤
ひいっ!このブリザードボイスは···

背後に立って声を掛けると、黒澤は壊れたおもちゃのようにぎこちなく振り返った。

黒澤
やや、敬愛してやまない我が上司様じゃないですか!お疲れさまです!

秋月海司
「すげぇ、変わり身の早さ」

広末そら
「さすが黒澤···」

藤咲瑞貴
「あれくらい身のこなしが軽くなければ」
「石神さんのもとではやっていけないんじゃないですか?」

石神
聞こえているぞ

こそこそと話をしている秋月たちに、じろりと視線を向ける。

石神
会議は終わっているはずだろう?何をしている

黒澤
ふっふっふ、それはですね···
バレンタインで、チョコレートの数を競おうと話していたんです!

一柳昴
「結果は分かり切ってるけどな」

広末そら
「昴さん、毎年あり得ない数のチョコをもらってますもんね」

黒澤
ぐぬぬ···今年こそ、オレだって···!

(くだらない···)

桂木大地
「最近は男からもてなすバレンタインが流行っていると聞いたが···」

広末そら
「えっ!?」

藤咲瑞貴
「桂木さんが流行に敏感だなんて、珍しいですね」

秋月海司
「彼女でもできたんですか?」

桂木大地
「茶化すな···。たまたまテレビで特集されているのを見ただけだ」

(もてなすバレンタイン···?)

桂木さんの言葉に興味をひかれたが、そろそろここを出なけれならない。

桂木大地
「黒澤、お前もさっさと戻れ」

黒澤
ぐへっ!え、襟首を掴まないでください~!

俺は黒澤を連れて、会議室を後にした。

(男がもてなすバレンタイン···)

用事を終えた俺は、廊下を歩きながら桂木さんの言葉を反芻していた。

(あいつのために、何かしてやるのもいいかもしれない)
(とはいえ、もてなすと言っても何をすればいいのか···)

石神
ん?

(あそこにいるのは···ちょうどいい)

石神
桂木さん、少しいいでしょうか?

桂木大地
「ああ、どうした?」

石神
先程の話ですが···

俺はサトコのことを思い浮かべながら、話し始めた。

【教官室】

(予定より、少し遅くなってしまったな)

サトコ
「石神さん···」

教官室に戻ると、不安そうな顔をしているサトコがいた。

石神
どうした

サトコ
「お時間が大丈夫でしたら、この資料を見ていただいていいですか?」
「ハッキング講習会で使う資料をまとめて」
「東雲教官にチェックしてもらったんですが···」

(この様子だと、何か言われたみたいだな)

石神
貸してみろ

サトコ
「はい」

サトコから手渡された資料に、さっと目を通す。

(綺麗にまとめられている。短い時間でここまでまとめるとは、腕を上げたな)
(しかし、このまとめ方だと一年にはわかりづらいだろう)

サトコ
「どうでしょうか···?」

石神
資料としては悪くない
だが···誰が使うものか、もう一度よく考えろ

サトコ
「あっ···」

俺の言葉に、サトコはハッとした表情を浮かべる。

サトコ
「···ありがとうございます。もう一度、作り直してみますね」

石神
ああ

サトコ
「それでは、失礼します」

サトコは資料を受け取り、一礼して教官室を後にした。

(あの様子なら、問題ないだろう)
(しかし、こんなふうにヒントを与えてしまうのは甘いだろうか···)

東雲
やっさしーんですね、石神さんって

石神
東雲···

東雲
甘いとも言えますけど

東雲はこちらを見ていたが、答えずに無視をする。

(知っているんだ、俺は。彼女が俺の期待に応えることを)
(···今度は俺が彼女を喜ばせるべきかもしれないな)

【個別教官室】

本庁から戻った俺は、溜まっていた事務仕事に手を付ける。
夜が深まった頃、ようやく仕事が一段落した。

(明日はハッキング講習会、か)

あれからお互い忙しくて、ほとんどサトコと顔を合わせていない。

(時間も時間だ、寝ている可能性もあるが···)
(何かあったら相談に乗ることも出来るし、一度だけ電話を掛けてみよう)

ただサトコの声が聞きたい。
それなのに、自分に言い訳をして携帯の通話をタップする。

サトコ
『···はい』

石神
俺だ。今、大丈夫か?

サトコ
『もちろんです!私も、石神さんに話したいことがあって···』
『先日見ていただいた資料を作り直したんですが』
『東雲教官からお墨付きをもらえたんです!』

石神
そうか

サトコ
『はい!これも石神さんのおかげです』

声を弾ませている彼女の様子が容易に想像できる。

(ただ声を聞いているだけなのにな···)

昔の自分なら、そもそもここまで気にかけて連絡をすることすらしなかっただろう。
自分の変わりように苦笑しつつ、サトコの話に耳を傾けた。

to be continued

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