【後藤マンション】
事件が解決した日。
私はそのまま久しぶりに、後藤さんの部屋に一緒に帰ってきた。
後藤
「サトコ···」
部屋に入ると、後藤さんが私を後ろから抱きしめる。
首筋に埋められる顔。
サトコ
「後藤さん？」
後藤
「······」
抱きしめる腕の力が強く痛いくらいだ。
（後藤さん···）
背中から彼の呼吸と体温が伝わってくる。
いつもより深く吸っては吐かれる息。
感じる体温は少し高い気がする。
（私がここにいることを確かめているような···）
先ほど人質にとられたことを思い出す。
（夏月さんのことを言われたからかな···）
サトコ
「私は大丈夫ですよ」
後藤
「···ああ。わかってる」
後藤さんの呼吸が少しずつ落ち着いてくる。
腕の力が緩むのを感じて、私は後藤さんの方を向いた。
顔を上げて、しっかりとその顔を見る。
サトコ
「私の独断で勝手なことをしてしまい、すみませんでした」
「私情を挟むなと言われたのに、完全に挟んでしまって···」
後藤
「アンタがわざわざ一柳の家まで行くとは思わなかった」
サトコ
「どうしても、一柳教官から直接話を聞きたかったんです」
「一柳教官が潔白を主張するなら、後藤さんも一柳教官を信じているはずだと思ったから」
後藤
「アンタは、何でそこまで俺と一柳の関係を信頼してるんだ？」
サトコ
「それは···２人を見ていればわかります。どれだけお互いを信頼してるか···」
「私···一柳教官みたいになりたいって思ったんです」
後藤
「アンタが一柳みたいに？」
サトコ
「言葉を交わさなくても、お互いのことがわかる」
「対等な立場で信頼し合える···そんな２人にちょっと妬いてたくらいなんですから」
後藤
「アンタが俺と一柳に妬くって···」
後藤さんがその目を丸くする。
サトコ
「おかしいのはわかってます。でも、本当なんですよ」
「今でも、そう思ってますし···」
後藤
「そんなこと思う必要はない」
苦笑を浮かべた後藤さんが首を振る。
後藤
「一柳のことがわかるのは、ただの腐れ縁だからだ」
「それから捜査の場数が違う。そのあたりの呼吸はアンタも経験を積めば自然に身につくはずだ」
サトコ
「はい···」
真っ直ぐに見つめられ、私は深く頷いた。
そして後藤さんの手が私の頬に添えられる。
後藤
「アンタが一柳に嫉妬とはな···」
サトコ
「女だって、男の友情に妬くんですよ？」
後藤
「知らなかった。だが···俺が妬いているのも知らなかっただろう？」
サトコ
「え？」
かすかに照れが浮かぶ顔で、後藤さんがそう告げる。
サトコ
「後藤さんが妬くって、何に···？」
後藤
「アンタと一柳にだ」
「一柳のために、わざわざ家まで行ったり···一生懸命頑張るアンタに妬いてたんだ」
サトコ
「そんな···！私はそういうつもりじゃなくて！」
後藤
「わかってる。でも···アンタの目が他の男に少しでもいけば妬くくらい」
「俺はアンタに惚れてるんだ」
サトコ
「後藤さん···」
私の大好きな後藤さんの真摯な瞳。
その瞳に見つめられると、カァっと頬に血が集まっていく。
サトコ
「お、男にも女にも嫉妬されるなんて、一柳教官ってすごいですね」
後藤
「一柳の方がいいか？」
少し表情を曇らせる後藤さん。
（ヤキモチを妬く後藤さんって新鮮！）
後藤
「妬く男は···嫌いか？」
サトコ
「そんなことないです！嬉しい···です！」
私は後藤さんの身体にギュッと腕を回す。
サトコ
「後藤さんの本当の気持ちが聞けてうれしいです···」
後藤
「···こうやって話し合えばいいんじゃないか」
サトコ
「え？」
後藤
「アンタは何も言わずに分かり合う間柄に憧れると言っていたが···」
「こうやって言葉に出せば、分かり合える」
「それも大事なんじゃないか？」
サトコ
「···そうですね」
後藤さんの胸に頬を預けると、その鼓動が聞こえて心地よい。
（確かに後藤さんの言う通りかもしれない）
（私には私の後藤さんとの関係がある···２人で積み上げたものを大事にしていけばいい）
サトコ
「私···もともと察するのとか苦手な方なので」
「言葉にしてもらった方がありがたいです」
後藤
「俺もだ。捜査のことでは、言えないこともあるが···」
「今回の事件では、アンタを騙すくらいでなければ、上手くいかない任務だったんだ」
サトコ
「はい。それは、今はちゃんとわかってます」
（後藤さんに信頼されてなかったわけじゃなかった）
（捜査情報は家族にも恋人にも洩らせないのが、公安なんだから···）
後藤
「せめて、恋人としてはいつも本音でアンタと向き合う」
「約束する」
サトコ
「私も約束します」
どちらともなく小指を差し出し、指を絡める。
サトコ
「私···補佐官としても、恋人としても成長できてますか？」
後藤
「まだまだ訓練が必要だ」
サトコ
「···ですよね。独断で突っ走っちゃいましたし···」
後藤
「ああ。あれは訓練生としては許されるべきことじゃない。だが···」
「そんなふうに自分の想いを貫けるアンタが···俺は好きだ」
サトコ
「後藤さん···」
抱き寄せられ、縮まる距離。
目を閉じると、そっと唇に触れる柔らかい感触。
（後藤さんの真のパートナーに１歩近づけたかな···）
まだ刑事としても恋人としても訓練の途中。
彼の背中を目標に、その隣を歩く日を私は追いかける。
【リビング】
数日後の夜。
私は後藤さんの部屋に招待されていた。
（改まった感じで、『今夜、俺の部屋に来てくれ』なんて誘われたけど···）
後藤
「夕飯、まだだよな？」
サトコ
「はい。材料があるなら、何か作りましょうか？」
「今から買い物に行ってもいいですし。まだスーパー開いてますよね？」
後藤
「材料なら買ってある」
後藤さんがキッチンに向かうと、冷蔵庫から一通りの材料を出してカウンターに並べた。
サトコ
「ひき肉にタマネギ、パン粉···これってハンバーグの材料ですか？」
後藤
「今日は俺がハンバーグを作ろうと思う」
サトコ
「え···！」
まるで任務に就くような顔で、後藤さんはキリッと言い切る。
サトコ
「後藤さんがハンバーグを！？」
後藤
「調べたところ、小学校の料理実習にもあるようだ」
「作り方を見て小学生が作れるなら、俺にも作れるだろう」
サトコ
「それはそうかもしれませんけど···」
「どうして、後藤さんが急に料理を？」
後藤
「···できないことは、なるべく減らした方がいいと思ってな」
サトコ
「それだけですか？」
後藤
「······」
キリッとしていた後藤さんの顔が少し困るような顔に変わった。
後藤
「本音を話すんだったな」
「少しは一柳に対抗してみようと思った」
サトコ
「えっ！」
（一柳教官に対抗？）
思わぬ名前が出てきて、私は目を丸くする。
後藤
「たまには手料理くらい振る舞いたい」
サトコ
「あ···」
先日の一柳教官の言葉を思い出す。
一柳昴
「ここのラーメンも美味かったけど···」
「お前には今度、ラーメン以外の美味いメシをオレが作ってやるよ」
（あの言葉を覚えてて？気にしてたんだ···）
後藤さんは照れた顔をしているけど、その気持ちに胸が温かくなる。
サトコ
「ありがとうございます！すごく嬉しいです！」
後藤
「アンタはここでコーヒーでも飲んでいてくれ」
後藤さんはコーヒーをテーブルに置くと、テレビをつけてキッチンに戻って行った。
（後藤さんの手作りハンバーグ！どんな感じになるんだろう）
テレビではニュースが流れているけれど、私が気になるのはキッチンの方ばかり。
後藤
「肉を丸めて焼けばいいんだよな。タマネギは···みじん切り？」
（今、みじん切りに『？』がついたみたいだったけど···後藤さん、みじん切りできるのかな？）
後藤
「とりあえず、細かく刻めばいいんだな」
（それでもいいと思うけど···）
キッチンから香ってくる、タマネギの匂い。
後藤
「···っ！」
サトコ
「後藤さん、涙大丈夫ですか？」
聞こえてきた声に、私はソファから立ち上がってキッチンに急ぐ。
【キッチン】
サトコ
「わ、涙が···」
後藤
「こんなにくるものなんだな···」
タマネギで潤んだ後藤さんの目元をティッシュで拭う。
（涙目の後藤さんなんて滅多に見られないよね）
思わずその顔を見つめてしまう。
後藤
「どうした？」
サトコ
「あ、いえ。私も手伝いましょうか？」
後藤
「みじん切り、間違ってるか？」
サトコ
「ええと···」
私は後藤さんの手元を覗き込む。
そこには大小バラバラのタマネギがまな板の上に乗っていた。
サトコ
「みじん切りになっているといえば、なってますけど···」
（ちょっと大きさがバラバラ過ぎるかも？）
サトコ
「一緒に作りましょうか。私もその方が楽しいです」
後藤
「そうか？」
サトコ
「はい。せっかく後藤さんの部屋にいるのに、ひとりでテレビ観てるなんて寂しいですから」
後藤
「それもそうだな。一緒に作ろう」
サトコ
「はい！じゃ、手を洗います」
キッチンの水道をひねり手を濡らしたところで、使ったボウルがシンクに残っているのに気づく。
サトコ
「料理と洗い物は同時にやると、後で楽なんですよ」
手に取ったスポンジに洗剤を染み込ませた時、袖をまくっていないことに気が付いた。
サトコ
「あ、袖···」
後藤
「俺がまくってやる」
サトコ
「ありがとうございます」
後ろに回った後藤さんが腕を伸ばして袖をまくってくれる。
背中にぴったりとくっついた後藤さんのぬくもりにドキッと鼓動が高鳴る。
後藤
「これでいいか？」
サトコ
「もう少し上まであげてもらっていいですか？」
後藤
「このくらいか？」
サトコ
「はい。それくらいで大丈夫です」
振り向いて礼を言うと、距離の近さを実感する。
後藤
「サトコ···」
サトコ
「後藤さん···」
自然と意識する彼の唇。
（そういえばキス···今日はまだしてないな···）
後藤
「···今したら、止まらなくなりそうだ」
サトコ
「え？」
後藤さんは私の額にかかった前髪を払うと、おでこに軽い口づけを落とした。
後藤
「あとの楽しみにとっておく」
サトコ
「は、はい···」
後藤
「次は何をすればいい？」
サトコ
「私がタマネギを炒めるので、後藤さんはひき肉をボウルに出してください」
後藤
「わかった」
キッチンで並んで料理をしていると、幸せな気持ちが胸に広がる。
サトコ
「たまには２人で料理するのもいいですね」
後藤
「ああ。料理なんて俺には縁遠いものだと思ってたが···」
「アンタとなら、悪くない」
２人で一緒にハンバーグをこねて、美味しいハンバーグが出来上がった。
【寝室】
夕食を食べた後は、私が先にシャワーを浴びた。
（こうやって待ってる時間って、なんだか落ち着かないな）
今は後藤さんがシャワーを浴びていて、バスルームからは水音が聞こえてきている。
（後藤さんの部屋に泊まるの久しぶり···）
ベッドに座っていると、思い出すのは先程の後藤さんの言葉。
後藤
「···今したら、止まらなくなりそうだ」
サトコ
「え？」
後藤
「後の楽しみにとっておく」
（それって、やっぱりそういう意味···私の意識しすぎじゃないよね？）
（いや、でも勘違いだったら恥ずかしいし···）
後藤
「考え込むような顔をして、どうした？」
サトコ
「後藤さん！」
声を掛けられて、私はハッと顔を上げる。
後藤
「何かあったか？」
サトコ
「い、いえ！何でもないです！」
後藤
「本当か？本音で話してくれるんだろう？」
後藤さんが私の隣に腰を下ろし、ベッドが軋む。
後藤
「考え込むようなことがあったなら、話してくれ」
真剣な顔で問われると、これ以上黙っているわけにもいかなくなる。
（さっき後藤さんも、一柳教官を追いかけてみようと思ったって正直に話してくれたし···）
サトコ
「これからのことを考えちゃって···」
後藤
「これからのこと？」
サトコ
「その···後藤さんと···さっきはキス、しなかったから···」
自分で言って頬が熱くなるのを感じる。
（きっと顔、真っ赤になってる！）
後藤
「そんなこと考え込む必要はない」
後藤さんの手が私の肩にかかる。
そしてゆっくりとベッドの上に押し倒された。
サトコ
「後藤さん···」
後藤
「俺は···いつもサトコを独占したいと思ってる」
そっと肌に触れる大きな手。
いつもより熱く感じる手が、お風呂上りのせいなのかどうかもわからない。
後藤
「俺だけを···見ていてくれ」
サトコ
「後藤さんのことしか見えません···」
「どんな時も···私の一番は後藤さんです」
後藤
「サトコ···」
吐息はその唇に飲み込まれた。
重なったかと思うと、角度を変えて何度も繰り返される。
サトコ
「んっ···後藤さ···」
後藤
「サトコを守るのは···いつも俺でありたい」
「仕事柄難しいのはわかってるが···それでも···」
サトコ
「私も···後藤さんを守れるようになりたいです···」
キスの位置が唇から首筋へと変わり、その髪に触れるとまだ濡れている。
後藤
「そんなことを言ってくれる女はアンタだけだ」
「俺の相棒はサトコしかいない」
「仕事でも、プライベートでも···」
サトコ
「···っ」
胸元に落ちたキスが肌に痕を散らしていく。
シーツを滑った脚が後藤さんの脚に触れ、互いの肌の熱さを感じた。
サトコ
「後藤さ···」
後藤さんの言葉と伝わる熱に自然と瞳が潤む。
後藤
「俺にはアンタだけだ」
「愛してる···」
頷くのが精一杯になると、その腕が強く抱きしめてくれる。
（もっと後藤さんの近くに···寄り添えるようになりたい）
１歩ずつでいいから、ともに歩んで行きたい。
いつか背中を預け合える···そんな未来を目指して。
Happy End