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今日は彼に甘えちゃおうキャンペーン 石神1話



ドアの向こうに立っていたのは···
石神さんだった。

サトコ
「石神教官···!」

咄嗟にあたりの人影を確かめる。
寮の廊下には誰もいなかった。

(こんな時間に···もしかしてこっそり会いに来てくれたのかな)

枕の下に忍ばせた袋が脳裏をよぎる。

石神
この前の試験を返しに来た
返却時、お前は任務で不在だったからな

サトコ
「教官がわざわざ···?ありがとうございます」

石神
講評を書いておいた。読んで不明点があれば質問に来い

サトコ
「分かりました」

石神さんの目が私を通り過ぎ、何かに留まる。

サトコ
「?」

視線を辿るとテーブルのマグカップに行きついた。

石神
コーヒー···いや、この匂いは紅茶か

サトコ
「えっ。あ、はい!」

(主に用があったのは茶葉の方だけどね···)

石神
こんな時間にカフェインを摂り過ぎると眠れなくなるぞ。早く休め

サトコ
「···はい。おやすみなさい」

パタン···
事務的に用件を終え、石神さんは帰って行った。
閉じられたドアが少し寂しい。

(あの言い方、何かお父さんみたい···?)
(寮なんだし、むしろテスト届けてくれただけでもすごく嬉しいけど)
(周りに誰もいないときくらい、もうちょっと恋人っぽくしてくれても···!)

いつもなら気にしないことが、今日に限って拍子抜けする。

(おまじないの効果かなって思ったけど違ったのかな)
(それとも私のお願いの仕方が足りなかったとか?)
(それでホワイトデー当日も、甘い雰囲気ゼロで終わるとか···!?)

枕に手を置いて目を閉じる。

(贅沢は言いません)
(少しでもいいですから、14日は石神さんと恋人らしく過ごしたいです!)

最初は『おまじないなんて乙女すぎる』なんて思ったのがウソのように。
本気で願ってしまった。



【学校廊下】

(2人きりの時の石神さんは優しいけど)
(教官モードと恋人モードの時の区別がわかりにくいっていうか)
(そこまで変わらないっていうか···)

とはいえ、そんな石神さんも私は大好きなのだけど。
恋人として過ごせる時間が限られる分、つい欲張ってしまうのかもしれない。

サトコ
「はぁ···」

ため息をついた時、耳元で楽しげな声がした。

???
「おやおや、重いため息ですねぇ」

サトコ
「わあっ!···って黒澤さん!!」

黒澤
はい!アナタのアイドル、黒澤透です
何やら悩みがあるみたいですね。俺でよければ聞いてあげますよっ☆

(このまま1人で悩んでても答えは出ないし、ちょっとだけ話してみようかな···)

サトコ
「え、えっと···友達の彼氏のことなんですけど」

黒澤
おお!恋バナですね♪

サトコ
「2人とも忙しくて、なかなか一緒に過ごせないらしくて」
「たまに会っても、あまり恋人らしい雰囲気を出せなくて悩んでて」
「何かいいアドバイスを···」

黒澤
してあげられないか···と悩んでるんですね!

サトコ
「そうなんです···!」

黒澤
お友達のことでそんなに悩むなんて、サトコさんは優しい方なんですね
男性のタイプによって対策が違ってきます。そのお友達の彼氏のこと、もう少し詳しく···

サトコ
「すごく···仕事ができる人です」
「いつも冷静で、でも冷たいようで部下に優しくて」
「私···の友だちのことも、見てないようですごく見てるっていうか···」

黒澤
······
もしかして、そのお友達は···

サトコ
「?」

黒澤
冷徹なメガネ系男子とお付き合いしてませんか?

サトコ
「!!」
「あっ、いえ、冷徹···とまでは!」

(もしかして、石神さんのことだってバレた!?)

黒澤
でも、メガネは当たってるんですね

サトコ
「はい···と言っても、友だちの話によると···ですけど」

黒澤
それでサトコさんのお友達は
その彼氏と、恋人らしい素敵なホワイトデーを過ごしたいと思っていると

サトコ
「はい、そうです」
「そう願うあまり、ついおまじないにまで手を出して···」

黒澤
えっ。おまじない?

サトコ
「いえ!こっちの話です」

黒澤
そうですか。じゃあ俺から、1ついいですか?
そのお友達にとって、『恋人らしいデート』ってどういう意味を持つんでしょう

サトコ
「······」

黒澤
分かりませんか?

サトコ
「そう言われてみると···すみません」

黒澤
いえいえ。それならそれで、やり方はありますから

黒澤さんは大きく頷いた。

黒澤
お話はよくわかりました
この俺にかかれば、どんな恋の悩みもイチコロです☆
サトコさんの大事なお友達のためなら、喜んでひと肌脱ぎましょう!

サトコ
「えっ。でもどうやって···?」

黒澤
ふっふっふ···任せてください
恋愛アドバイザースペシャリスト・TKこと黒澤透···冷徹メガネ系男子···」
···もとい、石神さん系男子の攻略も完璧ですから!

サトコ
「!?」
「いやっ、これはあくまで私の友だちの···!」

黒澤
アハハ。分かってますよ!

(この笑顔···やっぱりバレてる気がする)

黒澤
サトコさんは、『恋人らしさ』の意味を考えておいてください
···ってお友達に伝えてくださいね!

黒澤さんはスキップしながら廊下の角へ消えた。

(それにしてもスぺ···アドバイザー?)
(黒澤さん、ウラで恋愛雑誌のコラムニストでもやってるんじゃ···)

『ひと肌脱ぐ』とは言っても、具体的に何をするつもりなのか。

(気になるけど、聞いても教えてくれないだろうな)
(私にとっての『恋人らしさ』···か)

どんなハードな仕事のあとでも、相手を癒すことや、
どんなに小さなことでも、一緒に喜ぶこと···そんなことが思い浮かぶ。

(そんな時間を一緒に過ごせたら、きっと幸せだと思うな)


【個別教官室】

次の日、届け物を持って石神さんの個別教官室に向かう。

サトコ
「失礼します」

石神
例の分析か?早かったな

サトコ
「他に何か仕事はありますか?」

石神
いや、今のところはいい

サトコ
「分かりました。じゃあ私はこれで···」

石神
サトコ

サトコ
「はい?」

石神さんはデータから一瞬目を上げ···

石神
『恋人らしいデート』
···が、希望か

サトコ
「!?」

(何で石神さんが···!?)

サトコ
「ど、どうしてそれを···」

石神
やはりな。黒澤が昨日から騒いでいたから、お前のことかもしれないと思った

サトコ
「いやっ、あの!確かに黒澤さんには言いましたけど」
「石神さんに負担を掛けたいとかじゃなくて···!」

石神
気にするな。おかげで参考になった

黒澤さんがどんなことを言ったのかを知りたい。
でもそれ以上に、石神さんの反応が気になった。

石神
お前の期待には応えてやりたい
幸い、14日は休みが取れる。コースを考えておくから、楽しみにしていなさい

サトコ
「えっ···はい!!ありがとうございます」

(もしかして、これが黒澤さんの『ひと肌脱ぐ』ってこと?)
(だとしたら···黒澤さん、ありがとうございます···!!)

石神
···1つだけ言っておく

サトコ
「はい。何でしょう」

石神
お前の服装だが、あまり気合いを入れなくてもいい

サトコ
「···?」

(どういう意味だろう···?)

石神
当日になればわかる

怪訝そうな私に、石神さんは微かに笑った。


【駅前】

期待に胸を膨らませながらホワイトデーを迎えた。
待ち合わせた駅に、石神さんはセミフォーマルの服装で現れた。

石神
待たせたか

サトコ
「いえ、今来たところです」

(石神さん、すごく素敵)
(ああ言われたとはいえ、私ももう少しフォーマルな格好で来た方が良かったかな···)

少し気遅れする私と、石神さんは自然に手をつなぐ。

石神
行こう

サトコ
「は、はいっ」
「でも···石神さん、どこへ?」

石神
まだ秘密だ。お前はついて来ればそれでいい

(どんなところに連れて行ってくれるのかな···?)

【ブティック】

最初に連れてこられたのは、銀座の一流ブティックだった。

店員
「いらっしゃいませ」

石神
お前の今日のドレスを買う。好きなものを選ぶといい

サトコ
「えっ···でも!」

石神
俺からの、ホワイトデーのお返しだ。遠慮せずに選べ

(それで『服は気合いを入れなくていい』って言われたんだ)

サトコ
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて···」

(どんな色のドレスがいいかな。今日の石神さんの隣に立って、バランスが取れる服···)

悩みに悩んで、上品な大人っぽさを漂わせるドレスを選び出す。

石神
悩んでいるようだな

サトコ
「はい。この2着までは絞れたんですけど···」

困り果てる私を見かねて、石神さんが隣にやって来た。

石神
見せてみろ
似合うのはこっちだろう。鏡の前に立ってみろ

石神さんは少し考えてから1着を選び、私の身体にドレスを当てた。
隣に立つ石神さんの姿と、確かにしっくりくる。

石神
やはり似合うな。試着してくるといい

【試着室】

選んでもらったドレスに着替え、試着室のドアを開ける。

サトコ
「···どうですか?」

石神
よく似合ってる

サトコ
「ありがとうございます」

石神
靴もいるな。少し待っていろ

売場から戻った石神さんの手は、洗練された形のパンプスを提げていた。

石神
そこに座れ

私を座らせた前にしゃがみ、靴を置いてくれる。
つまさきを押さえてもらいながら、そっと足を入れ···

サトコ
「すごい···ぴったりです!」

石神さんはそっと手を差し出した。

石神
立って、少し歩いてみろ。···どうだ?

サトコ
「ずっと前から履いていた靴みたいで、すごく歩きやすいです」

石神
見立ては正しかったようだな
着てきた服は包んでもらうといい

サトコ
「ありがとうございます」

私の肩に手を置いて、石神さんは試着室を出て行った。

(石神さんにドレスと靴を買ってもらって、そのまま一緒に1日を過ごす···)
(こんなデートに連れ出してくれるなんて、やっぱり石神さんは大人だなぁ)

私を喜ばせようと石神さんが考えてくれたのだと思うと、ますます嬉しくなってくる。

(石神さんはこのドレスに似合う場所に連れて行ってくれるつもりなんだよね)
(どんなデートになるんだろう?楽しみ)

新しいドレスをまとった姿を鏡に映して、私は胸を高鳴らせた。

to be continued



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