カテゴリー

今日は彼に甘えちゃおうキャンペーン 難波1話



ドアを開けると、そこに立っていたのは室長だった。

サトコ
「室長···!?どうしたんですか、こんな時間に」

難波
なんだ、もう寝るとこか
そりゃ悪いことしたな

サトコ
「え···室長はなんでここに?」

難波
今日寮監の予定だった奴が急な捜査で出ちまってな
見回りしてるとこだ

サトコ
「はぁ···」

(な、なんだか質問と回答が合ってないような)
(というか室長が見回りなんて、きっと教官たちの制止を無視して来ちゃったんだろうな···)

難波
ま、様子を見に来ただけだ。気にすんな
じゃあな

サトコ
「はい···」

(···ん?見回りなら、わざわざ全員の部屋を訪ねたりしないよね?)
(ってことは室長、私のところにだけ、こうして···)

サトコ
「し、室長!」

閉まりそうになったドアに思いきり体重をかけて、無理やりこじ開けた。

難波
おおっ、なんだなんだ

サトコ
「あのっ···あの、私···」

(どうしよう、勢いで引き止めちゃった···!)

難波
ああ···そうだ。14日だけどな

サトコ
「え?」

難波
予定がないなら、空けといてくれ

サトコ
「も、もちろんです!何が何でも空けます!」

難波
そりゃよかった
断られたらヘコんでたところだ

サトコ
「へ、ヘコむ···?室長が?」

難波
おいおい、そんな驚くとこか?

サトコ
「いえ···ちょっと想像ができなくて···」

難波
お前のことでは結構揺さぶられてんだけどな

(そ、そんなさらっとこの言い方···ずるい)
(私なんて、室長の一挙一動にソワソワするのに···)

難波
で、何か用か?

サトコ
「あ、えっと···」

難波
なになに···ひとりで寝れねぇから、一晩一緒にいてほしいって?

サトコ
「えっ!?い、言ってません!」

難波
うーん、さすがに寮でそれはセクハラか

本気なのか冗談なのかわからない笑顔に、頬が一気に熱くなる。
私の反応に満足したように、室長がぐしゃぐしゃっと私の頭を撫でた。

難波
冗談だよ。じゃあ14日に

サトコ
「···はい」

難波
歩きやすい靴で来いよー

その言葉を最後に、ドアが閉まった。

(歩きやすい靴···?室長、どこに行くつもりだろう?)
(でも、14日かぁ···ホワイトデーだよね)

そんな日に室長と過ごせると思うと、嬉しくて今日は眠れそうになかった。


【教場】

数日後、先日の尾行訓練の評価を室長自らがしてくれることになった。
教場で一人ひとり名前を呼ばれ、室長から評価の紙をもらう。

難波
佐々木は、ちょーっと注意力が散漫だな
実際の尾行はそんなに甘くねぇぞ。相手がいきなり移動手段を変えることもザラだ
一瞬のよそ見が命取りになるからな。覚えとけよ~

鳴子
「はい。ありがとうございます!」

難波
千葉は···もうちょっと思い切りがあってもいいんじゃねぇのか
慎重になり過ぎるせいで、逆に目立つ場合がある
踏み出す判断力が今後の課題だな

千葉
「も···申し訳ございません!以後気を付けます」

難波
最後は···氷川

サトコ
「はい!」

千葉さんと入れ違いで、室長の前に立つ。
評価の紙には、細かく私の長所や欠点が書かれていた。

難波
尾行の技術は···大抵の相手なら問題ねぇ
ただ、変装は要工夫だ。その場に溶け込めるようにもうちょっと考えてみろ
尾行してる人間の目を誤魔化すには、初歩的だが一番有効な手段だ
時間がない場合は頭部のみでいい
尾行時間は···おっ、優秀優秀
ただ、時間を気にして雑にならねぇようにな

サトコ
「はい!ありがとうございます」

(室長、あんな短時間の尾行訓練だったのに)
(ちゃんと、私たち全員の様子を見てくれてるんだ···)

室長からもらった評価の紙と言葉を胸に席に戻ると、言われたことをすぐにメモしていく。
教壇に立つその姿は、この間私の部屋に見回りに来たときとは全く違った。

(ああいうときはこっちをドキドキさせるのに、仕事モードになると全く隙がない···)
(室長って色んな顔を持ってるんだよね···)

鳴子
「すごいよねー難波室長。こんなに細かく意見をもらえるなんて思わなかったよ」

千葉
「うん。尾行訓練のときは、のらりくらりオレたちを撒いてるだけに見えたのにな」

鳴子や千葉さん、他の訓練生たちも室長直々のコメントに感動している。

(室長にいろんな顔があるのは、それだけたくさんの経験をしてきたからだ)
(それに比べれば、私なんてまだまだ “ひよっこ” だけど···)

仕事中の室長と、プライベートの室長。
できることなら、どちらも支えていきたい。

(それにはまず、卒業するまでにもっといろんな経験をして、吸収すること、だよね)
(よし···次の実習は、室長に言われたことを忘れず頑張ろう!)


【教官室】

そんな張り切りが教官たちの目に留まったのか、数日後、石神教官に呼び出された。

サトコ
「捜査技術向上セミナー?」

石神
ああ。お前も参加しておけ

サトコ
「は、はい!それはぜひ行きたいです」

石神
当日は私と一緒だ

サトコ
「·········はい···」

石神
仮にも公安刑事を目指す者が露骨に表情を固めるな
これが詳細の案内だ

石神教官に渡された案内には、大きく “3月14日セミナー開催” と書いてある。

サトコ
「3月14日···」

石神
講義の後なら余裕で間にあう時間だろう

(3月14日は、室長から『空けとけ』って···お誘いが···)
(いやでも、このセミナーも行きたいし···)

石神
室長も、お前の参加を推薦していた

サトコ
「えっ」

石神
それだけ期待されているということだ

サトコ
「は、はい···!」

そう答えて石神教官に頭を下げると、もう一度案内を見直した。

(室長、約束を忘れてるわけじゃ···ないよね?)
(デートよりも、刑事として一人前になることのほうが大切だ···そんなの、当たり前だけど)
(当たり前だけど···)

サトコ
「もし忘れてたらどうしよう···!?有り得る···有り得すぎる······」
「···いや!そんなこと考えちゃダメだ!」
「きっと室長は、私のことを思って···」

加賀
うるせぇ

ガッと、後ろからやってきた加賀教官に足を蹴られた。

サトコ
「痛い!」

加賀
喚いてるだけなら、さっさと出てけ

サトコ
「すみません···」

案内の紙を持って、とぼとぼと教官室を出た。

【廊下】

(はぁ···だいたい毎年、こういうときは何かある···)

今回のセミナーも、
もしかして恋人同士のイベントに恨みがある人が開催してるんじゃないかとさえ思える。

サトコ
「って、いけない、またマイナス思考になってる」
「きっと室長は覚えてる、うん···うん、多分···」
「今は一人前になることの方が優先!」

自分にそう言い聞かせて、今日も教官たちの雑用をこなすのだった。


【ラーメン屋台】

その日の講義と捜査の手伝いが終わり、帰り道を歩いていると、ラーメン屋の屋台を見つけた。
いい匂いが漂ってきて、お腹がくぅと鳴る。

(捜査に行く前に大急ぎで食べたから、なんだか晩ごはんを食べた気がしないし···)
(ちょっと食べてから行こうかな。そうしたら、テンションも上がるかも)

サトコ
「こんばんは。しょうゆラーメンひとつ···」

黒澤
あれ~?サトコさんじゃないですか!

サトコ
「黒澤さん···」

東雲
何その辛気臭い顔

サトコ
「東雲教官···どうして、おふたりがここに」
「もしかして、捜査の帰りですか?」

黒澤
まあ、そんなようなもんです。サトコさんは?
ずいぶんと元気がないようですけど、何かありました?

サトコ
「うっ、わかりますか···?」

黒澤
アナタの黒澤は、ちょっとの変化にもすぐ気付きます!
何か悩みがあるなら聞きますよ。ねぇ歩さん

東雲
うざ···ラーメンが不味くなるから、帰ってくれる

サトコ
「おふたりの意見がまっぷたつに割れてるんですけど···」
「その···悩みというか、うまくいかないなって」

店主
「はいよ、しょうゆラーメン」

サトコ
「ありがとうございます」

ずるずるとラーメンをすすりながら、バッグからあのセミナーの案内を取り出した。

黒澤
あ、それ、石神さんが言っていたやつですね

東雲
キミ、行くの?

サトコ
「はい。ためになるそうなので、参加しようかと思って」
「ただ···」

黒澤
ああ!これの開催日、ホワイトデーですね!
なるほど、それで悩んでるんですか?乙女なサトコさんは!

サトコ
「ち、違いますよ···!」

(黒澤さん、鋭すぎる···でも私、ホワイトデーだからっていうだけで悩んでるのかな)
(なんだか、そうじゃないような···自分の気持ちなのに、はっきりしない)

サトコ
「ゆ、友人の話なんですが!」

東雲
は?

黒澤
うんうん、そのご友人がどうしました?

サトコ
「えっと···じ、上司とお付き合いしてるみたいなんですけど」
「その人との距離というか、仕事ではやっぱり、遠さを感じてしまうみたいで···」

東雲
職場恋愛なんてするからじゃん

サトコ
「そ、そうですよね」

黒澤
なるほど、それでサトコさんが代わりに胸を痛めて悩んでる···ということですね!

サトコ
「そ、そうですか···ね?」

(室長がこれを勧めてくれたってことは、同じように思ってるはずだ)
(ホワイトデーよりも、刑事としての仕事や経験を大事にしろ、ってことで···)

サトコ
「もっと成長したい···一日も早く、隣に並べるように追いつきたくて···」
「だけど、現実はうまくいかなくて···」
「···って!その友人が、言ってました」

店主
「······」

黒澤
うーん···そのお友達は自分の未熟さや不甲斐なさに悩んでるんですか?
でも、“その人” に追いついて、支えて···その先は?

サトコ
「え···」

(その先···?その先、は···)

サトコ
「ひ···ひとりの人間として、その···」

黒澤
それって、本当に “その人” が望んでること何ですかね?
そこにいるだけでいい···って、思ってくれる人だっているんですよ

東雲
···って、その友だちに伝えておいたら

サトコ
「あ···は、はい!」

(そこにいるだけでいい···)
(室長は、どんなふうに思ってくれてるんだろう···?)

to be continued



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする