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今日は彼に甘えちゃおうキャンペーン 颯馬1話



サトコ
「はい」

ノックの音にドアを開けるとー

颯馬
こんばんは

サトコ
「颯馬さん!?」

颯馬
ああ、すみません。起こしてしまいましたか?

パジャマ姿の私を見て、颯馬さんは申し訳なさそうに微笑んだ。

サトコ
「まだ起きていたので大丈夫ですけど、こんな時間にどうしたんですか?」

颯馬
これを届けに

差し出されたのは、人気店のお菓子の袋。

サトコ
「治三郎のバームクーヘン!」

颯馬
よくご存じで

サトコ
「最近ちょっとハマっていて···」

颯馬
ふふ、そんな気がしたので、どうぞ

サトコ
「わあ、ありがとうございます!」

わざわざ届けてくれたことが嬉しくて、笑顔で受け取った。

(好みをわかってくれてるのも嬉しいな)

サトコ
「あの、これにぴったりの紅茶もありますし、よかったら一緒に食べませんか?」

颯馬
せっかくですが、今夜は遠慮しておきます

サトコ
「···そうですか」

颯馬
そんな顔しないでください

あからさまにがっかりすると、颯馬さんは優しく微笑んだ。

颯馬
こんな時間にお邪魔して、貴女が変に誤解されては困りますから

(私のことを思って···?)
(確かにここは寮だし、相手は教官だし···)

何より、もし誤解されたりしたら、颯馬さんに迷惑がかかる。

(そんなことも気付けずに誘うなんて、ダメだな私)

反省していると、不意に顔を近づけられた。

颯馬
2人の時間は、また改めてゆっくりと

サトコ
「!」

颯馬
バームクーヘンの感想、今度教えてくださいね

サトコ
「···はい」

颯馬
それでは、これで

サトコ
「わざわざありがとうございました」

颯馬
おやすみ

サトコ
「おやすみなさい···」

まだ少しドキドキしたまま、帰っていく颯馬さんを見送った。

サトコ
「美味しかった~」

こんな時間に食べたら太ると思いつつ、早速バームクーヘンを食べてしまった。

(明日お礼と感想を伝えよう)

サトコ
「そうだ」

(お礼といえば、もうすぐホワイトデーだよね)

昼間、鳴子と千葉さんが盛り上がっていたことを思い出す。

(プレゼントを期待しているわけじゃないけど、また一緒に過ごせたらいいな)

バレンタインの時は、颯馬さんの家で待たせてもらった。

(まさかのチョコレートドーム被りにはびっくりだったけど)
(バームクーヘンのお礼もしたいし、誘ってみようかな···)

枕の下に忍ばせたおまじないのことを思いながら、ふとそんな気持ちになった。


【教官室】

翌日。

サトコ
「失礼します」

昼休み、頼まれていた資料を届けに教官室を訪れた。

(あれ、颯馬さんいないみたい)

後藤
周さんなら席を外している

サトコ
「そうですか。では、資料だけ···」

言いかけたその時、黒澤さんが近づいてきた。

黒澤
ねぇサトコさん、ホワイトデーに女性から誘うこともありますよね?

サトコ
「え?」

黒澤
今どきは逆バレンタインがあるように、逆ホワイトデーもアリですよね?

サトコ
「ええ、まあ···あると思いますけど···」

(私もそうしようかと思ってたし···)

黒澤
ほら!女性からの証言、ゲットしましたよ!

東雲
女性···?

チラッと視線を向けられる。

東雲
まあ、生物学上的にはそうかもね

(なっ···!)

黒澤
あ~、誰か誘ってくれないかな~
一度逆パターンで誘われてみたいんですよね~

加賀
···うるせぇ

黒澤
ぐえっ

(うわっ、いきなりのアイアンクロー!?)

加賀教官の大きな手が、黒澤さんの顔面を正面から掴んでいる。

加賀
そんなに逆が恋しいなら、逆エビ固めでもかけてやろうか?

黒澤
や、め、て···

(お取込み中のようなので、失礼しまーす···)

顔面をねじ伏せられている黒澤さんの前をそろそろと通り過ぎ、奥の颯馬さんの個室へ向かった。

【個別教官室】

(颯馬さんも、女性側から誘われたいって思ったりするかな?)

そんなことを思いながら、颯馬さんの個別教官室に入った。
不在のため、資料だけを机の上に置いておく。

(本当は14日の予定も聞きたかったんだけど···)
(そうだ!)

ふと思いつき、資料と一緒にメモを残していくことにした。


【廊下】

一日の授業や訓練を終え、帰り支度をして更衣室を出た。

(颯馬さん、資料確認してくれたかな?)
(結局、今日は一度も顔を合わせる機会がなかったな)

メモのことも気にしていると、突然グッと腕を掴まれた。
そのまま柱の陰に引き込まれ、声を出す間もなく抱きしめられる。

サトコ
「···っ!?」

颯馬
そのままで

サトコ
「颯···っ」

開きかけた唇に、人差し指を押し当てられた。

颯馬
メモ、見ましたよ

サトコ
「······」

颯馬
私から誘いたかったのに

サトコ
「!」

颯馬
でも嬉しかったです。14日、楽しみにしていますね

一方的に耳元でささやくと、颯馬さんは小さな微笑みだけ残して去って行った。

(びっくりした···)

狐につままれたようにポカンとして、去っていく背中を見送る。
掴まれた腕の感触も、抱きしめられた温もりもまだ残っている。

(校内で突然抱きしめるなんて···)
(でも、嬉しかったって言ってもらえて、よかった···)

『14日、デートしませんか?』

メモには、バームクーヘンのお礼と共に、そう書いていた。


【駅前】

デート当日。

颯馬
今日は私がエスコートしても?

待ち合わせ場所の駅前で、にっこりと微笑まれた。

サトコ
「はい···よろしくお願いします」

( “今日は” って言うけど、いつもエスコートしてくれてるよね)
(だから今日こそ私が、って言う気持ちもあったんだけど)

ホワイトデーということもあり、素直に厚意に甘えることにした。

颯馬
ちょうどお昼時ですし、まずはランチにしましょうか

手を繋がれ、寄り添うように歩き出した。


【レストラン】

連れてこられたのは、隠れ家的な雰囲気のあるフレンチレストラン。

サトコ
「素敵なお店ですね」

颯馬
まだこれからですよ

サトコ
「?」

迎えてくれたボーイさんに案内され、店の奥へ。
店内は意外と奥に広く、突き当りの扉の前で歩みが止まる。

ボーイ
「本日はこちらの部屋をご用意いたしました」

(えっ、個室?)

ボーイさんが扉を開けると、窓の向こうに緑の箱庭が見えた。

サトコ
「わぁ···!」

颯馬
気に入ってもらえましたか?

サトコ
「はい!とっても素敵です」

颯馬
本当に素敵ですね

ボーイ
「ありがとうございます」

颯馬さんに視線を向けられたボーイさんが、丁寧に頭を下げた。
そのまま流れるような動きで着席を促され、緑を望むテーブルで向かい合う。

(小さな庭だけど、とてもお洒落で可愛い)

颯馬
おまかせのランチコースで

ボーイ
「かしこまりました。お飲み物はいかがなさいますか?」

颯馬
サトコ

サトコ
「!」

呼びかける声と同時に、テーブルの上で手を握られた。

颯馬
シャンパン?それともワインにしますか?

サトコ
「えっと···」

ボーイさんのいる前で手を握られ、ドキドキしてしまって頭が働かない。

颯馬
お店のオススメをお願いしましょうか

サトコ
「はい···そうします」

颯馬
では、コースに合うものを

ボーイ
「かしこまりました」

戸惑う私を颯馬さんがスマートにフォローすると、ボーイさんは立ち去った。

サトコ
「すみません、なんか緊張してしまって」

颯馬
2人きりですし、何も気にせず楽しみましょう

サトコ
「···はい」

余裕のある微笑みに、フッと肩から力が抜ける。

(せっかく素敵なお店に連れてきてもらったんだし、楽しく美味しく味わわなきゃ)


【美術館】

颯馬さんのおかげでリラックスして食事を楽しみ、次に連れてこられたのは上野の美術館。

颯馬
さて、どこから回りましょうか?

繋いだ手を解かれ、腰に手を回される。

颯馬
興味のあるものはありますか?

(と言われても···)

颯馬
前衛的なもの、古典的なもの、西洋画、日本画···色々ありますが

(うーん···)

サトコ
「颯馬さんのオススメのものが見たいです!」
「アートのことはよくわからなくて···」

颯馬
心配しなくても大丈夫ですよ。無理にわかろうとする必要もありません

サトコ
「そう···ですか」

颯馬
身構えることなく、ただ素直に楽しんでください
私が貴女にアートの魅力を少しでも伝えられるよう頑張りますから

サトコ
「そんな、頑張るなんて···!」

颯馬
ふふ、そういう楽しみ方もあるんですよ

(そうなんだ···)

颯馬
では、まずはコンテンボラリーアートから見て行きましょうか

サトコ
「コンテンボラリー···?」

颯馬
いわゆる現代アートといわれる分野です

(それって一番難解な分解なんじゃ···)

館内を歩きながら、若干の不安が過る。
そして、いきなりその不安は的中した。

サトコ
「これは···」

目の前に現れた1枚の大きな絵を、ポカンとして見上げる。
キャンパス一面に、ただひたすら星がひしめき合うように描かれている。

(綺麗だけど···これがアートと言われると···)

颯馬
これは何を意味しているんだ?って思ってます?

サトコ
「はい···。無数の星があるだけで、子供でも描けそうっていうか···」

颯馬
芸術に意味など不要ですよ。ただ感じればいいのです

サトコ
「感じる···」

颯馬
宇宙を感じる人もいれば、この中に自分だけの星座を見出す人もいるでしょう

(分かるような、分からないような···)

颯馬
貴女はこの星たちに何を感じますか?

サトコ
「私は···」

美術館特有の静寂の中で、息を潜めるように一面の星を見つめる。

(···銀河)

そう感じた瞬間、ふと汽笛が聞こえてきたような気がした。

サトコ
「銀河鉄道···?」

颯馬
なるほど、ジョバンニとカンパネルラの世界ですね?

サトコ
「はい。なんとなくですけど」
「颯馬さんは何を感じますか?」

颯馬
私は、なぜか白夜をイメージしました

サトコ
「白夜?」

颯馬
夜が来ないからこそ、星に憧れる···そんな想いが伝わった気がして

(素敵···!)

銀河を感じたキャンパスに、思ってもみなかった世界が新たに広がり始める。

(そっか、そうやって自由に楽しめばいいんだ)

サトコ
「アートの魅力、少し分かった気がします」

颯馬
知識や感性は、忍ばせておくだけでその人を豊かにしてくれますよ

分かり易い解説で私を楽しませてくれた颯馬さんは、満足そうに微笑んだ。

to be continued



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